挿話:アッキマの凋落
総司が水路を手入れする為の扉から出てきた後しばらくして、その扉に近寄る二つの影があった。
どの人影も体は小さくその身に擦り切れたボロを纏っている。手足は細く頬は痩せこけていて、もう何日も食事をしていないかの様だった。
「ジュンにいちゃん、あの扉から誰か出てきたね。」
「そうだなユリウス、行ってみるか。ひょっとしたら何か食べ物があるかもしれない。」
どうやら二人は兄弟の様でその視線は見知らぬ人影によって開かれた扉をみていた。扉は彼らを招くようにパタパタと動く。
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兄弟は薄暗い通路をゆっくり進む。
「にいちゃん、ここ屋根があって雨が当たらないね。」
「そうだな。お、ここに曲がり角があるぞ。」
ソウジが無視した曲がり角に興味を持ったのかその先に進んでいった。
曲がり角の先は少し大きな部屋になっていて部屋には粗末なベッドと机があった。この部屋は元々通路を掃除する者が寝泊まりする部屋だったのだが今は使われていない。通路を使い後宮に間男を手引きする者がいたことと、掃除用の魔道具が設置されたため通路を掃除する必要がなくなったのだ。
掃除用の魔道具の掃除範囲は広範囲に及ぶ為、この部屋は粗末とは言え埃一つないきれいな部屋だった。
「お、ベッドがある。」
「うわ!ふわふわだ!」
掃除夫用のベットとは言え町で使われている物より少し上等なものである。いつの間にか垢が取れてさっぱりした二人のお腹がグゥと鳴る。
「にいちゃん、おなかすいたね……。」
ジュンはしばらく考え込む。そういえば一昨日から何も食べていない。今日川に来たのは魚でも取れればと思ってのことだ。魚はとれなかったが、あの通路の先を進むと何か食べ物が見つかるかもしれない。
「ユリウス、俺が何かないか探してくる。お前はここで決して動くんじゃないぞ。誰かが来たらベッドの下に隠れるんだ。」
ジュンはユリウスにそう言い聞かすと元来た通路に戻り川沿いを進んでいった。通路の先には入ってきた扉よりも少し小さい扉があった。よく見るとその扉は木の棒を挟んでいるだけだった。
木の棒を外し扉を開けるとジュンはキョロキョロと辺りを見まわした。
扉の近くにある足し跡は一つ。たぶんこの通路から出て行った人の物だろう。どうやらこの場所にはあまり人は近づかない様だ。ジュンは目を閉じ耳を澄ました。
(あちらの建物から話声がする。誰かいるのかな?何か食べている音もするし食べ物があるの違いない。)
ジュンには過酷なスラムでの生活からあるスキルがいくつか開花していた。その一つか足跡を見つけた”視認”であり話声を聞きつけた”聞き耳”である。スラムでは隠れて待ち伏せして子供から食べ物を奪うものがいる。そう言った連中を見つけ出すために鍛えあがれらたスキルだ。足音を立てず慎重に建物に近づく。その姿はさながら盗賊の様にもみえる。
(いい香りだ。この中に食べ物が……。)
溢れ出るつばをグッと飲み込み建物に近づく。
ジュンが近づいた建物の周りには石畳が敷かれ、中からは食べ物の良い香りが漂っている場所だった。
どうやらここは厨房の様だ。厨房の裏口から肺入り中をうかがう。中にはさまざまな食べ物、肉や果物が銀色の皿に載り山ほど置かれていた。
ジュンはその中の大きな肉の塊、油が滴るようなそれを皿ごと掴むと一目散に逃げだした。
だが慌てたのか途中で転び石畳の上に油をまき散らしてしまった。
(ああ、もったいない。でも皿は無事だ。肉も汚れを取れば大丈夫だ。)
素早く肉と皿を拾うと弟の待つ通路へ駆けて行った。
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その日、アッキマは昼食が終わるといつもの様にお付きの女官たちと庭園を散策していた。
(全くあの様なゴミがやってくるとは思ってもみませんでした。期待しただけ私が馬鹿みたいですわ。ゴミスキルは深淵アビスに送られたから多少はすっきりしましたが……それにしても口惜しいですわ。)
彼女の中では手に入ったものだったのか、宝石が手に入らなくなり憤慨していた。そして怒りのあまり足元に気が付かなかった。
そこにはジュンが零してしまった肉の油が残っていた。運悪く油を踏んでしまったアッキマは足を滑らせ頭を痛打する。
「アッキマ様?」
慌ててお付きの女官たちが駆け寄るが頭をぶつけた場所が石畳の上だった為かその衝撃でアッキマは気を失ってしまったようだ。
「だれか?誰かおらぬか?アッキマ様が……。」
助けを求める女官たちの中の一人がふとアッキマの指を見つめる。その指には見覚えのある美しい指輪がはめられていた。
(この指輪は……。)
指輪は女官が後宮に上がるときに家の者から渡された家宝ともいえる指輪だった。だがその指輪を目にしたアッキマは何かと理由をつけて女官から取り上げてしまったのだ。
(今なら取り返せる!)
女官は素早くアッキマの指から指輪を抜き取った。それを堅く握りしめると大事そうに懐に隠した。
アッキマに指輪や首飾りを取り上げられたのはこの女官だけではない。気絶しているのをこれ幸いと一人また一人とアッキマから指輪や首飾りを取り返してゆく。
自分の寝室で目を覚ましたアッキマは頭を打った後遺症かしばらくぼんやりしていたが自分がつけていた指輪や首飾りのほとんどが無くなっていることに気が付いた。指にはたった一つの指輪しかついていない。
(誰が私の指輪を!それに私の首飾りもない!この指輪を欲しそうに見て居た女官たちね!)
アッキマが女官たちを呼び出そうとベッドから起き上がると王からの伝令を持った宦官が足早に駆け込んできた。
「アッキマ様。お目覚めですか?陛下から至急の呼び出しです。」
「判りました。すぐに向かいます。」
(帰ったら犯人を必ず見つけ出してやる!)
そう誓うアッキマだったがその誓いが果たされる事は無かった。
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野球部キャプテン”霧笛 闘人”は悩んでいた。
運よくアッキマの魅了から逃れることは出来た。魅了されていた時、アッキマはスキルを使い宝を見つけて自分に渡せと要求した。
しかし、俺達はアッキマが要求した迷宮の宝を持っていない。魅了の影響下にあった場合、命令が完遂されるまで、この場合は宝を手に入れるまで迷宮を出ることは無い。
このままでは俺達が魅了の影響下にない事がすぐ判明してしまう。そうなると再度魅了スキルを使われた時、抵抗する方法が判らない。
そうでなくても魅了の影響下にないことが相手に判れば何らかのトラブルになる事は目に見えている。
もしもの場合にはヨブ王国と一戦交える覚悟がいるだろう。
霧笛は眉間にしわを寄せながら王宮に帰り着いた時、思いもよらぬことを聞かされた。
「アッキマ王女が牢に?」
「なんでもスキルを持っていると豚王をたばかったらしいよ。」
アッキマ王女が牢に入れられた聞いた霧笛は眉をひそめた。確かにアッキマ王女が牢にいるという事は洗脳の問題はひとまず無くなったと見ても良い。
だがこれで良いわけではない。俺達の選択によって他の同級生に多大な影響が出るかもしれない。
「これはエル達と話をしなくてはならないな……。」
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数日後、牢から出されたアッキマは後宮で下働きの仕事をしていた。
「アッキマ!ここの部分がまだ汚れていますわよ!しっかり掃除なさい!」
「はい、はい!ただ今!」
「そこが終われば各寝所と厠の掃除。やることはいっぱいありますわよ!」
「そうね。洗濯物も山積みですわよ。」
アッキマは今まで見下していた女官たちからいい様にこき使われていた。
暗く冷たい牢に数日入れれらていたが幸いな事に体に異常はない。それどころか以前より健康に思えるぐらいだ。
(女官たちめ!今に見ておれ!スキルを取り戻した暁には……。)
女官たちを恨めしそうににらむアッキマの指にはたった一つ残された指輪が鈍く輝いていた。
そんなアッキマの様子を見ていた王の愛人たちが安心した表情を見せる。
「どうやらアッキマは気が付いていない様ね……。」
「あの女は宝石類、特に指輪にはご執心ですのであの呪いの指輪を手放す事は無いでしょう。」
「呪いの指輪ですって、その例えは失礼ですわよ。あの指輪は怪我をなさったアッキマ様を健康にする指輪ですわ。」
「確かに病気になる事は無い上、精神的な耐性や肉体的な耐性も得る。まぁ、その反動でスキルを封じられるだけですが……。」
「それにアッキマを指輪の主に登録しているので指輪を外しても側にある限り効果が持続しますしね。」
「……全く見事な計略ですこと。」
「計略ではありませんことよ。あれはアッキマ様のお体を丈夫にするための物ですわ。」
そう言うと王たちの愛人はお互いに微笑みあう。
有用なスキルを持つ者はいない方が良い。しかし、亡き者にした場合、自分たちが疑われるだろう。
ならば、スキルを使えなくして飼殺す。それが一番なのだ。
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