#19 生活
僕らが、あの世界から帰還して、すでに3年が経った。
残念ながら、未だに僕ら、地球325遠征艦隊は、クレセンシアの世界につながるワームホール帯を見つけ出せてはいない。時折、遠征艦隊ではあの宙域を探索しているが、未知のワームホール帯が出現することはなかった。
しかしそんな中でも、その世界から来た6人は今を精一杯生きている。
気づけば6人とも、哨戒艦11番艦の乗員達の元に落ち着いている。セレステはジスラン中尉と、カリサはクリストフ少尉と、サリタはコンスタン大尉と、イラーナはブリアック中尉と、そしてロレナはエリク少尉という具合だ。
魔獣の解体を得意とするセレステだが、そんな特技はこちらの世界では通用しない……と分かるや、彼女は料理人としての道を歩み始める。と言っても、やっていることはマグロの解体、豚の丸焼きなど、ダイナミックな料理を好む。あの戦慄を覚えるほど血塗れな姿で微笑む彼女からみれば、それでもまだ常識人の範疇への転向と言えるだろう。なお、オフの時はジスラン中尉と共に、山中でのハンティングとジビエに勤しむ日々を送っていると聞く。
カリサはといえば、専業主婦をしている。元々、シルクパトリック伯爵家で留守番を専らとしていた彼女だけに、これが一番性に合っていると自覚しているようだ。今でも時々、クリストフ少尉に抱かれて歩いているところを目撃されている。といっても、彼女自身すでに一児の母。赤ん坊を抱っこする母親を、まとめて抱っこするクリストフ少尉……という、マトリョーシカのような抱っこ風景がたまに目撃されている。
続いてサリタは、スポーツジムのインストラクターへの道を歩んだ。健康的な肉体を持つ彼女だが、趣味で始めたジム通いで目をつけられて、そのままインストラクターへ引き込まれた。ジムでは人気者らしく、やきもきするコンスタン大尉は、そのジムの会員となって自らの嫁の監視に余念がないという。
イラーナはといえば、ブリアック中尉との仲の良さが近所でも有名らしい。とにかく彼女は、目立つ。どこにいても、目立つ。どちらかというと陰キャだったブリアック中尉を表舞台に引き摺り出してしまったその手腕は、光の魔術師という言葉に相応しい人物だと言えよう。
一度はあちらの世界で殺されかけたエリク少尉は、結局、あちらの世界のロレナと一緒になった。子供も産まれたようで、3人で歩く姿を我が艦の多くの乗員が目撃している。
ところで、クレセンシアやイラーナ、ロレナは特異魔術の持ち主だ。だが、この世界ではその魔術は顕在化されなかった。
魔石のいくつかを持ち帰っていたので、魔石の分析も試みた。が、結果、それは単なるルビーだと判明する。拳大のルビーそのものは、確かにこっちでも珍しいものには違いないものの、こちらの常識では魔力を蓄えたり、発揮したりできるものではないことは明白だ。結局、あちらの世界の魔術の謎に迫ることはできなかった。
ああ、そういえば、異世界人達以外のカップルもその後、進展があった。
フェリクス少尉とリゼット准尉は、すでに結婚し一緒に暮らしている。で、今も一緒に、哨戒艦11番艦の主計科で仲良く任務をこなしている。
フロラン少佐はというと、我が艦を降りて駆逐艦3115号艦の艦長となった。すると、我が艦の医師だったクレール先生も、フロラン少佐のいるその艦へと移乗する。その後、2人がどうなったかは聞かないものの、おそらくすでに夫婦なのではなかろうか?なお現在、哨戒艦11番艦には別の医師が赴任している。ちなみにその医師は、女医ではない。
そして最後に我が妻、クレセンシアだ。すでに彼女は、2児の母となっている。
1人目が生まれたのは、あの世界から帰還して8ヶ月目のことだ。ええと、つまりその子は、あちらの世界にいるときには、すでに……
で、2人目が生まれたのは今から半年前のこと。2人とも男の子で、スクスクと育っている。
「おい!アルフォンス!」
子育てに追われる毎日だというのに、この元女勇者は元気がいい。
「……なんだ、クレセンシア。」
「なんだ、ではない!さっさと3人目、作るぞ!」
「いや、まだブルーノが生まれて半年だぞ。ちょっと早いんじゃないか?」
「構わぬ。今夜あたり、種付をするぞ!」
頼むからその言い方、なんとかならないだろうか?相変わらず彼女は、常識がない。
もっとも、外ではそこまで露骨な会話をすることはなくなった。2人の幼子を抱えながら、奮闘する主婦ということで、宿舎にいる他の奥さん方の間ではむしろ、健全でたくましい奥様という印象らしい。
確かにクレセンシアは、頼り甲斐がある。勇者と呼ばれるだけあって、周りを惹きつけるカリスマ性は抜群だ。気づけばこの宿舎にいる若奥様連合の頂点に君臨し、世話を焼く毎日だ。
「次こそは、人族……じゃない、女だ!女の子とやらを産むぞ!」
「いや、それは分からないだろう。どちらでもいいんじゃないか?」
「そうはいかなぬ!母上も、2人の男に1人の女を授かったのだ!娘である私も当然、女の子を宿さねばならない!」
別に母親と同じ子供構成にしなければならない決まりはない。ついでに言うと、クレセンシアの母親は、正確には男と女を2人づつもうけたことになる。クレセンシア自身も、レオカディアさんの娘なのだから。
「さすれば私のあの聖剣を、娘に譲るのだ!やはり跡取りは欲しい、だから、次こそは娘を!」
娘を跡取りというあたりが、やっぱりあっちの世界の影響が残っている証拠だな。20年もの間植え付けられた常識が、高々3年程度で変わるわけがないということか。
しかし、今頃はあちらの世界も、どうなっているのだろうか?
思えば我々がこちらに戻る直前に、すでにパレアレス王国は女だけの国ではなくなっていた。たった3ヶ月で、あの変わりよう。それがもう3年も経っている。今頃は王都の様子も、大きく変わっているのではあるまいか?
別に僕らがあそこに出現しなくても、そういう時代は訪れたことだろう。我々の存在如何にかかわらず、ファティマ帝国はパレアレス王国を攻めるつもりだったようだし、その結果は、今と大きく変わらなかったかもしれない。
いや、僕らの存在有無で、やはり結果は大きく変わったのではあるまいか?
最初の水害では、僕らによって多くの人々が救われた。ファティマ帝国の侵略でも、結果として1人の犠牲者も出さず、穏便に治めることができた。あれは、僕らなしには成し得なかったことだ。我々が転移していなければ、パレアレス王国の人々の犠牲者は多かったことは疑いない。
今にして思うことだが、僕らがあの世界に出現したことは果たして、偶然だったのだろうか?そしてその後、この世界に帰されたことも、もしかしたら見えざる何かの意思によるものではなかったのか?そんな超越的な何かを、僕は感じずにはいられない。
だから僕は、再びあのパレアレス王国へ行ける日が来ると信じている。その日が来るまでに、僕はクレセンシアと、その日に備えることにしている。
もっとも、3人目をどうするかは、また別の話ではあるが……
(完)




