18.ラグナロク
悲鳴に気が付いた時には、いつの間にか
後ろから羽交い締めにされ首元に湾曲したククリナイフを当てがわれたエアルがいた。
「なんだお前は…?」
ムキムキスキンヘッドのデカいオッさんが凄い剣幕で口を開いた。
「テメェがなんだ!だ!このクソガキ!コロスぞ!
お前じゃない。コロスのはこのクソメスガキのことだ!!っ!?動くんじゃねぇぞ!!オレが動いたと判断した瞬間コイツのツラの皮を剥ぐ!お前に選択肢はネェ!とりあえずそのクソ危ねぇ武器をコッチに寄越せ!!少しでも怪しい動きをしたと判断した時にはコイツの鼻を削ぐ!!いや、もう先に削いでやろうか!?さっさとしろ!!グズのろ!!コロスぞ!ボケッ!!」
そう言うとエアルの鼻の下に躊躇のない慣れた手つきでナイフを押し当て直した。
既にオレは聖剣を鞘ごとそいつに向かって放り投げていた。聖剣移動スキルを使う余裕はなかった。躊躇えばこの時点でエアルの鼻は床に落ちていることが感じ取れた。
・・殺気、怒気が異常だ。ビリビリする。
・・・コイツは…ヤバイ。本気だ。全ての言葉がホンモノだ。
クソッ!多分LVも中途半端には高そうだ。
ギルド幹部ならLV50以上は堅い。
下手打ちゃエアルの鼻はトブ!
「クソが!さっきの雷撃はコイツの効果…だな?調子こきやがって!テメェ!プリンのトコの新入りらしいな!クソが!あのクソメス!口ごたえだけじゃなく鉄砲玉差し向けるとはもう許さねぇ!陥没するまで顔面潰して殴り殺しながらブチ犯してやる!!っ?!オイッ!テメェ!今、ウゴカナカッタカ?」
「ウグウゥぅぅぅゥゥ?!」
ナイフを持つ手に力が入りエアルの鼻から鮮血が滴った。
「おいおいおいおいおい!!!動くな!と言ったんだ!オレは!メスガキ!テメェもだ!さっきからガタガタガタガタ震えやがって鬱陶しい!止めろ!止めないと風通しが良くなって鼻呼吸がしやすくなっちまうゾ!?ほら!3〜ん、2〜ぃ、1ぃぃ…」
「ゥゥぅぅぅひぐっうぅぅやぁ、やめ、ひぅぅぅぐっうぁぁぁあぁぅぅぅぅぅぅぅ…ひっ、ぅううぅむむりぃですぅ…ふ、震えと、とまらないぃ、と、とめられなぃぃ…あぐぅぅぅひぐ…うぁぁぁぁ…
エアルは完全にココロが折れて怯えきって恐怖し、泣きじゃくりながら震えていた。
「ふほ!イイ顔すんじゃないの〜お嬢ちゃん!オレのコレクションに加えてやろうか?ひひっ!だんだんクセになるみたいだぜぇ?いたぶられるのが!ひゃひっ!」
「・・・。」
「おい!新入りぃ!お前は知らねぇだろうが、オレの二つ名は『顔面破壊のバイパー』と呼ばれていてなぁ!理由は戦場や戦闘で相手の顔面を壊れるまで集中攻撃するのが大好きだからだ!堪らネェのよ!戦場から離れても性癖で女の顔をグズグズにいたぶると興奮するのよ!特に綺麗な顔が暴力で歪んでいくのが!オレのチカラが相手に伝わるようで最高に気持ちいいいいぃぃぃのよ?わかるだろ?わかんなくてもいいけどよぉ!いひひひゃはは!」
「・・・。」
「…じゃあ、落とし前だなぁ新入りぃ!お前殺ったあとコイツとプレイルームで楽しませてもらうわぁ!どうせ外のヤツらは雑魚のかたまりだしどうとでもなるだろ!この辺のヤツらは紙屑みたいに脆いしなぁ。それにこのメスガキがいりゃ迂闊に手も出せねぇだろ?なぁ王女さまぁ?…あっそーか王族とこれからヤレルんじゃない?コレっ?最っ高っだぁぁぁ!」
声も殺して泣きじゃくるエアルの涙ごとベロリと頬を舐め上げ、浮かれながらバイパーはずりずりとゆっくりエアルを抱えながらコチラに近づいてきた。もちろんナイフを当てがう手に隙は無い。
「さて何発保つかなぁ?ホントはこのお前から頂いた武器で顔面切り刻んでやりたいが、この両手を使えねぇ体勢じゃあなあ?それに漢なら拳だろう?直に伝わる感触がイイんだよぉ。わかるだろ?わかんなくてもいいけどよぉ!いひひひゃはは!…は」
「・・・。」
「ちっ、スカしてんじゃねぇぇぇぇっっぇぇぞっ!ガキぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!!」
いくら煽っても微動だにしないオレに怒り狂ったバイパーは左腕でエアルを抱えながら空いた右腕を振り上げ強大な拳でオレの顔面を貫いた。
「らいっ!!
・・・と、くん?」
エアルが悲鳴を上げ…ようとして言葉を失った。
…そう確かに貫いた。
バイパーの強大な拳はオレの顔面をなんの手応え、感触もなく素通りした。
…何故なら既にオレはソコにはいなかったからだ。
さてタネ明かしをしよう。
まずオレの『穴沢』での職業、本職は『魔術士』だ。
剣士職じゃない。専門は魔法を主とした戦闘スタイルだ。
今のは「瞬間視差幻惑」と言う魔法を使ったトリックプレイだ。他の魔法では無詠唱で発動しても発動時のエフェクトでコチラの動きが察知されてしまうがこの魔法は発動にエフェクトが発生しない。それはこの世界では皆無に近く
この魔法も実は超激レア魔法であり使えるヒトは見たことがない。…オレ以外。
これのおかげでオレはそこそこ有名な『穴沢』プレイヤーとして名を馳せていると言っても良い。まあ、そこそこだが。
え?どのくらいって?お、おほん。に、日本人だけだったら十指の魔法使いには入るかなぁ?えほんえほん。ギリ入ってると自称しておこう。うん。自慢じゃないよ?
えーっと、あれだ。
「瞬間視差幻惑」の話の続きだ。
コレは一瞬だけ強制的にラグるのだ簡単に言うと。
ラグるって何?ってこともないだろうけど説明すると通信回線が弱かったりするとネット対戦とか操作するキャラが一瞬止まって急に動くってあるよね?アレがラグるってヤツだ。タイムラグ。つまりオレは周りからは一瞬だけ止まって見えるのだ。見えるだけで実際にはオレは普通に動いているから錯覚する。
え!?なんかショボいじゃん!って?わかってない。
コレ対戦するヒトはホント厄介なのよ?
本来ならソコにいると思って攻撃しても
今みたいにオレはそこにおらず、
こうして拳を大きく振りかぶって!
バイパーの顔面を悠々と破壊することが出来るっ!!
ってわけだからな!!!!!
バイパーがオレの顔面を貫いた瞬間!
バイパーの顔面…いや首から上は水風船を叩きつけたように破裂した。
頭部を失った首はようやく頭部を失った事に気付き
周囲に鮮やかな鮮血を撒き散らした。
「…バイパー、オレも教えてやるよ
『ラグ使いのライト』オレの二つ名だ。」