#10 狩り
僕は今、深い森の上空にいる。乗っているのは、人型重機だ。後席には、もうすっかりここが自分の場所だと勘違いしている女勇者がいる。
そして、その人型重機のすぐ脇には哨戒機が2機、並走している。ここはパレアレス王国の王都から、南西に120キロの地点。人族はもちろん、魔族すらも足を踏み入れてはいないであろうほどの、険しい山脈に阻まれた森林地帯だ。
そんな森林地帯に、僕らはやってきた。
「未踏の深い森の只中だ。ここならば、魔獣は数多いることであろうな。」
少し上機嫌なクレセンシアは、ガラス越しに地上の様子をつぶさにチェックしている。
彼女が「討伐」と口にしたときは、てっきり「魔族狩り」でもやらされるのかと思った。あのとき、母親の話でいきり立っていたから、再び魔族の村へ向かうと言い出すのではないか、と。しかし彼女が口にしたのは、「魔獣狩り」だった。
これには我々哨戒艦11番艦と、パレアレス王国との間に結ばれた「条約」が絡んでくる。
我々への食糧の供与については、パレアレス王国は承諾した。が、ただでさえ十分とは言い難い食糧事情で、我が艦乗員108人分の食い扶持を増やさなければならない。そこで王国側がその見返りとして我々に要求してきたのが、魔獣狩りだ。
野菜や穀物は供給するから、その代わり肉を持ってこい、そういうことだ。あの大イノシシ 、エリュマントスを一撃で倒したことが、王国側にこの要求をさせるきっかけとなったようだ。
まあ、どのみち肉は森で調達するつもりだったから、我々はこの案に同意する。
で、クレセンシアはその怒りの矛先を魔獣にぶつけようと考えたようだ。どういう思考過程を経たらそうなるのか分からないが、我々としては、魔族狩りをさせられるよりはいい。
その魔獣狩りだが、王国の周辺でももちろん可能ではあるが、どうせならパレアレス王国の住人が誰も踏み込んだことのない未踏の地に行ったほうがたくさん取れるだろう、というクレセンシアの提案で、僕らはノコギリのように立ちはだかる山脈を越えて、この森にやってきた。
見たところ、さほど動物がいるようには見えない。だが、クレセンシアはここが最良の狩場であると感じているようだ。
「うーん、いい感じだ。よし、あの草地に降りるぞ。」
何を感じているのやら……と、クレセンシアが目の前に見えた広い草原を指す。僕は無線で、哨戒機に知らせる。
「重機1番機より哨戒機各機へ。これより目前の草地に着陸する。」
『1号機、了解。』
『2号機も続きます。』
すると、哨戒機は僕の乗る人型重機を追い越して、その草原のど真ん中あたり目指して飛んで行く。それをノロノロと、重機で追いかける。
高々時速100キロしか出せないこの重機に並走して飛ぶのは、最大時速1000キロの哨戒機乗りとしては苦痛だったのだろう。目的地を知らされるや、颯爽と離れてしまった。この時ばかりは、この重機の遅さにイライラする。
僕の機体がたどり着いたときは、すでに哨戒機2機は着陸しており、中の乗員が外に出て準備をしているところだった。その脇に、重機を着陸させる。
「よし、狩場についたな!では始めるぞ!」
クレセンシアはそう言うと、ガラスのハッチをコンコンと叩く。僕は尋ねる。
「なんだ、降りるのか。重機で出撃しなくていいのか?」
「この草地にはおそらく、ウサギがいる。それをまず狩ろう。」
ウサギか……せっかく魔獣狩りに来たと言うのに、まずはウサギとはなんだか拍子抜けだな。僕はそう思いながら、ハッチを開ける。
そこには、サリタという剣士に、イラーナ、ロレナの2人の魔術師、セレステとカリサの2人の侍女もいる。我々の側は、技術士官のエリク少尉に砲撃科のコンスタン大尉にブリアック中尉、そして2機の哨戒機パイロット、1号機のジスラン中尉に、2号機のクリストフ少尉。
全部で12人が、この草原に立つ。鬱蒼と茂った森の中で、ここだけが太陽の光が地面に届く。
「しかし、妙だな。なんだってここだけ、草地なんだ?」
「何だと言われても、魔力が薄いからだろう。」
「は?魔力が……薄い?」
僕が呟いた一言に返したクレセンシアの言葉が、意味不明だ。
「なんだ、妙なことを言ったか?」
「いや、妙なことも何も……そもそも、魔力が薄いとは、どういうことだ?」
「そのままだ。森に比べたら、ここは魔力が少ない。それだけだ。」
「なあ、魔力っていうのは、場所が関係するものなのか?」
「当たり前だろう。魔力のない場所は、草木が生えぬ。現に王都がそうであろう。」
「えっ!?王都って、魔力のない場所なの!?」
「いちいち妙なことで驚くやつだな。魔力が濃い場所ほど木々が生える。そんな常識も知らないのか?」
まるで話が噛み合わないな、この世界の人間とは。ちょっとまて、ということは、クレセンシアのあの聖剣から放たれる炎や、ここにいる魔術師らは、もしかして王都では魔術が使えないと言うことか?
「ちょっと聞くが……もしかして、魔術というのは森でしか使えないのか?」
「基本的には、そうだな。」
「例外があると?」
「例えば、この聖剣マドゥミアドワーズには貴重な魔石がついており、そこに魔力を蓄えることができる。だから魔力のない場所でも、2、3回程度ならば使えるぞ。」
「は、はぁ……」
「だいたい魔獣にせよ魔族にせよ、そして人族にせよ、魔力の多い場所ならば誰でも魔術を使うことができる。」
「えっ!?そうなの!?」
「何だお前……そんな常識も知らないのか?」
「知るわけがないだろう。だが、どうやって魔術を使うんだ?」
「簡単だ。魔獣のような知性の低い動物でもできることだ。例えばだな、こうやって手を前に出して……」
クレセンシアは、右手を前に差し出す。そして手先を草地のほうに向ける。
「あとは気合を入れるだけだ。その者の持つ属性に従い、魔術が放たれる。」
そう述べたあと、クレセンシアは手先をキッと睨む。すると、赤い玉のようなものが掌の先にできたかと思うと、草地の方に向かって飛び出した。
着弾したその炎の玉は、周囲の草を焼いた後に消える。
「へぇ……この世界は、こんなに簡単に魔術が使えるのか。それじゃあ……」
僕も手を突き出し、掌を広げ、草地に向けた。どんな属性持ちなのかは知らないが、僕もここなら魔術が使える。
子供の頃だったか、魔法使いに憧れたことがあった。マントやら杖やらを買ってもらい、友達と遊んだものだ。あの時の夢が今、現実となる。そして僕は、手の先に力を込めた。
……が、何も起こらない。
「おい、どうした?」
クレセンシアが声をかけてくる。
「いや……何も、でないのだが。」
「はぁ?何も出ない?草地ながら、ここは王都よりもかなり魔力が高い場所だぞ!?せめて無属性魔術くらいは感じるものだが……お前、魔獣以下のカスだな。」
うう、この脳筋娘にカス呼ばわりされてしまった。なんということだ。やはり、この世界の生き物でなければ、魔術は使えないと言うことか。
「まあいい、今日はお前が魔術を使うために来たわけではないのだからな。それでは、獲物を探すとするか。」
クレセンシアは周囲を見回す。落胆した僕も、周りを見渡した。特に草だらけで、何も見えないが……いや、茶色の何かが見える。ここから約10メートルほど離れた場所に、それはいる。僕はクレセンシアの肩を叩く。
「あそこに、何かいるぞ。」
クレセンシアも、その茶色の何かに気づく。そして言った。
「あれはウサギだな。注意しろ。」
そう言って、背中の聖剣に手を伸ばすクレセンシア。彼女の言う通り、それは紛れもなくウサギだった。
「注意って……たかがウサギじゃ……」
僕が応えたその直後、急にその茶色のウサギは、その場から消える。一瞬、僕は何が起こったのか分からない。確かにそこには、茶色のウサギが……だが次の瞬間、僕は信じられないものを見る。
牙を剥き出しにした茶色の物体が、すぐ目の前にいる。そいつは僕の顔を目掛けて、今にもその牙で食いつこうとするところだった。肉食獣的なその何かが襲い掛かる場面が、まるでスローモーション映像のように流れる。
そしてそいつが、まさに僕に食らいつこうとする直前、僕の目の前に何かが振り下ろされた。
クレセンシアが、聖剣の刃面を使い、その猛獣を叩き落としたのだ。その瞬間、ドッと汗が吹き出るのを感じる。
どうやら、助かったらしい。だが、クレセンシアが叩き落としたその獣を見て、僕は愕然とする。
それは、ついさっきまで10メートル先にいたはずのウサギだった。クレセンシアの一撃を受けて、身体をビクピクさせたまま気絶しているようだ。いや、しかし、見た目は僕らの知っているあのウサギだ。が、ついさっき、僕が見たそれは、明らかに肉食獣だった。
待て待て、さっきから僕は、自身の持つ常識を覆されている。同じウサギでも、ここのウサギと、僕らの知るウサギとでは、まるで違うのだろう。僕はそう、理解した。
「おい、クレセンシア、なぜこいつは一瞬であの距離を……」
「ウサギは、縮地を使う。あれくらいの距離なら、一瞬で詰めてくる。そのまま毒牙で獲物に噛みつき、相手を麻痺させたのちにそれを食らう。身なりは小さいが、怖い魔獣だぞ。」
ひええええぇ。なんだそれ、そんなのウサギじゃない。それに縮地って……ああ、これも魔術の一つということか。名前からして、一気に間合いを詰めてくる系の魔術なのだろう。
「やはり思った通り、ウサギがいるぞ。これだけの広さの草地だ、短時間であっさりと1匹目が見つかったと言うことは、ここには100匹以上は潜んでいるということだろうな。おい、ロレナ!」
なんだ、そのゴキ○リのような魔獣は。それはともかく、クレセンシアはあの闇の魔術師、ロレナを呼んだ。ゆっくりと進み出るロレナ。
「お前の魔術の出番だ。一気に片付けろ。」
「はい、クレセンシア様……」
杖を持った、いかにも魔術師な姿をするこの薄暗い雰囲気の娘は、クレセンシアの指示を受けて前に出る。僕の傍に、エリク少尉がくる。
「まったく、あの娘一人では危なくないのか……?」
「なんだ、エリク少尉。心配なのか?」
「い、いえ、違います!ただ、あんなひ弱な娘を、猛獣が多数潜むと思われる場所に単独で立たせるなど、なんと無慈悲なことをさせるのかと思っただけで……」
こいつはあの一件以来、人族不信に陥っている。が、そんな不信感丸出しな雰囲気に惹かれるように、あの薄暗い娘が付き纏っていた。もしかしてエリク少尉め、いつのまにかあの娘に情が移ったのか?
相手を心配している証拠に、少尉は銃を構えている。あの魔術師を襲う魔獣がいたら、ただでは済まさないと言わんばかりだ。
だが、その娘は平然とした表情で、杖を突き出す。するとクレセンシアが僕らに言う。
「皆、布で口を塞げ!」
何かと思えば、口を塞げと言い出した。ともかくクレセンシアの指示通り、僕はハンカチで口を覆う。するとロレナが一言、発する。
「浄化。」
その言葉とは裏腹に、何やら黒い霧のようなものが杖の先から吹き出した。そういえばロレナは、毒ガスのようなものを出すと言っていたが、まさにあれがそうなのか。その霧状の黒いガスは、あっという間に草地の端まで覆い尽くす。
ツンとする臭いが、ハンカチを介して鼻につく。これはおそらく、塩素系のガスの一種だ。なるほど、これが闇の魔術の正体か。しばらくすると、その黒いガスは消え、再び草地が見える。
「よし、集めるぞ!」
クレセンシアは口を覆っていた布をポケットにしまうと、手を振りながら前進する。イラーナやセレステ、カリサが後に続く。
「おい、いくぞコンスタン!」
「行くってサリタよ……何があるんだ?」
「いきゃあわかるさ、ほれ!こっちだ!」
あの筋肉質な剣士、サリタがコンスタン大尉の腕を引いて草地の奥へと進む。渋々付き合うコンスタン大尉。
「おい、大丈夫か?」
「大丈夫……自分の魔術で、やられることはない……」
「い、いや、そうじゃなくて!さっきのあの黒いガスの充満した場所に皆、向かっているのだが!」
「大丈夫……もう魔力、消えた。」
エリク少尉はロレナのそばにいた。この会話からも、やはりエリク少尉のやつ、ロレナのことが……
「おい!アルフォンス!何をしている!手を貸せ!」
と、そこにあの威丈高な女勇者が僕を呼びつける。なんなのだこいつは。ちょうどあの2人が今、いいところなのに。
で、クレセンシアに連れられて渋々僕も草地に入ると、ところどころ、茶色の何かが落ちているのが見える。それはまさに、あのウサギだった。
が、皆、ピクピクしながら地面に転がっている。
よく見れば、たくさんのウサギが転がっているのが見える。それをセレステとカリサの2人が、手に持ったナイフで刺して回っている。
ああ、どうやら止めをさしているのだな。その処理済みのウサギを、サリタとコンスタン大尉が拾って回っている。
なんということだ。あの魔術、こういう使い道があるのか。ロレナという魔術師、まるでバルサンのようなやつだな。結局、その場は総出でウサギを拾い集め、105匹を得た。
「はぁ~!いやあ、大漁ですねぇ!」
魔獣の返り血を浴びながらも、山と積まれたウサギを眺めて爽やかな笑顔を振りまくのはあの娘、セレステだ。そんな彼女のそばに、ジスラン中尉がいる。
「あーあ、もうこんなに……まだ狩りは終わりじゃないんだろう?いいのかい、こんなに汚れて。」
「大丈夫ですよ!ちょっとくらい血生臭いほうが、弱い魔獣が寄ってこなくなるんですよ!より強い魔獣の血を浴びれば、それ以下の魔獣が近寄らなくなってですね……」
「げ、そうなの?」
さすがは、こっちの世界のジビエのプロだ。言うことがいちいち経験者だな、おい。
その横に、無理やり付き合わされたカリサがいる。こっちはさすがにこの臭いには慣れていないようで、今にも倒れそうな顔をしている。そんな彼女の横には、もう1人のパイロットがいる。
「お、おい、大丈夫か!?」
「い、いえ、もう、だめ……」
「おい!しっかりしろ!」
真っ青な顔で倒れたカリサを、クリストフ少尉は受け止める。そのまま彼の乗機である2号機に、彼女を運び込んだ。
「さあ、アルフォンスよ!大物狙って、森へと行くぞ!」
「あ、ああ……」
大量のウサギにも飽き足らず、まだ捕まえるつもりのようだ。もっとも、せっかく連れてきた人型重機がまだ何の役にも立っていない。このまま帰るわけにはいかないな。僕は重機の方へと向かう。
「ええーっ!?クレセンシア様、私も残れと言うんですかぁ!?」
「当たり前だ。」
「だってほら、こんだけ返り血浴びてるんですよ!せっかく魔獣除けをしたって言うのに、これじゃ意味ないじゃないですか!」
「この先は、侍女ごときが足を踏み入れる場所ではないぞ。カリサと共に、ここで待て。」
「ええーっ!?でも……」
「獲物は、この草原に運び込む。魔獣が捌ければいいのだろう、お前は。」
重機で待機していると、セレステがクレセンシアに抗議している様子が見えた。どうやら、この哨戒機の場所に置いていかれることに不満を抱いているようだ。が、たしかにクレセンシアのいう通りだ。この先は、大型の魔獣が多数出る危険な場所だと考えられる。草地でさえ、あんな化け物の出る森だ。ましてや、森となればなおさら危ない。
セレステを何とか思いとどまらせた後、クレセンシアは重機の後席に乗り込む。僕は、ハッチを閉める。途端に、この機内はウサギの返り血臭くなる。上機嫌だが血塗れなクレセンシアが、その臭いの元であることは明白だ。こっちまで気分が悪くなりそうだな。そして哨戒機パイロットの2人と、侍女のセレステとカリサを哨戒機に残し、8人で森の奥に進撃を開始する。
中がすっかり生臭くなった人型重機を操り、森の奥へと向かう。木が鬱蒼と茂ってはいるが、意外と木の感覚は広い。ただし、その木の一本一本が太い。長いこと手付かずな森でることは、一目瞭然だ。
「ぐふふふ……ここは魔力がすごいな。さすがは未踏の、深淵の森だ。今日はかつてない紅炎を叩き出せそうだ……」
クレセンシアめ、かなりやばい奴になっているな。物騒なことを口にし始めた。こんなやつを森に放って、本当にいいのか?
そんなヤバいやつを載せた人型重機が先行して進み、その後を6人が追従する。
「なあ、思ったのだが、さっきのバルサン……いや、ロレナのあの闇魔術を使って、この辺りの魔獣を気絶させれば楽なんじゃないか?」
「いや、ダメだ。」
「どうして?」
「あれが通用するんは、小型の魔獣のみだ。森の中は、中型や大型の魔獣が多い。身体の大きな魔獣に闇魔術は通用しない。」
「それじゃあ、ロレナも置いていった方がよかったんじゃないのか?だいたいだなぁ、守る相手が多いと、こっちはやりづらいんだが……」
「しっ!……何か、くるな。」
と、その時クレセンシアが、意味深なことを言い出す。魔力の濃い場所だと言っていたが、そういうところでは何か野生の勘のようなものでも働くのだろうか?だが、クレセンシアのいう通り、何かが現れる。
それはあの大イノシシ 、エリュマントスだ。ものすごい勢いで、こちらに突っ込んでくる。
しかも、1匹ではない。3匹はいる。僕はバリアシステムのスイッチに手をかける。
あっという間だった。人型重機の展開したこの防御兵器に激突し、3匹が吹き飛ぶ。いきなり、大物が3匹も手に入った。
それを見た地上のコンスタン大尉とサリタが、倒れたこの3匹を確認するために前に出ようとする。その時、クレセンシアがまた叫ぶ。
「おい!まだ何か来るぞ!」
それを聞いた僕は、2人に向かって、拡声器で叫ぶ。
『大尉殿!何か来ます!後退!』
僕の叫びを聞いた大尉は、サリタを引き留め後退する。それを見届けた僕は、前方に目を移す。
そこには、信じがたいものが見える。
明らかにそれは、牛だった。ただし、格段に大きい。この人型重機とほぼ同じ背丈。胴体はさらに長い。そんなバケモノ牛が、20メートルほど前方にいる。
そのバケモノ牛は、バリアに激突した衝撃で吹き飛ばされた3匹の大イノシシの内の1匹の臭いをかいでいる。だが、すぐにこの人型重機の存在に気づく。
「なんだあれ!?見たことがない魔獣だ。まさか……もしかしてあれが、伝説に聞く魔獣、アウドムラか……?」
珍しくクレセンシアの声が震えている。それはそうだろうな、いくら重機に搭乗しているとはいえ、これほど大きな牛を前にすれば、誰だって恐怖に震えるだろう。僕だって正直、おっかない。
そんなバカでかい牛が突然、消える。そして、いきなりこの重機の前に姿を現す。
おい、20メートルは離れていたぞ、どうしてそんなに速く動けるんだ……などと考えている余裕はない。咄嗟に僕は、重機でその牛の突進を受け止める。バリアを展開している余裕など、ない。ドンという音とともに、両腕でその巨大牛の突進を食い止める。ギシギシと音を立てる人型重機。
ああ、これはさっきのウサギと同様、縮地ってやつを使ったな。人型重機がなければ、ここにいる連中は皆、即死だった。
だが、受け止めたはいいが、これからどうするのか?相手を抑えつけるのに、操縦桿から手が離せない。その時、クレセンシアはハッチのスイッチに手を伸ばし、前面のガラスハッチを開けた。
「おい、クレセンシア!何を……」
だが、クレセンシアは黙って背中のあの聖剣を抜き出した。そしてそれを前に突き出すと、気合を込めた。
見たことがないほどの、巨大な炎の玉が重機の直前に生じる。そしてそれは、そのアウドムラとかいう牛のバケモノに直撃する。
バケモノ牛はその衝撃で吹き飛び、重機から離れる。その時、クレセンシアが叫ぶ。
「イラーナ!」
すると地上から、もう1人の魔術師が応える。
「任せて下さい!」
ベージュ色のローブを纏ったこの魔術師は、先ほどのバルサン娘、ロレナの時のように、杖を前に突き出した。そして、術を仕掛ける。
そういえばこちらの魔術師は確か、光の魔術とか言ってたな。稲妻のようなものだと聞いているが、何が放たれるのか、見るのは初めてだ。そんな彼女が、ついに魔術を放つ。
まさにそれは、稲妻だった。ドーンという音と共に、倒れてもがいているアウドムラに青白い光が放たれる。それを受け止めたそのバケモノ牛は、動きを止める。
後に残ったのは、大イノシシ が3匹、大牛が1匹。だが、並みの大きさではないこの4匹の魔獣。ともかくこれは、間違いなく大収穫だ。
「やったぁ!やっぱりここの魔力の濃さは半端ないわぁ!今日の私の魔術、凄い!」
地上ではイラーナが狂喜乱舞している。確かに凄まじい一撃だった。この重機よりも大きな牛が、あっという間に感電死するほどの電撃だ。相当な魔術であることは間違いない。
「あーあ、結局、私の出番はなかったな。」
残念そうに語るのは、女剣士のサリタだ。その横で、コンスタン大尉が彼女に言う。
「もはや剣でどうにかできる相手ではないだろう。ともかく、無事でよかったよ……」
「お?何だお前、まさか私のことを、心配してくれるのか!?」
「い、いや、そうではなくてだな!ここでけが人が出ると厄介だと言うだけで……」
何だかこの2人も、随分と面白い関係になっているな。コンスタン大尉は、わりと男気があると言うか、大胆で大雑把な性格だ。そんなところが、サリタと波長が合うのかもしれない。
で、森に少し入ったところで得られたこの4匹の大物を、僕の重機で運び出すことになる。
「な、何なのですか、これは!?」
エリュマントスよりも大きな獲物を見たセレステが、その驚きの声とは裏腹なキラキラとした表情を振りまきながら、そのバケモノ牛を見つめている。
「ちょっとこれは大きいですね……哨戒機で吊るしながら、運び出しますか。」
「いや、その前に血抜きですよ、血抜き!すぐに抜かなきゃ!」
セレステのこの物騒な提案を受けて、この大型の獲物の血抜きをすることになった。人型重機を使い、森と草原の境界にある木にこの4匹を吊し上げる。それを見たセレステは、サリタに指示する。
「さあ、サリタさん!この魔獣に、とどめを指してやって下さい!」
「はあ?こいつらもう、死んでるぞ。」
「分からない方ですねぇ!血を抜くんですよ、血を!でなきゃ食べられないでしょう!」
「ったく、しょうがねぇなぁ……」
この物騒な侍女の言葉に、渋々従うサリタ。クレセンシアほどではないが大きな剣を持つこの剣士は、その鋭い剣先をまずあのバケモノ牛に向ける。そしてそれで腹をひと突きする。
真っ赤な鮮血が、まるで泉のようにほとばしる。そのまま彼女は、横の3匹のエリュマントスも刺して歩く。
真っ赤なしぶきが辺りを深紅に染める。凄惨な光景が、僕のすぐ目の前に広がっている。いや、それ以上におぞましいのは、返り血を浴びながら恍惚とした表情で呟く、あの侍女のセリフだろう。
「ああ、なんという力強い血の臭い……最強の魔獣と言われるアウドムラの血を浴びることができるなんて、侍女にとってこれほどまでの誉がありましょうか……」
第3格納庫で大イノシシを捌いているあたりから薄々感じてはいたが、こいつはやはりヤバいやつだ。この魔獣へのこだわりは、尋常じゃない。
この血抜きの終わった獲物は、先ほどの大量のウサギと共に、哨戒機で王都に運ぶことになった。あらかじめ、獲物を運ぶための大型ケースが、哨戒機の下部には取り付けられている。その運搬スペースに、あのバケモノどもが詰め込まれる。
そして、それを積んだ2機が、先に発進する。
「さてと、帰るか。」
僕はクレセンシアに告げると、この草原に残る最後の一機であるこの人型重機の浮遊装置のスロットルに手を伸ばす。が、クレセンシアが黙り込んだまま、動かない。
「どうした?」
「……何か、来るぞ!」
このセリフ、もはやフラグだな。これはまた、あのバケモノクラスの何かが突っ込んでくるようだ。だがここは、草地だ。さっきまでのあの鬱蒼とした森ではない。一体何が、現れると言うのか?
と、真上にはあの浮遊岩が見える。空に浮かぶ岩。あれは、魔力の濃い場所の空に浮かぶものだという。あり余る魔力が岩をも空に浮かせるのだそうだが、まさかクレセンシアが感じていた何かとは、この浮遊岩のことであろうか?
しかしそれは、半分当たりで、半分外れだ。真の「何か」は、その直後に現れた。
その浮遊岩から、岩の塊が落ちてきた。それは僕の目の前で地上に激突し、粉々に砕ける。大きな浮遊岩の破片が、草地の上で散乱する。
が、その内のもっとも大きな破片が、急激に形を変え始める。まるで生き物のように、地上でガラガラと音を立ててうごめいている。
「おい、あれは一体……」
「……おそらく、ゴーレムだ。」
「は?ゴーレム?ゴーレムって、人の形をした岩の化け物だと……」
「前を見ろ!来るぞ!」
クレセンシアが緊迫した声で叫ぶ。僕はその岩を見る。するとそれは、まさに人の形になろうとしているところだった。
そしてついに、この人型重機ほどの大きさの何かが、僕の目の前で立ち上がった。
「り、離脱する!」
「いや、あれを倒すんだ!」
「は?」
「この人型重機ってやつも、ゴーレムの一種であろう。ならばあの程度の相手、難なく倒すことができるのではないか。」
「いや、しかし……」
「とにかくやれ!こっちにくるぞ!」
こんな時にクレセンシアが、あれを倒せと言いだす。その間にゴーレムとやらはすっかり身体が完成し、こちらに迫ってくる。もはや離脱叶わず、強制的に戦闘モードに突入する。
だいたい、こんな岩の塊と戦って、何の得があるというのか?そんな疑念を抱いたまま僕は、そのゴーレムに殴りかかる。
こちらの右腕が、あちらの左腕の根本にヒットする。ブロック状のゴーレムの継ぎ目から、左腕がもげる。ドーンと言う音とともに、腕が地面に落ちた。
なんだ、案外脆いやつだな。これなら楽勝か?そう思ったのも束の間、そのゴーレムに、想定外のことが起こる。
ちぎれた腕が浮き上がり、再び合体する。そしてその腕で、こちらに殴りつけてきた。
バリアを展開する。殴りつけてきた腕が、再び吹き飛ぶ。また地面に落ちるが、これまた元に戻る。脆いが、再生可能な相手。どうすればいいんだ、これ。
「おい、ゴーレムてのは、無敵なのか?」
「いや、あの身体は徹底的に砕かれると、元に戻れなくなる!だからゴーレムと戦うときは、いつも挑発して崖に追い込んでいた!崖下に叩き落とせば、やつは動けなくなる!」
とクレセンシアはいうのだが、ここは平らな、崖のない場所。突き落としようがない。このまま隙を見て離脱してもいいのだが、クレセンシアのこの言葉を聞いて、ふと試したいことがあった。
そこで僕は、迫りくる茶白色のゴーレムに、人型重機の左腕を押し付ける。その左腕には、削岩機が付いている。
ゴーレムに組みつきざまに、その削岩機を当てる。ギギギッという音を立てて、まずはこの岩の成分分析をする。そして僕はゴーレムを蹴倒す。
倒れたゴーレムが立ち上がるまでに、左腕の削岩機の設定を変える。元々これは、戦闘用の機器ではない。だから、敵と対峙しながら機器の設定ができるようには作られていない。一旦、ゴーレムの動きを止めておかないと、次の一手が出せない。
幸いにも、ゴーレムの動きは鈍い。重い身体をなかなか起こせない。その間に僕は、分析結果に基づき、僕は設定を変える。
破砕モードに変えた削岩機を、再び立ち上がって迫るあのゴーレムに押し当てる。キィーンという甲高い音が響くが、その直後、削岩機が押し当てられた場所から、ゴーレムが崩れ始める。
岩石の共振周波数を割り出し、削岩機を使いその周波数でこのゴーレムを揺さぶる。するとゴーレムの身体を構成する岩石が、粉々に砕け始めた。
ガラガラと音を立てて、ゴーレムは土塊と化す。さっきまで人型だったあの岩が、今はただの茶白色の瓦礫となった。
「うはっ!やったぞ!」
ゴーレムを倒すや否や、クレセンシアはその勝利に興奮して、勝手にハッチを開けて飛び出す。
「おい、まだ復活するかもしれないぞ!大丈夫なのか!?」
「これだけ砕けていれば、大丈夫だ!」
ゴーレムを倒した経験はあるようだな。しかし、ただの岩のかけらに過ぎないゴーレムの残骸に、やや興奮気味に駆け寄り、掘り始めるクレセンシアを見て、僕は呆れ果てる。
「クレセンシア、そんなもの掘ったって、ただの岩の塊だぞ。」
「そんなことはない。必ずあるはずなんだ。ええと、この辺りに……おお、あった!」
血塗れな上に、土塗れなクレセンシアが、何かを見つけたらしい。僕も地上に降り、クレセンシアが手に取ったものを見る。それは拳くらいの大きさで、やや赤みがかった何かの結晶だった。
「なんだこれは?」
「これは、魔石だ。」
「魔石?」
「ああ、そうだ。それにしても、これほど大きい魔石は珍しい。さすがは、魔力溢れる場所に浮く浮遊岩から現れたゴーレムだけあるな!」
何やら急に、宝石屋で思わぬサイズのネックレスを贈られた女子みたいな顔に変わったぞ。血塗れ、土塗れではあるが。
「その魔石というのは、なんだ?宝石の類か?」
「違う!魔力を蓄えられる石だ!例えば、ほら、ここにもあるだろう!」
そう言うと、クレセンシアがあの聖剣を抜き、その柄の部分を見せてくれる。そこにも、これと同じ紫色の石が埋め込まれている。ああ、そういえば、魔力を貯められる石がどうとか言ってたな。
だが、今回入手した石は、聖剣のそれよりも大きい。と言うことは、こっちの方がもっと多量に魔力を蓄えることができるということのようだ。クレセンシアが、興奮するわけだ。そして同時に、ゴーレムを倒すよう求めた理由も納得する。
こうして僕はようやく、帰路に着いた。多くの魔獣、そして最後には奇妙な岩の塊まで倒した。この魔獣狩りで僕は、一つのことを学んだ。
僕はまだ、この世界の多くを知らなさ過ぎる、と。




