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#17 戦闘

『レーダー本体は、哨戒機1号機、2号機が運び出す!重機1番機は、それを受け取り、組み立てよ!』

「了解。整備完了次第、出撃する!」


僕は今、人型重機のコックピットにいる。副長のフロラン少佐から作業指示が送られてきたところだ。


「……ところで、クレセンシアよ。なぜ、後席に乗っている?」


振り向くとそこには、クレセンシアの姿がある。なぜか鎧を身にまとい、あの聖剣を握り締めて乗り込んでいる。


「何をいうか!ここは私の席だ!乗るのが、当たり前ではないか!」

「いや、これから宇宙に出るんだぞ。お前が乗ったところで、何の役にも……」


そう言いかけて、僕は話を止めた。今、彼女の居場所を奪えば、ショックで押し潰されてしまうかもしれない。


「……分かった。だが、聖剣は置いていってもらう。ここでは、必要ない。」

「私はお前の護衛役でもある!剣は必要だ!」

「いや、剣はいらない。どのみちここでは、ハッチを開けることがないからな。」

「なんだと!?ハッチを開けぬと申すか!」

「ここは宇宙空間だ。ハッチなど開けたら、息ができず、あっという間に我々は死んでしまう。宇宙とは、そういう場所だ。」


それを聞いたクレセンシアは、黙ってその大きな剣をすぐ横のタラップの上に置く。そして、シュンとした顔で後席の座る。


「……宇宙は、静かすぎる場所だ。あまりに静か過ぎて、気が変になりそうになることもある。そばにいてくれるだけで、十分だよ。」

「……そ、そうか?」

「ここからは、僕らの戦いだ。クレセンシアは、それを支えて欲しい。」

「わ、分かった!任せろ!」


別に、静かすぎる宇宙には慣れている。今までだって何度も出撃し、何事もなく帰ってきた。クレセンシアが必要だと言うことは、ない。今はどちらかといえばクレセンシアの方が、居場所を必要としている。突然、訳もわからないうちに見たこともない場所に放り投げられた。心の支えを、失いかけている。だから、その居場所を無理矢理作ってみた。そんなところだ。


『整備員は、退避!』


発進準備が整い、いよいよ宇宙に出る。つい昨日までは、魔獣やら魔石やら魔族やらを相手にしていたが、これは「本来」の人型重機の任務となる。


「……なんだ。皆、部屋から出ていったというのに、なかなか格納庫のハッチが開かないぞ?」

「今は減圧中だ。格納庫の奥の緑色のランプ、あれが赤に変われば、ハッチを開けられる。」

「そ、そうなのか?」


大気圏内での発進しか見ていないクレセンシアにとって、すぐにハッチが開かないことを不思議に思うのは無理はない。だが、あのハッチの向こうにあるのは、生身の人間が生きられない、真空の過酷な空間だ。その場所に合わせるべく、格納庫内の空気が抜かれている。そして、奥のランプが赤色に変わった。


「重機1番機より艦橋!発進準備完了、発進許可を乞う!」

『艦橋より重機1番機へ。発進許可、了承。ハッチ開く。』


空気の抜けた第3格納庫のハッチが、音もなく開く。その向こうには、星空が見える。僕は、その出入り口に向かって、重機を進める。

開口部から外に出る。そこは、無限に広がる空間の只中。降りるべき場所のないこの漆黒の空間を目にして、クレセンシアが驚きの声を上げる。


「うわっ、おい!森がないぞ!」


森どころか、草も岩石も、いや、それどころか地面や空気すらない。上も下も存在しない、どっちを向いても夜空のようなところだ。クレセンシアも、ビデオではこういう場所のことを一度は見ているはずだが、実際に目にするのは初めて。ビデオと実物では、まったく違う。

無数に光る星以外には何もないこの空間を見回すクレセンシアをよそに、僕は人型重機を進める。すると哨戒機が2機、見えてくる。

その2機から大きな機器が計4つ、切り離される。僕の重機を見つけるや、2機の哨戒機はその場から離脱を始める。2機のパイロットが、すれ違いざまに操縦席から手を振る。僕もそれに応える。


「なんだ、あやつらは……逆さまで飛んでいるぞ。」


宇宙には、上も下もない。哨戒機も人型重機も、そして哨戒艦も、慣性制御により床方向に人工重力を作っているだけで、あちらから見れば、こっちが逆さまに見えるだけだ。

そういえば、両哨戒機共に、隣の席にはクレセンシアの侍女が座っていたな。その辺りの事情は、クレセンシアと同じなのだろう。そしてこの場には、僕の操る人型重機と、4つの大きな機器だけが残る。


「アルフォンスよ、これから何をするのか?」

「ああ、この4つを繋ぎ、円形に広げるんだ。」

「……そもそも、これは何だ?」

「重力子レンズというやつだ。重力を使ってレーダー波や光子を曲げて集束させ、分解能を上げる。それにより電波吸収物質の陰に隠れたり、あるいは分散展開して、通常のレーダーで引っかからない敵をあぶりだせる。そういう機器だ。」

「はぁ……そうなのか……さっぱり分からんな。」


ポカンとした表情でその無骨な機器を眺める女勇者だが、実にたわいもない会話ながら、僕の方も案外、気が紛れることに気づく。一人で出撃していたら、真っ暗闇の只中で、黙々と作業。邪魔になるだけかと思ったが、案外、気が紛れるものだ。意外と彼女の存在は大きい。


「……しかし、見ていて歯痒いな……わざわざこの重機の不器用な手など使わず、直接お前がやった方が早くないか?さっきから、全然進んでいないぞ!」

「ああ、もう、うるさいな!空気のない宇宙に出たら、すぐに死んでしまうだろう!こうせざるを得ないんだってば!」


と思っていたが、だんだん邪魔になってきた。思ったことを全部口にするからなぁ、クレセンシアは。


「おい!哨戒艦が、逆さまだぞ!どうなってるんだ!?」

「いや、僕らが逆さまなの!っていうか、ここは宇宙、上も下もないんだから、どっちでもいいの!」

「そうなのか?しかし奇妙だなぁ……何という奇妙なところだ、この宇宙というのは。」


この調子で僕は終始、質問責めに遭いながらも、何とか作業を終える。4つの機器をつないで、リング状に広げて、それを哨戒艦の前に配置する。そして、機器のスイッチを入れた。


「重機1番機より11番艦!重力子レンズ、作動開始!」

『11番艦より重機1番機。了解、これより索敵を開始する。』


索敵が始まった。機器の発生する超重力場に巻き込まれないよう、僕はそのリングから離れる。そしていよいよ、リングが周囲の光や電波を集め始める。

作動するとすぐに、何かを見つけたようだ。


『レーダーに感!』


たいていの場合、このレンズで何かが見つかることはないのだが、偶然にも今回は、何かを見つけたらしい。


『星間物質の中に、潜んでいました!数、およそ2千!IFF不明!』

『光学観測!艦色視認、赤褐色!連盟艦隊です!』


まさか、本当に見つかるとは思わなかった。僕はモニターを切り替え、陣形図を見る。

現在、敵味方それぞれ4千隻の艦隊が接近を続けている。その進路上の側面に、今見つかった敵艦隊はいる。

つまりこのまま推移すれば、敵艦隊との会敵直前に、我が艦隊は左側面から2千隻の砲撃を受けることになる。そうなれば当然、味方艦隊は大敗北だ。


『遠征艦隊司令部に暗号電文!我、哨戒艦11番艦は、星間物質中に潜む敵艦隊を発見せり!接敵まで10分!中性子星基準座標で、723345、41122、4533123……』


この情報はすぐさま、味方艦隊に伝えられる。それを受けた味方艦隊は、すぐに減速に入る。間一髪で、敵の罠を回避できた。徐々に離れていく両艦隊。


「なあ、何がどうなっているのだ?」

「敵の艦隊が、隠れていたんだ。それで今、味方の艦隊がその罠にかかるまいと、後退を始めたところだ。」

「味方って……どこにいるんだ?まったく見えないぞ。」


クレセンシアが疑問を呈する。まあ、そりゃ疑問に思うだろうな。外をいくら見ても、艦隊なんぞ一隻も見当たらない。

ここから数百万キロ以上離れた場所での出来事だ。人間の目では、決して捉えられない。にもかかわらず、目を凝らして何とか見つけようとするクレセンシア。なぜだかその仕草が、妙に可愛らしい。


「やはりここは、パレアレス王国とは異なる世界なのだな……真っ暗闇の向こうに、兵がいるとは思えぬが……」


まったく違う空間、まったく違う戦場で、まったく違う駆け引きを見るクレセンシア。だが、その漆黒の闇を見つめる目は、どこか寂しさも感じる。

が、そんな感傷に浸っている場合ではなくなる。


『重機1番機!直ちに戻れ!』


尋常ではない口調のこの無線をきっかけに、一気に緊張度が上がる。


「重機1番機より11番艦!まだ重力子レンズの回収が……」

『かまわん!放棄する!敵艦が10隻が、当艦に向け急速接近中!』


2千隻の隠密艦隊を見つけられた我々が、近くにいた10隻の小規模艦隊を見逃していたらしい。なんてことだ。無線を聞いた僕は、大急ぎで哨戒艦に戻る。

あと少しで第3格納庫の出入り口だというのに、敵の砲撃が始まった。青白いビーム光が、我が艦のすぐそばを横切る。肝を冷やしながらも、どうにか格納庫の中に飛び込む。

ハッチも閉まるかどうかままならないうちに、急速に離脱を開始する哨戒艦11番艦。格納庫内の慣性制御がまだ入らないうちに動き出したものだから、人型重機が格納庫の壁に思い切り叩きつけられる。

バキバキと、何かが潰れるような音がした後、急に慣性制御が有効になる。今度は、床目掛けて落っこちる僕の重機。

これだけ滅茶苦茶な扱いを受けると、重機内の慣性制御だけでは衝撃を吸収しきれず、僕らにも衝撃がかかる。僕は計器盤に叩きつけられる。


「……イタタタッ……おい、クレセンシア、大丈夫か!?」


僕は慌てて後ろを見る。するとクレセンシアが顔を起こす。


「ああ、いや、大丈夫だ。鎧を着ているからな。」


ああ、そういえばこいつ、鎧を着ているな。剣は置いていったが、鎧はそのままだった。胸元付近を覆うだけの簡素な鎧だが、あの衝撃を受け止めるには十分な装備だ。

だがその直後、いきなりギギギッという不快な音が鳴り響く。あれは、コチラのバリアに敵の砲火がかすった時に出る音だ。が、まだ格納庫内の気圧が低いため、大して大きな音ではない。しかし、クレセンシアはこの初めて聞く不快な音に、不安を覚える。


「お、おい、まだ出られないのか!?今のは一体、なんなのだ!?」


まだ格納庫内の圧力調整が終わらない。ハッチを開けられない中、無線で外の状況を聞き取るより他はない。


『転舵、反転!このまま高速離脱する!』

『いえ、艦長!このまま前進するべきです!』

『おい、副長、何をいう!敵は前にいるのだぞ!?』


副長と艦長のやりとりが聞こえてくる。前回の時と同様、艦長は転舵反転、全速離脱を指示する。が、それに副長が反論している。


『バリアを効かせながら10隻の艦隊に向かって突入し、速度がのったところで転舵するのです!背を見せれば、バリアが効きません!それに、高速で横切る一隻を撃ち落とせる者など、この宇宙には存在しません!』

『……なるほど、そういうことか。分かった。両舷前進いっぱい!バリア展開のまま、全速前進!』


副長も考えたな。前回は敵に後ろを見せながらの逃避行となったが、それは無防備な背後を晒すことになり、かえって危ない。それよりもいっそ前進し、防御しながら方向を変える。その方がむしろ、生存確率が上がる。今にして思えば、前回の時もこれをやっていれば良かったのだな。


艦内が敵艦隊からの追撃を振り切ろうと奮闘している間に、ようやく圧力調整が終わり、重機のハッチが開けられるようになった。横に倒れ込んだ重機から恐る恐る降りると、僕はクレセンシアを抱きかかえるように下ろす。


「あ……」


けたたましい機関音が響き渡るこの第3格納庫の中で、2人で振り返って人型重機の方を見る。そこにあったのは、無残な人型重機の姿だった。

壁にぶつかった衝撃で、左腕が完全に外れている。左足も膝から下が分離、右腕もマニピュレーターも胴体と床の間に挟まっていて、おそらく潰されているだろう。バックパックも外板が剥がれて、中がむき出しになっている。

これだけの衝撃を受けて、よくハッチが壊れなかったものだ。あれが割れていたら、エア漏れが起こって僕とクレセンシアは助からなかった。この重機はその身を挺して、僕らを守ってくれたようだ。

だがこれはもう直せないな……クレセンシアのいた世界で散々こき使われたこの人型重機は、こうして最期の時を迎えてしまった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 今さらなんですがクレセの鎧って、男の浪漫(?)ビキニアーマーですか? [一言] 人型重機さん、お疲れ様でした。 何故か自分の愛機が逝ったみたいで寂しい。 人型重機に敬礼!("`д´)ゞ
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