#15 話術
「なんだ、レオカディア、知っているのか、この者を?」
「はい、存じております。セレドニア様。私の娘、クレセンシアです。
「そうか、そうであったか……よく見れば確かに、そっくりであるな。」
僕はその指揮官の脇にいる女性を見る。やはりそうだ。言われてみれば、クレセンシアそっくりだ。
「10年ぶりですね、クレセンシア。立派になった上に、まさか男の人と共に行動しているとは……」
ええと、確かクレセンシアは母親が18歳の時に産まれているから……ということはこの人、今は38歳か。クレセンシアに似てはいるが、歳相応の顔ではある。
「母上こそ、どうして魔族と共にいるのです!10年前、魔族討伐に向かったはずでは!?」
「魔族ではありません、クレセンシア。このお方は、人族と魔族に別れた地上の人々を、一つにまとめるために立ち上がったファティマ帝国皇帝、セレドニア様でいらっしゃいます。そして私は、このお方の妻となったのですよ。」
「つ、つま……?つまとは何ですか、母上!?」
「魔族と人族、いえ、男と女が一つとなり、共に生きると決めた時、女は妻と呼ばれるのですよ。クレセンシア。」
「と……ということは母上、まさかこの魔族と共に生きると……」
「すでに、3人の子もおります。そして今、パレアレス王国をファティマ帝国に併合すべく、こうして従軍しているのですよ。」
この言葉を聞いて、さっきまで抱いていた僕の疑問がすべて解明する。
あの槍衾、騎馬隊、そして兵站部隊を引き連れたこの遠征軍の構成。それは、我々と同じく異なる世界からきた人物が率いているからだ。
そして妙にパレアレス王国の周辺地形に詳しいこと、それは、このクレセンシアの母親の存在があったからだろう。
だが、今度は別の疑念が生まれる。どうしてクレセンシアの母親は、この皇帝とやらと共に行動しているのだろうか?しかもなぜ、自分の国に攻めてきたのか?
「母上……どうして、母上は、パレアレス王国の重鎮であられた母上が、なぜ我が王国を潰そうとなさるのですか!?」
クレセンシアも、僕と同じことを考えたようだ。母親を問いただす彼女に、その母親が問い返す。
「クレセンシア!今あなたの国は、乱れているのではありませんか!?」
それを聞いたクレセンシアは一瞬、何かを覗かれたように感じたのか、表情を曇らせる。それを見た母親のレオカディアは、ため息を吐きながら言う。
「……やはり、そうですね。でなければあなたが、男の人と一緒に行動するなど、あり得ませんからね。」
それを聞いたクレセンシアは、レオカディアに食ってかかる。
「母上!だからと言って、なぜ魔族に力を貸し、我が王国を滅ぼそうとなさるのです!」
「パレアレス王国は、滅ぼさばければなりません。クレセンシア。」
「な、なぜですか、母上!」
「10年前に、私は西方に復活したという魔族の国に辿り着いて知ったのは、我々が自然の摂理に反し、無理に生きる存在だと言うことなのです。」
滅ぼす云々はさておき、自然の摂理に反していると言う部分は同意だ。一方の性別だけで国を作り、子孫を増やす。どう考えても、普通じゃない。
「すでにパレアレス王国も、建国から700年。暴君から逃れ、約束の地にたどり着いた時は新進気鋭の王国でしたが、すでに10年前にはあちこちに綻びが見え始めていたのです。身分制度、労働力不足、そして人口減少……いつ、住人が蜂起してもおかしくない状況。そんな危機的状況に、すでに直面したのではありませんか?」
「そ、それは……」
「本来、人間とは男女共に暮らす存在。森にあまねく生息する魔獣達も、雄と雌のつがいを成して子を増やし、その命をつなぐ。パレアレス王国だけがおかしいのですよ。その自然の摂理に逆らって、いつまでも繁栄できるわけがありません。」
つい昨日、それがまさに起きたところだ。いや、大嵐の翌日にも民衆が蜂起したことがあった。この母親は、そこまで読んで従軍したというのか。
「レオカディアよ、そういうそなたも、10年前には私のことを魔族と罵り、倒そうとしていたのだ。娘のことを責められる立場でもなかろう。」
「……恐れ入ります、セレドニア様。それはもう昔のこと。お忘れください。」
「はっはっはっ!分かった分かった!それはともかくだ、その横の男。」
「はっ……」
「そなたは一体、何者だ?見たところそれは、どこかの軍服のようだが。」
「私は地球325遠征艦隊所属の、航宙駆逐艦10011号艦の乗員です。」
「……そういえばそなた、さきほど『別の星』から参ったと、そう申していたな。どういうことだ?」
「我々の哨戒艦はある中性子星域にて哨戒行動中に、4千隻もの敵艦隊に追い詰められて緊急ワープしたところ、この星にたどり着きました。」
「……それはつまり、宇宙船ごとここに、と?」
「はい。その通りです。」
それを聞いてそのセレドニアという指揮官は腕を組んで考え始めた。そして、僕に再び尋ねる。
「つまりそなたらは、宇宙に出られるだけの技術を持った人々、ということか?」
「……失礼ですが、セレドニア様は違うのですか?」
「違う。私は元々、軍人であった。だが私のいた世界では、宇宙どころか、空を飛ぶこともままならんでな。」
そこでこのセレドニアという男の過去が、解き明かされる。その話によれば、元々彼は陸軍の歩兵だった。士官学校を出るとすぐに、始まったばかりの戦争に動員されて、そこで塹壕戦に巻き込まれたという。
で、砲弾の直撃を受け、気づけばこの世界にいたのだという。
「……つまりあなたはその時の知識を使い、そこから男達、彼女らが魔族と呼ぶ種族を束ね、そしてこの王国に攻めてきたというのですか?」
「知識だけではないぞ。私には火、光、闇の魔術の才があった。そして、岩をも動かすほどの無属性魔術も持っておる。」
なんてことだ。僕と違ってこの男は、魔術が使えるのか。しかも複数の属性の。なんてやつだ。
「だが、正直言ってその力は、部族を屈服させるには役立つが、国をのっとるにはなんの役にも立たん。だから私は、別の手段で国を乗っ取った。それが、30年近く前のことだ。」
「別の手段とは……」
「ともかくだ、700年前に暴君のために滅びかけたものの、なんとか体裁だけは保っていたファティマ帝国だったが、そこの皇帝になってからは周辺の魔族や人族を次々に併合して、大国へと変えていった。国家の体裁を失いかけていたファティマ帝国は、再び強大な力を取り戻し、そしてかつての力を凌駕したところだ。」
その結果が、7千もの遠征軍を動かせるだけの国になったということか。元士官と聞けば、この戦いぶりは納得する。
「それならば、話は早いですね。我々は、あなた方のパレアレス王国の制圧には断固反対です。できればこのまま、撤退していただきたい。」
「それは無理だ。」
「なぜですか?」
「さっき、レオカディアも言っただろう。あの国は、自然の摂理から外れている。それはつまり、このままではいずれ滅ぶ。滅ぶと分かっている国を放置する、そんな無慈悲なこと、私にはとてもできん。」
ずっと進んだ文化をもつ世界からやってきた人間だから、すぐに分かりあえると思ったのだが、そうはいかなかった。パレアレス王国は確かに、おかしな国だ。だからそれを正さなければならない。大義名分がある以上、彼らはすぐには引いてくれそうにない。
「……分かりました。ですが、我々も諦めるわけにはいきません。出直してきます。」
僕は敬礼し、そのままその場を立ち去ろうとする。が、その皇帝陛下は僕を呼び止める。
「ああ待て。ひとつ、提案がある。」
「……提案、でございますか?」
「そうだ。このまま私を、その王国まで連れて行って欲しい。」
「は?あの、陛下自らが、ですか?」
唐突にその皇帝陛下は、とんでもない提案をする。だが一体、王国などに出向いてどうするつもりなのか?
当然、そばにいた重鎮らしき人物は反対する。
「陛下!なりません!なぜわざわざ敵地などに向かうのですか!?」
「そうです、陛下!帝国としても、陛下を失えば大変なことになります!その身に万一のことあれば、いかがなさるおつもりです!?」
だが、その陛下は全く意に介さない。
「私はこれまで、魔族や人族の村を併合するのに、私自身が出向いた。パレアレス王国にしても、軍事的に圧倒した後に、私自身が乗り込むつもりだった。ならばこのまま、彼らに頼って乗り込んだ方が手っ取り早い。」
「いや、ですが……」
「案ずるな。すでにレオカディアとの間に生まれた3人の子らがいる。私が死んでも、立派に国を支えてくれよう。」
などと言って、その2人の重鎮を言いくるめてしまった。
「というわけだ。アルフォンスといったか、私をその王国まで連れて行ってはもらえないか。」
「は、はぁ……」
予備交渉にやってきたつもりが、どういうわけか攻めてきた国のトップを、こちらの王国に案内することになってしまった。
「よかったわね、クレセンシア。」
それを聞いた彼女の母親が、クレセンシアにこう言ってのける。
「いや、何も良いことなどございません!あの魔族が王国に言ったからと言って、一体何がどうなるのかと……」
「いいのよ、それで。その方が、セレドニア様の本当の力が分かるはずよ。」
にこやかに応えるレオカディア。それを訝しげな顔で聞くクレセンシア。結局僕は、皇帝陛下の王国行きを取り次ぐことになった。
『なんだって!?で、その皇帝陛下が、王国に乗り込むというのか!?』
「はい、そうです。本人がそう希望されております。」
『いや、どう考えても無事では済まないだろう!そんな仲介役、できるか!一体、何を考えて……』
人型重機の無線で哨戒機の派遣を要請するが、その理由の説明にずいぶんと時間をかけてしまった。しかし、何ということだろうか。どうして僕が、初対面の皇帝陛下のために、こんなに苦労しなきゃいけないのだろう?
で、1時間がかりで説得して、どうにか哨戒機を呼びつけた。人型重機のすぐ横に着陸する哨戒機1番機。
その哨戒機が着くや否や、テントから現れてずかずかと乗り込もうとする皇帝陛下。
「そうだ、アルフォンス殿よ。」
「はっ!」
「まずは戦場に向かいたい。」
「は?戦場、ですか?」
「そうだ。それで、パレアレス王国の兵士のいる陣地に向かって欲しい。」
「ええっ!?お、王国側の陣地に、ですか!?」
てっきりこのまま、王国の方へと向かうのかと思いきや、王国の兵達のいる場所に向かいたいと言い出した。正気の沙汰ではない。
が、ともかくそれが意向ならばということで、皇帝陛下とクレセンシアの母親を乗せた哨戒機1号機が、戦場へと向かう。当然僕も、その後を追う。
「何を考えているのだ、あの魔族の王は!」
クレセンシアもこの通り、あの皇帝が考えることを今ひとつ飲み込めていないようだ。ともかく、僕は人型重機を戦場へと向ける。
真ん中にどーんと哨戒艦が居座っているこの平原の東の端に、パレアレス王国軍が陣取っている。その東端の人の前に、哨戒機が着陸する。その後に続いて、僕の人型重機が着陸した。
中から、あの皇帝陛下が現れる。てっきり王国の貴族でも慰労にやってきたのかと思いきや、現れたのは魔族。しかもこの皇帝陛下は到着するや否や、いきなり開口一発、敵であることをバラしてしまう。
「おお、そなたらはパレアレス王国の兵達であるか。私はファティマ帝国皇帝、セレドニアと申す。」
「ファティマ……帝国?」
「今、そなたらと戦っている相手だよ。」
ああ、何だってわざわざ千人近い敵兵の真ん前で、敵だってことをバラすのだろうか?当然、パレアレス王国軍の陣地は荒れる。
「なんだってぇ!?てことは、あっちの総大将ってことか!」
「ああ、そうだ。」
血の気の多いサリタが出てきて、そのセレドニア陛下の前に歩み寄る。
「何だお前、ぶっ殺されにきたのか!?」
「いや、そなたらの様子を見にやってきた。」
「なんだと!?」
「いやはや、思いの外、元気だな。これならば、安心だ。」
「何が安心だ!おめえは敵の魔族だろうが!何企んでやがる!」
「別に何も。なんだ、敵の大将なら、元気で安心だと、そなたらを労ってはいけないのかね?」
「いや、別にいいけどよ……だけど、信用できねえじゃねえか。なんか裏があるんじゃねえかって思うだろう、普通!」
「そうか。だが、私はそうは思わないな。」
「はぁ~!?何でだよ!」
「それじゃあ聞くが、そなたらの国王とやらは、この戦場にやってきて、労いの言葉一つかけてくれたというのかね?」
この一言で、1千人ほどの王国軍を静まりかえる。
「い、いや、クレセンシア様以外の貴族は、顔すら出さねえな……」
「だろう?そんな国王や貴族に比べて、私はこうして敵の兵士の前にも堂々と現れる。一体どちらの方が、信用ならないのかね?」
なんだかこの皇帝陛下のペースに乗せられ始めているぞ、パレアレス王国軍一同は。なにか、連れてきちゃいけない相手を連れてきたような気がしてきた。で、この皇帝陛下は、彼女らにこう言い放つ。
「まあ、大丈夫だ。任せておれ。私が今から、その国王や貴族の元に行って、そなたらの前に顔を出し、その苦労を知っていただくよう、説得してやろう。」
「はぁ~!?何だってぇ!?お前が、陛下の元に行くっていうのか!?」
「私だって陛下だ。別におかしいことはないだろう。」
「いや、そうだけどよ……」
わずか数分の対面で、いいように丸め込まれてしまったパレアレス王国軍の兵士達。そしてこの皇帝は彼女らに手を振ると、再び哨戒機に乗り込んだ。
で、そのまま王宮に向かうのかと思いきや、今度は広場の真ん中、市場のあたりに降り立つ。で、そこでも人々を前に、何やら演説めいたことをしていた。
「……であるからして、我らの国になれば、今よりずっと豊かで、充実した暮らしを約束しよう!」
近くに人型重機を着陸させて広場に向かったときには、すでに聴衆の目は突然現れたこの敵国の皇帝の方に向けられていた。皆、熱心に彼の演説に聞き入る。すでに皆、この皇帝に丸め込まれてしまったようだ。そしてその皇帝陛下は、この広場の中心で人々と語り合い始める。
わずか、1時間だ。僕が艦長に哨戒機の発進を要請するのにかかったのと同じ時間で、この男は王国の兵士と民衆を手懐けてしまった。なんというカリスマ性。まさかと思うが、これも魔術ではあるまいな?
で、ようやく王宮へと向かう。王宮前に着陸すると、当然、門番らが阻む。
が、わずか数分で、その門番も落とされる。で、皇帝陛下とレオカディア殿、それに僕とクレセンシアのたった4人で、王宮の中へと進むことになる。
そして、王宮の中庭を抜け、宮殿へと入っていく。
「おのれ!何の断りもなく陛下の御前に現れるとは、無礼ではないか!」
「私も敵方ながら陛下だ。別に無礼だとは思わないがな。そんなことよりもだ。」
「なんだ、魔族の王よ!」
「……その魔族の王は今、民衆から様々な不平不満を聞いてきたばかりだ。そして、我が軍と対峙している兵士達も労ったところだ。そなたらは一体いつ、民衆や兵士達の声に耳を傾けたというのか?」
で、中に入るや、いきなり正論をふっかけるこの皇帝。この正論を前に、貴族も王族も、そして国王陛下も返す言葉が見つからない。
「聞けばこの王都ではここ10年、子供がほとんど生まれておらぬというではないか。しかも魔石を使った車で、騎士と平民が争ったばかりだとも聞いたぞ。そのとき誰が、その間に立って説得を行ったのだ!?」
「それは、シルクパトリック伯と宰相閣下が……」
「では、そなた自身はどうだったのか?そのシルクパトリック伯と宰相閣下とやらが説得に奔走している間に、そなたは一体、何をしていたのか?ん?」
「そ、それは……」
大勢の貴族、王族が、たった1人の敵国の皇帝相手に、まるで反論できない。言われてみれば、この皇帝陛下は敵味方問わず、民衆の只中に飛び込み、あの短時間のうちにこれだけの話を聞きつけている。一方で、ここにいる王族、貴族らの多くは、あの動乱の最中でも動かなかった。そこをこの皇帝陛下は突いたのだ。
「やれやれ、この国は本当に民のことを思っておるのかね?このところ2度も、この王宮前の広場の近くで民衆が蜂起したと聞いたが、にも関わらず何も動かぬそなたらは、自分自身の暮らしさえ守られればそれで良いと、そう考えてはおるのではないか?それでは、700年前のあの暴君の悲劇の再来を招きかねんよ。」
「なんだと!?それじゃあお前は、今すぐ民を幸せにできるというのか!」
「ああ、できるとも。この王国の統治を全て任せてくれれば、今すぐにでも民に幸せというものを教えてやろうぞ。」
何とこの皇帝、突拍子もないことをいきなり断言しやがった。だがいいのか、そんなことを明言しても。
「だがその前に、そなたらが私に国の統治権を渡してもらわねば何ともならんな。今すぐここで、私にそれをくれるというのか?」
「そ、そんなわけないだろう!我らパレアレス王国の人族は神託に導かれて魔族の圧政を逃れ、この地にやってきた!統治の権利を魔族に渡すなどすれば、我々は神託に背くことになる!」
「その神託とやらは、そなたらの先祖に圧政から逃れるようもたらされたものなのであろう?にもかかわらず今、この地は圧政に苦しむ人々であふれている。本末転倒ではないか。その神託とやらに背いているのは、自分自身だと気づかないのか?」
何を言っても、実際に民衆に入り込み、生の声を聞き入れたこの皇帝に敵うものなどいない。結局この討論では、皇帝の一人勝ちである。
なるほど、これがレオカディア殿の言っていた皇帝の「本当の力」というやつか。進んだ文化の知識や、魔術だけではない。この男の真の力を、まざまざと見せつけられた。
「さてと、私もこの国の統治権を欲しいなどとは思っておらん。さりとて民を放置するわけにもいかない。そこで一つ、提案がある。」
「……なんであるか、提案とは?」
ぐうの音も出ないほど論破された後に放たれた皇帝の提案という言葉に、宰相閣下がその中身を尋ねる。
「ここに連れてきた7千の我らが兵を、この王国の民として受け入れて欲しいのだ。」
「はぁ!?な、7千の魔族を、受け入れろと!?」
「そうだ。どうせこのままでは、子も生まれずジリ貧であろう。彼らは皆若く、よく働く。畑も耕すし、馬も扱える。おまけに魔獣もたくさん捕まえることができる。職人もおるから、さらに大きな建物を建てることもできよう。しかも、帝国との交易の仲介も行うから、ここはより豊かな国となろう。若い女子と引き合わせれば、元気な子孫もたくさん残すことができよう。悪い話では、ないと思うがな。」
あの軍勢は、この王国への移民団だったのか?確かに、若い男ばかりではあるが、しかし……
「いや、しかしだな、魔族を受け入れるというのは……」
「もう受け入れておるではないか。別の世界からやってきたという、この空飛ぶ船に乗った彼らを。」
「うう……」
おまけにこの皇帝、僕らのことまで利用し始めた。この皇帝、案外食えない男だな。
「……分かった。その話、受け入れよう。」
と、そこで口を開いたのは、国王陛下自身だった。
「陛下!」
「そちらの陛下の言われる通りだ。この10年、我らはただ、滅びの道を歩んでおる。我も含め、この部屋の両脇に立つ者の誰1人として、民の声を聞いてはおらぬ。我々は知らぬうちに、700年前に魔王と同じことをしているのかもしれぬ……」
この一言で、全てが決した。皇帝陛下は、国王陛下に一礼し、お礼の言葉を述べると、さっさとその場を離れた。
「さてと、それじゃあ最後に、我が軍の陣地に向かうとするかな。」
「はい、セレドニア様。」
「……と、その前に、あの空を飛ぶ船に行かねばならんな。」
「は?」
また妙なことを言い出す皇帝陛下。今度は、僕らの船に行くと言っている。
「いや、狭い船ですので、わざわざお越しになるようなところでは……」
「狭かろうが、そこに人がおるのだろう?ならば、行かねばなるまい。」
どういう使命感で動いているのだろうか、この人は。再び哨戒機に乗り込むと、今度は哨戒艦へと向かうことになった。
「しょ、小官は、この艦の艦長、セザール中佐であります!」
「おお、ご苦労。ところで艦長殿よ、そなたはちゃんと、部下の声を聞いておるか?」
「は、はい!108名の艦ゆえ、一通りは……」
「それでは艦長殿よ、この船の乗員の多くが、話を聞いてもらえていないと嘆いていることを承知していらっしゃるのであろうな?」
「は?いや、そのようなことは……」
「例えば、備品の割り当て一つ決めてくれず、副長のフロラン少佐とやらに丸投げしておると聞いたぞ。それは一体、どういうことであるかな?」
「そ、それは……」
ここに来る前に、この皇帝陛下はこの艦で一番、人の集まる場所へ案内して欲しいと希望された。で、食堂へ行き、そこで食事をしながらその場にいた20人の乗員らと語った。そのほかにも、エレベーターの中や通路で出会った乗員に尋ね歩き、最後に艦長の元にやってきた。
この皇帝、まさかこの艦まで乗っ取るつもりじゃないだろうな?しかし艦長を一通り尋問したのちは、部下の接し方を説いたのちに、自身の陣に戻っていった。
人たらし。僕の脳裏に浮かんだ言葉は、この一言だ。まさにこの皇帝陛下は、人たらしによって一つの国をまとめあげた。その手腕を目の当たりにし、そして気づけば事実上、この王国を手中に収めてしまったあの行動力に、僕はただただ、脱帽するばかりだった。




