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わたしの幸せな結末から  作者: 汪海妹
2/13

2つの家に人は帰れない














夏美













朝、出かけるときに雪がちらついていた。タクシーに乗って式場に向かっているときに、せいちゃんから電話がかかってきた。


「何?」

「もう家出た?」

「タクシー乗っているとこだよ。どうかした?」

「いや、寒くなったから、ちょっと心配で。今日、あんまり無理するなよ」

「うん。ありがとう。そういえば、昨日大丈夫だった?」


職場の男性独身社員で集まって、独身最後の会をさせられると言っていた。


「吐いたよ」

「ええっ」

「あの人たち一番年下なのに先に結婚することになった俺のこと、おもしろく思ってないんだよ」

「そんな…。同情こそされても、羨ましがられるいわれはないのにね」

「……」

「大丈夫?」


もう、今日の主役なのに、そんな飲ませるなんて彼の職場の人たちって一体何なんだろう。


「うん。今は結構すっきりしているよ」


電話を切ると、清一君?と母が聞いてきた。


「うん」

「本当、まめなのね」

「そうかな?」

「そうよ。あんた感謝しないと罰当たるわよ。世の中なんてもっとまめでもない、ろくでもない男がごろごろしてるんだから。あんたは出会ったことないかもしれないけど」


(出会ったことはあるかもだよ。お母さん)

心の中でだけつぶやく。


お腹が目立たないうちにといって、急いで準備をしていたので、年内12月の挙式になった。招待客はせいちゃんの会社の仙台支社の人が多くて、わたしのほうは短い勤務期間にもかかわらず職場から数名、あとはこのはちゃんをはじめとした友達が参加してくれているはずだ。


「まあ、それにしてもあんたはいつもはらはらさせるわねぇ。急に東京行くって言ってみたり、子供できたから結婚するって言ってみたり」

「……すみません」

「怒ってるわけじゃないわよ」


ガタン、車のタイヤがなんかを踏んづけて揺れた。おっと。


「大丈夫?」

「うん。今日はまだ動かないね」


最近は、赤ちゃんがよく動くようになった。


「わたし、母親としてちゃんとやっていけるのかな?」


母は前方のフロントガラス越しに赤信号を見つめている。その信号にも雪が降りかかる。


「そうねぇ。わたしの娘だから、わたし程度にはちゃんとできるわよ」

「お母さんの子育ては成功?」

「変なこと聞くわね」


タクシーは青信号をゆっくりとまがった。


「まぁ、旦那さんはいい人選べたし、成功でいいんじゃない?」

「それだけ?女の子はいい人と結婚できればそれでいいの?」


それって、平成じゃないよね。昭和だよね。


「あんたにはその能力だけで十分よ。キャリア志向なんて微塵もないんだから」

「……」

「お母さん」

「何?」

「東京に行かせてくれてありがとう」


これだけはちゃんと言っておきたかった。


「もう、そろそろ着きますよ」


会話は運転手さんに遮られてしまった。母はわたしの肩をぽんぽんとたたいて、先に車を降りた。


***


ドレスを着てお化粧をしてもらいながら、最近起こった出来事を一つ一つ思い出す。


「本当にいいの?清一君、後悔しない?」


せいちゃんは頭をかきながら、こういった。


「もし、その、にっちもさっちもいかなくなったら、その時は相談させてください」

「ゆっくり返すとそれだけ利子を多く返すことになるよ」

「それは……わかっていますが、しょうがないです」


社会人になってから返済していたわたしの奨学金は、せいちゃんが代わりに返すことになった。両親が代わりに払うと言ったけど、彼は柔らかく辞退した。


「本人が自分で返すと決めたものを働けなくなったのは、僕の責任ですから」


後で2人になったときに、聞いてみる。


「せいちゃん、本当に大丈夫?かっこつけちゃってない?」


彼は指を一つ一つ折りながら言った。


「旅行はいけない。高い服は買えない。高い肉は食えない。くらいかな?飢えはさせないよ」

「ごめんね」


せいちゃんは笑った。


「こんなことぐらいで謝ったら、これから毎日謝らないといけなくなるよ」


とても、不思議だった。


あの日、鬼のように怖かったお母さんにたてついて奨学金を使うことになったとき、まさかその返済をせいちゃんがすることになるなんて、思いもしなかった。あのときは自分の将来がどこにつながってるかなんて、わからなかった。無我夢中で。でも、ときどき運命は想像していた以上の幸せなところまで自分を運んでくれることがある。

わたしはきっと、とても単純で簡単な人間なのだと思う。人生に求めるものはそんなにない。有名になりたいとか、お金持ちになりたいとか……。自分で自分の長所をあげるとすれば欲深くないこと。わたしはただ、彼がわたしに与えてくれるものだけで、本当に幸せです。彼はわたしのものにはならないと思っていたから、それだけでほんとうに最高に幸せです。


これからどうなるのかわからないけれど、結婚式というのはやっぱり人生で最良の日なのかもしれない。


***


控室で待っていると、父と母が入ってきた。2人とも今日は着物。ドレス姿のわたしを見ると、父はうるうるしだした。もともと涙腺のゆるい人なんだ。


「なっちゃん、本当にお嫁さんに行っちゃうんだね」

「お父さん、お母さん」


わたしが立ち上がって2人の前に立つと、お父さんは慌てた。


「やめて、やめて。お父さんそういうのだめだから」

「あなた、聞いてあげましょうよ」

「いや。心臓に悪いよ。なっちゃんにはそういうの似合わないよ。じゃあね、バイバイみたいな軽い感じでいいんだよ」


わたしは母と顔を見合わせて苦笑した。なんか昔似たようなことを誰かに言われた気がする。


「学歴も身長も年収もお父さんの勝てない人のところへお嫁に行っちゃうんだね」

「年収はお父さんのほうが勝ってるよ」

「今はまだね」

「あなた、みじめったらしいわよ」

「これでも喜んでいるんだよ」


屈折した喜びの表現だね。お父さん。


「清一君は顔見に来たの?」

「来てないよ。本番まで見ちゃだめって言ったから」


母はじろっとわたしを見た。


「なんか、あんたかわいくないわね。誰に似たんだか」

「あなただよね」


父が言う。3人で笑った。


***


父と腕を組んで、教会の扉の前に立つ。雪はいつの間にかやんでいたけど、肩出しているし結構寒い。


「お父さん、今までありがとう」


後から思い出してみると、このとき、わたしは結婚するってどういうことなのか、やっぱりわかってなかったと思う。例えば、修学旅行へ行って、いろいろ楽しいことがあった後に、家へ戻ってくるような、そんなものだと思っていた。父母はそばにいるし、同じ街にとりあえず住むし、家へは帰りたいときに帰れると思ってた。


でも、本当は自分自身はもう子供ではなくて変わってきているのだった。変わってしまった自分が同じところに立っても、子供の頃の自分のような視点で、思いでそこに立つことはできない。だから、そこはもう懐かしい自分の過去の家。結婚するってことは、親と別れて、自分が選んだ人と自分たちの家を作る。2つの家に人は帰ることはできない。だから、父母と茜と暮らした家はもうわたしが帰る家じゃないんだ。


あのとき、あの扉の前に立ったとき、わたしはそんなことわかってなかったから、やっぱりわたしはお父さんが言うところの『じゃあね、バイバイ』というような軽さで、そのときありがとうと言いました。


ドアが開いて、みんなが一斉にこちらを見る。奥のほうにせいちゃんが立っているのが見えた。手持ち無沙汰に上のほうをみていたけど、ドアが開いたのに気が付いてわたしのほうを見た。父には悪いけれど、横にお父さんがいることをこの瞬間から忘れて、ただまっすぐ彼のほうに向かって歩いて行った。彼もわたしをじっと見ていた。近づいていく間目をそらさずに。


父から手を離して、せいちゃんと腕を組んだ。並んで階段をあがるとき、彼はそっと囁いた。


「見間違えたよ。場所間違えたかと思った」


ちょっと笑ってしまった。


「もうまじめにやって」


誓いのことばにはいで答えて、指輪の交換をする。彼がそっとヴェールを持ち上げて、わたしたちは誓いのキスをした。周囲で拍手が沸き起こる。そこまでは十分に厳かだった。大変だったのはその後で、外に出てライスシャワーを浴びているときに、せいちゃんの会社の先輩たちの間からキスコールが沸き起こった。彼がその声に応えてわたしを抱き寄せようとしたので慌てた。


「え、ちょっと待って。せいちゃん、こういうキャラじゃないよね。人前でキスなんて」

「社会人なって変わったかも」


結局彼はキスをして、周囲で歓声がわきあがる。その観衆をざっと見渡した時その中に泣いている女の子が一人いるのが見えた。ブーケトスが終わって、一旦控室に移動する。


「あなたの会社の女の子で一人泣いてる子がいたけど、何なのかしら?」

「……すごい動態視力だね。あんな大勢の中から一瞬で」

「何かあったの?あの子と」

「いや、きっと結婚式に感動したんじゃない?」


そんなことぐらいで泣く大人はいない。

わたしが黙っていると、せいちゃんは言葉を続ける。


「つまらない話やめようよ。せっかくの日に」

「……」

「食事に誘われて彼女いるからって断っただけだよ」


白状した。


「それだけで泣く?」

「ほんとうにそれだけだって」


さきほどまでの甘い感情が一気に下降してゆく。


「ね、なつ。結婚式に花嫁が不機嫌なのはまずいよ」

「……わかってます」


きっとほんとに何もなかったんだろう。それにしたって人前で泣くって相当じゃないか。


「おっと」


赤ちゃんが動いた。


「ほら、けんかしないでって言ってるよ」

「すごい自分に都合のいい解釈じゃない。もっとやれって言ってるのかもよ」


普通の顔をして席に座って、式の進行を見守った。席上から来てくれた人たちの顔を見渡す。せいちゃんの会社の人たちの中にさっき泣いていた女の子が他の女の子たちと座っているのが見えた。


「おい、なつ。ケーキカットだってよ」


せいちゃんがわたしの顔色を探っている。おもしろいのでしばらくにこともしないことに決めた。


「2人の初めての共同作業です」


司会が使い古された言い回しを使う。ぱちぱち写真を撮る人がいるので、このときは作り笑いをして、終えたら席に戻る。


せいちゃんの会社の上司が挨拶、次にわたしの上司。それからお互いの友人代表が挨拶をする。わたしの友人代表はもちろんこのはちゃんだった。わたしたちより早く結婚するなんて、結婚すると告げたときの第一声を思い出す。ちなみに彼女は今もかっちゃんと付き合っている。


次は、新郎新婦がお酒をテーブルについでまわるやつだ。


「なつは絶対飲むなよ」

「わかってるって」


わたしが妊娠していることは、せいちゃんの会社では一部の人しか知らない。彼が知らせるのを嫌がったのだ。


「いまどき、別に話しても平気じゃない?」

「世の中いろいろな人がいるから、そういういろんな人の目に自分の奥さんが好奇の目で見られるのは嫌なんだよ」


だって。


せいちゃんの会社のほうからまわっていく。前のテーブルから偉い人。3番目のテーブルは先輩社員やさっきの女性を含めた女性社員がいる。ちょっと、気のせいかこっち睨んでないか?


「奥さん、ちゃんと飲んでる?これ、ジュースじゃないの?」


ちょっとできあがっている男性に急にグラスを取られた。彼はにおいをかいで、あ、やっぱりジュースだ、はははと笑う。びっくりした。何?この人、一応社会人?


「ほら、飲んで飲んで。僕がいれてあげるから」


ジュースの上にワインが注がれてしまう。


(どうしよう)


せいちゃんの手が横から伸びて、そのグラスを取った。


「先輩、彼女下戸なんで、僕が代わりにいただきますね」


と言って、ジュースごと一気飲みした。


「おお~。いい飲みっぷり」


ちょっとやめてくださいよ。飲みすぎですよ。隣の同僚の男性がその人をおさえて、悪い、中條と小さい声で言った。ほっとして視線を外した瞬間に、もう1回ばちっとあの女性と目があった。気のせいじゃない。この人、まじでわたしのこと睨んでる。光線が出そうだ。


「う、気持ち悪い」


席に戻ると、せいちゃんの顔色が朝より悪くなってしまった。


「水飲みなよ」

「これ以上なんか飲んだら吐きそう」

「せいちゃん、結婚式の席上で花婿が吐くのはまずいよ」

「……わかってます」

「無理して飲まなくてもよかったのに」

「普段はあのくらい大丈夫なんだよ。昨日の今日だからだめなのかも」

「もしかして、昨日吐いたのもあの先輩のせい?」

「悪い人じゃないんだけどね。最近長くつきあった彼女と別れたばっかりで」

「ほら、しっかりして。かっこいいのが台無しだよ」


わたしは手を握ってあげた。


「今のでちょっと元気出たかも」


次は新婦から両親への手紙の朗読。父は目を潤ませてしまう。もらい泣きをする人も出た。お父さんがそれ以上大泣きしないように横でお母さんが何か言っているのが見える。お似合いの2人だ。


披露宴のフィナーレはそれぞれの両親へ花束を渡して終わる。せいちゃんはここまでなんとか吐かずにもっていた。花束渡すと同時のタイミングで吐いたりしないかちょっと心配。きっと一生忘れられない出来事になるだろう。悪い意味で。


新郎が新婦の両親へ、新婦が新郎の両親へ渡すことになっている。おばさんは今日もとても素敵だった。濃紺のシンプルなドレスを着て、胸元に上品なスカーフを締めていた。足元は少し派手なパンプスですらっとしたきれいな脚がすそから伸びていた。年を取っていてもとても女らしくてきれいだった。


おばさんは穏やかな笑顔を浮かべてわたしを見ていた。わたしはその笑顔をどこかで見たことがあると思う。しばらくわからなかった。なんだ、そうだよ。それはわたしの好きなあの彼の笑顔だった。当たり前だ。親子なんだから。2人はよく似ている。


花を手渡すとおばさんは清一をよろしくお願いしますと小さい声で言った。わたしははいと答えた。


(きっとせいちゃんとおばさんは、どこかでボタンをかけまちがってしまったけど)


ぱちぱちぱち会場で拍手がなる。


(おばさんはせいちゃんをちゃんと愛してるんじゃないかな?だって……)


「それではみなさん、中庭に出てください。写真撮影になります」


その声でみながぞろぞろと移動しだす。せいちゃんがほっとした顔をしているのが見えた。


(あんな笑顔ができる人が、優しい人じゃないはずがないじゃない)


***


「ごめん、ちょっと待ってて。すぐ戻るから」


何個かのグループに分かれて写真を撮った後、彼はトイレに消えた。わたしは1人で帰っていく客にお辞儀をして見送る。


「お姉ちゃん、きれいだったよ~」


茜が寄ってくる。


「あれ、せいちゃんは?」


次にお父さんが、


「清一君は?」


次にせいちゃんの会社の人が、


「中條君は?」


だんだん人が集まってきてしまった。飲みすぎたのでトイレで吐いています、とは言えない。


「今日はお忙しいところを……」


一人であいさつをしていると、ごめん。なつといってせいちゃんが戻ってきた。


「お幸せに~」


挨拶して、頭下げて、握手して、たくさんの人がわたしたちを祝福しながら帰っていく。


「せいちゃん、首のとこちょっとだらしないよ」


曲がっていたタイを直してあげた。お客さんが全員帰ったので、控室に行って着替えた。


「なつ、2次会どうする?」

「わたしの友達も来るし、出るよ」

「疲れてない?」

「あまり長居しないようにするよ」


今晩は式をしたホテルにそのまま泊まることになっている。二次会までまだ時間があるので、自分たちの部屋で休むことにした。


せいちゃんは部屋に入ったとたんにベッドに横になった。


「ちょっとだけ寝たい。後で起こして」


とだけ言うと、瞬く間に眠りに落ちた。わたしはソファに座って、彼の寝顔を見たり、窓の外を見たりしてぼんやりと過ごした。心がいっぱいで、ただぼんやりとしているのが心地よかった。お腹をそっとなでる。どんな子が生まれてくるんだろう。わたしとせいちゃんの子って、なんかまだ信じられない。結婚したってことも。ついでに信じられない、まだ。


もう一度彼の寝顔を見た。これからは好きなだけこの寝顔を見られる。うーんと彼が声をあげた。


「起きた?」


ふぁあ、あくびして伸びをした。


「今、何時?」

「17時」


体を起こして、しばらくぼおっとしている。せいちゃん結構低血圧で、寝起きが弱い。


「顔、洗ってくる」


もぞもぞ動き出した。洗面所へ行くと、歯を磨いていた。鏡の中のせいちゃんに言った。


「コーヒーいれたら飲む?」


彼はうなずく。ホテルに置いてあるインスタントコーヒーを一つ、ポットでお湯をわかして入れてあげた。


「なつは要らないの?」

「妊娠中はカフェインもだめなんだよ」

「え、そうなの?だめなこと多いね」


結婚式のぎりぎりまでわたしは東京の病院で健診を受けていた。病院で言われたことや知ったことをいちいち話していないので、こんなことも知らない。


「そういえば、気を付けたらセックスはしても大丈夫みたいよ」


ついでに教えてあげた。


「嘘?」

「今、目、覚めたでしょ」

「……」

「何考えてるの?」

「いや、別に」


彼は無口になってスプーンでコーヒーをぐるぐるかき回していた。


***


「すみません。あまりお構いできないけど、今日はゆっくりしていってね」


せいちゃんはわたしと女友達のテーブルにそう声をかけると、また、あっちの方へ行ってしまった。高校時代の友達が結構集まった。ちょっとした同窓会だ。


「もう、ほんと素敵。なっちゃん羨ましいなぁ」

「中條先輩って、ほんと高校のときより、ずっと素敵になったね。いいなぁ」


口々に言われて、さすがに照れた。いや、どうもすみません。


「学歴よし、顔よし、性格よしで、商社マンだよ~」


しばらくいいなの嵐が続く。それにしても……。この子たち実はそんなに仲が良かったわけじゃないんだけどな。なんとなく招待状は送ったけど、来るとは思ってなかった子も結構来ている。


「ねぇ、結婚って連絡来たときから思ってたんだけどさ、もしかして……」


女の子たちの一人がわたしのお腹のあたりを見る。


「ああ、ドレスはうまく隠してたけど、この服だとわかっちゃうよね」

「え?てことはやっぱり」


うそーすごーいとまた盛り上がる。


「うまくやったよね」


不意にそんなことを言い出した子がいて、目が点になった。なんですと?


「そうそう。いい男はさっさと確実にものにしないとね」


それに応じる子もいる。


「うん。大体、いい男はさっさと結婚させられてるよ、彼女に。わたしの会社の人もそう。素敵な人はもう大体売却済みよ」

「残ってるのは、普通かそれ以下だよね。急がないと。焦るよね」


きゃはははは……。わたしも女だけれど、あえて思う。女って一体……。


「あのう……」


せいちゃんがいつの間にかまた来ていた。女の子たちは顔が切り替わった。まじで。


「うちの会社の先輩が、よければこっちに来て一緒に飲みませんかって言ってるんだけど……」


ちょっと離れたテーブルから、にこやかに手を振る男性陣が見える。え~、どうしよう。かわいい声がみなさんから出る。ちょっとした躊躇のあとに、みんなはうきうきとテーブルを離れて行った。このはちゃんだけ残った。


「もうちょっといる?もう部屋戻る?」


せいちゃんが聞いてくる。今はまだそんなに酔ってないみたい。わたしはこのはちゃんのほうを見た。


「どうしよっか。もうちょっとしたら、部屋に来ない?ここうるさいし」

「うん。いいよ」


せいちゃんはそれを聞いた後、じゃあねとあっちへ行った。


「なんかさ、競走馬を買い付けに来ている馬主さんみたいだよね。みんな」

「うん」


しかも、自分の身体で買うんだよね。その馬を。


「結婚は女の子の人生決める最大のイベントだからさ。本腰入れる子はもう今が正念場なんだよ」

「このはちゃんは?あっち行かないでいいの?」

「わたし彼氏いるしさ」


このはちゃんはちょっともじもじした。


「やっぱり、なっちゃんはさ、マリッジブルーとかなかったんでしょ?」

「ん?マリッジブルーってなに?」

「やっぱり。ことばすら知らないんだね。すごいなぁ」


彼女はわたしから目をそらして前を見た。


「あの子たち、ちょっとついてけないとこあるけどさ。でも、わたしなんて、まぁ、なっちゃんもそうだけど、高校のときからずっと同じ人とつきあっててさ、そういう自分もちょっと、どうなのかなって、正直最近思っちゃうな」

「どうして?」

「人生でたった一人の人しか知らないって、現代ではちょっと化石みたいかなって。はは」

「え、そうなの?」


わたし、シーラカンスみたいに珍しい存在なの?


「もう、なっちゃんったら」


このはちゃんは笑った。ちょっと涙がにじむくらい。


「ほんとうにそういうところ、かわいいね」


彼女ははあと息を吐いた。


「あの子たちはああやって彼女たちなりに頑張ってるけどさ。でも、ああいう子をきっと中條先輩は好きだって思わないだろうな。やっぱりなっちゃんみたいな子じゃないと」

「そうなの、かな?」

「なんか久しぶりに会って話せてよかったよ。自分は自分って思っててもさ、なんかときどき迷っちゃうからさ。周りの子に流されちゃうっていうか」


このはちゃんもこのはちゃんでいろいろあるんだな……。わたしに時間が経ったように、彼女にも確実に時間が経っている。


「ちょっとトイレ行ってくるね」


このはちゃんにそう言って、二次会の部屋を出た。トイレの洗面台で自分の顔を見る。女も化粧の仕方違うとやっぱり違うものだ。つけまつげってすごいな。ちょっとひっぱってみる。


同じように個室から出てきた女の人が横に並んで化粧直しをする。わたしは手を洗うと風がぶわーって出てくるやつで乾かして、外へ出る。一瞬隣に並んでいた女の人がわたしのほうを見て、変な顔をしたような気がした。

そこに、出たところにたちはだかっている人がいた。驚いた。それは昼間泣いていた女の子だった。


「あなたなんて本当は彼にふさわしくないのに」


え?何これ?この人酔っぱらっちゃってるの?


「彼と結婚したくてわざと妊娠したんでしょ?」


彼女は手に持っている何か液体をわたしに向かってかけた。わたしはとっさに目をつぶって両手で顔をかばった。


「ちょっと、もお、これお酒?やばい薬とかじゃないでしょうね」


さっきトイレで横に並んでいた女の人だった。横から飛び出して、代わりに彼女がなげかけたものをかぶってくれたみたいだった。彼女は女の子のほうへかつかつと進むと、間髪入れず思いっきりひっぱたいた。


「妊娠している人に対してなにやってんのよ。あんた女の風上にもおけないわ」

「なによ、あんた誰?」


ひっぱたかれた子は声をはりあげる。


「新郎の知り合いよ。というか、友達?」


女の子はまだ彼女をぎりぎりと睨んでいる。


「さっさとあきらめて、自分が主役になれる恋愛でもしなさいよ。脇役はいつまでたっても脇役なのよ」


女の子はわたしと彼女を交互に睨みながら去っていった。


「あの……」


わたしはバッグからはんかちを出して、女の人に近づいた。


「ああ、初めましてだよね。これであなたが夏美さんじゃなかったら、わたしかなりずれたことしちゃってんだけど……」

「はい。夏美です。小野田夏美」

「で、今日中條君と結婚する、夏美さんだよね?」


はいというと、女の人はやっと本物に会えたと言って喜んだ。


「わたし、相澤っていうの。中條君と大学で同級生だったのよね」


洗面所で手を洗った後に、お酒をかぶってしまった髪やスーツをぬらしたはんかちで拭いた。


「人間っておもいつめると何するかわからないわね。ほんと、中條君の周りって過激な女の子が多いわ」


そういった後で、彼女は慌てて追加した。


「あ、あなたはそこに入ってないから、もちろん」

「他にもこんなことするこいたんですか?」

「……、大昔ね」


彼女は話題を変えた。


「中條君が夏美さんとつきあうかどうか悩んでた頃から知ってるからさ。夏美さんのことは写真で知ってたのよ。本物に会わせてって何回も頼んだけど、いつも断られちゃってさ」

「そうなんですか?」

「きっとわたしがあなたに何か余計なことを言うとでも思ってたんでしょう」


こんなもんでいいかとスーツのにおいを嗅ぐ。トイレの外に出て会場に向かう。


「あなたにね、まぁ、中條君にもだけど、直接会っておめでとうって言いたかったのよ」


そういってにっこり笑った。全然知らない人だけど、すごく温かい人だと思った。


「彼、あなたとつきあい始めるときずいぶん悩んでたけれど、つきあい始めてからはすごく落ち着いてよくなったよ。あなたがいなかったら、きっと彼、すごくだめな人になっちゃってたと思う。だから、幸せになってね」


思いがけず心のこもった祝福をもらった。さっき行き場のない悪意を向けられただけに、この言葉は身に染みた。














清一













「あの中條先輩」


なつの友達の子に声をかけられた。


「なっちゃんがトイレに行ったまま戻ってこないんです。15分くらい」


驚いて探しに出ると、前から歩いてきた。2人で。


「相澤さん?なんでいるの?欠席で返事来てたと思うけど」

「久しぶりー!出張から思ったより早く帰れたから、二次会だけ参加しようと思って足のばして来ちゃった」

「わざわざ東京から?」


へへへと笑う。


「で、なんで2人いっしょにいるわけ?」

「あ、そこで偶然会って。わたし、ほら、夏美さんの顔は写真で知ってるからさ。それより……」


彼女はにこにこしながら続けた。


「久しぶりに会っといてなんだけど、いろいろ聞きたいことがあるんだけど、後で」


この人、ほんと変わってないな。


***


なつがこのはちゃんとホテルの部屋に戻った後、相澤さんにつかまった。


「ちょっと、わたしが偶然通りかかったからよかったけど、夏美さん、なんか女の子にからまれていたわよ」

「え?」


昼間のあの子か?たぶん、彼女しかいないな。


「なんなのあの子?グラスのお酒ひっかけようとしたんだから」

「嘘?」

「わたしが代わりにかぶってあげたけど」

「……すみません」

「ふたまたかけてふったとか?」

「そんなことしないよ」


ため息しかでてこないよ。まったく。


「で、なにがあったのよ」

「うーん」


あまり思い出したくない。僕の何がよかったのかわからないけど、何度断ってもしつこくされていた。


「最初は食事誘われて、彼女いるからって断ってさ。そしたら急に毎日弁当作ってくるようになって、手作りの。断って受け取らなかったら、勝手にデスクに置いてっちゃうんだよ」

「うわー」

「極め付けがさ、一方的なメールが携帯に朝も昼も夜も届くんだ」

「おはよう、おやすみ、今日はこんなことがあった的な?」

「そう」


相澤さんは同情をこめた目つきで僕を見た。


「あなた、よく心の病気にならなかったわね」

「自分でもそう思うよ」


彼女はちょっと黙ってから続けた。


「で、置いていかれた弁当ってどうしたの?」

「同僚に食わした」

「で、容器は?」

「簡単に洗ってから返した」


くくくくく、相澤さんがこらえきれずに笑っている。


「なんで笑うわけ?俺、ぜんぜん笑えないんだけど」

「いや、相変わらず詰めが甘いなって思って」

「どこが?」

「敵が出してきたものは、米粒ひとつ口にしちゃだめなのよ。丸々きれいに返却するの」

「俺、口にしてないけど」

「向こうはあなたが食べたと思うでしょ?世の中にはね、自分が作った料理を男が口にしたら、その男は落ちたって思う女性がごまんといるのよ。覚えときなさい」

「胃袋攻めかよ。なんかもう、こわすぎるわ。女って。売却済みって見えるように貼ってよ」


くくくくく、相澤さんがもう一度笑った。


「ほんっと久しぶりに会っても全然変わってないんだから。君はほんとにおかしな人だよ」

「惚れ直した?」

「一度もほれたことはない」


相澤さんはウーロンハイを一口飲んだ。


「強いていうなら、中條君となっちゃんのおっかけみたいなもんかな?なんかみていてあきないのよね」


そしてギロッとこちらをにらむ。


「だから、結婚式だって100%出席するつもりだったのに、なんか他の子に比べてわたしに招待状がつくの遅かった気がするんだけど?だから、出張ずらせなかったのよ」

「それは郵便局の都合だよ」


僕は水割りを飲んだ。


「友人代表のスピーチわたしがしたかったのに」

「……いや。絶対君に任せることはないから」


一体何を話されるか分かったものじゃない。ただ、スピーチは任せたくないし、郵便局の都合で(本当は発送するまでちょっと迷った時間があった)招待状がつくのは遅くなったけど、それでも相澤さんに今日、ここで会えてよかった。


「ありがとう」

「なに?急に」

「忙しいのにわざわざ来てくれて」


相澤さんはちょっとびっくりしていた。


「珍しいわね。すごい素直。酔っぱらってるの?」


僕は笑った。酔っぱらっているというか、今日はとても幸せで(やたら飲まされたけど)、だから、周りの人にも優しくしたかった。それに、相澤さんにはほんとに感謝している。これは、伝える日があるかどうかわからないけど。













夏美













このはちゃんと久しぶりにたっぷりおしゃべりした後、彼女は帰り、わたしはシャワーを浴びた。パジャマの上にカーディガンを着て髪を乾かしていると、


「すみません。奥さん。開けてください」


ドアを開けると、せいちゃんの同僚の人が彼を運んで来てくれていた。あらー。


「すみません。ご迷惑おかけして」


ベッドまで連れて行ってくれた。


「いや、飲ませちゃったの俺たちなんで」


この人たちも結構酔っぱらっている。それじゃあと陽気に帰っていく。


「寝てる?」

「うん……」


冷蔵庫からペットボトルの水を出す。


「飲んどいたほうがいいよ。明日、つらいよ」


彼はスローモーな動作で起き上がって水を飲んだ。そして、またぱたっと倒れた。


「もう、服かえなよ。スーツしわしわになっちゃうよ」


着ているものを一つずつ脱がして、ハンガーにひっかける。ベルト抜いてズボン引っ張る。結構長く一緒にいるけど、ここまで酔っぱらってるのは初めてかも。シャツのズボンをひとつひとつ外していると、寝てると思ってたせいちゃんが急に動いて抱きしめられてキスされた。


「お酒くさい……」

「ごめん」


しばらく抱きしめたまま、なにも話さない。


「何考えてるの?」

「ん~、いや。全部自分の物になったんだなぁって」

「今までだって全部せいちゃんの物だったじゃん」

「そうだけど、彼氏じゃ未来までは縛れないじゃん」

「……せいちゃんってさ、そうは見えないけど、結構執着心とか独占欲とか強いよね」

「うん」

「あっさり認めるんだ」

「でも、なんにでも執着するわけじゃないよ」


それは知っている。


「一生俺しか知らないことになっちゃうね」

「なんか言い方やらしい」

「ふふふふふ」

「笑い方も……。男の人ってさ、そういう願望あるんでしょ。最初で最後の男、みたいな」

「……ないよ。いてっ」

「あ~あ~」


体を離してベッドに腰掛ける。


「普通はさ、誰でも一生に一度はモテ期みたいなのあってさ、どっちと結婚すればいいの?みたいな葛藤があって、ゴールみたいなものじゃないのかな?わたしもそういうのしたかったな」

「……その場合も最後に選ばれるのは俺なのかな?」

「それがわからないからどきどきして最終回までひっぱれるんじゃん」

「それはドラマの話だよね」

「女の子だったら映画やドラマみたいな恋がしたいってことよ」


彼は手を伸ばしてわたしの手を握った。


「もうあきらめなよ。子供できちゃったし、結婚式あげちゃったし」

「そうねぇ。あきらめざるをえないわね」


わたしは立ち上がるとクローゼットをあけてホテルのパジャマを出した。


「ほら、そんなだらしない格好でいると風邪ひくよ」


彼はおとなしくもぞもぞと着替えた。


「明日何時だっけ?」

「夕方の便だから、チェックアウトぎりぎりまで寝てられるよ」


二人で(本当は三人なのかな)ハネムーンはセブ島に行くことになっている。


「助かった」


せいちゃんはベッドにぱたんと寝っころがった。


「ハワイとかじゃなくてごめんね」

「それはセブに失礼よ。大体何でハワイの方が上になってるの?」

「値段」

「あのね、せいちゃん。ハネムーン自体行けると思ってなかったから、そんなこと気にしないで。セブだろうがハワイだろうがそこらへんの鄙びた温泉に行くよりどんだけましか」

「そういうもんなの?」

「そういうもんよ。ほら、女の子ってなんでも比べるからさ。同窓会なんか行った時にさ、結婚したって言ったら根掘り葉掘り聞くのよ。ハネムーンどこ行ったの?セブ?いいねー。シンプルに話終わるでしょ?それが行かなかったって言うとなんか理由考えなきゃいけないの。それで同情されるわけ」

「女の子って……」

「なに?」

「究極にめんどくさいね」

「そうかもね」


わたしは彼の横に寝っころがった。


「あのさ、昼間のことってまだ気にしてる?」

「なんのこと?」

「気にしてないならいいんだ」

「ああ、あの女の子のこと?」


ちょっとすごいこと言われちゃったよね。あれが、ただ食事断られた人の態度かな?まあ、でも……。


「もういいよ。別に」

「ほんと?いつもは結構怒るじゃん」

「ねえ、これからはさ、毎日一緒に生活するわけじゃん。彼女だったらきゃんきゃん怒っててもかわいいけど、奥さんが毎日そうだったら疲れるじゃない。だから、そういうことはもうしない」

「……」

「まだ、信じてないでしょ」


結婚したんだから、変わらなきゃ。わたしも。


「うちの家族って、いいことも悪いことも直接ぶつけあって、お父さんもお母さんも子供の前で結構言い合うし、子供の頃からそういうの見て育ってきているから、普通だって思ってきたけどさ。言い返せない人に直球投げすぎてた気がするんだよ、最近」

「言い返せない人って俺?」

「うん」

「俺はでも、なつの家族みたいなの素敵だと思うし、憧れるけど」

「だけど、わたしたちはわたしのお父さんとお母さんと同じではないでしょ?だから」

「だから?」

「わたしたちは小野田家の真似しないでいいんだよ。直球勝負の家族になる必要はないの」


せいちゃんは背中からわたしを抱きしめた。酔っぱらっているせいか背中に頬をよせて甘えてくる。


「したいならしてもいいよ」


そのことばで酔いが覚めたらしく、ぱっと体を離した。


「ごめん」

「なんで?」

「女の人って妊娠したら普通、性欲とかわかないんじゃないの?」

「……。わかないね」

「そんなんでつきあわせたら、悪いよ。大丈夫って言われてもなんか心配だし」


また、この人こういう考え方。いつも自分よりわたしが大事。それって感激なんだけど、延々と続くとなんか……。わたしはせいちゃんの手をとって、両方の親指でツボをぎゅっと押した。


「いたっ。なにすんの?」

「いいからちょっと我慢してて」


両手の親指で手のひらをもみほぐしていく。


「気持ちいい」


ぽつりと不思議そうにつぶやいた。


「うつぶせになって」


せいちゃんは素直に従った。手首から肩に向けて、つぼを押しながらもんでいく。思った通り、がちがちだった。


「なつ、マッサージなんかできるの?」

「どうしてかわからないけど、昔から得意なのよ。習ったわけでもないのにね」


背中にのっかって、肩と首筋をもんであげる。


「なんで今までしてくれなかったの?」

「これは彼氏レベルにはしないわよ。ご主人様じゃないとね」

「結婚してよかった」

「もお、こんなことくらいで単純ね」


そう口では言ったけど、本当はそれは彼の本音なのだと知っていた。他の人にはなんでもない些細なことが彼の心には響いてしまう。彼は結婚したがっていたのだと思う、本当は。ずっと温かい家庭にあこがれていたから。でも、自分から自分がしたいことをまっすぐに言わないのは、先にしたいと言ってわたしがどう思いどう言うかがわからなくて、不安だからだ。


それなりに気を付けていたのにそれでも妊娠して赤ちゃんができて、それがきっかけで早く結婚したことは、長い目で見ればわたしたちにとっていい選択なのかもしれない。最近、そう思っていた。彼は結構さみしがり屋だけど、きっと何もなければそばにいてほしいと言えないだろう。


「ねえ、せいちゃん。わたしはしてもしなくてもいいの。あなたがそれで少しでもリラックスできるならそれでいいのよ。自分で気づいてないでしょ。すっごい疲れてるよ」

「そうかな?」

「体中、全部がちがちだよ」

「……」

「わたしのためにいろいろしてくれるのは嬉しいけど、そんなに全速力で走らなくていいよ。結婚は短距離じゃなくて長距離なんだから、手抜かないと途中で倒れちゃうよ」

「……うん」

「心配なんだよ。わたしだってせいちゃんのことが。あなたがわたしを心配するように、できることがあればしてあげたいと思うのが普通でしょ?」

「……うん、ごめん」


謝らせてしまった。責めてるつもりはなかったのに。


「なつ……、俺うまくやってけるのかな?旦那として、父親として」

「わたしの旦那さんとしては、毎日100点目指すのはやめてほしいな。わたしはただあなたの笑顔がみたい。無理はさせたくないよ」


わたしはあなたを幸せにしたくて結婚したんだけどな。重い荷物になりたいわけじゃない。


「俺ってそういうの、慣れてないんだよね。誰かが自分の笑うのを見たいとか、よくわからない」


泣けた。泣かなかったけど。彼に涙を見せたくなかったから。


「あなたが努力しなくても、わたしはここにいるし、いつもあなたに笑ってほしいと思ってる。ぼろぼろになるまで頑張ってほしくないって思ってる。あなたがわたしのために何もしなくても、わたしはいつもそう思ってるよ」


彼がそういうわたしの気持ちや愛情を実感できる日はくるんだろうか。普通の人にとっては当たり前のことが、彼にとっても当たり前だと思える日が。愛情を得るために自分を削らない日が。


「ハワイにいけなくても?」

「ハワイにいけなくても、そうよ」


ハワイにいけなくてもかまわない。いけなかった理由をわざわざ考えなきゃいけなくても、そんなことはいつだって問題にはならない、わたしには。わたしは友達に自慢ができるからあなたを選んだわけじゃない。あなたには元気で笑っていてほしくて、わたしならあなたを元気にできると思ったから、だから、結婚したんだよ。


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