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#16 再転移

7千の軍勢が王都に進駐してきたのは、その翌日であった。長い槍を持ち、馬をも操る不思議な「魔族」達を、半ば不安な気持ちで受け入れる王都の人々。

だが、彼らが加わってすぐに、様々なものが変わり始める。まずは、馬車が登場する。人族の操る魔石カーよりもはるかに力強い馬車が加わったことで、王都内の物流が一気に解消される。

哨戒機頼みだった魔獣狩りも、男手が加わったことで一気に捗る。畑作業も同様だ。パレアレス王国の王都の活気は、一気に盛り上がる。

あの皇帝陛下はといえば、それから1週間、ここに居座る。その間に民からの声を聞いたり、貴族らと平民との仲介に入ったりしていたが、中でも熱心だったのは、あの7千人の兵士達と、王都の民との仲人役だ。

ちょっとでも脈がありそうな2人組を見つけると、片っ端から割り込んでカップルに変えてしまう。僅か1週間で、その数は300にも及ぶ。とにかくこの皇帝は、タフだ。

その1週間の間に、クレセンシアは母親と語る機会を得る。10年間離れ離れだったこの2人は、その1週間の内に10年の時を取り戻すべく、一緒に街を巡りながら語り合う。


「へぇー、母上の子供が、そのようなことを?」

「そうなのです。もう本当にやんちゃで。しかし今では、優しい子に育って……」


クレセンシアは遠く離れた地で暮らす異父兄弟の話を聞く。もっとも、クレセンシアには父親がいないのだけれど、同じ母親を持つこの兄弟の話に聞き入っていた。


たった1週間で、この王都は大きく様変わりする。力不足が深刻だったこの王都は、7千もの人力と、500頭の馬を手に入れたことで、一気に解消される。この王都には、700年ぶりの活気が戻ってきたと評するものもいるほどだ。

それだけではない。貴族や王族の多くが、王都内を巡り歩くようになった。あの皇帝陛下の影響だろう。いつもギクシャクしていた階級間のわだかまりは、これを機に徐々に解消されていく。

そしてついに、皇帝陛下と夫人のレオカディア殿が、彼らの帝都に帰る日がやってきた。


「では、クレセンシア、元気でね。」

「はい、母上も、お達者で。」

「アルフォンスさんと、うまくやるのよ。」

「……はい、母上。」


何やら意味深な言葉を残し、あの二人は去っていった。


「なあ、アルフォンスよ。」

「なんだい、クレセンシア。」

「その、なんだ。母上の話を聞いてだな。」

「話って、どんな話?」

「この10年で、3人の子供に恵まれたらしい。魔族、いや、男が2人で、女が一人だと言っていた。」

「はあ。そうなんだ。」

「聞けばあの皇帝、母上以外にも3人の妻がいるらしくてな、4人に生まれた子供が、全部で男が5人、女が4人だと言っていた。」

「へぇ、それじゃあ誰が跡取りになるかで、揉めそうだな。」

「いや、すでに母上の1番目の男と決めているそうだ。何でも、あの皇帝によく似て、話を聞き出すのが上手いらしい。」

「そうなのか。あの皇帝にねぇ。」

「ところで、アルフォンスよ。私もだな。」

「……何、どうしたの。」

「私もだな、その……子供をだな……」

「えっ?よく聞こえない。」

「ええい!いい加減、察しないか、この魔族が!」


なんだかよく分からないが、そのあと僕はベッドの上で、滅茶苦茶にされた。


それから、2ヶ月が無難に過ぎていった。


あれほど立て続けに起きた騒動は、それからはぱったりと起こらなくなっていた。何事もなければ、ここは本当にのどかな田園都市だ。

市場には、物が溢れ始めていた。4万の女ばかりの都市に、たった7千人とはいえ男が入り込んだだけで、何もかもが一変する。建物はより大きく頑丈になり、物流は捗る。

ファティマ帝国からの交易品が届き始めたのは、皇帝がここを離れてから2週間後のこと。次々に届く珍しい品に、この王都の市場もますます活気づいていく。そんな王都の市場を、今日もクレセンシアと巡る。


「いらっしゃい!今朝捕まえたばかりのエリュマントス肉の串焼きだよ!」

「ああ、それじゃあ2つ、もらおうかな。」

「へい、毎度!」


屋台風のこの店では、串焼きやワイン、それにパンなどが売られている。このパンの製法は、帝国から伝えられた。

他にも、小麦の製粉方法や火薬の製法、槍や盾にチェーンメイル、それに馬鍬(ばくわ)などが伝えられて、次々にこの王都に取り入れられていった。

これらは明らかに、他の世界からの技術だ。それを伝えたのは、どう考えてもあの男、つまりファティマ帝国の皇帝だ。僕らの伝えた技術など、彼の国がここにもたらしたものに比べたら、取るに足らない。

ただ、あの魔石カーだけは今でも生き残っている。馬車は普及したが、やはり数が足りない。しかも魔石カーならば、森の中を無補給で、しかも休みなく進めるという利点もあって、その一点で馬車に勝る。

力不足な分は、魔石を2つに増やした高出力タイプが考案され、しかも四輪の魔石カーが作られるなど、次々に改良型が生まれていく。


「それにしても、ここも賑やかになったな。」

「ああ、賑やかだ。」


エリュマントス肉の串焼きを食べながら、市場を眺める2人。僕はちらっと、クレセンシアの方を見る。

……最近、思うのだが、クレセンシアのやつ、どことなく女になった。いや、元から女ではあるのだが、以前は魔族憎しで男顔負けの迫力満点な女勇者だったのだが、近頃はなんだか、柔らかくなった。性格的にも、身体的にも。

今は夏真っ盛り、少し薄手の絹製(シルク)の簡易ドレスを着たクレセンシアの、薄い胸元の鎖骨あたりに僕は、思わず目がいってしまう。

もう見慣れたはずのクレセンシアだというのに、この姿に僕は、自身の高まる鼓動を感じる。


「……どうした?」

「あ、いや!何でもない!」

「……?」


慌ててクレセンシアから目を逸らす僕は、広場に作られた仮設の市場の方に目を移す。この2ヶ月でこの王都は、人口が大幅に増えた。このため、この広場に立つ店も、大幅に増えている。

というのも、周辺の村々に散らばっていた人族、つまり女達が、王都に群がってきた。この王都の急激な発展に伴い、その繁栄にあやかろうと、次々と王国中の村から人々が集まってきた。かつて4万人だったこの王都の人口は、今や6万を越えようとしている。

人々の増加に比例して、僕ら哨戒艦の存在感が薄れつつあった。魔獣狩りはすでに王都の人々だけで行えるし、農作業の改良術も、すでに伝えるべきものはない。むしろ帝国から伝えられる品や技の方が、僕らの持つ技術よりはるかに普及しやすい形になっている。さすがはセレドニア皇帝陛下が30年をかけて試行錯誤し、人々に普及させただけのことはある。

ということで、僕らの存在感は随分と薄くなってきた。ただ一つ、僕らにしかできないこともある。

それは、「魔石狩り」だ。


浮遊岩に行き、中心部にあるコアの大魔石を取り出すと、魔石を大量に含んだ浮遊岩が落下する。地上で砕けた浮遊岩から、たくさんの魔石が採れる。こればかりは、僕らにしかできないことだ。

帝国でも、魔石の需要は多い。パレアレス王国と同様、貴重品だ。そこでパレアレス王国から帝国への交易品として、この魔石が使われている。

この2ヶ月で、すでに3つの浮遊岩を落とした。そして明日、4つ目の浮遊岩落としを行うため、出撃することになっている。

それにしても、ここにきたばかりの時は2週間の食糧しかなく、どうやってこの先生きていけばいいのかと、途方に暮れたものだ。空に輝く巨大な棒渦巻銀河の姿は、僕らにとっては不安と絶望の象徴だった。

そんな銀河の姿も、今ではすっかり慣れてしまった。どうにか我が艦も維持できており、乗員らも皆、元気に生き延びている。地上も平穏を取り戻し、この先もずっとこのまま、ここで暮らすのだと思い始めていた。


「……ダメだな、これは。」

「ダメですか。」

「ああ、このままじゃあと2回が限度だ。もう、部品がねえ。」

「そ、そうですか……」


そんな中、僕はデジレ整備長から現実を知らされる。僕の乗る人型重機も、いよいよ消耗部品が尽きようとしていた。

あと2回。つまり、あと2つの浮遊岩を落とすのが限度だと知る。そこから先は、人型重機は動かせなくなる。

手足の関節に使われる部品の消耗が激しい。浮遊石に現れるゴーレムとの戦闘や、中のコアとなる大魔石を運び出す際に、手足を多用するために、消耗が激しいようだ。大体、ここにきてからというもの、人型重機の使用頻度が高い。酷使し過ぎだ。

本来の用途以外の使い方を強いられたこの無骨なロボットは、いよいよその役目を終えようとしていた。

困ったなぁ。これがないと、僕の存在価値ってどこにあるんだろうか?いっそ、クレセンシアから剣でも習おうかな。そんなことを考え始める。


そして、翌日。


「出港!機関始動!両舷、微速上昇!」

「機関始動、出力上昇30%!両舷微速上昇!」


哨戒艦11番艦が、浮遊岩落としのために出発する。機関が始動し、ゆっくりと船体が上昇を始める。

今回の浮遊岩落としの後、僕らはファティマ帝国の帝都に向かうことになっている。あの皇帝から、招待状が届いた。順調にいけば、夕方には帝都に着くだろう。

今日の王都は快晴だ。雲一つ見えない。王都の空を見てると、あの大嵐の時のことが脳裏をよぎるが、あの時とは打って変わって静かな空だ。

地上は、上昇する艦から見て分かるほど、賑やかになった。建物は増え、田畑は広がり、そして広場の出店は大幅に増えた。

そんな王都を眺めながらの出航、この時、僕はクレセンシア共ども艦橋にいた。

雲一つない穏やかな空……だったはずだが、いつの間にか目の前に、雲が広がっている。

……おかしいな。ちょっとあの雲、動きが早くないか?しかも黒い上に、時々青光りしている。急速に発達する低気圧でも接近しているのか?だが、レーダー手からはそんな報告はない。

だが、別の担当から、悲鳴にも似た声が上がる。


「艦長!異常事態発生!前方に、ワームホール帯出現!」

「なんだと?」

「急速に拡大しつつ、こちらに接近しております!」

『機関室より艦橋!空間ドライブ、作動!』

「何!?誰がそんなもの起動せよと命令した!すぐに停止せよ!」

『停止、不能!空間ドライブ、回転数上昇!まもなく、ワープに入ります!』

「動力切り離せ!緊急停止!急げ!」

『やってます!やってますが、まるでいうことを……』


突然起きたこの異常事態、だが隣にいるクレセンシアはまるで理解していない様子だ。が、僕は察する。異常事態なんてものじゃない。この艦が我々の意思に反して勝手に、空間転移をしようとしている。


『ワープ、入ります!』


この言葉の直後、あたりは真っ暗になる。これは明らかに、ワープ空間だ。異空間に入ったわずか数秒後に、通常空間に戻る。そこは、真っ暗な場所だった。


「な、何だ今のは!?夜になったぞ!?」


いや、これは夜ではない。僕には直感で分かる。ここは間違いなく、宇宙空間だ。


「ワープアウト!通常空間!ですがここは……大気圏内ではありません!」

「各部、気密確認!慣性制御を宇宙仕様(スペースモード)に移行!急げ!」

「了解!慣性制御、宇宙仕様(スペースモード)に移行!」


慌ただしい艦橋内に何が起きたのか理解していないクレセンシア。いや、彼女だけではない。僕らもどうなったのか、全く理解していない。

そもそもここは一体、どこなんだ?宇宙空間ということしか、分かっていない。

状況把握に努める艦内乗員。そこに追い討ちをかけるように、乗員の1人が叫ぶ。


「ワームホール帯、急速に収縮中!」

「なんだと!?」

「まもなくワームホール帯、消滅します!」

「まずい!全速後退!空間ドライブ作動、急げ!」

「ダメです、間に合いません!ワームホール帯、たった今、消滅!」


なんということか。パレアレス王国上空に現れたあの黒い雲、あれはワームホール帯だった。そして我々はその雲により、未知の空間に転移させられた。


「仕方がない。まずは現状把握だ。この場所を、特定せよ。」

「はっ!了解しました!周辺の星図を照合します!」

「それから、近くに識別信号などを発する物体がないか、検索せよ。」

「了解しました!」

「まったく、なんということだ……また見知らぬ銀河にでも飛ばされたか……」


焦っても仕方がない。幸いにも、エア漏れなどは起きていないようだ。まずは現在位置の把握を優先することになった。

が、またまた乗員が叫ぶ。この乗員の一言で艦橋内には一斉に、戦慄が走る。


「レーダーに感!艦影、多数!距離、120万キロ!数、およそ4千!」


レーダー手が「艦影」と叫んだ瞬間、僕は背中に嫌な汗が流れるのを感じる。そもそも僕らがあの世界に転移するきっかけとなった、敵艦隊への接近を思い出したからだ。だが幸いにも、距離は遠い。


「味方識別装置(IFF)信号、ないか!?」

「現在、確認中……来ました!IFF、受信!」

「どこだ!どこの艦隊だ!?」

「信号解読!地球(アース)325、遠征艦隊!味方艦隊です!」


それを聞いた瞬間、ここがどこかが判明する。つまり僕らは、元の場所に戻ったことを悟った。


「何だと……?それじゃあ我々は……」

「艦長!天体観測、終了!星図照合!ここはあの、中性子星域です!」

「ああ、やはりそうか……だが、しかし……」


何という偶然か、それとも必然なのか、僕らは元の世界、星域に戻ってきた。だが、手放しには喜べない。

それは僕のすぐ脇に立つこの女勇者の存在が、事を複雑にしている。

彼女だけではない、全部で6人のパレアレス王国人を、僕らはこの艦内に抱えている。彼女らとともに、僕らはこの世界に戻ってきてしまった。


「おい、アルフォンス!さっきから何を言っているのだ!?中性子星域だの、あいえふえふだの、何のことか!?」

「ああ、クレセンシア……実は……」


僕は、ゆっくりと、そして噛み締めるように、クレセンシアにありのままを話す。それを聞いたクレセンシアは、愕然とする。


「そ、そんな……それでは私は、母上にもう……」

「ああ、いや、そんなことはない!ワームホール帯さえ見つかれば、僕らはまたあそこに行くことができるはずだ!だから、諦める必要なんて……」


全く別の世界に飛ばされたことを知ってショックを受けるクレセンシア。だが、このクソ忙しい時に、さらに事態が動く。


「レーダーに感!艦影多数!距離240万キロ!数、こちらも数、4千!」

「なんだ、まだ別の艦隊がいたのか!」

「IFF不明!ベクトル分析!味方艦隊に、急速接近中の模様!」

「光学観測できました!艦色識別、赤褐色!あれは、連盟艦隊です!」


落ち込むクレセンシアをなだめている真っ最中だというのに、それどころではない事態に遭遇する。なんてことだ。今度は敵艦隊が現れた。


「艦長、ここはもはや戦場です。我々も、参戦すべきかと考えます!」

「ああ、だが副長。たった一隻加わったところで、どうにかなるわけではないだろう。ここは静観するべきではないか?」

「いえ、我々の本分は哨戒活動です!罠や待ち伏せなどがないかを調べ、味方に伝えるのが役目です!周囲の探索のため、重力子レンズによる索敵を具申いたします!」

「そうだ、そうだったな……よし、ではこれより、重力子レンズを展開し、索敵精度を上げる。アルフォンス中尉!」

「はっ!」


艦長が唐突に、僕の名を呼ぶ。


「これより索敵のため、重力子レンズを展開する。直ちに人型重機で出撃し、展開作業にかかれ。」

「はっ!承知しました!」


つい数分前まで、僕らはのどかな王都の上空にいたが、一転して宇宙の戦場に放り投げられる。この世界について、何も理解していない6人を乗せたまま。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 七千の男に対して約五倍の餓えた乙女、確かに男としてはハッピーな話ですね。 男性兵士「あ、ありのままに今起こったことを話すぜ!若い女に取り囲まれたと思ったら、いきなり全部ひん剥かれていたんだ…
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