#12 動力
先日は、非常識な場所で、非常識なまでの魔石を入手した。その後、3日ほどかけて、あの落下した浮遊岩の周辺を調査する。
最終的には3000個以上の魔石に、その親玉と言える巨大魔石1つが手に入った。かつてない衝撃が、パレアレス王国に走る。貴重品だった魔石が、一気に3000個以上も手に入る。おまけに特大魔石もついてきた。宝石以上の価値のある宝石が、溢れるほど手に入る。そりゃあ、王国中が大騒ぎになるのも当然だ。
すぐにそれらは、武器職人のもとに持ち込まれる。おかげで、この王国にいる数百人の騎士達の武具すべてに、その魔石がつけられることになる。が、職人の数には限りがあるため、全ての騎士に行き渡るまでには1年はかかるだろうということだ。
そういうわけで、魔石自体はまだそれほど効果をあげてはいない。しかし、そのインパクトは大きい。特にあの特大魔石を手に入れた衝撃はあまりに大きい。その功で僕とクレセンシアは、王宮に呼ばれる。
「我が王国に忠誠を誓い、王国のさらなる発展のために、その力を尽くせ!」
「はっ!ありがたき幸せ!」
おかげで僕は、何だかよくわからないセレモニーに招待され、陛下の前で王国への忠誠を誓わされてしまった。もちろん、クレセンシアも同様だ。だが彼女は元々、この王国の貴族だ。それに対して僕は、別の星、いや、世界からやってきた人間。しかも、この国の人々からすれば異種族の者だ。なのに、体良く王国に取り込まれた感じだ。
もっとも、魔族である僕には、奨励金以上のものは与えられなかった。一方のクレセンシアは、名誉伯爵号という、伯爵でも上位の位を得る。そういうところに、さりげなく種族差別を感じてしまう。
男尊女卑という熟語は、僕らの知る宇宙ではさほど珍しくない言葉なのだが、こちらではまるで逆だ。なにせこの王国では、男そのものが敵対する種族という扱いだから、その差別意識は生優しいものではない。そんな非常識な王国で僕らは、いつまで過ごすことになるのだろうか?
さて、そんな非常識だらけのこの世界にも、僕らの常識の通用する分野がある。
それは、農業だ。こればかりは魔術や魔石の類は関係なく、育てる作物もごく普通の麦や野菜だ。
そういえばこの世界には、獣といえば魔獣しかいない。そんなところでも酪農など存在するのかと思いきや、それは存在した。
王都の郊外では、ウサギと豚が飼われている。ウサギといえばあの草原で出会ったあれだが、ここで飼われているウサギは、我々の知るそれとほとんど同じ。草食の大人しい動物だ。あの草原で出会ったおぞましい動物と同一の存在だとは、とても思えない。
聞けばこのウサギ、森や草地から離れ、魔力のない地に入ってしまえば、実に大人しい動物に変わってしまうようだ。魔獣もこの魔力のない王都の中では、ごく普通の獣に変わる。そういうものらしい。
で、そんな魔力のない場所で育てられる穀物も、僕らの常識で理解できる植物ばかりだった。麦類に芋類、野菜に果物、そしてそれらの栽培方法も、ごく常識的な手法だった。
が、常識的とは言っても、それは僕らでいうところの昔の常識、簡単にいえば二圃式農業が行われている。作物と休耕地を年ごとに入れ替える農法。一言で言えば、効率が悪い。
そこで僕らは、より効率性の高い三圃式農業へと移行することにした。
「なんだい?その三圃式農業ってのは?」
「今、ここでは農地の半分を小麦や大麦、豆類を作り、残りの半分を休耕地としています。それを、例えば冬作物と言われる小麦、次に夏作物の大麦や豆類、最後に休耕地という順に変えるんです。そうすれば、休んでいる畑は三分の一となります。」
「ふうん、話だけ聞けば確かに休む畑が減っていいだろうけど、そんなにうまくいくものかねぇ。」
「僕らのところではうまく行ってますよ。大丈夫です。」
現地民にその三圃式農業を説く。これ自体は畑のローテーションの話だから、たいして難しい話ではない。
それ以上の難問が、この農地には存在する。一言で言えば、それは「力不足」だ。
畑を耕すにも、鍬一本で行う。これくらいの文化レベルの星でも、普通は牛や馬を使って耕すところだが、ここには牛や馬がいない。
森に行けば牛や馬に相当する動物はいるようだが、森の中の獣は全て魔獣で、なんらかの魔術を使ってくる動物ばかりだ。それを捕まえて、手懐ける。この世界で牛や馬を確保することの難しさは、相当なものだろう。現にこの王国の人々は、大型動物の家畜を所有していない。
だからここはほぼ人力、せいぜい家畜の豚を使うくらいしか手はない。馬車もないため、運搬作業などは心許ない限りだ。これをどうにかしなくてはならない。
しばらく僕は、何か良い手段がないか考える。蒸気機関、内燃機関、そして核融合炉……いずれも、この王国の技術では作り出すことは不可能なものばかりだ。やはり、牛や馬のような大型の家畜を飼うことがいちばんの近道のようだ。
とはいえ、それ以上特にアイデアはない。ともかく僕は、現地住人に改良型農法を説いて回る日々を送る。そんなある夜、ふと僕は、横の机の上にある魔石に目をやる。
「……なあ、クレセンシア。」
「なんだ。」
「魔石ってのは、何ができるんだ?」
「魔石とは、魔力を蓄えることができる石だ。ほれ、これなどは私の拳よりも大きい。これだけあれば、3、40人ほどの魔族を焼き殺すことが……」
「ああ、いや、そうなんだけど、この王都にいる皆が炎が吐けるわけではないよね?」
「それはそうだ。ロレナであれば闇魔術を、イラーナであれば光魔術を、魔力の乏しいこの王都の真ん中でも発揮することができるようになる。」
ベッドの上でまじまじと、手に入れた拳大の赤い魔石の一つを眺める僕に、すぐ脇で添い寝するクレセンシアが、その赤い石の効能について説いてくれる。
「そうなのか……だがそれなら、例えばサリタが持ったらどうなるんだ?その個人の持つ属性魔法があるのだろう?」
「ああ、だけどサリタは典型的な無属性の持ち主だ。それゆえにあやつは、騎士ではない。」
「騎士じゃない?確かに彼女は剣士だが……それも、かなり強い剣士だと聞いたが、それでも騎士とは呼ばれないのか?」
「そうだ。特異魔術を持たぬものは、貴族や騎士にはなれない。それがこの王国の決まりだ。」
特異魔法を持つ者といえばイラーナにロレナがいるが、彼女らは一応「騎士」扱いだ。だがあの2人は剣を持つことを嫌ったため、魔術師という道を選んだという。
「そうなのか……でも、この星の人々は皆、何らかの魔術を使えると言っていたではないか。無属性とはいえ、何か能力はあるのだろう?」
「ああ、ある。だが無属性の者は、触れたものを動かすことができる。それだけだ。たいして役に立たない。」
「えっ!?物を動かす!?」
「そうだ。」
「動かすって、どれくらいの力が出せるのさ?」
「そうだなぁ……その者の持つ力に依るから、一概にはいえぬな。サリタならば、あのエリュマントスを持ち上げられるだけの怪力の持ち主、等身大の岩なら吹き飛ばせるのではないか?」
「そ、そうなのか?でも、サリタほどででようやく岩を動かせる程度なのか……」
その能力は、手に触れたものを弾き飛ばすことができるだけで、触れなければどうなるわけでもない。それを破壊できるわけでもない。うーん、そう聞くと、確かにあまり役にはたたなさそうな能力だな。やはり騎士用の武具につけて、炎や電撃、ガスをばらまくために使うくらいしか使い道はないようだ。
そしてその翌日、僕とクレセンシアは市場へと向かう。
哨戒機が捕まえた大量の魔獣の肉が、市場に出回っている。あちこちで、干し肉にされたエリュマントスやウサギ肉が売られている。さすがに冷蔵庫のないこの市場では、生肉はほとんど売られていない。
そういえば、王族向けには我が艦で冷蔵保存された肉が毎日運び込まれる。それゆえに王族は毎日、新鮮な肉料理にありつくことができる。ところがこの平民向けの市場には、家畜として飼われているウサギの肉以外にはほとんど生肉は存在しない。大きな家畜がいないと、肉も入手しづらいようだ。当たり前と言えば、当たり前か。
そんな市場の様子を見ていると、大きな荷台を2人がかりで引く人々の姿が目にとまる。
後ろの荷台に乗せられているのは、複数の樽のようだ。おそらくそれは、この王都では一般的なお酒、ぶどう酒だ。重い樽をいくつも乗せた荷台を、必死に運ぶ2人の人族。大型の家畜がいないことは、やはり不便極まりない
「牛や馬がいれば……」
「は?なんだその、ウシやウマというのは?」
「我々の星にはいるんだよ。魔術など使うことのない、人に従順な大型の獣が。」
「そうなのか。で、それがどうしたというのだ?」
「その牛や馬に、あの重い荷物を引かせるんだ。人以上に強い力で引いてくれる。より多くの荷物を運ぶことができる。」
「ふうん。とても信じられない話だが、大型の魔獣ならばあの程度の荷台、軽々と引くことはできるだろうな。」
まあ、それが普通なのだが。しかし我々の常識は、こっちの世界の非常識だ。改めて驚くべきことではないが、この不憫な状況はなんとかしてあげたいものだ。
そこで僕はふと、昨夜の話を思い出す。
「なあ、クレセンシアよ。」
「なんだ?」
「平民や剣士の魔術は、物を動かすことができるものだと言っていたよな?」
「そうだ。」
「その時、その魔術を使った者はどうなるんだ?」
「なんだ。どうなると言われても、何ともならない。ただ魔力とその者の持つ力に応じて、それがはじき飛ばされるだけだ。」
それを聞いて僕は、さらにクレセンシアに尋ねる。
「じゃあ、もしあの荷台に魔石をくくりつけて、それで平民が魔術を使ったら?」
「……そうだな。魔石により魔力を得て、動くんじゃないか?」
「そういえば、サリタならば岩をも吹き飛ばすほどの力を出すと言っていたが、セレステやカリサだったら?」
「セレステならば、そうだな……荷車を動かす程度ならできるんじゃないのか?ひ弱なカリサでも、荷台くらいは押せるからな。」
平民というものは、ほぼすべて無属性持ち。ということは、魔石に魔術を込めると、魔石に力がかかる。その力はすなわち、何かを動かす力に変換できる。
そして僕は、あるアイデアに行き着く。
「……なんですか、これは?」
ところ変わって、ここはクレセンシアの屋敷の前。魔石と荷台などを組み合わせて作ったそれを見たセレステが、僕に放った言葉だ。
「いいから、この魔石に触れてみて欲しいんだが。」
「ええ~っ?私に魔石ですかぁ?それならば、クレセンシア様の方がよろしいのでは?」
「いや、無属性持ちでないと意味がない。君くらいの普通の平民でどうなるかが見たいんだ。」
「魔族」の僕に普通の平民などと言われて、少し険しい表情を見せるセレステだが、クレセンシアもいる手前、渋々僕の指示に従い、魔石に触れた。が、その瞬間、セレステの表情が変わる。
「わっ!?う、動いた!なにこれ!?」
ゴロゴロと勢いよく動き出したそれに驚き、セレステは思わず手を離す。だが、再びセレステが触れると、勢いよく動き出す。
「うわぁ、面白いですね、これ!」
さっきまで不機嫌だったセレステの表情が、パァッと明るくなる。その荷台に乗り込んで触れると、セレステごと移動し始める荷台。
僕が作ったのは、3輪車だ。一輪の手押し車と、二輪の荷車を合体させ、手押し車のハンドル部分にあの魔石をつける。
魔石が吹っ飛ぶというのだから、それをくくりつけた物はその力を受けて前進するんじゃないのか?その予想通り、即席の車はセレステの無属性魔術でも動き出した。
手押し車の向きを変える要領で、その車は左右に向きを変える。ハンドルから手を離せば、車は止まる。バックは……セレステが試行錯誤した結果、一旦降りて、手押し車の前側に立った状態で魔石に触れると、後退してくれることが分かった。
「あの、これもしかして、魔獣の肉をわんさか運ぶのに使えるんじゃありません!?」
「それは魔石に触れる人次第だけど、君くらいならエリュマントス一頭は運べるんじゃないかな。」
「ええーっ!?それじゃ、捕まえたエリュマントスをこの屋敷まで、私一人で運ぶことができるんですか!?」
そんなもの運んでどうするのかと問い詰めたいところだが、セレステはこの「発明品」の意味を理解する。
馬車ですら存在しないこの世界で、この「魔石車」は、まさに運搬革命をもたらす。
その後の実験で、この魔石車はかなりの長距離を走ることができた。あの3000個の魔石の中でもやや小さめの、この赤子の拳程度の魔石でも、王都の端から端までをだいたい2往復はできる距離を走破する。
速度は、4、5キロといったところ。遅いことは遅いが、それでもセレステほどの小柄な人でもエリュマントスぐらいの重さのものを運搬できる。さすがに坂道では止まってしまうが、そこはサリタのような力持ちに交代すれば、急斜面でもあっという間に登り切ることができる。
正直、3000個の魔石はあまりに多すぎた。だがこの魔石による車「魔石カー」は、手付かずの余った魔石に手押し車と荷車、そして4、5枚程度の板と縄があれば、誰でも作れてしまう。この魔石カーは、その翌日にはもう王都全域に広がる。皆、運搬という力仕事にウンザリしていたようで、この革命的な道具の登場に、多くの人が飛びついた結果だ。
それから1週間もすると、それに濃厚器具を取り付けて「耕運機」にしてしまう者も現れる。サリタのように力に覚えのある者は急な坂道の前に立ち、登りに手を貸すという光景も見られた。
魔石は魔力が切れると、王都の郊外にある森に出向き、魔力を補充しなくてはならない。が、その魔力補充を商売とする者も現れる。夜には大量の魔石を預かり、森の中へと向かう魔力補充人の姿が見られるようになる。
とまあ、そんな平和でドラスティックな日々が、1週間続いた。
が、8日目を迎えたその日、僕の思惑とは裏腹に、この魔石カーは騒乱の種となってしまう。




