#14 襲来
『1号機より11番艦!王都より40キロ西方にて、大軍の進行を確認!数、およそ7千!』
「11番艦より1号機、状況を確認したい、映像を送れ!」
『1号機より11番艦!了解、映像送る!』
哨戒機1号機から艦橋内に送られたその映像は、僕が一度遭遇した魔族とはまるで違う魔族だった。
森の中の道を、4列で並び整然と進んでいる。彼らの手には、僕らにとってはよく知られた、しかしクレセンシアにとっては未知の武器を持っている。
「何だあの長い棒は……魔族共め、何と奇妙な武器を持っておるのだ。いくら何でもあれは、長すぎるだろう。」
クレセンシアは驚いているが、僕はそれが何かを知っている。そう、あれは槍だ。それも3メートル以上はある長槍だ。その武器の有効性は、僕らの知る宇宙の歴史の中で証明済みである。だが、僕が何よりも驚いたのは、その後方にいる部隊の存在だ。
それは、騎兵だ。馬にまたがり、短い槍を右手に持ち、左手には盾を構える、僕らにとっては歴史の教科書でよく知る兵種だが、馬車すらも持たないパレアレス王国にとっては、まさに脅威の兵だ。
そんな騎兵が、ざっと500騎はいる。一体どうやって彼らは魔獣しかいないこの世界で、あれだけの馬を手なずけたのか?
そして、残りは長槍を構えた多数の兵士。しかも皆、チェーンメイルらしき防具で身を固めている。
クレセンシアですら出会ったことがないほどの規模の魔族の軍勢。いや、そもそもクレセンシアの話によれば、組織的に行動する魔族などいないとされていた。あの軍勢の出現は、パレアレス王国の人族にとっては想定外の事態だ。
一方、こちらは騎士や剣士を合わせてもせいぜい1千にも満たない。数の上では、圧倒的に不利だ。おまけのこの王都ラス・ロサス・デ・パレアレスは、城壁もない無防備な都市。あれだけの装備を持った、7倍の兵力に対し、有利な点など一つもない。
「ど、どうするのだ!このままでは、王都は……」
クレセンシアが狼狽する中、副長のフロラン少佐が艦長に具申する。
「これは明らかにこの王国への侵略行為でしょう。艦長、連合軍規 第53条の適用を、具申いたします。」
「うむ、仕方あるまい……現時刻をもって、第53条3項に則り、パレアレス王国防衛の任にあたるものとする。」
「はっ!第53条3項に則り、直ちに防衛行動を発動します!」
「防衛行動発動!艦内哨戒、第二配備!」
副長の復唱と、通信士の伝達とともに、けたたましい警報音が艦内に鳴り響く。艦橋内には乗員らが各自、配置につく。
同時に、王都の街に散らばっていた全乗員が呼び戻される。スマホの無線通報機能により、乗員らに哨戒艦に戻るよう呼びかけられる。続々と艦に戻る乗員達。
僕は第3格納庫に向かうため、エレベーターへと向かった。そして格納庫のある階に到着し、扉が開く。するとそこに、哨戒機2番機パイロットのクリストフ少尉が立っていた。が、少尉のやつ、両手で何やら抱えている。
「……少尉、今は戦闘準備態勢にある。なぜ貴官は、カリサを抱えている?」
クレセンシアの侍女であるカリサを、両手で抱えたまま、僕の姿を見て仁王立ちしている。
「アルフォンス中尉殿、カリサが……ああ、いや、カリサ殿が気分が優れないというので、医務室に運ぶところであります。」
いつもはもう少し落ち着いた話口調のクリストフ少尉だが、今は明らかにやや高揚気味だ。そういえばカリサはあの魔獣狩りに付き合わされて、血抜き作業のたびに卒倒しクリストフ少尉に運ばれていたと、クレール先生が言っていたな。その過程で、運ばれ癖がついたのだろうか?僕と入れ替わりでエレベーターに乗り込むクリストフ少尉とカリサ。2人は僕に敬礼し、僕も返礼で応える。エレベーターの扉が、静かに閉まる。
そういえば、もう一人の侍女セレステの方は、1番機のパイロット、ジスラン中尉と意気投合していると聞く。魔獣狩りで捕まえた魔獣の血抜きや解体は、セレステが嬉々としてやってくれるのだが、最近はそれにジスラン中尉も加わっていると聞く。なんでもジスラン中尉には、アウトドアな趣味があるらしく、軍の山中行軍訓練やサバイバル実習では信じられない成績だったという。なぜ、パイロットになったかと聞けば、最も遭難する確率が高い職業だから、だそうだ。妙なやつだ。
そんな男だから、魔獣の返り血を浴びて恍惚とした表情を浮かべるセレステとは意気投合するのだろう。それにしても、2機の哨戒機のパイロットに2人の侍女……変な組み合わせだ。いや、技術士官である僕と女勇者の組み合わせを考えれば、とても彼らのことなど言えないが。
……おっと、それどころではなかった。人型重機の整備だ。と、格納庫に向かう前に、修理用部品を取りにまず倉庫に向かわねば。
「ああ、アルフォンス中尉殿。お待ちしておりました。ご依頼の部品ですが、用意してありますよ。」
「すまない、フェリクス少尉。ところでこの部品だが、在庫の方はどうだ?」
「まだしばらくはいけますが、補給がありませんからね。このままではいずれ……」
近頃、人型重機の出撃が多過ぎる。おかげで消耗品の消費が激しい。可動部が多い人型重機は、哨戒機などと比べると部品の消費が激しい。長期任務に備えて、艦内にもそれなりのストックはあるが、このままではいずれ、動かせなくなるだろう。
そんな一抹の不安を抱えながらも、僕はフェリクス少尉の脇に立つリゼット准尉を見る。この2人、いつもセットで行動しているな。艦内でも公認済みの恋人同士で、しかも同じ主計科だからといえばそうなのだが、にしてもちょっと行動を共にし過ぎちゃいないか?
まあ僕も、人のことは言えないかな……部品を受け取り、第3格納庫に入ると、いつものがいた。
「おい!遅いぞ!何をしている!」
この女勇者は、やる気だけは満々だ。もう重機の後席に座り、ガラスハッチをバンバンと叩いて誘いをかけてくる。
「遅いって……まだ魔族軍は到着していないだろう。作戦行動も明日以降に発令だ。それまでに整備を終えよというのが、艦長からの指示だ。」
「何を悠長なことを言っている!今からでも乗り込んで、あの魔族共を焼き切ってくれる!くそっ、見ておれ魔族共!母上の仇、必ずとってくれようぞ!」
あの聖剣を高らかに掲げて、戦意の高さをアピールするクレセンシア。だが、クレセンシアよ。やる気だけで戦さには勝てない。
「おい、聞いてるのか!?さっさとやつらを叩きのめすのだ!早く出さんか!」
「あーもう、うるさいなぁ!いくら人型重機でも、あれだけの軍勢を相手にはできない!だから今、そのための装備を付けているんだ!」
「なんだそれ、勝てるのか?」
「少なくとも、一時的には足止めできるだろう。ともかく、無策に突っ込むのだけは避けたい。艦橋でも、あの軍勢を追い払う方策を検討中だ。」
「なぜ追い払う必要がある!?あの雷を使って全滅すれば良いではないか!」
「そうもいかない。恨みは、新たな戦さの種となる。戦争の連鎖が、止まらなくなるぞ。さっきまでのあの騒動で分かっただろう。」
「うっ……」
我々の目的はただ一点。あの軍勢をほぼ無傷で追い返すこと。可能ならば、パレアレス王国との和睦につなげる。戦争と継続的緊張状態の回避、我々遠征艦隊の軍属が、地上にて行使できる権限はそこまでだ。
と、すでに大気圏内砲撃という軍規違反を艦長に勧めた僕がいうのも、どこか変だな。だがあれは、人命救助のために必要な措置だ。そして今回の出撃も、あくまでも人命尊重の元に行動する。我々の行動は、一貫している。
「大丈夫だ。我々は、こういう事態に慣れている。すでに幾万もの地上の争いを収め、平和理に解決した実績を持っている。だから、我々に任せて欲しい。」
「……にわかには信じられないがな、魔族と和睦などと……いや、お前ら魔族とも、こうして分かり合えたのだから、もしかしたら……」
人族と魔族の間にある、700年もの長きにわたる闘争の歴史の上に、魔族への憎悪がある。たった2、3週間の我々との交流で、それがすぐに消えるとは到底思えない。が、確実に彼女は、最初に出会った時よりも変化している。
しかし、我々はともかく、今この王都に向かって攻め込んでくるあの魔族は、明らかにクレセンシアにとっての敵だ。彼女は、母親を失っている。西方に誕生したという魔族の国の討伐に出かけたきり帰ってこないと話していた。その西方の魔族の国とは、間違いなく今こちらに迫っているあの軍勢を派遣した国だろう。
ここで僕は、2つの疑問を持つ。
1つ目は、これほどの兵員を導入できることだ。このパレアレス王国の兵力のざっと7倍。つまり、その国の人口は少なくともパレアレス王国の7倍はあると考えるべきだろう。
だが魔族自身は、単独で子供を作ることができない。周囲には、それほど大きな集落も見当たらない。にもかかわらず、これだけの人員。つまり、それだけたくさんの人族、つまり女性をあの魔族の国家は囲い込んでいることになる。一体どうやって、このパレアレス王国以上の人口まで増やすことができたのか?
そしてもう一つ。あの魔族の国は、どうやってパレアレス王国の存在を知ったのか?こちらは、あちらの国の存在を知らない。にもかかわらず、あちらはどうやってこの王国の存在を察知できたのだろうか?
ともかくその国は今、こちらに向けて大軍を進めつつあるのは事実だ。奴らの戦意を失わせ、和睦交渉に持ち込めれば、それらの疑問は自ずと分かることだろう。
そしてその日の夜、作戦の内容が知らされた。僕とクレセンシアは、翌朝から始まるその戦いに備え、早めに眠る。
そして翌朝。
登ったばかりの日の光が眩しい。僕は今、人型重機に乗り、王都西方に広がる平原の端にいる。
僕の前には、昨日やりあっていた騎士と剣士が並んで布陣している。さすがに王国の一大事を目の前にして、争っている場合でないことは承知したようだ。
だが、1千弱のこちらに対して、魔族軍は7千。まともにぶつかり合えば、勝ち目はない。
「なんだと!?我が王国軍を囮にするだと!?」
「そうだ。」
「それはつまり、騎士達や剣士達に死ねと申すか!」
「そんなことは言っていない。あの7千の軍勢の目を引き付けるだけの役目だ。」
「……まるで撒き餌にでもされたようで、不愉快な言い方だな。」
「では聞くが、この平原でぶつかり合って、勝てる見込みは?」
「正直言って、ないな。ここは魔力の乏しい場所だ。特異魔術を持つ騎士の多くは、力を発揮できない。」
「そうだ。そして、それを最初から心得ているように、奴らはここに布陣している。」
「どういうことだ?」
「妙だと思わないか、あの軍勢、この王国となんら関わりも持っていない国から来ているわりに、この王都の位置や、この平原のことを知った上で行動しているように見える。よほど優秀なスパイでもいたのか、それとも内通者がいるのか……」
「すぱい?なんだ、すぱいとは。あのカレーに入っているとかいうやつのことか?」
「それはスパイスだ……あのな、スパイというのは諜報人、つまり相手の国に潜入して、その国の情報を集める連中のことだ。だが……」
「おい、魔族の諜報人など入り込めば、すぐに分かるではないか!いくらなんでも無理だぞ!」
「そうだ。だから不思議だと言っている。一体彼らはどうやってこの国の情報を知り得たのか……ともかくだ。我々はやつらがこの場所の事情を知っている上で侵攻してきたという前提で行動する。そのための囮だと、考えて欲しい。」
「う……なんだか気に入らないが、仕方あるまい。」
予め、騎士や剣士のまとめ役である勇者クレセンシアには、我々の作戦のため事前に了解を得ている。悪いがこの戦場では、この王国の兵士達は単なる引き付け役だ。それ以外には、大して役には立つまい。このエサに引かれて、魔族軍が動くのを待つ。
にしても、こうして目の前で対峙してみるとこの魔族、少なくともクレセンシアが語り、実際に僕が遭遇したあの魔族とはかなり異なる。統制の取れた行動、そしてこちらの兵力や地形まで知った上での布陣。どう見ても相手はパレアレス王国の貴族らと比べても、相当頭のいいやつだ。
そしてついに、その魔族軍が動く。
彼らは、一斉に槍を前方に突き出す。そして横一線に並びつつ、前進を開始する。
やはり、予想通りの動きに出た。長い槍を突き立てたまま、足並みを揃えて前進する。槍衾と言われるこの陣形は、剣しか持たない相手には有効な戦術だ。
槍は剣と異なり、それほど鍛錬がなくても使いこなせる。しかしこの集団行動には、事前にそれ相応の訓練が必要だ。にわかにできる戦術ではない。
槍衾を形成しつつ前進し、パレアレス王国軍を圧殺せんとする魔族軍。一方、その後方にいる騎馬隊は動かない。彼らの作戦は、こちらの兵が槍隊によって追い詰められたのちに、あの騎馬隊を突っ込ませてとどめをさすつもりだろう。よくあの知性の乏しい魔族から、これだけの戦術を考える奴が現れたものだ。
さて、感心している場合ではない。僕の役目は、あの槍隊の陣形を崩すことだ。そのために昨夜、この人型重機にある装備を付けた。
「それじゃあ行くよ、クレセンシア。今朝示し合わせた通りに行動する。」
「お、おう。」
いよいよ出撃する。おそらく僕らの存在は、彼らの想定外のはずだ。想定外の相手には相応しい。
「作戦開始!1番重機、発進する!」
無線で伝えた後、僕はスロットルを目一杯引く。人型重機は、勢いよくジャンプする。
奴らからみれば突如、ゴーレムのようなものが人族の軍の後方から現れたと見えるだろう一瞬、槍隊の動きが鈍る。
だが、彼らはすぐに前進を再開する。僕は槍隊の中央付近、50メートルほど手前に着地。そして、ハッチを開く。
クレセンシアが、僕の後ろに立ち、高らかに声を上げる。
「我はパレアレス王国の勇者、クレセンシア!魔族どもよ、これより先には、一歩たりとも進ませぬ!」
高らかに宣言する女勇者のクレセンシア。そしてあの聖剣を抜き、一振りする。
飛び出した炎は、長い槍の中ほどを焼く。木製の槍は紅蓮の炎によって、あっという間に焼け落ちる。そして僕は再び重機をジャンプさせる。
そこでまた、クレセンシアが聖剣を振る。槍が数十本焼け落ちる。またジャンプし、別の場所にて槍を焼く。それを数度、繰り返す。
クレセンシアとは予め、槍のみを狙うよう示し合わせていた。長い槍といえども、細い木の棒に過ぎない。クレセンシアの聖剣の出す炎ならば、何本かまとめて落とすことができるだろう、と。
だが魔石に溜まった魔力が尽きれば、炎は出ない。ある程度焼き払ったところで、クレセンシアの聖剣の魔力が尽きる。しかし相手は7千もの軍。多くの兵の槍はまだ、健在のままだ。
そこで、この人型重機の出番となる。一部とはいえ槍を奪われた彼らに、さらなる戦意喪失を促すための仕掛けを取り出す。
再びジャンプし、陣形の中央に戻る。そこで僕は重機の背中に載っているある装置を、重機の右腕で外す。
これは大型の削岩機だ。ただし先端部は尖っておらず、平らな板が取り付けてある。
森の中にあってこの平原は、草が少し生えている程度だ。その理由は、ここが大きな岩盤だからだ。巨大な真っ平な岩の上に、両軍が対峙している。
その一枚岩を、やつらの戦意を奪うために利用する。
僕は重機の左腕に、その機械を取り付ける。コネクターに接続すると、それを地面に突き当てる。
ゴーレムに対して、槍が効かないことは承知していることだろう。この魔族には、それくらいの知恵はあるようだ。こちらにまったく手出ししてこない。
そして僕は彼らの目の前で左腕を地面に押し当て、大型削岩機のスイッチを入れる。
地響きが、鳴り響く。ゴゴゴゴッという腹の底から響く音と共に、兵士達がふらつき始める。
地面に伏せる者、なんとか体勢を保とうと踏ん張る者など様々だが、とても前進などできる状況にはない。なお、この重機には慣性制御が効いており、揺れが打ち消されている。
この岩盤の上にいる全ての者は、この突如起きた人工地震に驚いている。もっとも、その岩盤の端にいるパレアレス王国軍と、槍隊の後方に控えている騎馬隊の辺りではそれほど揺れてはいないだろう。だが、震源地に近いこの重機の近くにいる兵士達は、立っていられない程の揺れを受けている。
岩盤の共振周波数を与え続けているため、やがてその岩盤の一部が崩壊し始める。バキバキと音を立てて、足元にひびが走り出すと、さすがの槍兵らも槍を捨てて、慌てて逃げ始める。一旦陣形が崩れ出すと、後はそれが波のようにそれが伝播する。7千近い兵士らは戦意を失い、一斉に平原の西方へと走って行く。
そこで僕は、削岩機を止める。いや、止まってしまったというのが正解か。さすがにこれだけの広さの地面を揺らしたのだ。一発で故障してしまった。やはり、持たなかったな。故障した削岩機を切り離す。
だが、魔族軍は後方に控えていた騎馬隊を前面に出してくる。その数、およそ500。数こそ少ないが、突撃されれば王国軍など鎧袖一触、その勢いでたちまち総崩れとなるだろう。侮れない相手だ。
だが、その騎馬隊が次に出てくることは、すでに想定済みだ。当然我々も、手は考えてある。
その第2段階を担う武器が、上空に現れる。
ゴゴゴゴという低音を響かせながら、灰色のそれは現れた。
全長450メートル。パレアレス王国の王宮よりもはるかに大きな船体が、ゆっくりとこの平原の空を覆うように進む。
そして平原の中央付近に達すると、哨戒艦11番艦は停船する。
僕の無線から、艦内放送が流れてくる。
『砲撃、用意!通常砲撃!』
艦長の声が響く。しかし艦長め、未臨界砲撃ではなく、通常弾を使うと決めた。どちらでもいい気がするが、あえてここはこちらの真の実力を見せつけて、戦線の拡大を防ごうとの意図か。
「クレセンシア!砲撃がくるぞ!座って!」
「あ、ああ……」
まだ後席で立ち上がっていたクレセンシアに、席に戻るよう促す。目の前には、500騎の騎馬隊が勢いよく迫りくる。その騎馬隊の真上で、ついに我が艦が砲火を放つ。
雷10発分の音と光。大気圏内での砲撃の凄まじさを表す言葉としてよく聞くが、実際にそれを目の前にすると、そんなレベルのものではないことを悟る。
一瞬、五感全てが麻痺する感じだ。景色は青い光一色となり、聞こえるものは轟音のみ、皮膚はまるでサウナ風呂にでも入ったかのように熱く、鼻や口も、砲撃の熱線で何も感じられない。
続く爆風が、この重機のコックピットを襲う。クレセンシアが立ち上がっていたため、ハッチを開けっ放しになっており、この熱風をもろに受けることになった。
が、それは外の人々も同じだ。むしろ被害が大きいのは、騎馬隊の方だ。馬という動物は、音に敏感だ。これだけの音を受けて、パニックに陥らないわけがない。砲撃に慣らされた軍馬でもない限り、爆音を聞いた馬は暴れだす。
その狙い通り、騎馬隊は大混乱に陥っている。暴れる馬をなんとか鎮めようと奮闘する騎兵達。だが、中には振り落とされ、馬に逃げられた者もいる。しばらくの間、僕の目の前では混乱する500騎の奮闘が続いた。
その混乱がようやくおさまったのは、それから10分ほど経った後だった。だがこの段階で、この騎兵らにはすでに戦意などあろうはずもなく、平原の西方の自陣へと引き返す。
それを見届けると、哨戒艦は高度を落とす。そしてその軍勢を牽制するため、平原の中央付近に着陸した。
さて、ここからが本番だ。どうにか魔族軍の指揮官と接触し、この戦さをおさめなくてはならない。
そこで僕は、重機で再びジャンプする。大型削岩機を切り離し、身軽になった重機は、上空1500メートルまで一気に上昇する。
上空から、相手の陣地を眺める。平原の外れ、森の木々が途切れ途切れに生えている場所に、テントのようなものがいくつも見える。その後方、森の中の一本道には、ずらりと荷馬車が並んでいる。先ほどの砲撃の影響で、この荷馬車の馬にも少なからず影響があったようで、あちこちで荷馬車の荷物が崩れている。明らかにその一団は、遠征のための兵站部隊だ。戦術だけではない。後方の備えを見るに、奴らはパレアレス王国と比べても、相当進んでいる。
国など持てないとされた魔族の中から、一体、どうしてこれほどの軍隊を作り上げるほどの人物が現れたのか?歴史的には、いずれ現れる戦術には違いないが、その登場があまりにも唐突すぎる気がする。これを考案したやつは一体、何者か?
その兵站部隊の中ほどに、一際大きなテントが見える。明らかにそれは、大きくて豪華。それを見た瞬間、僕はそこに、この軍勢の総指揮官がいると直感する。
そこで僕は、その大型テント目掛けて着陸を試みる。テント前のスペースに、人型重機を軟着陸させる。
「お、おい、どうするつもりだ!?」
敵軍の真っ只中に降り立ち、クレセンシアが不安そうに尋ねる。だが僕は黙々とベルトを外しながら、パイロットスーツを脱ぎ、軍服姿へと変える。そして、クレセンシアに言う。
「最終段階だ。ここからが、本当の戦いになる。」
それを聞いたクレセンシアは、黙ってうなずく。交渉すべき相手が見つかれば、まず僕とクレセンシアで接触する。予め取り決めた事態に移行したことを、彼女も悟る。
ハッチを開く。護衛の兵達が数名、剣を構えてこちらを囲む。多分、彼らはそれなりの手練れだ。そう直感した僕は、その1人に告げる。
「ここの指揮官と話がしたい!取り次いでは、もらえないか!?」
それを聞いた1人が、僕に尋ねる。
「お前は誰だ!何と申す!」
「小官は、地球325遠征艦隊、駆逐艦10011号艦所属の技術士官、アルフォンス中尉だ!」
「あ、あーす、325?えんせいかんたい……?なんだそれは?」
聞いたこともない組織名だ。戸惑うのも無理はない。そこで僕は、付け加える。
「この先にあるパレアレス王国の使者としてやってきた!ここに、陛下の名代であるクレセンシア殿にも同行していただいている!そう伝えてくれればいい!」
実際に、この事態はすでに想定していた。このため我々は予め、クレセンシアを代理人としていただくよう陛下に進言し、その許可を得ている。だから僕の役目は、その代理人であるクレセンシアを護衛し、ここの指揮官に会わせることだ。
クレセンシアには魔族という存在に対していろいろと思うところがあるようだが、相手が理性的な存在である限り、その相手に対しては撤退のみを要求する。そうクレセンシアには説いてある。
しかし、クレセンシアにそこまでの交渉ができるだろうか?正直言って、あまり期待できない。変にプライドは高いし、すぐに逆上するからな、彼女は。
「アルフォンス殿にクレセンシア殿!陛下が会われるそうだ!」
来た。狙い通り、我々との交渉に応じた。いよいよ、交渉が始まる。
と言っても、今回は予備交渉だ。だいたい、一介の技術士官と血の気の多い女勇者では、話などまとまるはずがない。まずこちらの要求を伝えて、次の交渉につなぐ。そこまでできれば上等だ。
にしても今、あの兵士は「陛下」と言わなかったか?まさかこの軍の指揮官は、国王か何かか?ともかく僕とクレセンシアは人型重機を降り、案内役の兵の前に立つと、その兵はあの大きなテントに我々を案内する。
「陛下に会われる前に、武器を預けていただきたい。」
この兵士の一言に、ムッと表情を変えるクレセンシア。だが僕は、彼女を制止する。
「王国のためだ、ここは従おう。」
僕の制止を受け入れ、あの大剣を外し始めるクレセンシア。ただし、僕は丸腰だと認識されたようで、そのまま通される。彼女が聖剣を預けているうちに、まず僕がそのテントの幕を潜る。
そこには、2人の武将らしき姿の人物と、その2人の間に座る1人の大柄な人物がいた。その姿から、彼こそがここの指揮官だと感じる。だが、よく見るとその脇にも、もう1人いる。
僕はその脇にいる人物の姿に驚く。明らかにそれは、女性だった。鎧姿ながら、その体型はどう見ても男ではない。その人物の存在に戸惑いつつも、僕はまず敬礼をする。
「ほほう、パレアレス王国の使者として現れたのが男、いや、魔族とはな……」
そう言い切ったその指揮官風の男のこの言葉に一瞬、動揺する。この指揮官風の男は、パレアレス王国の名を知っている。それ以上に驚いたのは、この世界に来て初めて、ここの住人から「男」という単語を口にするのを聞いたことだ。元々、魔族の間ではそう呼んでいたのか?いや、以前出会った魔族はそのようには呼んでいない。では一体、なぜ……
この時、僕が一瞬抱いた疑念は、次の一言で確信に変わる。
「最初に尋ねたい。そなたは、私と同じ異世界人か!?」
ああ、やっぱりそうか……やはりこの男は、ここの世界の人間ではなかったのか。全てのことに、合点がいく。僕は応える。
「異なる星の人間、とだけは分かっております。陛下。」
「異なる星、ときたか。なるほど、そうかもしれないな。」
なぜだか、変に納得するその指揮官。そこにようやく、クレセンシアも入ってきた。
そのクレセンシアが、奥の人物を見て急に驚愕の表情に変わる。そしてその人物に向かって叫ぶ。
「は……母上!?」
ただの予備交渉のつもりが、波乱含みの展開となる。




