#6 嵐
ただでさえ食糧危機を迎えつつある艦内は、さらに人を抱えることになり、その危機度合いを増すこととなってしまった。
が、救出された5人の人族は、我々にパレアレス王国との折衝のきっかけを与えることなる。
救い出された5人の人族、および彼女らに付随していた3人の子供らは、パレアレス王国に引き渡されることとなる。当然、その人員の輸送は我々、哨戒艦11番艦が担うことになる。
人族を救出したとなれば当然、我々への待遇も変わる。なんとか、同盟関係の樹立までこぎつけられるかもしれない。人命救出が、思わぬ機会を生んだ。
「いっそこのまま、我らとともに魔族の村を襲い、人族を救出すると確約してはどうか?お前ら魔族も、厚遇されること間違いなしだぞ。」
「いや、いくらなんでもそれは……ところで、その魔族なんだが。」
「なんだ。」
「今回救出された5人の女……いや、人族のうち、3人が子連れだった。その3人の子供の内、2人は男の子、つまり魔族だ。その子らをパレアレス王国に引き渡せば、殺されてしまうのではないか?」
「いいや、殺しはしない。」
「ならば、子供のうちはいいが、大人になった途端に殺すとか、そういうこともありうるのか?」
「いや、やつらは種奴隷となってもらう。」
「た、種奴隷……?」
「単族出産だけでは、出生する子供が足りぬ。そこで、捕らえた魔族を使い種付けをさせるのだ。」
「た、種付け……」
クレセンシアから衝撃的な言葉が飛び出し、頭がくらくらしてきた。なんだ、こいつらも魔族と似たようなことをやっているじゃないか。この星は、野蛮な魔族、清浄な人族という構図ではないことを思い知らされる。
その救出された人族5人だが、男、いや魔族だらけのこの艦に恐怖していたものの、あの5人と同様、食べ物の力であっけなく丸め込まれた。今も食堂で、子供達と共に食事をしている。
「まったく、何だって哨戒艦で妊婦の面倒を見なきゃならないのよ!」
ぶつぶつと不平不満をフォークの先のハンバーグにぶつけているのは、我が艦唯一の医師、クレール先生だ。運び込まれた5人の人族のうち、4人が妊娠中。通常の鑑では考えられない医療業務が降りかかり、ハンバーグにフォークを何度も刺しながら、そのイライラをぶつけているところだ。
「仕方ないでしょう、まさかそんな人達がいるだなんて思わなかったので……」
「アルフォンス中尉!そもそも、あんたが魔族と接触したいなどというから抱えてしまった面倒ごとでしょう!あんたが、何とかしなさいよ!」
「ええーっ!?む、無理ですよ!僕に医学の心得などないですよ!」
「技術士官でしょうが!それぐらい、何とかしなさいってば!」
「ま、まあ、パレアレス王国に引き渡すまでの辛抱ですから。それまでは彼女らの面倒を、見てあげてください。」
「ふんっ!」
元々ここには妊婦を受け入れる設備などはないから、クレール先生は既存の機器でどうにか対処している。だからこそ苛立っているのだ。そんな女医の相手をしながら、僕はフライドポテトをつまんでいる。そのポテトを、横から奪う遠慮知らずな女勇者が、僕のすぐ横にいる。
「しかし、このイモの揚げ物は美味いな。たかがイモを切って油であげただけだというのに、どうしてこれほどまで癖になる味なのか。」
なお、食堂に入り浸っているのは彼女だけではない。ローブ姿の魔術師2人に、魔獣解体が得意な女使用人、そしてあの筋肉隆々の女剣士も、すっかりこの食堂に馴染んでしまった。
特に女剣士のサリタは、どういうわけかコンスタン大尉が気に入ったようだ。ようやく耳が治りつつある大尉のそばで、同じくフライドポテトを摘みながら大尉にちょっかいを出している。
「おい、コンスタン!せっかく聞こえるようになってきたのだ!食え!」
「いや、耳とこれとは関係ないだろうが……」
「何を言うか!治癒祝いだ!美味いぞ!わっはっはっ!」
「ちょっとサリタ、お前、声が大きいって……また耳をやられそうだ……」
なぜかサリタは、コンスタン大尉にばかりかまっている。砲撃科ですることがなく、しかも耳の治療のために安静中だった大尉は、暇を持て余すあの女剣士の格好の餌食……いや、相手となってしまったようだ。
そんな賑やかな食堂を抜けて、僕は持ち場に戻る。パレアレス王国に行くとなれば、それなりに準備が必要だ。
「で、なぜお前はその化け物をいじっているのだ!?」
で、第3格納庫で人型重機を整備していると、あの女勇者が突っかかってきた。
「ここは僕の持ち場だ、別にここにいたって、何の不思議もないだろう。」
「これからパレアレスへ向かおうという時に、この化け物の整備をするなど、不穏極まりないではないか!王国にたどり着いて、何をするつもりか?」
「別に何もするつもりはない。ただ……」
「ただ、なんだ!?」
「レーダー担当より、発達した低気圧がこっちに接近していると聞いた。」
「テイキアツ?なんだ、それは?」
「嵐が来る、と言った方が分かりやすいか。とにかく、大雨をもたらすかもしれない大きな雲が急速接近中とのことだ。だから、万一に備えている。」
低気圧が来ていることは本当だ。だが、人型重機を構えるほどのものかは正直、分からない。どちらかといえば、人族の国に降り立った瞬間、一斉に襲い掛かられたときの備えだと言ったほうが正確だろう。そしてこの時はまだ、その低気圧をたいしたものだとは思ってもいなかった。
整備も終わり、僕はコックピットを降りる。この第3格納庫内には、まだあのエリュマントスとかいう巨大イノシシの血生臭さが残っている。その悪臭に僕は一瞬、たじろぐ。
仕方ないなぁ……僕はそう思い、ハッチを開けるため操作盤のある出入り口付近に向かう。すると、整備員の1人が僕に尋ねる。
「あの、中尉殿。何をするおつもりで?」
「ああ、ここの空気を入れ替えようかと思って、ハッチを開けるところだ。」
「ハッチをですか?でも中尉、外はもの凄い雨ですよ。」
「雨?もう低気圧の中に飛び込んだのか?」
「らしいですよ。艦橋じゃ、視界が悪いって大騒ぎらしいです。」
なんだ、そんなにひどい雨が降っているのか?だがここ第3格納庫は、砲身部の真下にある格納庫。幅30メートル、長さ450メートルの船体が傘となり、雨が吹き込むことはないだろう。そう思いながら僕は、ハッチを開けた。
幅10メートル、前後長さ7メートルの床が、ゆっくりと下がる。下がるにつれて、ザーッという雨音が確かに聞こえてくる。相当、雨が降っているのだな。ところがそのハッチがある程度開いた時、その隙間からいきなり大量の水しぶきが吹き上がってくる。
「な……なんだ!?」
その場にいた整備員、そしてクレセンシアが、突然吹き出すこの水しぶきと風に驚く。なんだこれ?まさか、荒波の海面すれすれを飛んでいるのではあるまいな?
が、ハッチの開口部を見ると、そこは森が広がっている。海の上ではない。が、外は猛烈な風と雨が吹き荒れているのがわかる。強い風に煽られた雨が、下から第3格納庫に向かって吹き込んでいるのだ。
「なんだこれは!?暴風じゃないか!」
「そりゃあそうですよ!現在、外の気圧は951ヘクトパスカル、瞬間最大風速35メートル、雨量は毎時70ミリ!」
「おい、それ……サイクロンじゃないのか!?」
「分かりません!何せここには、気象衛星がありませんから!」
大慌てでハッチを閉じる。ほんの数秒間開いただけだというのに、格納庫内はずぶ濡れ、無論、僕もクレセンシアもびしょびしょだ。
「な、なんだ今のは!?」
クレセンシアが僕に尋ねる。整備員が持ってきたバスタオルを渡しながら、僕は応える。
「嵐だ。それも、とびきり大きいやつだ。」
「嵐だと!?」
「まあ、森で大雨ならば問題はないだろう。大きな河でもあれば、氾濫する恐れがあるほどの大雨ではあるが……」
ここは森の中。雨風が強いといっても、それ自体が脅威になることはない。木々が風を防ぎ、水を吸う。数時間やり過ごせれば、何とかなるはず……そんなつもりで放ったセリフに対し、クレセンシアの放ったこの一言が、僕を揺さぶる。
「おい!あるぞ!」
「は?何がです?」
「河だ!王都の中央には、大河がある!」
「な、なんだって!?」
「王都ラス・ロサス・デ・パレアレスの中央には、ハヴェルチェ川が流れている!大雨のたびに氾濫を起こす川だ、この大雨では、もしかすると……」
「はぁ!?ちょっとまて、何でそんな大きな川のそばに、王都なんて作るの!?」
「バカか!水がなければ、大勢の人など住めぬであろう!」
外の嵐にも驚いたが、王都の名前の何という長さ……いや、そんなことよりも、今向かっているパレアレス王国の王都には、よりによって大河があることが判明する。
ここは魔法の類は発達しているようだが、しょっちゅう氾濫しているというクレセンシアの言葉を聞く限り、治水技術は期待できそうにない。さらにこの国は人族の国、つまり、女だらけの国だ。とてもじゃないが、治水工事をやってのけるほどの労力があるとは思えない。
となると、この大雨だ……もしかすると、その王都では、水害に発展している可能性がある。予想以上に、事態は深刻だ。僕は大慌てで艦橋に向かう。
「おい、どうしたというのだ!?急に走り出して……」
「いや、パレアレスの王都が心配だ!大急ぎで急行せねば!」
エレベーターで最上階に上がり、艦橋に入る。その艦橋の窓から、外を眺める。
滝のような雨とは、まさにこれだ。窓の表面に叩きつけるように降り注がれる雨。その雨のおかげで、300メートルほど前にある艦首すらも見えない。
まだ昼間だというのに、夜のように暗い。駆逐艦特有の分厚い窓ガラス越しでも、叩きつける雨音が聞こえるほど強い雨。僕は、外部カメラの映像を見る。
視界が悪すぎるため、対地レーダーと赤外線映像との合成で地上の様子が映し出されている。その映像からは、艦首方向に河のような、池のようなものが映し出されているのが見える。
「な……何ということだ!」
と、それを見て大声を上げたのはクレセンシアだ。
「どうした!?」
「王宮のそばまで、水が……」
クレセンシアが、画面のある一点を指差す。そこには、大きな建物らしきものがある。
「クレセンシア、あれは池ではないのか?」
「違う!普段あの河は、この辺りくらいにあったはずだ!」
と、クレセンシアは再び画面を指差す。その指先は、その池らしきものの真ん中付近。つまり、池だと思っていたものは、氾濫した河の水のようだ。
「艦長!技術士官、意見具申!」
僕は艦長に向けて叫ぶ。
「なんだ!」
「ただちに救援隊を組織し、住人を救助すべきです!小官も、人型重機にて出撃し、これを支援します!」
「それはすでに考えている。哨戒機2機も、発進態勢に入っている。が、この視界では、どうにもならない。もう少し雨風がおさまらないと、救おうにも救えないんだよ。」
艦長は僕に応える。確かに、この豪雨では見通しが利かず、救出活動もままならない。せめて、雨がもう少しおさまってくれれば……
「艦長!続けて意見具申!」
「なんだ、中尉!」
「主砲を使いましょう!」
「は!?主砲を!?」
僕のこの発言に、艦長は席を立ち上がる。
「以前、聞いたことがあります!艦砲を低気圧中心に放ち、その勢いを一時的に削ぐことに成功した、と!」
「おい、まさかこの艦で、大気圏内での通常砲撃をせよということか!?」
「そうです、艦長!」
「その行為は、軍規によって固く禁じられた行為だぞ!当然、知っているだろう!」
「ですが艦長!今、目前で多くの人命が失われつつあるのです!別の銀河にいるというのに、銀河系の片隅の法に縛られて、目の前の人命が失われているのを、黙って見てろとおっしゃるのですか!?」
「う……」
技術屋は法令遵守や礼儀に疎いと言われる。ただ僕はそんな批判よりも目の前で失われる人命を思い叫ぶ。僕のこの一言を受けて、艦長が尋ねる。
「……どれくらいだ。」
「は?」
「一発撃って、どれくらいの時間、雨を止められるのかと聞いている!」
「はっ!記録によれば、30分程度とのことです!」
「30分か……」
「ですが、30分あれば、自力での避難も可能です!10分あるだけでも、かなりの人々を救うことができるでしょう!」
僕は必死に嘆願する。その想いが通じたのか、艦長が決断する。
「砲撃戦、用意!」
「はっ!砲撃戦用意!」
「艦橋より砲撃管制室!主砲装填準備!通常砲撃に備え!」
『りょ……了解!通常砲撃、準備!』
一気に艦橋内が慌ただしくなった。艦長の命を受け、各員が一斉に戦闘モードに切り替わる。
「哨戒機、および人型重機は全機発進準備!砲撃後に、直ちに全機で救助活動を開始する!アルフォンス中尉も発進準備、急げ!」
「了!」
僕はこの艦長の指令を受けて、手短に敬礼した後、すぐさま艦橋を飛び出す。
「おい!待て!」
エレベーターの前で、クレセンシアが息を切らせながらも僕に追いつく。
「なんだ?これから出動だが。」
「私も連れてゆけ!」
「は?いや、しかし……」
「あんなゴーレムで王都に降り立ったら、皆が恐るであろう!私が出向いて、皆を説得する!」
言われてみれば、その通りだ。いきなり空中を飛ぶ巨人のようなものが現れれば、混乱するのは目に見えている。
「中尉殿!発進準備、完了いたしました!」
「了解、すぐに出る!」
僕は、人型重機に飛び乗る。各種計器類をサッとチェックしていると、クレセンシアが飛び乗る。
なぜか鎧姿で、あの大剣も持ち込んでいる。別に魔族に会いにゆくわけでもなく、どちらかといえば、救助活動には邪魔なものばかり身につけている。こいつは一体、何を考えているんだ?
『砲撃準備完了!充填、開始!』
『目標、低気圧中心付近!通常砲撃!』
『了解!目標、低気圧中心付近!射点修正、左3度!』
砲撃準備が整ったようだ。キィーンという甲高い主砲の装填音が響く。このやりとりを聞いていたクレセンシアが、僕に尋ねる。
「なあ、さっきから主砲がどうとか言っているが、何のことだ?」
だが僕はクレセンシアのこの問いに応えず、開いたハッチから人型重機を発進させる。雨の中に飛び出した重機。ハッチには、多量の雨がバタバタと音をたてて叩きつける。
と、その直後、青白い閃光と共に、ドドーンという猛烈な雷音が響く。目の前が一瞬、眩い光で覆われ、何も見えなくなる。
「ヒェッ!?」
このけたたましい音に、とっさに身をかがめるクレセンシア。何が起きたのか、彼女はまだ理解していない。だが、僕にはそれが何なのかを、理解している。
艦砲による、通常砲撃が放たれた。
たった一撃で、おそらくこの星の大都市をも一撃で葬るほどの威力の砲撃が、サイクロンの中心部に向けて放たれた。
雨をもたらしていた雲が、砲撃による膨大なエネルギー放射によって消滅し、その青白い閃光の太い筋が通過した場所から、太陽の光が差し始める。その雲の裂け目は、まるで大きな紙の真ん中にスッとハサミを入れた時のように、裂け目が急速に左右に広がっていく。真っ暗だった地上に、太陽の光が広がっていく。
その太陽に照らされた地上は、まるで大きないけすのようだ。
そのいけすには、ポツポツと島のようなものが点在している。それは建物や、盛り土のあるところのようだが、その上には、氾濫した水に追い詰められた人々が大勢、乗っている。
僕は降下し、その島の一つに向かう。徐々に接近し、人々の救助に向かう。
が、この人型重機が接近するにつれて、人々の顔は恐怖に変わる。考えてみれば、得体の知れない寸胴な巨人が、空から近づいてくる。ここの人々にとっては、恐怖以外の何ものでもないだろう。
「おい、今すぐこの扉を開けよ!」
「は?」
「いいから!」
と、急にクレセンシアがハッチを開けろと言ってくる。何をするつもりか。ともかく僕は言われた通り、ハッチを開ける。するとクレセンシアは後席の上で立ち上がり、あの聖剣を引き抜き、高々と上にあげる。
まさか、僕を斬りつけるつもりか?だがクレセンシアはその剣を真上に掲げたまま、高らかに叫んだ。
「聞け、皆の者!」
巨人の中から現れた大剣を掲げる女勇者の姿に、一同釘付けになる。
「我は王国の勇者、クレセンシア・パラフォクス・ポルカレッロ・イ・シルクパトリックである!この災いから皆を救うため、この王国に神の力を伴い帰ってきた!」
僕のこの人型重機を、神の力と言うか。だが、ここの人々の恐怖心を取り除くには、この自称勇者に頼るしかない。彼女の演説は続く。
「力あるものは、自力で王宮のある丘へ向かえ!力無きものは、我が下僕に頼れ!」
あーあ、僕の人型重機、この自称勇者の下僕にされちゃったよ。だがそれを聞いた、氾濫した河の水の中に取り残された人々は、この勇者の声に一気に活気付く。
数人の集団が、水を渡り始める。残されたのは、子供と年寄りばかり。残された人々を、重機の腕に乗せて水上を乗り越える。
「しっかりつかまって!」
当たり前だが、ここは本当に女だらけだ。視界に入るすべての人物が、本当に全て女だ。
一方で、僕のことは魔族だとすぐに分かったことだろう。が、クレセンシアが乗っている。だから彼女らは恐れることなく、僕の指示に従ってくれる。この勇者を連れてきて正解だったな。
「おい、アルフォンス!」
「な、何だ!?」
「この雷の矢の効力は、いつまで続くのだ!?」
「は?」
取り残された人々を、対岸まで運ぶ途中、クレセンシアが僕に奇妙なことを尋ねる。
「なんだ、その雷のなんとかというのは……」
「何を言っている!お前らの哨戒艦とやらが放った、あの蒼い稲妻のことだ!いつまでもこの晴れ間は続かないのであろう!」
「ああ、そうだな。せいぜい持って30分と言ったところだ。」
「なんだ、その30分という合間は!?」
もう数日ほど我々の艦で過ごしているから、時間の感覚くらいは分かっているだろうと思ったが、どうやらピンとこないらしい。そこで僕は、こう応える。
「セレステが夕食を食べる時間、大体それくらいだと思ってくれ!」
「そ、そうか、それくらいの時間か。やはりそれほど、間がないな……」
大雑把な回答だが、これでクレセンシアには通じた。空を見ると徐々にではあるが、黒い雲が再び空を覆い始めている。
第2射を要請することも考えたが、あまり放射エネルギーを大気中に放つと、かえってこの低気圧を再発達させる恐れがある。一発が限度、そう思った方が良い。この限られた時間を使い、やれることをやろう。僕は人型重機を操って別の島へと向かい、人命の救助に向かう。
子供や老人を腕に乗せては、王宮近くの対岸まで運ぶ。しかし、この王都の中央を流れる河川は氾濫したままで、再び雨が降れば、水嵩が増し、水没する範囲が増えるばかりだ。
「クレセンシア!」
「なんだ、アルフォンスよ!」
「この河の氾濫を、少しでも堰き止めようと思うが、どうか!?」
「は?何を言っている!」
僕はクレセンシアに進言する。数人を運び終えて、再び水没した地域の上を飛ぶ。その僕の目の前に、決壊した堤防が見える。
「あそこだ、あそこを塞げば、水の流入を防ぐことができる!」
「それは分かるが、どうやって防ぐんだ!?」
クレセンシアのこの問いに、僕は少し考える。と、ふと対岸に目を移すと、そこに大きな岩が見えた。
「あれだ、あの岩を使おう!」
「は?岩とは……どれだ!?」
「あそこだ、あの大きな岩だ!」
「ちょっと待て、あんなもの、どうやって使うというのだ!?」
クレセンシアの質問には構わず、僕はその岩に接近する。人型重機の左腕を伸ばし、僕はあるコマンドを実行する。
すると、左腕に取り付いている機械が前に突き出る。その機械はキィーンという甲高い音を立てて起動する。それを僕の前に出して、目視でチェックする。
「……なんだ、これは!?」
「ああ、これは削岩機だ!」
「削岩機……?」
僕はそれ以上、特に応えなかった。これが何なのか、説明するよりむしろ見せた方が早い。僕は重機の左腕を、あの岩に押し付ける。そして、操縦桿のボタンを押した。
ギギギギッという機械音とともに、削岩機が駆動する。それはその岩の塊に振動を与える。その振動の反射波が、僕の目の前の計器類に表示される。その反射波の情報をもとに、削岩機はその岩の材質を推定する。
そして、セッティングを終えた削岩機を再び岩に押し当てる。そして、ボタンを押した。
ガガガガッという音が響く。削岩機とは、その岩の共振周波数を与えて破壊する機械だ。しばらくするとその岩には、縦に大きなヒビが入る。そして、岩が割れる。
「なっ!?岩が、いともあっさりと割れたぞ!?」
驚くクレセンシアをよそに、僕は重機の左右の腕で、割れた岩の一方を掴む。そしてゆっくりと上昇する。大きな岩を抱えた人型重機が、宙に浮き上がる。
氾濫した水面の真上を、岩とともにゆっくりと移動する人型重機。それを唖然として見上げる人々が遠くに見える。水面上では、2機の哨戒機も救助活動を続けている。
そして、堤防が決壊した場所にたどり着く。その場所に、この岩を突き立てる。バシャンという水音とともに、岩が水面上にそそりたった。人型重機を使ってその岩を、押し倒す。ちょうど堤防の裂け目を、その倒れた岩が塞ぐ。
と、その時、再び雨が降り始める。初めはポツポツと滴る程度だったが、すぐにあの勢いが戻ってくる。やはり、30分程度しかもたなかったな。
我が艦は、王宮の前付近の広場に着陸する。その下には、大勢の人が集まっていた。完全に雨を防ぐことにはならないが、我が哨戒艦のその450メートルの巨体が、下にいる人々の屋根となる。僕は重機を操り、その屋根の下まで救助した人々を運ぶ。
しかし幸いにも、雨はその後、30分ほどで勢いが衰え始めた。どうやら、低気圧の中心を抜けたらしい。風はまだ強いものの、雨は急速におさまっていく。
もしかしたら、先ほどの砲撃によって、この低気圧自体が弱まったのかもしれない。ともかく王都は、どうにかこの嵐を乗り越えた。
後に残ったのは、水浸しの都市に大勢の避難民、そして、全長450メートル、高さ80メートルほどの、王宮をはるかに超える巨大な航宙戦闘艦だった。