#2 女騎士一行
「アルフォンス中尉、意見具申!」
「なんだ……言ってみろ。」
艦長の問いかけに対し、僕は意見具申で応える。やや不服そうな艦長だが、僕は構わず続ける。
「地上に降り、より詳細な調査が必要と考えます。あの不可思議な岩山、通常よりも大きな地球型惑星、我々の常識では図りかねます。何よりもまず、事実を確認するべきかと。」
「そ、そうだな……よし、調査を許可する。どのみち、停止した左機関を点検、応急処置する必要もある。これより地上に降下し、状況確認を行うこととする。」
少し、艦長のトーンが落ちてきたような気がするな。無意味に敵艦隊に接近し、その挙げ句招いた結果だ。今ごろになって自覚し、反省したのではあるまいか。だが正直、もう遅い。
ともかく我が艦は、森の中にある草地に向かって、降下を開始する。
「……特に毒性の高い気体や、異常な放射線量など、身体に害を及ぼすものは検出されておりません。」
「そうか。ならば、出るか。」
僕は艦底部のハッチの前で、エリク少尉が計測機片手に報告する。その結果を受けて、僕は外に出ることを決意する。
ハッチが下がる。下側に向かって開くここのハッチは、そのまま出入り口と地面とをつなぐスロープとなる。
そのスロープを下り、エリク少尉と共にその不可思議な惑星表面へと足を踏み入れた。
別に、変わったところはない。ごく普通の地面、ごく普通の大気、ごく普通の植物だ。
そばにあった石を拾う。手に上で転がして放り投げてみたが、宙に浮く気配はない。先ほどのあの宙に浮く岩山、あれは一体、何だったのか?
巨大惑星ながら重力が同じということは、その分密度が低いと考えられるのだが、ここの地表にはそんな低密度の石は見当たらない。
降りてはみたが、やはり謎だらけだ。そもそもここは、同じ宇宙の星なのか?なぜか、そんな疑問が頭をよぎる。そこでしばらく僕は、周囲に何か奇怪なものがないか、探索を続ける。
僕とエリク少尉以外にも、何人かが降りてきた。息苦しい艦内に嫌気が差した非番の乗員が、気分転換のために現れたのだ。
「いやあ、やっぱり地上はいい!」
能天気なものだ。久しぶりに太陽の元に出られて、伸びをしながら心地よい森林の香りを楽しむ人が徐々に増えつつある。
が、忘れてはならない。ここは未知の星、何が起こるか分からない、そういうところだ。
「皆さーん!ダメですよ、あまり奥に行っては!」
僕は非番の彼らに警告する。元々は、調査のために降りた地上だ。にも関わらず、調査とは無関係な乗員が多過ぎる。何か不測の事態が起きた際には、どうするつもりか?
が、残念ながらその不測の事態が、起こってしまった。
それは、地上に降りてから、30分ほど経過した時のこと。森の木々の間から、何かが現れた。
驚いたことに、それは明らかに人だ。この星には、人がいた。
ちょうどその時、僕はボーリング調査を行なっていた。土壌サンプルから、この星の重力の謎を調べようと考えてのことだが、そこに突然、人が現れたのだ。
3人、いや、5人いる。1人は銀色に輝く甲冑を身にまとい、背に大きな剣を抱えている。その奥に、ローブ姿の人物が2人、大きな盾を持った人物が1人、残りの1人は……メイド?
いきなり人が現れたのにも驚いたが、いずれも女性だ。男が1人もいない。こんなうっそうとした森には不似合いな集団に、僕は違和感を感じる。
だが、現れた彼女らを見て、ちょうど木々を調べていたエリク少尉が、彼女らに話しかける。
「あ、あの!あなた方、もしかしてこの辺りの人ですか!?」
未知の星でのファーストコンタクト。やや興奮気味に話しかけるエリク少尉だが、その先頭に立つ鎧姿の大剣持ちが、エリク少尉に向かって叫ぶ。
「……おのれ!やはり魔族か!?」
物凄い偶然だが、言葉は通じる。だが、言っていることは理解できない。いきなり初対面で、悪魔呼ばわりだ。エリク少尉は慌てて否定する。
「いえ、我々はただ、ここに迷い込んだ者でして、決してあなた方に危害を加えるつもりは……」
だが、その女騎士は、エリク少尉の話など聞こうともしない。背中の大剣を抜くや、それを真上に掲げる。
僕は慌ててエリク少尉の元に走る。こんなところで、トラブルを起こしている場合ではない。
が、その僕の目の前で、信じがたいことが起こる。
鎧姿の女騎士が掲げた剣が、赤く光り始める。まるで炎のような光の揺らぎが、剣から立ち昇る。まずいと察したエリク少尉は、腰に手を添える。
そして、女騎士はその大剣を振り下ろす。
炎、というより、まるで赤い色の液体のようなものが、剣先からほとばしる。それはエリク少尉に降り注ぐ。危険を察したエリク少尉は、腰のスイッチに手を触れている。
腰には、携帯バリアシステムが装着されている。その防御兵器は、我々の持つ拳銃の放つビーム程度なら余裕で防げる。
そんなバリアシステムをも、その液状の炎は貫いてしまった。
が、咄嗟にエリク少尉は後ろに倒れたため、間一髪、その炎の直撃を逃れる。そのすぐ後ろにあった大木に、その炎が降りかかる。
一瞬で、大木は火に包まれる。まるでティッシュペーパーにでも引火したかのように、あっという間に燃え尽きる大木。
その光景を見た乗員らに、緊張が走る。
「うわぁぁぁっ!」
外にいた十数人は慌てて入り口に殺到する。間一髪、難を逃れたエリク少尉も逃げ出す。僕も後退し、ボーリング装置の陰へと身を隠す。そしてスマホを取り出し、無線機能を使って艦橋を呼び出した。
「アルフォンス中尉より艦橋!緊急事態発生!」
『艦橋より中尉、どうした!?』
「5人の武装集団が現れ、正体不明の武器にて攻撃を仕掛けてきた!現在、我が艦に接近中!第3格納庫のハッチを開け!」
『だ、第3格納庫?』
「急げ!」
僕はとっさに艦の主砲身の下面にある第3格納庫のハッチを開けるよう要求する。その間にもあの5人組が、じわじわとこちらに接近し続ける。
「隠れるとは、卑怯な!だが、我が聖剣マドゥミアドワーズからは逃れられぬ、覚悟せよ!」
あの怪しげな大剣使いの女騎士が、あの炎の剣を抜いたままこちらに接近してくる。そして、またあの剣を振り下ろす。
僕は、バリアシステムのスイッチを押す。液状の炎は、僕の手前にあるボーリング装置を襲う。
バリアシステムですら貫く炎だ。あっという間に、装置は炎で包まれる。装置が僕の身代わりとなってその炎を受け止めてくれたおかげで、僕は辛うじて助かる。
が、これで僕を遮るものは無くなった。あの奇妙な女騎士は僕の方へと歩み寄り、再び剣を振り上げる。
そこで僕は、ヘッドセットをつけた。
すでに第3格納庫のハッチは開いている。その奥から、人型の物体が射出される。人型重機だ。体長4メートルほどの、二足歩行型重機。宇宙空間での工作任務に用いる機体だ。
こんなこともあろうかと、僕は予め人型重機を出動できるようにしておいた。こいつは今、脳波を読み取るヘッドセットを介して、コントロールしている。
そしてあの女騎士が再び、剣を振り下ろす。
液状の炎が、僕に襲いかかる。その間に、人型重機が立ちはだかる。
人型重機には、さらに強力なバリアシステムが搭載されている。人の携帯用よりもはるかに強力なその防御兵器は、その炎を食い止めた。
「な、なんだこのゴーレムは!?空から現れただと!?」
攻撃を防がれた女騎士は、唖然としている。だが、撤退する気配はない。そこで僕は、さらなる一撃を加えることにする。
重機の右腕には、10センチ口径のビーム砲が装備されている。僕はそれを森に向けて、1発だけ放った。凄まじい轟音と共に、放たれたビームは森の木々を数本なぎ倒し、その地面ごと抉り取る。
そしてその衝撃で、先頭に立つ女騎士は爆風に煽られて、地面へと伏せる。後方の4人はその爆風に耐え、辛うじて立っている。
「くっ!なんだ、この魔法は……」
悪態を吐く女騎士だが、その衝撃で手に持っていた大剣を落とす。それを僕は、見逃さなかった。僕は、倒れたその女騎士目掛けて襲いかかる。
まずは、足元に落ちている大剣を蹴飛ばして、やつから武器を引き離す。やつはそれを拾い上げようと試みるが、僕はすれ違いざまにその横腹を目掛けて、蹴りを入れる。
その衝撃で、女騎士は気を失い、倒れる。
「クレセンシア様!」
4人のうちの一人、茶色のローブをまとった人物が叫び、杖を前に突き出す。ただの木の棒のようにも見えるが、おそらくはあれも何らかの武器だろう。そこで僕は気を失ったその女を抱え、腰から銃を抜く。そして一発、ローブ姿の女の足元に発砲、そのまま銃を、捕まえた女騎士の頭に突きつける。
「動くな!その場に武器を捨て、手を挙げろ!」
その意味が、4人には伝わったようだ。僕が抱えるこの人物は、その4人にとってはよほど重要な人物らしい。あっさりと僕の指示に従い、手を挙げて降伏の意を示す。
その様子を見ていた我が艦の乗員数名が飛び出し、足元に落ちた彼らの武器と思われる杖などを回収、その4人にも銃を突きつけつつ、艦内へと連行する。僕が倒したこの女騎士も、現れた医療班らによって担架で運び込まれる。
成り行きとはいえ、現地の住人を捕らえてしまった。が、危ない武器を持った連中で野放しにもできないし、気絶させておいて放置するわけにもいかない。こうするしかないだろう。
そして後に残ったのは、僕の操る人型重機と、いくつかの燃えかすのみだった。