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新しい特訓

 エリシアはその日、魔法研究センターに向かう足取りが重かった。


 エリシアは昨日、メイナードとサイラスの前で子供のように大泣きしてしまっている。エリシアの幼少期を知っているグレッグとアリアに対してさえ恥ずかしいというのに、平気な顔で行けるはずがない。

 足取りの重いエリシアを慰めるように、グレッグが彼女のふわふわの髪を梳いた。


「大丈夫だよ、殿下もサイラス様も気にしないさ」

「私が気にするの」

「よしよし」

「子供扱いしないでよ……」


 グレッグが優しくエリシアの頭を撫でると、エリシアは頰を膨らませた。そういう顔をするのが子供っぽいというのに。


「してないよ」


 しかし、グレッグは優しく彼女の顔を見つめて、目を細める。


「本当に?」

「本当に」

「そ、そう」


 いつもの大型犬のような笑顔とは違う、少し色っぽく見える従兄弟の表情に、エリシアは動揺した。


「おはよう、エリシア」


 グレッグと話しながら、エリシアはいつの間にかメイナードの執務室まで来ていたらしい。

 重い扉を開け、顔を出したのはメイナードだった。なんとなくグレッグの顔を見るのが気まずくて、エリシアはメイナードに挨拶する。


「おはようございます、メイナード様」


 メイナードは昨日何事もなかったかのように、普通の顔でエリシアに挨拶をしてくれたので、エリシアも安心した。

 グレッグに扉を支えてもらいながら室内に入れば、いつものようにサイラスも笑って出迎えてくれた。


「エリシア、昨日伝えた新しい特訓なんだが、もしかしたらエリシアにも合うかもしれないいい方法を見つけたんだ。エリシアの魔力を使って、俺が魔法を使ったことを覚えているか?」


 昨日、と聞いてエリシアはびくりと肩を揺らしたが、メイナードはエリシアが泣いたことには触れずに話を進めてくれた。

 エリシアはあからさまにホッとしながら、頷く。


「はい、覚えています」

「どんな感覚だった?」

「どんな、と言いますと……そうですね、自分の体を魔力が流れる感覚がよく分かりました。きっと私が使いこなせているより多くの魔力をメイナード様が使ったからですね」


 エリシアの言葉に、メイナードは唇の端をあげる。


「それならよかった、それを特訓の中で繰り返したら、自分の体を魔力が流れる感覚を、最終的には自分の魔法力を理解できると思わないか?」

「あ! できると思います」


 エリシアが嬉しそうにメイナードに笑いかける。メイナードは満足そうに悪人面で笑うと、エリシアの後ろへと回った。


「あの」


 急に背後に立たれ、不安そうな声をあげるエリシアだが、メイナードは気にせずに彼女の手を後ろから持ち上げる。


「同じ向きの方が説明もしやすいからな」


 そう言ってメイナードは、エリシアの耳元に口を寄せる。メイナードとエリシアとでは身長差があるので、自然とメイナードが前かがみになる形でエリシアに密着する。

 突然のことにエリシアは顔を赤くしたまま、言葉を失っている。

 エリシアのお付きのアリアは、あらと上品に手を口元にあて、目元を細めているし、グレッグは驚いた顔で、2人の様子を見ている。


「火の魔法でいいか?」

「はい……」


 消え入りそうな声で答えるエリシアを見て、メイナードが例の悪人面で嬉しそうに笑う。エリシアとの身長差や年齢差もあいまって、その姿は王子として、とても国民に見せられる姿ではなかった。


「手のひらを上に向けて」


 そう言いながら、メイナードはエリシアの手を握る。エリシアがキャッと小さな声をあげた。


「身体中の魔力を手のひらに集めるように集中させ、放出する」


 メイナードがそう言うと、エリシアの身体中を魔力が駆け回る感触がして、手のひらからは、以前エリシアが放出したより太い炎の柱が燃え上がった。

 サイラスが炎を見ながら、夢中で紙に何かを書き付ける。


「凄い……!」

「そうだろう」


 思わずエリシアがそうこぼすと、耳のすぐ近くでメイナードが囁く。ぞわぞわとエリシアの背筋を魔力ではない何かが駆け上がった。


「次は自分でやってみろ」


 メイナードはそう言うが、エリシアの背後から動こうとしない。かろうじて、握られていた右手だけは解放されている。


「あの、このままでしょうか」

「ああ、何度か繰り返さないと覚えられないと思うからな。いちいち離れていては面倒くさい」


 エリシアはその言葉を否定したいが、確かに一度で覚えられていたら、最初にメイナードが魔法を使った時点で魔力を感じ取れるようになっているわけで。

 しぶしぶメイナードに抱きしめられたような状態で、火の魔法を操った。


「魔力を手に集中させ……」


 エリシアの体内を魔力が流れる。メイナードが魔法を使った時ほどではない、というのがエリシア自身感じ取ることができた。


「魔力を放出する」


 ぶわっと、炎の柱が立つ。それはメイナードほどではないが、以前に比べたらずっと太い、魔力が多く注ぎ込まれたものであった。


「あれ、こんなに魔力を使えるんだ」


 サイラスが紙をめくり、何かの記録と炎を見比べながら呟く。メイナードも首を捻っている。


「正面から見せてくれ、もう一度だ」


 そう言ってメイナードはエリシアを解放し、サイラスが座るソファーの横に立つ。

 エリシアは解放された喜びに安堵しながら、もう一度魔力を手のひらに込めた。が、


(あれ、さっきとは違う気がする……?)


 そのまま放出すれば、先ほどより一回りは細い炎の柱となった。

 今度はその場にいた全員が首を捻るが、メイナードただ1人が面白そうに笑い出した。

 メイナードの笑い声に慣れたはずのグレッグもアリアも、ギョッとしてメイナードを見るが、彼は笑うのを止めない。


「エリシア、人は追い詰められた時、魔力が強くなるのを知っているか?」


 漸く落ち着いたメイナードが、顔はまだ笑いながら――もちろん悪人面だ――エリシアに問いかける。

 エリシアは少し考えるそぶりを見せてから、すぐに答えた。


「はい、魔獣に襲われた時などに通常時以上のパワーを出した記録がありますよね」

「そうだ、恐怖によって、一時的に扱える魔力が上がるのだな。人は感情の起伏によって、体内にある魔力をどれだけ使えるか変わると、研究結果も出ている」


 エリシアはその言葉に、兄たちが魔法を使う際に深呼吸をして気持ちを落ち着かせていたのを思い出す。あれは感情を落ち着けることで、一定量の魔法を扱おうとするものだったのだろう。


「つまり、エリシアは恥ずかしいという気持ちで一時的に魔力が多く扱えるようになったと?」


 横から口を出したのはグレッグだ。神妙な顔で顎に手を当てている。


「その通り。当分、今の形で特訓をしたら、より早く多くの魔力を知覚し、扱えるようになると思う」


 メイナードの言葉にサイラスも頷くが、エリシアは反対に焦り出す。


「そ、そんな! あんな体勢じゃ集中できないです」

「でも普段より多くの魔法力を解放できていたな」

「でも……」

「よし! じゃあこうしよう! エリシアちゃんも前の特訓を再開して、また成果が出なければ辛いだろうし、今日は前やったみたいにメイナードがくっつかずに対面で魔法を使う形で特訓する。明日また魔法を見せてもらって、今日より上達してなかったらさっきの方法に戻す。どうかな?」


 メイナードは頷くが、エリシアはまだ迷っているようだ。


「いつまでもその辺の子供より魔法が上手く使えないままかもしれないな」


 その時、ボソリ、と呟かれたメイナードの言葉にエリシアはキッとメイナードを睨みつける。


「やります、その方法でいいです!」


 エリシアのその言葉にメイナードが彼女が睨みつけるのも気にせずに、ニヤリと笑う。


(あ、わざと挑発されたんだ……)


 エリシアが乗せられたことに気がついても、もう後の祭りだった。


ここまでのご閲覧ありがとうございました。


更新まで間が空いてしまい、すみません。

ストックもたまってきましたので、また投稿を再開します。

新しく章を付けたのですが、1章完了くらいまではなるべく毎日投稿を目指しますので、

よろしくお願いいたします。

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