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婚約のご挨拶

 エリシアがメイナードと婚約してから初めての週末、メイナードがウッドヴィル伯爵邸へと来ることになった。


 ウッドヴィル伯爵邸は、エリシアがメイナードと婚約して帰った日から、大騒ぎであった。

 やっと元気になって本邸に戻ってきたお嬢様が、学校を辞めてきたかと思うと、王子との婚約を決めていたのだ。大騒ぎになっても仕方ないだろう。




「初めてお目にかかります、メイナード・オールディスです」

「メイナードの補佐をしております。サイラス・セジウィックです」


 笑顔のメイナードとメイナード以上に愛想よく笑うサイラスに、ウッドヴィル伯爵とその妻、エマは慌てて応じる。


(殿下って作り笑いはできるんだ……)


 いつもの悪人面ではないメイナードの笑顔を見て、エリシアは大変失礼なことを考えた。


 ここはウッドヴィル伯爵邸の応接室で、今までで一番身分の高いお客様に、使用人はおろか当主まで緊張している。その様子を見て、エリシアは改めて自分は王子と婚約したのだと実感する。

 メイナードは律儀な性格らしく、王族でありながら、伯爵である婚約者の両親に対して丁寧なふるまいを崩そうとはしなかった。


「いろいろとお話ししたいこともありますが、まずはエリシアさんの護衛の話を。エリシアさんが婚約者となることで、不埒なものが出てこないとも限りませんから、護衛をつけようと思っています。基本的にはずっと彼女のそばにつきますから、国で雇っている騎士でも良かったのですが、気の置けない人物をと思い、エリシアさんに誰か心当たりがないか聞いたのです。もちろん、それ相応の魔法の腕前は問われますが」


 メイナードの言う通り、エリシアは契約婚約について話があったその日に、護衛について聞かれた。

 それ相応の腕があって、エリシアにとって気心の知れた人物。エリシアは少し考えた後、兄であるアーネストの名前と、彼女の従兄であるグレッグ・リードの名を出した。

 グレッグはリード辺境伯の子息で、ゆくゆくは父の跡を継いで、リード辺境伯を名乗る予定である。リード家は代々、燃えるような赤毛が特徴的な一族で、魔法の技術力よりも剣の腕前を重要視していることを示すために、昔から髪を短く切り揃えている、長髪ではない一部の例外の貴族だ。魔法を剣に纏わせ戦う方法はリード家が発祥だと言われており、国境の地を任されているのもその能力を買われてのことだ。むろんその腕前は、グレッグも例外ではない。

 それだけではなく、エリシアが15歳まで過ごしたリード辺境伯領の別荘に、グレッグは暇さえあれば訪れ、遊んでくれたため、実の兄のようにエリシアは慕っているのだ。


「エリシアさんは、兄であるアーネスト殿と従兄であるグレッグ・リード殿の名前を出しました。お2人ともエーデンガルムの出身だということで、一応ルールですので学校に問い合わせ、成績等は確認させてもらいました。リード辺境伯にも確信したところ、いくら婚約期間だけだとしても、流石に2人ともは出せないとのことで、話をしまして、グレッグ殿を護衛としてつける許可はもらいました」


 エリシア自身、自分の護衛を引き受けてもらえるのか、もしかしたら全く知らない王宮の騎士になるのではないかと思っていたため、安堵のため息をつく。

 そして、この話は帰り際までに確認できれば良いと思っていたため、1番最初にこの話を話してくれたメイナードに気持ちが温まった。


 その後もエリシアが手伝う研究の話や、王族の出席する行事にはエリシアは出席するのかなど、メイナードとサイラスがウッドヴィル伯爵夫妻に丁寧に説明をすると、ウッドヴィル伯爵が漸く安心したように微笑んだ。


「どうかしましたか?」

「いえ、あまりにも急なことの上、娘はご存知の通りろくに魔法が使えませんから。何かの間違いではないかとずっと思っていたのです。でもこうして、殿下が直々に説明してくださって、漸く実感が湧いて」


 話しながら目頭を押さえる父の姿に、エリシアは胸を痛めた。本当は契約婚約で、婚約破棄をされるまでがセットになっているなど、とても言えそうになかった。


「急な話で申し訳なかったです。エリシアさんにひとめぼれしてしまい、私の年齢も年齢ですから、話を急いでしまいました」


 俯くエリシアの横で、堂々とメイナードはそう言ったので、エリシアは驚いた。そして、メイナードの言っていることが嘘だと分かっているのに、恋愛小説好きな彼女の胸は高鳴ってしまうのだった。



「失礼します、エリシアの兄のイライジャと申します」


 エリシアが胸のときめきをどうしようかと考えていると、扉がノックされ、2人目の兄、イライジャが応接室に入ってきた。


「メイナード殿下にご挨拶をさせて頂きたく、参りました」


 丁寧に頭を下げていたイライジャが顔を上げ、サイラスの顔が目に入ると、途端に嫌そうな顔をした。いつも人に優しい兄の豹変にエリシアが驚く。


「なぜここにセジウィックが」

「メイナードの補佐をしております。サイラス・セジウィックです」


 そんなイライジャにサイラスは、ウッドヴィル伯爵夫妻にしたのと同じ挨拶をした。挨拶を聞いたイライジャの顔がさらに不機嫌になる。


「そうか、首席様はお仕事も立派なのだな」

「ちょっと、イライジャ。そもそも僕が首席になれたのだって」

「お前とは話したくない。それでは殿下、失礼いたします」


 何事か言い訳をしようとしたサイラスを遮って、イライジャはぴしゃりと言い放ち、メイナードに挨拶をしてから踵を返す。メイナードに顔を見せに来ただけではないようなのに、これ以上サイラスと一緒の空間にいるのも嫌なようだ。

 その様子をエリシアは黙って見ていることしかできなかった。




 気まずい雰囲気が流れる中、ウッドヴィル伯爵がその空気を換えるために、エリシアにメイナードを中庭に案内するように命じた。サイラスにはまだ婚約のことで聞きたいことがあるとは言っていたが、イライジャのことについて謝るつもりだろう。あまり空気が読めないエリシアでもそれは察せられたので、大人しくメイナードを連れて中庭へと向かう。

 中庭が見える廊下まで来ると、メイナードは少し中庭に驚いたらしく、興味深げにそれを眺めだした。エリシアは立ち止まってしまったメイナードを促し、ガラスの扉を開けて、彼を中庭へと招いた。


「我が家は土の魔法が得意なので、こうして中庭を整備しているそうです」

「土の魔法……君がやったのは火の魔法ではなかったか?」

「覚えていらっしゃったんですか?」


 エリシアは、メイナードは自分の魔力にしか興味がないと思っていたので、意外そうにそう聞き返す。


「覚えている。稚拙だったが、魔力があふれるいい炎だった」

「あ、ありがとうございます。火の魔法は母方の一族が得意とする魔法です」

「そうか、リード辺境伯の姪であったな」


 そう言ってメイナードはエリシアの顔をじっと見つめる。エリシアはメイナードの視線がくすぐったく、俯きそうになったが、メイナードの声にそれを止められる。


「それにしては、綺麗な白だが」

「祖母がこの色だったと」


 するり、自然な手つきでメイナードはエリシアのふわふわとした柔らかなプラチナブロンドを持ちあげる。メイナードの手の中でエリシアの髪は、上から降り注ぐ日の光を浴びて、キラキラと輝く。

 エリシアが不安そうにメイナードを見上げていると、メイナードはそのままエリシアの髪に口づけを落とした。

 今起きたことが理解できず、エリシアは赤い顔で呆然と立ち尽くす。


(こ、こんなの恋愛小説にはなかったわ。だってメイナード王子と私は契約の婚約者なのに)


 混乱のあまり何も言えないでいるエリシアが面白いのか、メイナードは左の口角を上げて笑い出す。その恐ろしい笑い声を聞いて、漸くエリシアは我に返った。


「君は本当に面白いな。恋愛がしたいと言っていたのに、まるで免疫がない」


 メイナードはエリシアの返事を求めてはいなかったらしく、そう呟くと、スタスタと入ってきたガラスの扉へと向かってしまう。


「メ、メイナード様!」

「また来週から、よろしく頼む」


 そう言い残すと、ガラス扉の外に待機させていた護衛を伴って、出て行ってしまった。

 エリシアは1人その場に残されて、ガラス越しだったので先ほどのやりとりも護衛に見られていたことに気が付いて、さらにその白い肌を赤くしたのだった。


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