表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/19

#8 歴史

「空の魔族を受け入れよ!」

「王族は、命の恩を果たさぬと申すか!」


翌朝、僕とクレセンシアは、広場の外れにある建物の陰にいた。広場の中は、すでに群衆で埋め尽くされている。

人口4万人ほどのこの都市の半数以上の人々がここに集い、王宮に向かってシュプレヒコールを続けている。一方で、王宮の門は閉ざされ、その内側からは何の反応もない。

なぜ、昨日の交渉内容が漏れたのか?その理由は分からないが、驚くほど多くの住人が、王宮側の我々への処遇に憤りを感じてくれている。

が、この状況、決して我々にとって良い状況とは言えない。むしろ、我々と王宮との間に、重大な亀裂を招きかねない。あちらからすれば、我々が住人を焚きつけたと思われかねないからだ。王宮側に要らぬ疑念を植え付け、交渉をより困難にする。

暴発するとすれば、我々の側からだと想定していたが、予想以上に早く、しかもまったく想定外のところからそれは起こってしまった。さらに、規模が大き過ぎる。2万人以上の人々が、王宮前で一触即発の状況に陥っている。


「何ということだ……このままでは、王国は混乱に陥ってしまう。そうなれば国は滅び、我々はまた暗黒の時代に戻ってしまう羽目になるぞ。何とかせねば……」


そう呟くクレセンシアだが、さすがの女勇者も、この数の住人を前になす術もない。

しかしだ。いくらなんでも、この数は尋常ではない。それになぜ、交渉内容を知らされていない住人が我々のことを要求しているのか?それも不可解だ。

あまりにも短時間に、しかも住人が知るはずのない引き起こされている。どうにも僕はこの騒動に、陰謀めいたものを感じずにはいられない。

が、今はそんなことはどうでもいい。問題は、これをどうやって収めればいいのか。ともかく、我々が原因で王国が二分するようなことがあってはならない。なんとかせねば。


「おい、アルフォンスよ!」


と、その時、クレセンシアが僕に叫ぶ。


「なんだ、クレセンシア。」

「なんだじゃない!何とかしろ!」

「なんとかって……」

「お前のあの人型なんとかというゴーレムがあるだろう!あれで暴走する(たみ)を止めるのだ!」

「いや、ダメだって、そんなことしたら。それをやったら今度は、僕らにこの矛先が向いてしまう。」

「では、どうすればいいのだ!このままでは王国は崩壊し、我々は再び魔族らの道具に成り下がるしかないのだぞ!」


ううっ、そんなこと急に言われても……艦長や副長もしばらく静観するつもりのようで、この件にあまり関わらないようにしている。が、現場の雰囲気を見れば、そう言ってもいられない。確かに、何とかしないと。


「王族や貴族は、我々平民を低地に住まわせて、自分達だけ安穏の地に住んでいる!不公平だわ!」

「租税に調税、そして労役に兵役!平民ばかりがどうして重税にさらされなきゃいけないのよ!」


ところが時間が経つに連れて、だんだんと住人らの要求内容が変化していく。僕が頭を抱えている間に、どうやらこの群衆の矛先が変わっている。ここはすでに、住人の日頃の鬱憤の吐口と変わり始めていた。

だがその状況はむしろ、よりこの場の雰囲気を悪化させている。ますます群衆のボルテージは上がりはじめ、よくある歴史の教科書で見られる革命寸前の状況だ。


「しかし、妙だな……誰かに先導されたにせよ、或いは自発的にせよ、これだけの大騒ぎに発展するには深い動機があるはずだ。さもなければ、たった一晩で、これだけの人々が集まったりするものか。」

「おい、アルフォンス、何が言いたい?」

「民衆がこの王族、貴族に対して抱いている不平不満というものに。それがなければ、これほどの騒ぎになるはずがないだろう?」


僕のこの問いに、なぜか黙り込むクレセンシア。僕はさらに問い詰める。


「なあ、クレセンシアよ。この状況は、僕らの歴史では国が崩壊する寸前の状況とよく似ている一体何が、民衆をここまで追い込んでいるんだ?なにか、心当たりがあるだろう!?」


するとクレセンシアは突然、僕の腕を引く。早足で広場から離れ、ある建物の壁に僕を押し付ける。そのまま物凄い剣幕で、僕を睨みつけながら、その右腕を壁に突き立てる。追い詰められた僕、そしてその僕を野獣のような眼差しで睨み付ける女勇者。まさか僕は今から、この女勇者にとって食われるのか?


「……今から話すことは、陛下への讒言(ざんげん)、すなわち、パレアレス王国への批判となることだ。当然これは、王国貴族にあるまじき言動だ。他言無用に願いたい。」


クレセンシアのこの言を、僕は受け入れる他ない。首を小刻みに縦に振ると、クレセンシアは話し始める。


「……今から、700年ほど前のことだ。その当時はまだ人族と魔族は共に同じ国家のもとに暮らしていた。だがその国で、異変が起きた。」

「い、異変……?」

「暴君だ。とんでもない王が現れ、まずは魔族にその刃を向けた。」

「魔族って……その王は、人族だったのか?」

「いや、魔族だ。魔族の王、魔王だ。」

「ちょっと待って!魔族の王が、魔族に刃を向けるって……」

「その魔王は、ある種の魔族のみを処刑し始めた。だがその結果、魔族の数は5分の1以下になった。」

「ご、5分の1って……ほとんどの男、いや、魔族をその魔王は殺したというのか!?」

「そうだ。知的な魔族を滅ぼし、労役のみを行う従順な魔族のみの国にしようとしたのだ。」

「そ、それじゃあ、殺された魔族というのは……」

「建築、農耕、芸術、そして文学などの技能を持つ魔族を殺した。その結果、あらゆる文化が破壊された。」

「ちょっと待って!それじゃあその国はどうなったの!?いくらなんでも、文化を破壊したら無事では済まないんじゃ……」

「魔王に忠誠を誓う、ごく一握りの知的な魔族は生き残った。その魔王は、ごく少数の知識を持つ者が国を治めれば、大多数の民には知識など要らぬ、そう考えていた。それゆえに、残った魔族共は知性のかけらもない者達ばかりとなった。」


ああ、そうか。だからその末裔である今の男、いや魔族は、あれほどまでに知性がないのか。だがそうなると気になるのは、人族だ。


「で、人族はどうなったの?そんな情勢下では、人族だって無事では済まないでしょう。」

「そうだ。人族はさらに過酷な運命を背負うこととなった。」

「運命……?」

「魔王は人族の奴隷化を推し進めた。」

「ど、奴隷化!?」

「奴らの言葉で言うなら『道具化』だ。つまり、魔族の元で使われるだけの存在、子を増やし、魔族のためだけに労働するだけの存在、それがその国の人族の姿だ。言葉を話すことも禁じられ、魔族一人に数人の人族があてがわれ、まるで畑を耕す鍬のようにこき使われ……」


壮絶な歴史が、この星ではあったようだ。しかしそれがどうして、今のような姿になったのだろう?


「だけど、今はその人族と魔族とは別れて、それぞれ別々の道を歩んでいるんでしょう?そんな状況から、どうやって今のような形に移行できたの?」

「ああ、それは700年前に、我々人族にだけ神託があったのだ。」

「し、神託!?」

「そうだ。人族は皆、東の地を目指せ。山を3つ、砂漠を一つ超えたのちに、平原が現れる。その平原の向こうに流れる川のたもと、そこが人族の安住の地。これを聞いた人族は、直ちにその約束の地へ向かえ、さすれば人族は繁栄をすることが叶うであろう、と。」

「もしかして、その約束の地というのは……」

「そうだ、ここだ。その神託を受けた人族の大半が魔王の元を離れ、苦難を乗り越えて3か月かけたどり着いたこの地で、我らは繁栄を謳歌することとなった。それがこの700年の我々の歴史である。」


何とも胡散臭い歴史だ。どういう形でその神託が伝えられたのかはわからないものの、僕らがその神託とやらを受けたなら、真っ先に疑うだろう。

しかしだ。女性だけで子孫が増やせるという、あの奇妙な技も神託によって得られたのだという。それを聞くと、本当に人を超越した存在がいて、彼女らを導いたのではないかと思えてくる。


「だけど、今の話を聞く限りでは、何も王国や王族批判ではないじゃないか。第一、その話の中にはなんら住人蜂起の理由などみあたらない。結局、何が言いたいんだ?」

「馬鹿か、これは話の前座だ。本題は、これからだ。」

「本題……?」

「そうだ。我々人族は、確かに700年前、神託に従いこの地にやってきた。だが、10年ほど前から異変が起こったのだ。」

「異変?まさか、暴君でも現れたのか?」

「いや、そっちの方ではない。一言で言えば、急に子供が生まれなくなった。」

「子供って……この国の住人は皆、神殿に籠って子供を宿るとかどうとか言ってたっけ?」

「そうだ。だが、ここ10年ほど前から、ほとんど子供を授からなくなってしまった。おかげで今、若者の数が激減している。」


その理由は、何となく分かる気がする。話を聞く限りではこの国の住人は、細胞分裂のように自身の複製を作るように子孫を残していったのだろう。つまり、外部からの遺伝子のやりとりは一切行われない。

それがもう、2、30世代は続いている。遺伝学的に、いろいろと限界がきているのではないか?この分野には素人の僕でさえ、そう考えてしまう。


「だけどさ、それじゃあ王国への不満にはつながらないんじゃないの?国王や貴族を恨んだところで、どうにかなる問題でもないし。」

「何をいうか!お前らの出現が、この10年ほどの停滞に光を与えてしまったのだ!それゆえに王族は警戒し、民は蜂起した、そういうことだ!」


何が、そういうことなのか?クレセンシアの言うことは、飛躍が大きすぎてさっぱり分からない。


「ええと、つまり……僕らが現れたらどうだと……」

「考えてもみろ!魔族といえば、知性のかけらもない連中で、我々人族の関わるべきものではない!ところがだ、ここに知性のある魔族が現れた!それが民にとって、どう言うことか分かるか!」

「ええと……やっぱり、分からないなぁ……」

「つまりだ!神託の力を失った王族を倒し、お前ら哨戒艦の魔族らを新たな王として迎え、この10年の停滞状況を打開したいと民が願っているのだ!」

「は!?」


この時点でようやく、僕はクレセンシアの懸念を理解した。

ここの住人は、すでに遺伝的な限界を本能的に感じている。つまり、外の遺伝子を欲している。

だが、魔族は知性が低い。だから王国周辺の魔族を受け入れようものなら、この王国は再びあの魔王時代に逆戻りしてしまう。

しかし、だ。そんなところに僕らが現れた。民を救い、驚くべきテクノロジーを持ち、しかも紳士的で知性ある魔族。そんな魔族が、100人近くも現れた。

王国の民は、その魔族との交わりを期待する。だが、国王陛下はそれを拒絶する。それに大勢の国民が反発する……

なるほど、そりゃあこれだけの大騒ぎになるわけだ。結局、こうなるのは時間の問題だった。そして今、目の前で革命が起ころうとしている。


「そういうことだ。だからお前らの出現は、ある種のタガを外してしまったのだ。もはや住人は、陛下や王族には従うまい。もはや、王国は崩壊の道を歩むしかないのか。ああ、どうしたものか……」


途方に暮れるクレセンシア。だが僕はこのとき、あるアイデアを思いつく。それはある意味、狡猾で、強引な手段だ。だが今はそれしかない。


「なあ、クレセンシア。僕はこれから艦長に意見具申する。それが受け売れられるかどうか次第だが、君にはやってもらいたいことがある。」

「なんだそれは!?国を救う話であろうな!」

「ある意味では、王族を裏切る行為ではある。が、王国と王族、双方を救うには、これしか方法はない。」

「なんだと……?まさか、陛下を殺そうと……」

「そんなことはしない。王族、貴族は今の身分のままでいられるだろう。」

「では、王族を裏切るとは、一体……」

「それはだな……」


僕のこの作戦に、クレセンシアは一瞬、その表情を曇らせる。が、最終的には僕の言を受け入れ、クレセンシアは協力することになった。そして僕は、哨戒艦に無線を入れる。


それから、1時間後のことだ。


今にも王宮の門を破り、王宮内に雪崩れ込もうといきがる住人らに、大きな影が差し掛かる。

空を見上げると、それは巨大な雲、いや、雲ではない。

全長450メートルの、細長い船体。広場に集い熱狂する人々の上を、独特の低音をかなでながら通り過ぎる。そしてその船体は、王宮の庭に着陸する。

この行為に、王宮側は大騒ぎだ。住人ではなく、宮殿よりもはるかに巨大な哨戒艦が、宮殿前の庭に強行着陸する。当然、王宮側はこれを、民の動乱に便乗し、反旗を翻した行動だと考えていることだろう。

そして、着陸した哨戒艦の前側、砲身の下面にある第3格納庫のハッチが開く。そこに収められた唯一の機体、人型重機が飛び出す。

発進した人型重機は、王宮の門の真上に立つ。そこで、重機のハッチが開いた。人々も、門番も、近衛も、そして王族らも、その重機に注目する。

中から出てきたのは、女勇者だ。


「聞けっ!皆の者!」


水害の際に、人々を先導し窮地を救った勇者が、再び人々の前に姿を現す。そして、重機に取り付けられた拡声機を使って人々に訴えかける。

僕は、その人々の様子を見た。さっきまでシュプレヒコールを浴びせかけ、今にも王宮へ乗り込もうとする大勢の住人らが、クレセンシアの一言で静まり返る。

クレセンシアは、続ける。


「昨夜、我らが国王陛下は、この空を飛ぶ船を操る魔族らと、同盟関係の樹立をご決断された!そなたらが何のために騒いでいるのかは知らぬが、これより先は王国を揺るがす所業は無意味である!即刻、この集会を解散せよ!」


この瞬間、人々はこの騒ぎの拠り所を失う。いや、失わされたと言った方が正しいだろうか。この一言を境に、革命の危機は去った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 民衆が暴発って、そっちかい!船に襲撃してくるのかと思っとりました。やられたー!(* ̄∇ ̄*) ベルリンの壁やルーマニアを彷彿させる騒ぎですね、当時テレビでみてたの覚えております。 [気にな…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ