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#18 共生

3ヶ月ほどの間、行方不明だった哨戒艦11番艦。そんな哨戒艦が生還し、しかも現れた途端に隠密艦隊の発見したことは、地球(アース)325の司令部で大いに評価される。

だが、我が艦の左機関は、応急処置で動いている。それが敵の索敵艦隊から離脱する際に全力運転したものだから、再び不調をきたし停止してしまう。このため、我が艦隊所属の戦艦リシュリュー内のドックにて修理を受けることとなった。


「両舷前進微速、ヨーソロー!」

「進路修正、面舵0.3度。」


岩肌剥き出しの戦艦に接近する哨戒艦11番艦。周囲には、駆逐艦が多数、展開している。

一方のクレセンシアら、パレアレス王国の一行だが、元の世界に戻ること叶わず、さぞかし落ち込んでいる……かと思いきや、今はそれどころではないようだ。


「まただ…また現れたぞ!」

「本当ですねぇ。一体ここには、あれがいくつあるんですか?」


クレセンシアを筆頭に、異世界組6人は艦橋の窓ガラスにへばりついて、外を眺めている。どうやら、さっきから外にいる他の艦を見てはざわざわしている。


「おい、アルフォンス!どうしてここには、哨戒艦がいくつもいるのだ!?」

「いや、だってここは、遠征艦隊の集結地点だから……」

「その遠征艦隊とやらには一体、いくつの哨戒艦がいるんだ!?」

「ええとその前に、あれは通常、駆逐艦と呼ばれていて……」

「なんだと!?哨戒艦ではないのか!」

「この艦は敵情偵察などの哨戒活動を主任務としている船だから、哨戒艦と呼ばれているのであって、駆逐艦というのは、戦闘が主任務の船で……」

「だから!その駆逐艦というのは一体、いくつあるのだ!?」

「1万隻だ。」

「は?」

「だから、遠征艦隊所属の駆逐艦は、全部で1万隻だ。それに30隻の戦艦がいて、さらに哨戒艦が30隻ある。」

「な、なんだと……?1万とは……あんな大きなものが、1万もあるというのか?」


視界に入っているだけでも、ざっと30隻は見える。だがそれは、この遠征艦隊のごく一部に過ぎない。

クレセンシアらにとってあまりにも非常識な数の駆逐艦がいると知って、愕然としているようだ。が、それが、こっちの世界の常識だ。ちなみに我が地球(アース)325は他に、本星防衛のための防衛艦隊も1万隻保有しており、全部で2万隻を抱える星だ。さらにそんな星が、すでにこの宇宙には900以上も存在する。


しかし、我が哨戒艦だけでも、パレアレス王国の王都を滅ぼせるほどの武器を保有している。そんなものが1万隻もいると知れば、愕然とするのも当然だろう。彼女らは、思うだろう。一体こっちの世界は、どれだけ街を滅ぼすつもりなのか、と。


だがそれは、30万キロを隔てて向かい合う駆逐艦同士の戦闘に使う武器だ。そのために凄まじい威力が必要だというに過ぎない。


そんな僕らの常識を、必死になって吸収しようとばかりに、窓にへばりついて外を眺める6人。そんな6人の前に、大型艦が姿を現す。


「おい、アルフォンス。浮遊岩が見えるぞ。」


言われてみれば確かによく似ているが、それは浮遊岩ではない。全長5100メートル、小惑星を船体材料とし、その無骨な岩肌をそのままに、表面には大口径砲やドックを備える大型艦。それが、戦艦リシュリューだ。

浮遊岩ならば表面にゴーレムがいるが、ここにはそんなものはおらず、代わりに駆逐艦が十数隻見える。戦艦リシュリューは、その表と裏に全部で37隻分のドックを備え、30門の主砲を装備する。就役して90年以上経つ老練艦だ。


今度はその戦艦の姿に釘付けになる6人。真下には、幾つもの駆逐艦が接舷しており、それをつぶさに見つめている。駆逐艦ドックを一つ通りすぎるたびに、彼女らは同じ方向をじっと見つめ、やがて別のドックが見えてくると、一斉に向きを変える。巣から顔を出す好奇心旺盛なツバメのヒナでも見ている気分だ。


だが、この艦は通常ドックではなく、修理用ドックへと向かう。それはこの戦艦のやや後方、艦橋の真後ろにあるドック。他のドックが小惑星表面にむき出しにされているのに対し、こちらは気密性のある密閉型ドック。駆逐艦を丸々内部に収め、船体の改修、修繕を行うことを目的とする施設だ。

駆逐艦の倍ほどの大きさのある戦艦リシュリューの艦橋を横切り、そこで反転して修理用ドックの入り口へと向かう。こちらの接近に合わせ、密閉型ドック扉が開く。艦橋内が再び、慌しくなる。


「入港許可、出ました!ビーコンキャッチ!」

「速力40、距離400!」

「微修正、俯角0.2!」

「両舷停止!慣性航行!」

「距離300……250……200……」

「速力を20まで落とせ!」

「両舷減速!赤15!」

「140……120……100……」


すでにドックの中に入っている。左右には、削られた岩肌が迫り、その奥に見える2つの塔のようなところの間に、艦の先端部が滑り込んでいく。


「20……10……ドッキング!」

「船体固定確認!前後ロック、よし!」

「機関停止!各種センサー、シャットダウン!」


ガシャンという音とともに、我が艦の船体は小惑星の岩肌に掘られたこの洞窟中のドックに固定される。と同時に、ドック内の明かりが点けられ、作業員が数名、現れる。

その作業員は、慣性制御のないこのドック内を無重力遊泳しつつ接近、艦橋の窓の真ん前の甲板に次々と降り立つ。そして甲板上の配管の幾つかと、ドックから伸びるパイプとを接合していく。それを見たクレセンシアは、こんなことを言い出す。


「おい、今のはなんだ!?まさかここの住人は、空を飛べるというのか?」


あれを魔術の仕業と勘違いしたようだ。いや、クレセンシアよ。大丈夫だ。ここならばお前も、空を飛ぶことができる。

やがてドック内の圧力調整が終了し、僕らはようやく外に出られるようになる。


『達する。艦長のセザールだ。当艦はこれより1週間、修理のためこのドックに滞在する。その間、乗員は戦艦リシュリューへの乗艦が認められる。なお、長期滞在のため、戦艦内のホテル・バルモラルへの宿泊許可も取ってある。戦艦内の街へ到着し次第、各自、ホテル・バルモラルへチェックインを行うよう。以上。』


艦内放送にて、この戦艦内への乗艦許可と、宿泊施設の案内が流される。僕はクレセンシアに手を差し出す。


「さてと、行こうか。」

「あ、ああ……」


そのまま一旦、2人で部屋に戻り、それから荷物を持ってエレベーターで降りる。

艦底部の出入り口付近で、少し揉め事が起きていた。


「なんでだよ!なんで、剣をもっちゃいけないんだ!」

「いや、武器の持ち込みは禁止されています。大体、そんなもの必要ないですって!」

「あたしは剣士だ!剣士が剣を持って歩くのは、当然だろうが!」


サリタのやつが、出入り口で剣を持ち出そうとして揉めているようだ。ああ、何考えているんだか……コンスタン大尉も、説得に苦慮しているようだ。

が、そこにクレセンシアが一喝する。


「置いて行け、サリタよ!」


これを聞いたサリタが、反論する。


「なぜでございますか、クレセンシア様!」

「ここのしきたりに従え。私も聖剣を置いていく。ここは、そういう場所だ。」


この一言で、渋々サリタは剣を下ろす。


さて、出入り口に1人、作業者が立っている……いや、浮いている。出入り口を出ようとする作業者が、外に出ようとする僕らに注意を促していた。


「あの、すいません!まだ作業中のため、ここは慣性制御が効いていません!無重力状態ですので、気をつけて進んでください!」


よく見ると、ここから向こう側の出入り口までロープが張られている。密閉ドックのため、空気はあるのだが、今は重力がないという。別に無重力でも問題はないが……いや、大ありだな。これに慣れていないのが、6人いるぞ。


「クレセンシア。」

「なんだ。」

「ちょうどいい機会だ。飛んでみるか?」

「な!?と、飛べるのか!?」

「ああ、だがちょっと注意が必要だ。僕がまず飛んで見せるから、それを真似するんだ。」

「ああ、分かった。」


相槌を打つクレセンシアを見て、僕は腰をかがめ、前向きに倒れる。頭が向こう側にある出入り口に向いたところで、軽く床をキックする。

ふわっと身体が浮き上がる。ゆっくりだが、確実にあの出入り口に進む。僕はくるっと後ろを振り返り、クレセンシアに声を掛ける。


「よし、こっちだ!」


クレセンシアも、見よう見まねでジャンプする。運動神経は抜群な彼女だ、難なく僕のやることを真似てきた。


「おお、すごいぞ!飛んでいる!」


そりゃあ興奮するだろうな。長い宇宙生活を過ごしているが、こんな経験は滅多にできない。ほとんど人口重力下で過ごす上に、空気のある場所での無重力なんてのは機会がない。僕でさえも以前、第3格納庫で慣性制御を切った状態での作業を行った際に、少し経験したくらいだ。

ふと僕は、目を上に向ける。複数の作業者が、左側面のシールドの辺りを飛び回っている。そういえば、パレアレス王国にワープアウトする寸前のあの4千隻からの砲撃により、あそこをやられたままだった。3ヶ月も放置していた傷跡を、ようやく修繕することができる。

と、目を下に向けると、第3格納庫が開いている。そこから、あの滅茶苦茶になった人型重機が運び出されようとしている。そうか、あれはもうこれで、見納めか。


「……なあ、アルフォンスよ。あの重機は一体、どうなるんだ?」


少し速い速度でジャンプしたのか、クレセンシアが追いついてきた。僕の左腕につかまり、運び出される人型重機を眺めている。


「廃棄されることになった。この滞在中に、新しい機体に交換されることになっている。」

「そうか……ならば、ここで別れというわけか。」


別に感情を持った相手ではない。単なる無骨な金属の塊だ。だが、あれによって救われた多くの命、得られた魔石や魔獣は多い。僕ら2人にとっては、亡くなった戦友が運び出されるような気分だ。


「……そうだ、クレセンシア。」

「なんだ。」

「そろそろ、重力がかかるぞ。気を付けろ。」

「えっ!?うわっ!」


僕は無難に着陸するが、クレセンシアは後ろ向きのままで、その身体を床に引っ張られていく。即座に僕は、脇から抱えながら彼女を受け止める。急に身体の重さを感じたために、キョトンとした表情で僕の顔を見上げながら言う。


「……おい、魔術はこれで、終わりか?」

「ああ、そうだ。」

「もうちょっと、飛んでいたかったな。」

「そうか?しかしこの無重力というものは、それほど便利なものじゃないぞ。あれを見てみろ。」


僕は前を指差す。ちょうどそこに、同じようにジャンプしたものの、力を入れすぎてあらぬ方向に飛んでいくサリタが見えた。それを、作業員1人とコンスタン大尉が追う。


「少し間違えたら、ああなる。それに胃液が逆流してえらいことになる人もいる。人が過ごすには、あまりいい環境ではない。」

「そういうものなのか……お前らの世界は、奥が深いな。」


まさにその時、セレステとカリサがこっちに向かっているところだった。2人とも無難に、ロープを伝ってこちらに向かっているが、意外にもセレステが口を押さえながら必死に伝っている。あれは間違いなく、無重力酔いにかかったな。むしろ虚弱なカリサの方が、平気な顔でロープを伝っている。


「う……な、なんですかここは……気持ち悪い……」


が、結局、耐えられなくなって端の方でゲーゲーし始めた。それをジスラン中尉が介抱している。

一方、平気な顔で渡りきったカリサはといえば、着くや否や、クリストフ少尉に向かって物欲しげな目で見ながら、両手を広げている。それを見たクリストフ少尉は、黙って彼女を抱き上げる。この2人、気づけばいつもこの姿で歩いているな。

ようやくたどり着いたサリタとコンスタン大尉。サリタのやつ、まるでゴキ○リにでも遭遇した主婦のように、コンスタン大尉にしがみついて震えている。


「うう……なんだよここは……くそっ、全然歩けねえじゃねえか……」


王国一の怪力と謳われたこの女剣士は、無重力の洗礼を浴びて震え上がっている。そんな剣士をコンスタン大尉は抱き上げ、奥の通路と進んでいく。それにしても、出会ったばかりの頃はあれだけサリタのことを嫌がっていたコンスタン大尉だが、いつの間にやら深い関係になったものだと、その後ろ姿を見て思う。


一方、魔獣狩りではバル○ンのような活躍ぶりをみせたロレナは、飄々とこの無重力領域をクリアしてこっちにたどり着く。


「……意外と、早かったな。」

「うん、前の4人を見ていたら、何となく、コツが分かった……」


先に着いて待っていたエリク少尉が、ロレナに話しかける。するとロレナのやつ、すっと左手を差し出す。エリク少尉はさりげなくそれを右手で受け止め、そのまま手をつないで奥の通路へと向かう。


「きゃーっ!やったわ!やりました!うまく渡れましたわ!褒めてください!」

「すごいよ、イラーナ……さすがは光の使い手だね。」

「そうでしょう、ブリアック!やはり特異魔術の使い手ともなれば、この程度のことはすぐに飲み込めてしまうのですよ!」


妙に明るいのが飛んできた。電撃娘のイラーナだ。どちらかと言うと根暗な印象のブリアック中尉だが、不思議とこの相反する性格の2人は常に一緒に行動している。不思議だ。

こうして、パレアレス王国組を一通り見送ると、僕はクレセンシアに言う。


「それじゃあ、僕らも行こうか。」

「おう!で、どこにいくのだ?」

「ええと……まあ、行けばわかるよ。」


そんな話をしている僕らの横を、フェリクス少尉とリゼット准尉が手を繋ぎながら、さりげなく通り過ぎていった。


さて、長い通路を抜けると、人だかりが見えてくる。人々は、いくつも扉が並ぶ壁の前に並んでいる。


「なんだ、ここは?」

「ああ、ここは駅といって、この船の中央にある街に運んでくれる電車が停まるところで……」


などと話しているうちに、電笛の音とともに、ゴーッという騒音が鳴り響いた。


「な、なんだ!?」


そういえば、電車を見るのは初めてだな。いきなり目の前をなだれ込んできた、銀色の長い電車に驚くクレセンシア。

電車がつくと、壁の扉が一斉に開く。それに合わせて並んでいる人々が、次々とその入り口に入り込んでいく。


「さ、乗ろうか。」

「えっ!?あれに乗るのか!?」


おっかなびっくりなクレセンシアの手を引いて、僕は電車に飛び込む。中に入ると、自動扉がシャーッと閉まる。そして、動き出す細長い箱型の乗り物。

たった一駅で街のある駅に着くのだが、その一駅の間、不安で堪らない様子のクレセンシア。真っ暗なトンネル内を、騒音を立てながら進むこの乗り物を初めて体験する彼女。だがすぐにこの電車は、明るい場所に出る。


窓の外から、その風景を見て驚くクレセンシア。

いまだかつて、彼女が見たことのない高いビルが立ち並ぶ場所。その下には、何台もの車が走っている。しかもその脇を、大勢の人が歩いている。


王都の広場ほどの面積のところに、王都の半分の人間と、そこを訪れる補給中の駆逐艦の乗員が、所狭しと歩き回っている。それがこの戦艦の街だ。彼女が今見ているのは、そのごく一部に過ぎない。が、すでに王都とは違うその雰囲気、その活気に、彼女は明らかに衝撃を覚えている。

そんな調子だから、駅に着き、街に出ると、その衝撃は一段と大きくなった。


この街は、400メートル四方、高さ150メートルの四角い空間に作られた、4層からなる構造体で構成されている。1階層あたり5階立てのビルがずらりと碁盤目状に並び、その上には上の階層の床が天井となって覆いかぶさっている。最上部には、太陽灯がいくつも照らされており、昼夜問わず光り輝いている。一番下の階層のみ道路が存在し、そこを自動運転車が走っている。


「さてと、クレセンシア。まずはホテルへ行こうか。」

「……なんだ、ホテルとは?」

「船を修理している間、過ごすところさ。行けば分かるよ。」


僕は荷物を抱えながら、クレセンシアと共に車道に向かう。黒い自動運転車が、ひっきりなしに走っている。僕はそこで、スマホを挙げた。

一台が、僕のすぐ脇に停まる。車の扉が開く。僕はクレセンシアに手招きする。


「ほら、乗るよ。」


誰もいないのに、勝手に現れて、勝手に停まり、勝手に扉が開いたこの奇妙な乗り物に、恐る恐る乗り込むクレセンシア。彼女が乗り込むと、僕は車に向かって行き先を言う。


「ホテル・バルモラル!」


それを聞いた自動運転車は、キィーンという音を立てて動き始める。


「……おい、これ、大丈夫なのか?」

「ああ、大丈夫だ。」


無人で颯爽と走るこの奇妙な車に、今ひとつ疑念が消えないクレセンシア。そんな彼女の思いなどに構わず、車は目的地へと向かう。


僕らを乗せた自動運転車は、ホテルの前のロータリーへと滑り込む。そして扉が開き、まずクレセンシアが降りる。僕はスマホを座席の前の機械に当てる。するとピッと音を立てて、精算が完了する。


「……何をしていたんだ?」

「ああ、お金を払っていた。」

「お前、お金なんぞ払っていたか?」

「いや、こっちのお金は、この中にあるんだ。」


そう言って僕は、スマホを見せる。


「……とても、硬貨が入っているようには見えないがな。」

「そりゃそうさ。そういうものだからな。ああ、そうだ。クレセンシアにも、これを渡しておこう。」


そう言って僕は、カードを取り出す。


「なんだ、これは?」

「これもお金だよ。中に入っている残金分だけ、支払いが可能な電子マネーだ。」


それを聞いてクレセンシアのやつ、そのカードを振っている。だが、ジャラジャラと音が鳴るわけでもなし、それがお金だと言われても、まるで実感が湧かないようだ。これに慣れるには少し、時間がかかりそうだ。そして僕らは、ホテルに入る。


だが、ここはエレベーター乗り場が3箇所あるだけだ。ロビーはこの建物の最上階にある。まずはそのロビーに向かい、チェックインを済ませる。

スマホには予め、その部屋割りが送られてきている。僕とクレセンシアは……やはり、同じ部屋だな。もうすっかり僕らは、同室扱いされている。実際、この3ヶ月近くずっと同じ部屋で暮らしてきたからな。無理もない。


エレベーターに乗りこむ。最上階に着くと、目の前にロビーが現れる。そのロビーに向かい、まず僕は部屋のキーを受け取る。

が、キーを受け取って振り返ると、そこにある窓の風景を見て目を見開くクレセンシアがいた。


「な、なんというところなのだ、ここは……」


その窓からは、4層からなるこの街の風景が一望できる。眼下には、4層目の床、4層目のビル、そしてその上を歩く人々、さらにその一番下の第1層目の人と車も眺めることができる。


「なんだ、この街は……あれほど大きな建物が、こんなに密集しているのか……」


なにせ女性しかいない国の王都には、これほど大きな建物などあろうはずもなく、4、5階建のビルが立ち並ぶのを見て唖然とする。しかもその下にも同じようなビルが立ち並んでおり、そんなものが縦に4層も重なっている。


「後であそこにいくよ。でもまずは、部屋に行こう。」


あまりの衝撃に、すっかり口数が減ったクレセンシアを連れて、僕は指定の部屋へと向かう。エレベーターで少し降りて、通路を抜けて部屋に着く。そこでカード型のキーを差し込むと、ロックが外れる。ドアを開けて中に入ろうとした途端、隣の部屋のドアが開く。そこから出てきた人物が目に入るや、僕は一瞬、凍りついた。


それは、佐官の飾緒を付けた軍人、そしてその横にいた人物に、僕は衝撃を受ける。

その人物とは、クレール先生だ。我が哨戒艦の専属医師である、あのクレール先生だ。その我が艦の医師が、男性同伴で部屋から出てきたから驚いた。しかもその男性というのが、あまりに意外な人物だった。


その同伴者とは、フロラン少佐だ。


「げっ!アルフォンス中尉……か。」


あちらも驚きを隠せない。フロラン少佐は、そのまま立ち尽くしてしまう。


「あら、アルフォンスさんとクレちゃんじゃない。相変わらず、ラブラブねぇ。」

「ら、ラブラブ……?ラブラブとはどういう意味だ!?」

「ええと……そんなことよりクレール先生!どうして、ここに!?」

「あなた達だって、どうしてここにいるのよ?」

「それは、我が艦が修理中なので、その間の宿泊場所として指定されたのがここだったので……」

「じゃあ私達も、それと同じ理由よ。」


哨戒艦11番艦にはいろいろなカップルがいるが、この組み合わせが一番ショックだった。副長が、よりによってこの女医師とこんな関係だったなんて……


「なあに?そんなに意外だったかしら?」

「い、いえ、そのようなことは……」

「別にごまかさなくてもいいのよぉ。なんならお互い、取り換えてみる?」

「け、結構です!それでは!」


あの先生の前では、どうも調子が狂う。僕は慌てて部屋に入る。


「?何を慌てているのだ?」

「いや、どうにも僕はあの先生が苦手で……」

「そうなのか。ところであの2人、同じ部屋ということは、やはりあやつらも『つがい』なのか?」

「は?つがい?」

「違うのか?」

「いや、違うというか、違わないというか……そういう呼び方、僕らはしないなぁ。」


そういえば、クレセンシアには「恋人」だの「夫婦」だのという概念と言葉が存在しない。なにせ、単一性の国で生まれ育った彼女だ。動物のそれを表現する言葉しか、彼女は知らない。おいおい、その辺りを話していかないといけないな。

さて、気を取り直して、僕とクレセンシアは、街へ出る。そろそろ夕食の時間だ。食事もあるが、この街を見たくてうずうずしているクレセンシアの欲求を、そろそろ晴らしてやらないとかわいそうだと感じる。


「な、なんという魔族と人族の……いや、男と女であったか、とにかく、なんという数の人間がいるのか。」


第3階層に降りると、クレセンシアはそこにいる人々の数にまず驚嘆する。駆逐艦乗員にはどうしても男が多いため、魔族……ではない、男の数が圧倒的に多いのは止むを得ないが、女もそこそこいる。

そして、その女向けの店に、クレセンシアの関心は向く。


「いかがでございますか?これなどは、お客様にはとてもお似合いですよ。」


最初に訪れたのは、女性向けのカジュアル服の店だ。それまで、鎧姿がデフォルトだったクレセンシア、今はそれを外し、妙に殺風景なドレス姿のクレセンシアを、まず整える必要があった。

で、店員のお勧めのカジュアル姿で固めるクレセンシア。茶色の薄いブラウスに、薄緑のズボン。いやはや……服装が変われば、こうも変わるものなのだな。そんな服を、3着ほど揃える。

で、次はバッグだ。電子マネーを持っているというのに、手荷物を持ち歩くためのものを何一つ持ち得ていない。肩にかける小さなポーチを一つ、隣の店で購入する。

そうなると今度は、スマホも必要だろう。使い方はおいおい覚えてもらうとして、とにかく気に入ったものを一つ、買うことにした。


「うーん、いきなりここから選べと言われてもな……そうだな、これなどは魔石のような色合いで、申し分ない。」


ということで、ビビッドな赤色のスマホを一つ、購入する。

その間に、様々な店を覗く。雑貨屋や本屋、それにスポーツ用品店まで。彼女のいた世界では決して見られない店と、そこで売られている品を手に取り、目を輝かせるクレセンシア。

しかし、僕は知っている。今はこうして目の前にあるきらびやかで物珍しい品で、自身の心を紛らわしているが、やはりパレアレス王国のあるあの世界に戻れないことに、憤りというか寂しさというか、いいしれない感情を抱いているということを。


ちょうど僕らがあの世界にワープアウトした時の、あの不安や恐怖を同じように感じているに違いない。なにせここは、彼女の常識とは大きく異なる世界。男女が共に暮らし、極度に発達した技術に囲まれた、そんな世界。

そんな世界に、たった6人の同郷の者と共に放り込まれた。しかも、その6人では筆頭の身分であるクレセンシア。他の5人も支えなければならないというプレッシャー。それはおそらく、本人にしか分からないものだろうな、と。

十数件の店を巡ったのちに、僕らはようやく食事へと向かう。


予定より、2時間ほど遅い夕食だ。今は、パレアレス王国の時間でおよそ夜の10時。だがここは24時間、真昼間な場所であるために、今の時間をすっかり忘れている。

夜遅くに、あまり重いものを食べるわけにはいかない。そう思って選んだのが、パスタの店だ。

そういえばクレセンシアのやつ、パスタ料理を見るのは初めてのようだ。このずるずると長細い不思議な食材を、訝しげな顔でじっと眺めている。


「そんなに怖い顔をしなくても、食べてみれば分かるよ。」

「そ、そうか?しかしなんだ、このミミズを大量に絡めたような料理は……」


頼むから、その食欲をなくすようなストレートな表現は、こういう場では謹んでもらいたいな。初めてみる食べ物で気持ちは分からないでもないが、まずは食べてみてから文句を言って欲しい。

が、案の定、口に入れてみると、それがどのような食べ物であるかを理解する。彼女の中でそれは、好物に分類される食材となったことは間違いない。


まあ、少しでも不安から開放されるのであれば、この程度の食事は安いものだ。そんな彼女を見ながら僕は、食後に出されたコーヒーを堪能している。

が、突然、クレセンシアが突拍子もないことを言い出した。


「ところでアルフォンスよ。お前との子供が欲しい。」


あやうく僕は、口に含んでいたコーヒーを吐き出してしまうところだった。


「……ゲホゲホ……って、ちょっとクレセンシア、突然、何を言い出すのかと……」

「聞いての通りだ。お前との子供が作りたい。何か妙なことを言ったか!?」


クレセンシアの地声は、とてもでかい。大体、あの王都の広場で拡声器なしで叫んで伝わるほどの声の持ち主だ。そのクレセンシアが、さして広いとは言い難いこの店で突然、妙なことを口走るものだから、周りがザワザワし始める。


「ちょ、ちょっと、クレセンシア……頼むからそういう話は、部屋に戻ってから……」


僕が忠告するが、それが聞き入れられたのか否か、突然彼女は右手を前に出し、僕の顔の前で、3本の指を立てる。


「……あの、なんですか、これは?」

「3人だ!」

「は?」

「3人は作りたい!これが、最低条件だ!」


また周囲がざわめき出した。この女勇者、そういう発言が周りにどう受け止められるかということを、全く気にも留めていない様子だ。やはりこういうところは、クレセンシアが育ったあの環境が影響しているのだろうか?


「あのさ、クレセンシア。」

「なんだ!」

「ちょっと聞くけどさ、子供を作る前にやるべきことを、君は知っているのかい?」

「母上から聞いた。お前の妻になればいいと。」

「いや、だからさ、その妻になるということは、どういうことかということだよ。」

「知らん。それ以上のことは、母上は教えてはくれなかった。」


やっぱりな。あまりにも常識違いな彼女に、なんとか応える僕。


「ええと、その……僕の妻となる、つまり、夫婦になるということは、結婚という過程を経てなれるものであってだな……」

「なんだ、ならば話は早いではないか。アルフォンスよ、その結婚とやらをしよう。今すぐにだ!」


またまた周りがざわざわし始めた。今日のクレセンシアは、パワーワードが多いな。勇気ある者と書いて勇者と言うが、文字通り、周りの目を気にせず勇気ある発言を繰り返す者、これも、勇者には違いない。


「……あの、ちょっと、真面目になろうか。」

「なんだ。私は常に真面目だ。」

「いや、そうじゃなくて……結婚という過程を経て、夫婦になるためには、いろいろと条件がある。」

「条件?なんだ、言ってみろ。」


本当に今、僕らは夫婦となるための会話をしているのだろうか?なぜ僕はこれほどまでに、解説的に夫婦というものを語らなきゃいけないのか、よく分からなくなってきている。


「つまり、これから先何十年、どちらかが死ぬまで共に暮らさなきゃならない間柄だ。だから、それ相応の信頼と愛情を伴う。そういうものを感じられるかどうかが、結婚の前提となる。僕らの世界では、これは常識だ。」

「そうか。」


自分自身のことだというのに、まるで人ごとというか、客観的な物言いに徹していて、まるで他人事のように語っている自分がなんだか妙に歯痒く感じる。しかしクレセンシアが考えているほど、結婚というのは簡単に決定する行為ではない。それをわかってもらうために、僕はあえてこういう言い方に徹する。

だが、クレセンシアは僕のこの言葉に、こう応える。


「やはり、簡単なことだ。その信頼と愛情を、私はお前に抱いている。最初に会った時は、ただの憎むべき魔族だと思っていたが、接するたびにお前への見方が変わった。今は、お前なしにはいられない。」

「ええっ!?いや、それはどういう意味で……」

「でなければお前の操る人型重機の後ろに乗り、魔獣や浮遊岩などに出向いたりはしない!」


ストレートに言い切ったよ、この勇者は。だが僕は、なおもクレセンシアに問う。


「だけどそれは……こう言ってはなんだけど、元の世界、パレアレス王国のあるあの世界に帰れないのではないかという不安から、そう信じさせているだけなんてこと、ないよね?」


僕は随分と辛辣なことを言っているのかもしれない。だがその問いに、クレセンシアは即答する。


「それはない。パレアレス王国への帰り道は、お前がいつかきっと見つけてくれると信じている。私が子供が欲しいと言っているのは、その時、母上に会う時までに、母上と同じだけの自身の分身を授かっておきたい。それだけのことだ。」


この言葉に僕は、クレセンシアの心の根を知った気がした。信頼や愛情などという言葉よりも、ずっと僕への絆を感じさせてくれる一言だった。

そしてそれを聞いた瞬間、僕は決心する。


いつかクレセンシアのいた世界へ戻れるように、その世界につながるワームホール帯を見つけ出そう。そこでレオカディアさんと再会し、常識と意識が成長した娘を感じてもらおう。そしてその日のために、僕はクレセンシアと一緒になろう、と。

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