#13 内乱
きっかけは、ある魔力カーが貴族街を走っていた時のことだ。正面から来た騎士とすれ違いざまに、魔力カーの荷台とその騎士の剣の鞘に当たる。
「おい、そこの平民!その粗末な荷車を、陛下より賜りし我が剣にぶつけるとは何事か!」
この一言が、平民と一部の上流階級との間に亀裂を生み出した。
貴族街の一角で始まった騎士と平民の言い争いは、やがて周囲の人物を巻き込み始める。怒った騎士は、その魔力カーから魔石を奪い取る。この魔石というものは、王国の持ち物とされている。それは騎士も平民も区別なくそうなのだが、その魔力カーを操っていた人からすれば、一方的に騎士が魔石を力づくで奪ったと考える。だから、それを見た別の平民階級がその騎士に抗議する。すると騎士は剣を抜き、彼女らを脅す。だがそれが帰って呼び水となり、気づけば多数の平民層が貴族街に押し寄せてきた。
「我々の力を奪う騎士どもを許すな!」
貴族街の片隅では、数人の騎士と数十人の平民階級の人達との小競り合いが続く。
その騒ぎにサリタが加わる。クレセンシアのシルクパトリック家お抱えの剣士であるサリタだが、彼女は平民だ。だから、ここでは平民側に立つ。
「こやつらを力づくで排除しようとするなら、私が許さない!」
「なんだと、平民風情が、何をいうか!」
サリタは、並の剣士ではない。騎士の最上位である勇者に従う最強の剣士だ。ここは魔力のない王都、いくら特殊魔術を持つ騎士達といえども、ここでその魔術を発揮できるのは、魔石武具を持つごく一部の騎士に過ぎない。だからここでは事実上、サリタが最強だ。
騎士にもいろいろいて、いわゆる貴族階級の騎士と、騎士号を持つだけの者とがいる。今回、この騒ぎの中心にいる騎士というのは、家名を持たない騎士号のみの下級騎士達だ。だからここにいる騎士は、魔石を組み込んだ武具を持たないのが普通だという。
それゆえに、魔石を使う平民に嫉妬する。魔石を使えるのは、特異魔術を持つ騎士の特権、と考えていたところに、平民サイドでの魔石活用。騎士号を持つ彼女らを差し置いて、平民らが先に魔石を使い始めてしまった。これは、下級騎士としては面白くない。その心情が、この騒ぎにさらなる影を落とす。
「おい、どうするつもりだ!?お前が作ったあの車とやらのおかげで、また王国が2つに割れてしまったではないか!」
騒動を聞きつけた僕とクレセンシアは、貴族街の端に来ていた。黒だかりの人々を前に、クレセンシアは僕を責める。いや、クレセンシアだってあの時、これは優れた発明だと絶賛していたではないか。揉め事の原因になったと分かった途端、掌を返しやがった。とはいえ、再びこの王都が緊張状態に陥ったのは間違いなく魔石を使ったこの車の存在が大きい。
一方の平民側はといえば、これまでの重労働から解放されたというのに、その肝である魔石を騎士が取り上げてしまった。
ここに互いの日頃の格差への不満も加わって、怒りが一気に爆発した。
こうなっては、以前のあの騒乱と同じである。だが今回は厄介なことに、我々哨戒艦が原因ではなく、騎士や貴族と、平民との間の身分間が生み出す格差と嫉妬のぶつかり合いだ。前回のような手は使えない。
そうこうしているうちに、ついに事態は動く。騎士の一人が、剣を抜いた。
すると、威勢よく抗議していた平民側は一斉に逃げ腰に転ずる。その反応を見た他の騎士らも、次々に剣を抜く。武器を持たない人々は、血相を変えて逃げ始めた。
「おのれ、卑怯な!」
それを見て逆上したのは、サリタをはじめとする剣士達だ。魔術など使えず、剣のみに頼らざるを得ない平民階級の彼女らは、剣の腕など大したことのないくせに魔術だけで取り立てられる騎士達に不満を抱いている。それゆえに、ここぞとばかりに騎士達に憎悪をぶつける。剣士達も抜刀し、ついに小競り合いが始まろうとしていた。
が、互いの剣が交わる直前、赤い炎の筋が両者の間に走る。
「いい加減にしろ!ここは陛下のお膝元であるぞ!陛下を御守りするべきお前らが、かような場で相争うとは何事か!」
このクレセンシアの一喝で、両者は四散する。
が、それで終わらない。場所は変わって、今度は中央広場での睨み合いに発展する。昼過ぎには、200人の騎士達は広場北側に、その反対側には約4000人の平民達が鍬やナイフを持って陣取り、バリゲートを築いて対峙する。その後方には、木板で囲み、荷台には剣士達が乗る魔石カーが待機し、騎士の突撃に備えている。まさに、一触即発の状況だ。
本来ならここには多くの出店が並び、肉や野菜が売買されているはずの場所は、今は王都を二分する内乱の舞台と化している。
『両者共、剣を収め、それぞれの持ち場、住処に戻れ!王都を二分して、どうするつもりだ!』
その両者の間に立つ僕の人型重機の拡声器で呼びかけるのは、クレセンシアだ。聖剣の炎を繰り出したところで事態の解決につながらなかったため、今度は説得による事態の収拾を試みる。
「クレセンシア様!そいつら平民から魔石を取り上げて、再び平民に重労働を課そうとしているのです!とても許せる行為ではありません!」
「平民風情が、魔石に頼るなど言語道断!我ら栄誉ある騎士が用いてこそ輝く至宝!それを平民ごときが楽をするために使うなど……」
「なんだと!剣の腕もないくせに、騎士を名乗る方が恥だ!」
「おい!そこの剣士、もう一度言ってみろ!」
もはやクレセンシアの言葉など届かない。互いが抱えた鬱憤をぶちまけ合っているだけに、余計に収集がつかない。
この事態は、さすがに王宮側も無視できなくなってきた。そこで事態の沈静化に向けて、現場に宰相を派遣する。
「臣民並びに騎士らよ。陛下の勅命である。直ちにこの騒ぎを収め、持ち場に戻れ。」
どうしてこう貴族、特に公爵や宰相と呼ばれる上位の貴族は、こうも説得が下手なのだろうか?そんな言葉で済めば、そもそもこんなにこじれることはないだろうに。だが宰相閣下の登場は、事態をさらに悪化させる。
「宰相閣下!この者らが魔石を濫用しております!なんとかして下さい!」
「なんだと!?誰がこの王都の生活を支えていると思ってるんだ!我々の活動を『濫用』などと決めつけるな!」
「おい、平民ども!口を慎め、閣下の御前であるぞ!」
だめだ、かえってヒートアップしてしまった。しまいには、矛先がこちらにも向けられる。
「宰相閣下!そもそもこの魔族めが、平民どもに魔石などを使わせる話を持ちかけたことが、すべての元凶です!閣下、なんとかして下さい!」
「いや、騎士達よ、こやつらは陛下に……」
「おい、クソ騎士ども!その魔族が魔石を集めなければ、お前らなどに回る魔石はなかったのだ!感謝こそすれど、元凶呼ばわりするとは何事か!?」
「なんだと!?この平民どもが、調子に乗りおって……」
騎士達は、一斉に抜刀する。前衛の平民達は、バリゲードの後ろに隠れ、その後ろに控える剣士達は騎士に合わせて抜刀し、魔力カーの荷台の上で突撃に備える。
もはや、武力衝突は避けられないのか?一触即発の事態、宰相の説得にも応じない両者、それを見たクレセンシアは、覚悟を決める。
「これまでのようだな……まったく、人族相手にこれを振るうことになろうとは……」
背中の聖剣を引き抜くクレセンシア。僕は慌てて止めにかかる。
「ちょ、クレセンシア!まさか、それをあの両者に……」
「多少の犠牲は、この際止むを得ないだろう!騎士達と平民らを止めるには、もはや実力行使のみ!」
ついにクレセンシアは、最後の手段に出ようとしていた。騎士達と平民達がぶつかり合うか、クレセンシアの一撃により、多少の犠牲で引いてくれるか。いずれにせよ、もはや死人が出るのは避けられない。
そしてクレセンシアがまさに聖剣を振り下ろそうとした、その時だった。
「クレセンシア様!!」
1人の鎧姿の人族が、この両者の間を駆け抜けてくる。この緊迫した状況下にもかかわらず、両者には目もくれず、クレセンシアの元に走り込んでくる。
「……なんだ!今、取り込んでいる!後にいたせ!」
「クレセンシア様!一大事にござい……げ、魔族が!」
走り込んできたその騎士風の人族は、僕をみるや一瞬、たじろぐ。どうやらこの鎧姿の人物は、僕らのことを知らないようだ。つまり、王都の人間でない。
「この者は問題ない!なんだ、一大事とは!?」
「はっ!クレセンシア様、一大事にございます!西方より魔族が……」
「魔族!?魔族が、どうしたのだ!?」
「魔族の大軍が、この王都目掛けて進撃中でございます!」
「……なんだと?大軍!?いかほどの軍勢か!」
「はっ!その数、およそ7千!すでにセゴビア砦を陥とし、我ら前衛隊は敗走!明日には、王都の西方の草原に到達する模様!」
「な……7千だと!?」
もはや、内乱どころではなくなってしまった。かつてないほどの魔族の大軍が、こちらに向けて侵攻中であるともたらされた。
二分しかけていたこの王都は、思わぬ外圧に晒されることになる。




