#7 交渉
「オーライ、オーライ!ちょい右!」
僕は人型重機に乗り、声を上げる。真上から哨戒機と、それに吊るされたポンプが降りてくる。
堤防の上に下されたそのポンプから、直径1メートルほどのパイプが伸びている。そのパイプの一端を、人型重機で水浸しになった堤防の外側に下ろす。水面上には、ところどころ建物の屋根が顔を出しているのが見える。
「いいぞ!やってくれ!」
僕が合図すると、ポンプのそばに立っているエリク少尉がスイッチを入れる。動き出したポンプは、王都の都心部に溜まった水をハヴェルチェ川に向かって勢いよく噴き出し始めた。
まだ、頭の包帯が取れていないエリク少尉。危うくクレセンシアの聖剣の炎の餌食になりかけ、結果、頭部と背中にやけどを負った。その傷の癒えぬまま、少尉は自身を焼き殺そうとした種族の街のため、ポンプを動かしている。
その様子を、ロレナという闇の魔術師がジーッと見ている。
「何、これ……」
ザーッと水を噴き出すこの無骨な機械が、不思議でならないようだ。ローブをまとい杖を持った、このいかにも魔法使いだという姿の娘に向かって、エリク少尉が応える。
「ポンプだ。」
「ポンプ……?ポンプって……何?」
「見ての通り、水を吸い出す機械だ。」
「へぇ……」
成り行き上、エリク少尉はこの星の「人族」を信頼してはいない。いつ何時また、命を狙われるやもしれない、その想いがあの日以来、拭えていない。頭に巻かれた包帯は近いうちに取れるだろうが、心の傷までは癒えそうにない。
一方、そのエリク少尉の横にいるこのロレナという魔法使いは、掴みどころのない娘だ。あの5人の中では最年少、寡黙にして影が薄く、しかも闇の魔術使いという絵に描いたようなダークな人物。そんな彼女が、心に闇を抱えてしまったエリク少尉にだけ関わるのは、やはり闇の使い手だからだろうか?
だが、彼女の闇魔術と言うのは、別に周囲を真っ暗に変えるものではない。話を聞く限りではどうやら、一種の神経ガスのようなものを撒き散らすらしい。それを吸った人は、目の前が真っ暗になり、失神する。それゆえに「闇」の魔術と言われている。
そんな魔術師ロレナが、どういうわけかこの人族不信に陥ったエリク少尉には積極的に関わろうとする。うまく言えないが、そのやりとりは見ていて滑稽だ。
そんな2人のほほえましい……でもないやりとりを見つつ、僕は王宮の方角を見る。一際明るい大きくて真っ白な建物が、そこにはある。
今、あの中ではセザール艦長以下3名の交渉団が、この国の王族らとの交渉を行っているところだ。
「おい!」
と、僕を呼ぶ声がする。
「……なんだ。」
「なんだじゃない!何をボーッとしているのだ!」
振り返ると、堤防の上であの大剣を背負った女勇者がこちらを睨み付けている。
「いや、作業が順調だから、その光景に見惚れていたんだよ。」
「そんなわけないだろう。お前のことだ、どうせ王宮での交渉とやらが気になるのではないか?」
図星だった。多分僕は、心の内を見透かされたことへの不快感を顔に表していることだろう。だが、そんな表情など気にする様子もないクレセンシアは、ズカズカとこちらにやってくる。そして、しゃがんだ人型重機の脚から登り、後席に乗り込む。
「……まあ、気にならないと言ったら、嘘になる。なにせ、我々のこの先を占うわけだからな。果たして我々は、ウケ売れてもらえるのかどうか……」
「心配するな。あれだけの人を救ったのだ。受け入れられるに決まっておろう。」
会ったばかりの時は、僕を魔族だと言い張って聞く耳も持たなかったこの女勇者は、今は食い物のおかげ……どういうわけか、良き理解者となった。いや、正確には理解者ではないな。どちらかと言うと、都合よく使える下僕くらいにしか思ってないようだ。
「ほれ、王宮へとゆくぞ!この王都の現状を、私は陛下にご報告せねばならぬ!ゆけっ、ゴーレムよ!」
……この調子だ。まったく、この人型重機は、お前の送迎用マシンではないのだが……右手を振りかざし、僕に王宮へ向かうよう下知するクレセンシアに、僕はどこか引っかかるものを感じつつも、ハッチを閉じ、重機を発進させた。
高度10メートルほどを、時速40キロ程度の低速で飛ぶ人型重機。最速でも100キロ程度のこの重機だが、この国の人々から見れば、わずか40キロでも高速な部類だ。これに追いつけるのは、この星ではあの大イノシシくらいではないか?
そんな重機を飛ばしつつ、王宮の門の前に着陸する。数人の門番が、この奇怪な人型の化け物を見て、慌てて門の前に立ちはだかり、剣を抜く。
「剣を納めよ!私だ、クレセンシアだ!」
ハッチを開き、クレセンシアが立ち上がる。すると、門番らは整列し、ひざまずく。それを見たクレセンシアは重機を降りる。そのクレセンシアを、僕は敬礼しつつ見送る。
「……おい、アルフォンスよ。何をしている。」
「何をって……僕はここで居留守かと。」
「何をいうか。お前もついて参れ。」
「いや、ここは王宮でしょう?僕のような身分の者が、入っちゃダメなところでしょうが。」
「我が従者なれば、主人に付き添うのが当然である。ついて参れ。」
……従者ねぇ。いつの間に僕は、この女勇者の家来になったのか?なんて図々しいやつだ。
などという気持ちを押し殺して、結局僕はクレセンシアに付き添うことになった。ただし、それも宮殿の前までだ。門番には、建物内に入ることはかなわぬと告げられる。
そして、クレセンシアはあの聖剣を門番に預ける。さすがに武器の持ち込みは貴族とは言え御法度のようだ。僕もそれに倣い、腰につけた携帯バリアシステムと銃を預ける。
で、意気揚々と歩く女勇者の後ろをとぼとぼとついていく。門を抜けると、そこには広い庭があり、その向こうの小高い丘の上に真っ白な宮殿が見える。その宮殿から、5人ほどの人物がこちらに向かって歩いている。
前の2人は、この王宮の近衛の者だが、その後ろの3人は我が艦の制服。真ん中にいるのは、セザール艦長だ。
53歳の、我が艦最年長のこの人物は、いつになく険しい表情だ。その表情から僕は、状況を察する。庭の中央で僕は、すれ違いざまに艦長に敬礼する。
「アルフォンス中尉か。ここで何をしている?」
「はっ!クレセンシア殿の要請で、王宮までの護衛をしております!」
王宮のど真ん中で護衛など必要あるわけないのだが、家来としてお供していると応えるのはしゃくだ。そう考えた僕は、適当に応える。
「ところで艦長、交渉はいかがでしたか?」
僕は尋ねるが、艦長はますます険しい表情でこちらを睨むばかり。やはり、聞いちゃいけないことを聞いてしまったようだ。が、横にいる副長のフロラン少佐が応える。
「結論から言えば、芳しい結果ではない。」
ええ副長殿、言われなくても分かります、そんなことくらい、艦長の顔色を見れば誰でも察しがつきますよ。僕が知りたいのは、どれくらい芳しくないかだけなんですが。
「てことはまさか、王都を退去せよと言われたのですか?」
「いや、王都郊外に滞在することは認められた。だが……」
「だが、なんですか?」
「食糧の供給や、人の交流については、認められなかった。」
「そ、そうですか……で、これから、どうされるので?」
「しばらく地道に交渉を重ねるほかはない。その間、食糧については森から調達するしかないだろうな。」
副長も力なく応える。まあ、出て行けと言われたわけではない。郊外ながら、滞在が認められただけでもよしとするかな。
ところがそれを聞いたクレセンシアが、声を上げる。
「なんだと!?では我が王国は、お前らになんの報いもせぬと申すか!?」
この交渉結果に、僕らよりもお怒りなクレセンシア。正直、想定外だ。僕はクレセンシアをなだめる。
「いや、しょうがないんじゃないの?だってクレセンシアだって、僕らと最初に出会った時も、魔族だと言って……」
「だが、昨日は王都の住人を大勢救ったではないか!昨日の嵐での死者は、全部で210人!あれだけの嵐でありながら、これだけの死者で済んだのは、明らかにお前らが放った青い雷の矢と、その後の哨戒機やらゴーレムやらの働きのおかげであろう!いくら魔族とはいえ、王都の大半の人々を救った者を無碍にするなど、パレアレス王国の矜恃に関わる!納得できぬ!私から、陛下に進言申し上げる!」
「ちょ、ちょっと、クレセンシア!」
早歩きで宮殿へと向かうクレセンシアと、それを追う僕。が、宮殿の前で僕は近衛に止められる。怒り心頭のクレセンシアを制止することは、ついにかなわなかった。
それからしばらくの間、僕は宮殿の前でクレセンシアが出てくるのをただ待っていた。
1時間ほど経つと、宮殿の中から意気消沈したクレセンシアが出てくる。その表情からは、この宮殿内でどんなやりとりがあったかを、僕は察する。だから、何も聞くつもりはなかったのだが。
「おい!アルフォンスよ!」
庭から門に向けて歩いている最中に、堰を切ったように話出すクレセンシア。
「な、なんだ……」
「何だではない!きてくれ!私は陛下に進言申し上げたのだが、まるで取り合ってはくれぬ!私がお前らのことをあれほど……」
この時のクレセンシアの言葉を要約すると、つまり僕らの多くが「魔族」だというのが、陛下は問題視しているらしい。いくら王都の水害から多くの人々を救ったとはいえ、それだけで魔族を信用するわけにはいかないと、ここの王族らは考えている。
長年にわたる魔族への不信が募った結果、もはやその700年分の疑念をひっくり返すだけの何かがないと、我々と関わる訳にはいかないと考えているようだ。さりとて、僕らに遠くへ行かれてしまうと、それはそれで我々の行動を監視できなくなる。それゆえに、王都の郊外への滞在を認めた。そういうことらしい。
「あれほど多くの人を救っておきながら、何という仕打ち……私は、王国貴族として実に不甲斐ない!この先一体、この王国は何を拠り所としていけばいいのか!?」
泣きながら訴えるクレセンシアだが、おかげで門番らが僕を睨みつけている。クレセンシアの涙の原因は僕にあると言わんばかりだ。いや、僕は何もしていない。できるわけがない。
しかしいくら「人族」の、しかも勇者と言えど、その振る舞いはやはり女性そのものだな。まるで恋人にでもふられた女性のように、僕に泣きついてくる。
が、困ったことになった。やはりあの程度の貢献では、この国に信用されないということか。それほどまでにここは男、いや、魔族には信頼がないのか?僕は、愕然とするしかなかった。
そんなグズグズと泣き叫ぶクレセンシアをなだめながら、僕は人型重機に乗り込む。
「……で、このままクレセンシアの家まで送ってくけど、どう行けばいい?」
僕がそういうと、グズグズとしていたクレセンシアが急に正気に戻ったようにキッと睨みつけて応える。
「何を言うか!哨戒艦に戻って、作戦会議だ!」
なんだ、まだ居座るつもりなのか、この女勇者は。それを聞いた僕はハッチを閉め、重機の起動スイッチを入れる。ヒィーンという音とともに、ゆっくりと浮上する重機。鉄でできたゴーレムのような人型重機が宙に浮き上がるのを、不可思議そうに眺める門番らの表情が見える。
艦へ帰投する途中、ハヴェルチェ川の上空を通過する。堤防の決壊箇所には、応急処置的に砕かれた岩が積まれている。その上から、土砂がかけられる。あれの大半は昨晩、この重機で行ったものだ。今は王都の住人らが形を整えながら踏み固めている。彼女らは、この重機が上空を通過するや、こちらに向かって手を振る。僕も重機の右手を動かして、これに応える。
排水ポンプは順調に動いているようだ。すでに多くの水を河に戻し終え、王都の街並みが姿を現す。
王都ラス・ロサス・デ・パレアレスは、王宮の前に円形の広場が作られ、その広場から南側に小さな建物、つまり平民街と思われる街が広がり、王宮を中心に北側には、おそらく貴族街と思われる大きな屋敷が立ち並ぶ場所が見える。王都全体は北に行くほど高台にあり、ハヴェルチェ川は、低地の平民街を東西に横切っている。
王都の外側には城壁などはなく、境界も曖昧だ。郊外には畑が広がり、その外側には、深い森が広がる。西側に広い平原はあるが、それ以外は鬱蒼とした広葉樹林が広がる場所だ。
ここは長い年月かけて作られた街だ。こう言ってはなんだが、女性だけでよくここまでの都市を築いたものだと感心する。
しかし、やはりというか、女性だけでは力仕事は難しい。王宮を含め、ここは低い建物が多い。それも、木造が中心。石造りな建物は、王宮の中心にある白い宮殿だけだ。
で、僕らの哨戒艦は今、その王都の南側、田園地帯を超えて森に入る手前にある丘の上に、砲身部分を乗せて着地している。
駆逐艦は、砲身の後方に突き出すように居住区がある。その居住区下部を着地させ、上部の砲身部分は反重力ドライブで浮かせておくのが平地での着地形態だが、それではエネルギーを消費し続けてしまう。そこで、丘に長い砲身部を支えさせて、反重力ドライブを極力使わないようにする。宇宙港ならば、ドックに連結すれば済む話だが、ここには宇宙港やドックは存在しない。
エネルギー消費を抑えつつ、エネルギー源の確保も行っている。核融合炉の燃料とは、水素と重水素だ。それは、この星の水を電気分解することで得られる。
問題は食糧だ。肉は先日のように魔獣を捕まえることでどうにかなりそうだが、穀物や野菜はどうにもならない。肉ばかり食べるわけにもいかないし、我が艦の備蓄量では近々底をつく。
他にも、調味料や香辛料も必要だ。これらを入手するにも、住人との交流がなければ不可能だ。だが、先ほどの王国との交渉では、それが不可能だと宣告される。
クレセンシアには話していないが、艦内では王宮を武力制圧し、国の中枢を乗っ取ってしまうのはどうかという意見もあった。が、それは住人の反発を招き、結果的に窮地に陥る。あくまでもここは連合軍規に則り、粘り強く行動することが最良と艦長は判断した。
だが、いきなりその交渉が暗礁に乗り上げる。このまま交渉が進捗しなければ、艦内の一部強硬派の暴走を招く結果になりかねない。それは絶対に、避けねばならない。
嵐と水害によって、図らずも急接近した我々とパレアレス王国。だがその裏では、緊張を招きかねない状況が生み出されている。そしてそれはついに、暴発へと発展する。
だが意外にも、暴発したのは王国の住人達だった。




