#5 魔族
「さて、どうするか……」
艦長が、目の前で悩んでいる。そんな艦長を見る僕も、悩んでいる。
艦長の悩みは、分からない。僕の悩みは、そんな艦長に呼び出されて、なぜ呼び出されたかが分からないことだ。さっきからずっとこの調子だ。目の前で悩まれても、困るのだが。
「あの、艦長。それで小官を呼び出したのは一体、何の用事なのですか?」
「ああ、そうだ。貴官を呼んだのは他でもない、実はこの星のいずれかの国と、同盟関係を樹立できないかと考えているのだ。」
「はぁ……」
それがどうしたという話が出る。僕が呼び出された理由にしては、随分と話がでかくて筋違いだ。
「……で、まさか技術士官である小官に、どこかの国との交渉に赴けとおっしゃるのですか?」
「そんなことは言っていない。第一、今の状態でどこかの国に出向いたところで、何の成果も得られないだろう。」
「はぁ、それはそうでしょうね。では一体、どうするおつもりでしょうか?」
このセザール艦長は、決して無能な艦長ではない。これまでも数々の哨戒活動を行い、味方に多くの情報をもたらしてきた。
そんな艦長が、何やらおかしなことを言い出した。僕には、艦長の考えがさっぱり読めない。
「率直に聞くが、我々が同盟を締結する相手として考えるべき国は、どこだと思う?」
「どこだと言われましても……我々は、パレアレス王国以外の国の名前を知りませんし。」
「そうだ。しかも、聞くところによればこの星の男、つまり魔族は、国を持たぬそうだ。」
「そうなのですか?」
「少なくとも、あの5人はそう主張している。それゆえに、今のところは同盟関係を結べる相手は、パレアレス王国しかない。」
「ですが、パレアレス王国は、女だけの国。しかも、男を魔族と呼んで憎悪の念を抱いております。男だらけのこの艦と同盟など、とても結ぶとは考えられませんが。」
「そうだ。だから、困っているのだ。」
そんなこと、僕に言われたって困る。だが艦長は、続け様にこんなことを言い出す。
「そこでだ。我々がパレアレス王国に受け入れられるためには、その国が我々を必要としたくなるだけの何かを提示する必要がある。」
「何か、ですか?」
「そうだ。少なくともあの5人は、我々の技術に惹かれてこの艦に居座り続けている。ということはだ、パレアレス王国に、我々とよしみを結びたいと思わせる何かを出せるのではないかと考えてみた。」
「はぁ、なるほど、その通りです。で、その何かとは一体、なんなのですか?」
「それが分からない。だから、貴官にはそれを探って欲しいのだ。」
……なんだ、もっともらしいことを言い続けて、結局ノーアイデアじゃないか。そんな大事なことを、僕に丸投げとは。
要するに艦長は、技術士官ならば何か都合の良いことを思いつくのではないかと期待して、僕を呼び出したというわけだ。呼ばれた僕は、当惑するしかない。
「ですが、艦長。」
「なんだ。」
「左機関の応急処置が終わり、ひとまず大気圏外に出られるようになったと聞きました。ならば宇宙に出てワームホール帯を見つけ出し、恒星間通信を試みるか、もしくは我々の星へと向かうのが先決ではありませんか?」
「なんだ、貴官は聞いていないのか?」
「……何をですか?」
「調査の結果、ここが銀河系ではない場所だと判明した、ということをだ。」
「は?」
僕は一瞬、艦長の言葉を理解出来なかった。いや、言葉が理解出来ても、意味が分からない。
「ど、どういうことですか!?」
「どうもこうも、言葉通りだ。昨夜、天体観測隊が組織されて、我々の現在地を把握するべく観測を行った。その結果、我々の知る1万4千光年の宇宙では、絶対に見ることのできない天体が観測されたのだ。」
「絶対に見られない天体って……なんですか?」
「棒渦巻銀河だよ。」
「ぼ、棒渦巻銀河?」
「そうだ。」
「いや、別に棒渦巻銀河くらい、幾つも観測されており……」
「それが、ここからわずか7万光年ほどの距離に存在するというのだ。」
「は?7万光年!?そんな近くに、棒渦巻銀河が!?」
「そうだ。空一面に輝く、巨大な棒渦巻銀河。我々の知る宇宙では、決して見られない天体が、そこにあった。それがどういうことか、分かるだろう。」
僕は衝撃を受ける。その銀河は、推定でも直径10万光年以上はあるという巨大銀河だそうだ。
確かに、我々の知る宇宙にも、銀河は存在する。だが、最も近い銀河といえば、大マゼラン雲と呼ばれる銀河。これも棒渦巻銀河に分類されるらしいが、その距離はおよそ16万光年。大きさはせいぜい1.5万光年とされている。
だが、観測班が捉えたその銀河は、それより遥かに近く、はるかに大きい。何よりも、その形だ。
そのとき僕は艦長から、一枚の写真を渡される。その写真に写る銀河は、まごうことなき棒渦巻銀河だ。中央部が棒状に引き延ばされた、棒渦巻銀河の見本ともいえるほどの見事な銀河。そんなものが、空一面に広がっている。だがこんな天体は、我々の宇宙では絶対にみられない。
「少なくとも、ここが異なる銀河に属する星であることは明白だ。あるいは、全く異なる宇宙である可能性も……いずれにせよ、機関が直ったからと言って、宇宙に飛び出せる状況ではない。それは、理解できるか?」
「はい、分かります。」
「ということは、だ。我々が取るべき最善の行動は、なんだと思うか?」
「……この星で、我々の生活圏を確保すること、でしょうか?」
「そうだ。そういうことになる。」
艦長の言いたいことが、ようやく理解できた。が、まだ僕には実感がない。しかし、僕の手にあるこの写真が、我々の置かれた立場を冷徹に語りかけてくる。
「……ならば、どうにかしてパレアレス王国に取り入る手段を考えねばならない、と。」
「そういうことだ。私も考えてはいるのだが、一向に思いつかぬ。なにせ彼らは、我が艦の乗員の大半である男を魔族と呼び、忌み嫌うからな。困ったものだ。」
「ならばいっそ、魔族の国を探しますか?」
「それもいいだろうがな。だが、我らに残された時間はせいぜい2週間だ。今から探し出して、間に合うのか?」
「2週間……ですか。なぜ、それほど短いのですか?」
「このまま補給を受けねば、2週間で食糧が尽きるだろう。」
「あ……」
そうだった。言われてみれば、我が艦の備蓄量はせいぜい2週間。しかも、補給皆無の状況にあるのだった。
さらに今は、あの5人も加わる。あの5人は、どういうわけだかこの艦に居座ってしまった。確かに巨大イノシシを捕まえて肉を得ることはできたものの、食糧消費の増加分の方がでかい。このままでは到底、2週間も持たない。事態は予想以上に深刻だ。
「肉を得る手段があると言っても、それだけでは……野菜に調味料、いや、食糧以外のものも生きるためには必要だ。核融合炉の燃料は水素であるから、水の電気分解で調達可能だが、エネルギーだけでは人は生きられぬからな。」
「はぁ、おっしゃる通りです。」
「そういうわけだ。何か良い提案を、期待している。」
結局、僕はその艦長の丸投げを拒否できなかった。想像以上にこの艦の置かれた状況は深刻だということがよく分かった。仕方ない、なんとか考えてみるか。
「はぁ!?お前ら魔族を、パレアレス王国が受け入れる方法だと!?そんなもの、あるわけなかろう!」
食堂にいたクレセンシアに、僕は単刀直入に尋ねる。応えは、自ずと分かってはいたが。
「……だよねぇ……そんな都合のいい話、あるわけないよね。」
「当たり前だ!何ゆえ我ら誇り高きパレアレス王国が、お前ら魔族など受け入れねばならないのか!?」
などと言いながら、ガツガツとカレーライスを召し上がる女勇者。そのカレーの上には、昨日捕まえたあの巨大イノシシ肉が乗せられている。にしてもこいつ、我々の資源を食い散らかしながら、随分とつれないことを言う。
「仕方がないなぁ……いっそ、魔族の国を探し、接触してみることにするか。」
「なんだと!お前、裏切るつもりか!?」
僕が何気なく言ったこの言葉に突っかかるクレセンシア。いや、裏切るも何も、まだお前らとはなんのよしみも通じていないだろうが。
「この艦が魔族だらけだからという理由でパレアレス王国が受け入れないとなれば、我々は魔族に靡くほかない。それは、当然の理だろう?」
「何をいうか!魔族などと接触しようなどとは無意味だ!あの連中に、理性などあろうはずもない!」
いやあ、お前らを見ていると、人族もさほど理性があるとは言えないのでは?初対面でいきなり殺しにかかる勇者もどうかと。
何かヒントでも得られないかと、安易に声をかけたのが間違いだったな。さて、どうしたものか……
「……やはりここは一度、魔族にも会ってみるか。」
「は?」
僕の独り言に、反応するクレセンシア。
「お前、何を言っている!正気か!?」
「いや、我々はこの星のことを知らなさ過ぎる。そんな状態で、どこかの国や団体と結びつこうなどというのは無理がある。ならば、もう一方の存在に実際に触れてみることは、我々の進むべき道を知る上で重要なことだろう。」
「バカかお前は!魔族なんぞに会ったら、殺されるぞ!」
クレセンシアは必死に僕を止めようと試みるが、そもそも僕は彼女の言葉など聞き入れるつもりはない。だいたい、魔族に会ったらなぜ、殺されるのか?その理屈がそもそも分からない。
彼女のいう「魔族」とはすなわち、男のことだ。ならば、男が男に会いに行くことがどうして「死」だと言い切れるのか。むしろ「人族」と会う方が、我々にとっては「死」に近い。実際、殺されかけたわけだし。
僕はそのまま食堂を出てエレベーターへと向かう。エレベーターを待っている間に、僕は後ろから呼び止められる。
「おい、待て!」
よく見れば、クレセンシアが追いついてきた。僕は無視して、到着したエレベーターに乗り込む。
「待てと言ってるだろう!」
「いや、悪いが急いでいるんだ。我々には、あまり時間がない。」
「お前、魔族に会いに行くつもりだろう。」
「そうだ。」
「では、私が付き添ってやる。」
「は?」
このクレセンシアの意外な申し出に、僕は思わず立ち止まる。
「いや、人族が魔族のところに赴くのは危ないのではないか?」
「ならば聞くが、お前はどこに魔族の村があるのか、知っているのか?」
「……いや、知らない。」
「それならなおのこと、その場所に案内できる者がいないと困るであろう。」
「いや、しかし……」
「魔族の姿を見たいというなら、止めはしない。だが奴らは、お前が思っているような連中ではない。あれこれ忠告するより、身をもって知った方が早いだろうな。」
なんだこいつは?まさか、僕のことを心配しているのでは……いやいや、そんなことはないだろう。つい昨日までは、我々のことを魔族だと言って殺しにかかってきた奴らだ。信用など、できるわけがない。
艦長に電話で出撃許可を取った後、僕は第3格納庫に向かう。その途中、クレセンシアが僕に武器を渡せと言ってくる。
「おい、私の聖剣マドゥミアドワーズをもらいたい。」
「……艦内は、武器の携帯は禁止だが。」
「これから外に出るのであろう!魔族と対峙するのに、丸腰でゆけと申すか!?」
いや、だからついてこなくていいというのに……だが、案内人がいないでは時間がかかるのも確かだ。それに、確かに彼女を丸腰というわけにもいかない。仕方なく僕は、外のみで使用することを条件に許可する。
鎧と聖剣を身につけたクレセンシアと共に、僕は第3格納庫に入る。そこにはすでに発進準備の整った人型重機がいた。
そういえばまだ少し、血のりが残っているな、この格納庫。あちこちがまだイノシシの血で汚れている。そんな格納庫の真ん中に置かれた重機に、僕は飛び乗る。
「なんでぇ、中尉殿。人型重機でデートですか?」
デジレ兵曹長が、クレセンシアと並んで乗り込んだ人型重機を見て囃し立てる。何を言っているのか、整備長よ。そんなわけがないだろう。だが僕は特に反応することなく、重機のコクピットに乗り込み、起動スイッチを入れる。
ヒィーンという、核融合炉の動作音が鳴り響く。直後に、重力子エンジン独特のブーンという音が響き始めた。
発進準備が整うと、格納庫のハッチが開く。ここ第3格納庫は居住区の前、砲身の真下にあるため、ハッチは下側に開く。床に空いた大きな穴に向かって、重機を前に進める。
「1番重機、発進する!」
僕は無線で知らせると、重機を前に進める。ガラスハッチ越しに、地上が見えてきた。
「おい、待て……発進って、まさかここから飛び降りるのか……」
後ろでクレセンシアがぶつぶつと呟いているが、構わず僕は人型重機を前進させる。そして、開口部から飛び出す。
「うわあああぁっ!」
後ろが騒がしいな……飛び降りると言っても、高々30メートルほどの高さ、騒ぐほどではない。第一、この重機は反重力で飛べる。ハッチから飛び出して少し降下したのち、そのまま低空で飛翔する。
「……な、なんだ!?まさかこのゴーレム、飛んでいるのか?」
「そうだよ。これが飛ぶところを一度、見てるじゃないか。」
「いや、それはそうだが……しかし、浮遊岩でもないのに、どうして宙に浮くのか……」
「浮遊岩?」
「お前は見なかったか?時々、空に岩山が浮いているであろう。あれが、浮遊岩だ。」
「ああ、言われてみれば、不思議な岩山が浮いているのを見たな……5人組の襲撃やイノシシ退治で、すっかり忘れていたが。」
そういえば、ここにたどり着いた時に、空に浮かぶ岩山を見たのを思い出した。あれはあれで、いずれは調べねばならない。が、ともかく僕はまず、魔族の村へと向かう。
クレセンシアによれば、この先に魔族の村があるという。あの時5人組は、その村を襲撃し殲滅するつもりだったのだという。いやはやこの勇者は、恐ろしいことをさらりと言ってのける。
やがて、その村らしきところが見えてきた。パッと見た限りでは、随分と小さな集落だ。家が5軒ほど。ここは本当に、村なのか?
僕は重機を着陸させる。いきなりこの重機の姿を見せると、恐れをなして姿を現さないかもしれない。そう思った僕は、少し離れた場所に着陸し、そこから徒歩で接近を試みることにした。
「あらかじめ言っておくが、魔族はお前が思うような連中ではない。話が通じるなどとは微塵も思うな。」
「それは何度も聞いた。忠告は、ありがたく受け取っておくよ。」
もう何度もこのやりとりをしている。クレセンシアは執拗に、僕に魔族の残忍さを説こうと試みる。だが考えてみれば、こいつらだって問答無用で斬りつけてきた。つまり、鼻から魔族と話し合うつもりなどない。そんなやつに、話が通じないなどと言われても信じられない。だから僕は、人族の持つ偏見と切って捨てていた。
そう、実際に彼らに、出会うまでは。
森の間の細い道をしばらく歩くと、村の入り口に到着した。そこには、2人ほどの男が立っている。
手には、槍のようなものを持っている。衣服は……なんだろうな、随分と粗末な服だ。布切れをかぶっているだけ、とでも言おうか。雑な服だ。クレセンシア一行よりも、時代的には随分と劣っているように見える。
すると、僕の足音を聞きつけたのか、1人がこちらを見る。
「誰だ、おめえは?」
さて、これが僕にとって、魔族とのファーストコンタクトだ。クレセンシアの時のように、刺激しないよう心がけねば。とはいえ、僕も同じ「魔族」だ。クレセンシアの時ほどに構える必要はないだろう。
そう考えていたのが、甘かった。
「ここは、魔族の村と聞いた。この村の長と話がしたい。」
単刀直入に、こちらの用件を伝える。が、奴らはまるで話を理解できている様子がない。
「はぁ!?なんだてめえは!どこのオスだ!?」
オス……まさか、彼らは自分達のことを「オス」と呼んでいるのか?随分と低俗な呼び名だな、おい。それが確信に変わるのは、もう1人の男のセリフだった。
「おい、こいつ、メスを連れてやがるぞ!」
「なんだってぇ!?ほ、ほんとだ、メスだ!」
クレセンシアが視野に入るや、いきなり今度はメス呼ばわりだ。なんだこいつら、本当に人間か?
「おい待て!この人はメスなどでは……」
「ヒャッハー!わざわざメスが、ここまでやってくるとはな!」
人の話を聞いている様子はない。門番らしき男2人は、槍を向けて襲いかかってくる。
仕方なく僕は、銃を向ける。そして中出力に上げて、1発放つ。彼らの足元に着弾したビームは、彼らの目前の地面をえぐりとる。
一瞬、彼らの動きは止まる。が、その後、まるで何事もなかったかのように再び襲いかかってくる。ダメだこいつら、まるで脅しが効かない。
その時、後ろから赤い光がほとばしる。そう、まるで液状の炎のような光が、僕の後ろから放たれた。その光は、あの2人を包み込む。
あっという間の出来事だ。あの2人は、クレセンシアの聖剣の放つ炎の滴によって焼かれ、消滅する。後に残ったのは、黒い消し炭のような塊だけだった。
僕はその力に、恐怖する。
「く、クレセンシア、何も殺さなくても……」
「奴らには言葉など通じない!殺さねば、お前が殺される!」
騒ぎに気づいた連中が、村の中からこっちに押し寄せてくる。その数、およそ10。僕はクレセンシアに叫ぶ。
「急ぎ、重機に戻る!」
僕とクレセンシアが走る。だが、奴らは意外に速い。数人が、装備が重く遅いクレセンシアに襲いかかる。だが、クレセンシアはあの大剣を振るい、炎で次々と焼き殺す。しかし、後続の連中は恐れをなすこともなく、依然として追いかけてくる。
奴らには、恐怖という概念がないのか?3人まで減ったところで、ようやく奴らは退散する。僕とクレセンシアは、どうにか重機にたどり着く。
「おい、アルフォンスよ。」
「なんだ。」
コックピットに座り、ガラスハッチを閉じたところで、クレセンシアが僕に話しかける。
「このまま、あの村に突入してくれ。」
「は?いや、そういうわけには……」
「あの村には、少なくとも5人の人族がいる。」
それを聞いた僕は、クレセンシアに尋ねる。
「……どうして、5人いると?」
「空から見ただろう、あの村には5つ、建屋があった。あれは人族を閉じ込め、奴らの子を作らせるための小屋だ。」
僕は一瞬、耳を疑う。まさか、あそこに人族、つまり女が閉じ込められていると……
「どうして、そんなことを……」
「今まで何度も、魔族の村を襲ってきた。奴らは洞窟や木の根元に住み、小屋など持たぬ。小屋を作るのは人族を捕まえ、子を作らせる時だけだ。だからあそこには、人族がいると分かる。」
「……分かった。だが、無闇な殺生は避けたい。その5人を救出したら、すぐに離脱する。それが条件だ。」
「ああ。しかし、おそらくさっき、ほとんど殺してしまったはずだ。あの村にはもう、魔族はほとんどいないだろう。」
恐ろしいことをサラッと言ってのける勇者だな。だが、5人も女が閉じ込められていると聞いて見過ごすわけにはいかない。僕は重機を発進させ、再びあの村へと向かう。
上空から、5つの小屋を見る。その中間地点付近に、人型重機を着陸させた。すると、数人の男、いや魔族が現れる。
無謀にも、この重機に向かって槍を突き立ててきた。だが、鋼鉄製のボディーに粗末な槍など通用するはずもない。バリアを展開するまでもないな、これは。などと考えながら、僕は小屋の一つへと向かった。
のしのしと歩く重機。小屋の前にたどり着くと、重機の腕でその扉をこじ開ける。が、力余って屋根ごと引き剥がすと、小屋の中が見える。その中にいたのは、1人の女性だ。
お腹が大きい。妊娠していることはすぐに分かった。だが、それ以上に彼女のその姿に僕は戦慄を覚える。
足には、鎖がかけられている。彼女のその姿も、ほぼ半裸。床にはワラが敷き詰められた簡素な作りで、まるで家畜のような扱いだ。その女は、突然現れたこの巨大な人型兵器を見て震えている。
「ハッチとやらを開けてくれ!あやつを助ける!魔族は、任せた!」
クレセンシアが叫ぶ。僕は、重機のハッチを開ける。と同時に、クレセンシアが飛び出す。そして彼女のそばに降り立つと、あの聖剣を使い、手早く鎖を切り落とす。
槍を構える男、いや、魔族は4人。奥には、一際大きな大男が1人。あれはもしかして、この村の長だろうか?
その4人と長らしき人物は、小屋の前に立つ人型重機に槍を向けたまま動かない。さっきよりは、妙に統制の取れた動きをしている。
その大男と対峙している間に、クレセンシアが小屋の中にいた女を助け出し、重機に連れ込む。コックピット内の自席に座らせると、再び彼女は地上に降りる。そして、目の前にいる5人の方へと向かう。
「お、おい!クレセンシア!」
何をしようとしているのか、大体分かった。だから僕は、彼女を呼び止め制止を試みる。が、すでにクレセンシアはその大剣を抜き、斬りかかっているところだった。
槍を持った4人が、クレセンシアの襲撃に身構える。が、クレセンシアはその4人には目もくれず、後ろにいる大男にその剣を振り下ろす。ほとばしる炎が、男を襲う。あっという間に大男は、消し炭と化す。
それを見た4人は槍を捨てて、一目散に逃げ出した。
「お、おい……どうなっているんだ?」
「魔族の長を倒せば、奴らは統制を失い逃げ出す。極力、殺生を避けるという約束だ。だから、長のみを殺した。これで、残りの4つの小屋からも人族を救い出せるだろう。」
「そうなのか……で、あの4人は、どうなるの?」
「群れの長を失った。つまり生き残った奴らは、生きる術を失ったも同然だ。近いうちに、森の中で朽ち果てるだろう。」
大剣を背中の鞘に納めながら、淡々と語るクレセンシア。そして彼女は女、いや人族を救うため、残りの4つの小屋へと向かう。
一方で僕は無線で、哨戒機の発進を要請する。救出した女達を艦に連れ帰るためだ。
そこで僕は悟る。
クレセンシアのいう通り、魔族とは理性のかけらもない種族だということが分かった。そして、この星の人族はそれ以上に恐ろしい存在だということだ。