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魔法研究センターツアー

 本日は、エリシアが初めてメイナードの研究を手伝う日である。


 本来であれば、学校に向かうはずだった馬車に乗り、都の中心地に向かう。魔法研究センターに向かっているのだ。


 魔法研究センターは、食物の安定供給化に成功した王の時代に作られたもので、その時の研究にも使われた。今でもさまざまな研究がされていて、メイナードが所長になってからは、特に新発見が多いと言われている。

 メイナードが直接エリシアに説明した魔法虫の生態もそうだし、忘却草という野草の効能について発見し、薬を作り出したのもメイナードが所長になってからのことだ。


 魔法研究センターに向かう馬車の中には、御者、エリシアとメイドのアリア、そして護衛のグレッグがいる。

 メイナードが護衛が誰になったかを教えてくれた日の晩には、グレッグはウッドヴィル伯爵邸に到着していた。メイナードが早めに手配してくれたのはもちろん、グレッグ自身も急いで来てくれたようだった。

 燃え盛るような赤毛をオールバックにしているグレッグは、背が高く、体格もいいのだが、優しい顔立ちをしていた。深いグリーンの目は垂れ目で、よく笑うその表情から、エリシアは密かにこの年上の従兄のことを大型犬のようだと思っていた。


「エリシア、緊張してる?」

「うん……初めて行くところだし」


 エリシアと向かい合って座ったグレッグは、大きな手で彼女の頭を掴むと、ぐわんぐわんと左右に揺らす。


「ふふ、やめてよ。グレッグお兄様」

「少しは元気出たか?」

「うん、ありがとう。お兄様」


 揺らす手を止め、グレッグが笑うとエリシアも嬉しそうに微笑む。馬車の中が柔らかな空気に包まれたところで、馬車はガタンと音を立てて止まった。


 エリシアが窓から外を覗けば、小さな馬車の窓には収まり切らないほど大きな建物の壁が見える。


「すごい……」


 結局エリシアは再度緊張してしまうのだった。




 大きな門の前にいる警備の人に、アリアが名前を告げると、すんなりと門を通して貰え、少し待つようにと言われる。

 エリシアがグレッグと話しながら待っていると、大きな研究センターの中ならメイナードが歩いてきた。


「殿下、すみません。わざわざ」

「元々センター内の案内は俺がやろうと思っていたから良い」

「メイナード殿下、エリシアの護衛を務めます、グレッグ・リードです。護衛の許可を頂きありがとうございました」

「顔、というか髪を見た瞬間からリードのものだとは分かった。よろしく頼む」


 メイナードとグレッグの初対面の挨拶も済ませ、一行は建物に向かって歩き出す。門から建物までの距離もそこそこあって、そこには色とりどりの草花が咲いていた。


「これは……薬草や薬効効果のあるお花ですか?」


 メイナードに遅れまいと小走りでついて行っていたエリシアがメイナードに尋ねた。


「そうだ、よく分かったな。ここに植えてある種は、元々この辺に自生しており、温度の調節が必要ないものだ。景観づくりの一環として、外に出してある」

「その……庭師に『身近で見つける薬――野草採取の手引き――』という本を借りましたので」


 あまり年若い乙女が読みそうにないタイトルに、エリシアが顔を赤くして俯くと、メイナードも立ち止まり、左の口角だけを上げて笑う。


「エリシアの知識が偏っているのが理解できた気がする」

「あ、あの。殿下、名前……」


 不意に名前を呼ばれ、エリシアは困惑したようにメイナードのダークグレーの瞳を見つめて立ち止まった。メイナードは笑顔――はたから見たら悪人面だが――を崩さずに、エリシアの耳元に口を寄せる。


「俺たちは契約とはいえ、婚約者だからな。いつまでもレディと呼んでいたらおかしいだろう。エリシアも殿下と呼ぶのはやめろ」


 耳元にかかるメイナードの吐息と、名前で呼ばなくてはいけないという事実に、エリシアの顔がさらに赤くなる。


「メイナード様」

「今はそれで良い」


 メイナードはエリシアが名前を呼ぶのを確認すると、また歩き出してしまった。

 エリシアの後ろでアリアがお熱いことです、と呟いているのが聞こえ、エリシアは余計恥ずかしくなって、迷った末に前を歩くメイナードを追いかけた。




 魔法研究センターの内部は、清潔な白を基調にしていて、目に眩しい。

 白衣を着た研究者が忙しなく動き回っていて、たまにメイナードに何やら難しそうなことを尋ねては去って行った。

 メイナードは所々止まりながら、エリシアに説明をしてくれた。


「ここは、植物室だ。先ほど外に植えてあった種と違い、ここの気候では育たないものを植えている」


 植物室はウッドヴィル伯爵邸にある中庭と同じように、ガラス張りの部屋であった。中には果実のなった大きな木もあれば、鉢植えも並んでいる。

 メイナードがガラスの扉を開けて中に入るので、エリシアとその同行者たちはそれに続いた。


「温度調節用の魔道具がこちらの隅にあるので、この部屋の中でも温度差が生じている」


 メイナードが指差した先には、人工太陽と冷気を出す魔道具がある。

 これらの魔道具は馬車とは違い、術者を必要としない物だ。魔術者が魔力を込めた道具から、半自動的に魔法が出てくる仕組みで、ある程度の期間使用したら、使えなくなる。


「隣の部屋は温室になっている」


 メイナードの言う通り、隣の植物園には、こちらとは違い南国で見られるような植物が植わっている。エリシアが興味深く眺めていることに気が付いたのか、メイナードはおおまかに植物園に植わっている種類の紹介をしてくれた。


(メイナード様って、やっぱり優しいのかもしれない)


 エリシアはポーカーフェースの裏にあるメイナードの優しい心に触れられた気がして、魔法研究センター内の見学ツアーをより楽しむことができた。




「ここは俺の執務室で、エリシアに研究を手伝ってもらうのもこの部屋にしようと思っている」


 一通り魔法研究センター内を巡った後、ひと際立派な扉の前に到着すると、メイナードがそう言った。扉を開けると、中は上品な装飾がなされていて、大きな執務机とソファだけ置いてあった。そしてそのソファの上には、サイラスが座っている。


「ずいぶん遅かったね」

「大分ゆっくりと回ってきた」


 サイラスが愛想良く微笑むと、メイナードがポーカーフェースで答えた。サイラスがメイナードの態度に苦笑していると、エリシアの後ろに控えていたグレッグが丁寧に挨拶を始める。


 サイラスとグレッグが挨拶をしている間、エリシアは執務室の中を見渡した。日当たりの良い最上階に位置しているこの部屋は、見晴らしも良い。先ほど見てきた野草の花壇がはるか下に見下ろせた。

 それからなんといっても、天井の高さが特徴的だろう。執務室には似つかわしくない天井に、思わずエリシアが見上げていると、アリアが注意をする前に、メイナードが隣にやって来て説明を始めた。


「随分と天井が高いだろう、この部屋では執務の中で魔法を使うこともあるので、空間を広く取っている」

「そうなのですね。もしかして、私の研究がここでというのも……」


 メイナードが小さく頷く。


「俺が書類仕事をしている間でも、一緒の部屋なら魔法の練習を見てやれる。天井、床、壁には魔法が張り巡らされていて、魔法で破壊しようとしてもできないようになっているから、練習に使うにはいいだろう。試しに、制御なしに火の魔法を使うとどうなる?」

「制御なし、ですか……」


 イライジャに教わりながら初めて火の魔法を使った日のことを思い出し、エリシアが思わず俯くが、メイナードは構わず続ける。


「もし天井に届くほどの炎になっても、この部屋なら燃え広がらない」

「それなら、やってみます」


 エリシアは自分の手のひらを天井に向け、体中の魔力を手のひらに集めるように目を瞑る。目を瞑ると集中ができ、うまく魔法が使えるような気がしていた。

 以前よりずっと、体中を魔力が駆け巡る感覚が分かるようになっているのを実感しながら、エリシアは魔力を放出する。


「おお、これはなかなか」


 サイラスの言葉にエリシアが目を開けると、ぶわっとエリシアの手のひらから放出された炎が、天井にぶつかっていた。ぶつかって落ちてくるその火の粉は、熱くない。天井にかけられている魔法の効果だろう。

 不思議な光景にエリシアが感動を感じている横で、グレッグとアリアがエリシアの成長した姿に驚き、サイラスは何かを手にしていた紙にガリガリと書きつけ、当のメイナードといえば、面白そうにその炎を見ていた。


「リード、お前はこれだけの炎を出せるか?」


 問われたグレッグが慌てて視線をエリシアからメイナードに移す。


「はい、私には無理です。元々魔力のある家系でもないので、出せたとしてもこれだけ持続させるのは無理です」


 メイナードはその言葉を聞き、満足げに頷く。


「エリシア、明日からが楽しそうだな」


 エリシアはその面白そうに笑う地を這う声が怖くて、肩を震わせながら小さく頷いた。


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