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プロポーズ

「よく来てくれたね、僕はサイラス・セジウィック。メイナードの幼馴染で、国立魔法研究センターの副長官をやっています」


 エリシアが応接室に入るなり、メイナードの従者、サイラスが立ち上がり、ニコニコと話しかけてきた。貴族でありながら、ニコニコと笑みをたたえたその表情は、優しい人と思わせるのと同時に、少し軽薄な印象を与える。

 応接室は結構広く、部屋の真ん中には一組のソファーとテーブルがあった。ソファーはなかなか上等なもので、エリシアは、今日のように王族や貴族を迎えることが想定されているように感じた。


「はい、エリシア・ウッドヴィルです。先生から応接室に来るように言われ、参りました」

「どうぞ、ここへ」


 エリシアが名乗ると、サイラスはソファーのメイナードの前にあたる席に座るよう促す。エリシアは大人しくサイラスの指示に従った。

 先ほどの広い広間である程度の距離を挟んで向かい合っていた時と違い、今は小さめのテーブルを挟んで向かい合っている。エリシアは緊張のあまり、メイナードの顔が見られず、俯いた。


「エリシアちゃん、まずはなんでここに呼ばれたか説明するね。まずは僕たちの仕事なんだけど、魔法に関することを全般的に調べていて、毎年エーデンガルム魔法学校には協力を要請しています。具体的には、こうやって新入生の中から優秀な人材を見つけさせて貰ってる。年によって、魔法研究センターにスカウトすることや、騎士としてスカウトすること、単純に実験に付き合ってもらうだけのこともある。メイナードのお眼鏡にかなう人材がいない年もあったかな?」


 サイラスはエリシアの緊張をとくためか、砕けた話し方で説明をする。ここまでは、エリシアもローレルから聞いていたことだったので、素直に分かったと頷いた。


「因みに、今日使ったあの水槽の中身、なんだか分かる?」


 不意にサイラスに質問をされ、エリシアは動揺した。エリシアは、あの青い光はどこかで見た覚えがあった。


(でも、直接見たわけではなくて、確か絵で……)


「あ! 魔法虫の光です!」

「お、正解。正確には、魔法虫の体液なんだけど、あ……これ言ったら女生徒が協力してくれないかもしれないから内緒で」


 エリシアがパッと顔を上げて言うと、サイラスが意外そうな顔をしていて、その横でメイナードがあの悪人面で笑っていた。メイナードと目が合うと、エリシアは急に恥ずかしくなって、また俯いてしまう。


「えっと、魔法虫は魔法に反応して青く光ると、『生物図鑑』で読んだものですから」

「それは正式には違う。まあ、最近分かったことだが、魔法虫は魔法ではなく、その生き物の持っている魔法力に反応して光る」


 急に割って入ったのは先ほどまで黙ってエリシアを観察していたメイナードで、サイラスが驚いたような顔で、その横顔を見つめている。


「説明は僕に任せるって……」

「いい、面白くなってきた」


 エリシアに聞こえないくらい小さな声でぼやくサイラスに、メイナードがそう言って左の口角を上げて笑う。


「つまりは、その人がどれだけ魔力を持っているかを調べていた。今まで魔力といえば、イコールその人の魔法技術だった。実際、昔から訓練をしている貴族は自分の持っている魔法力をほぼそのまま魔法として使いこなせている。例えば、グリーン公爵令嬢を覚えているか?」


 メイナードの言葉にエリシアが頷く。グリーン公爵令嬢とは、スカーレットのことである。彼女の魔法は見事であったし、先ほど話したばかりだったから、エリシアの記憶に新しかった。


「彼女はあの年で、自分の持つ魔法力のおよそ80パーセントを使いこなしている」


 その言葉にエリシアは思わず口に手を当てた。

 エリシアはろくに魔法教育を受けてこなかったので、それがどれだけ大変なことなのか、正確には分からなかったが、それでもスカーレットが想像できないほどの努力を重ねてきたことは分かった。そんな彼女がろくに魔法も使えていない自分に苛立つのも当然だ、ということも。

 スカーレットへの申し訳なさで俯くエリシアを他所に、メイナードは話し続ける。


「ただ君はグリーン公爵令嬢の10倍は魔法力を持っている。あの魔法虫の光が何よりの証拠だ」


 エリシアはその言葉に思わず顔を上げるが、


「10パーセントも使いこなせていないが」


 続く言葉にがくりと項垂れた。

 そんなエリシアをよそに、メイナードは立ち上がると、彼女の手を取り、無理やり立たせた。


「あの、」

「とはいえ、にわかには信じがたいだろうから証拠を見せてやる。俺は人の魔力を使って、魔法を使うことができる」


 いきなり手を取られ、顔を赤くするエリシアを気にすることなく、メイナードは説明を続ける。

メイナードはエリシアの手のひらを上に向けると、彼女の手を下から包んだまま、グッと握った。その瞬間、エリシアの体の中を何かが駆け抜ける感覚があった。そしてそれは、そのままエリシアの手のひらに集まり、スカーレットが作りだしたものより大きい炎と、それを取り巻く沢山の水流を作りだした。

 水流は流れの速さが違ったり、渦を巻いていたりとバリエーションもある。エリシアが驚きのあまり何も言えないでいると、メイナードはポーカーフェースのまま続けた。


「魔法力が高く、緻密なコントロールができれば、グリーン公爵令嬢がやった魔法もできる。俺が人の魔力を使う場合、その人の魔力の30パーセント程度しか使えないから、これで君の実力の半分以下だ」

「それで、ちょうど今の僕らの研究に君が最適かなと思って」


 このままメイナードに任せていてはいつまでたっても本題にいけないと思ったのか、サイラスが話を引き継ぐ。

 メイナードはサイラスが話し始めると、エリシアの手を放して、また元の場所に座ってしまったので、エリシアもソファーに戻る。


「魔法教育による魔法の上達について、研究しているんだ」


 確かにサイラスの言う通り、その研究にはエリシアが適任のようだ。単純に魔法力を買われたわけではないと知って、少しショックも受けたが、自分の経歴が丸ごと役に立ったような気がして、エリシアは少し安堵した。


「ウッドヴィル家の子で、筆記試験の点数が満点だけど、実技が最低点って聞いてもしかしてとは思っていたけど、想像以上の逸材だったよ」


 サイラスの言葉に、エリシアは自分が魔法を披露した番での2人の行動に納得がいった。試験のことについて、サイラスはメイナードに耳打ちしたのだ。

 それから自分がエーデンガルム魔法学校に入学できた理由も分かった気がした。


「兄たちが良い成績だったからでしょうか? でも、私は幼い時は体が弱かったので、そんなことはないと思っていたのですが」

「そうそう、それも聞いたよ。多分、エリシアちゃんは魔力が強すぎたんじゃないかな?」

「魔力が?」

「そう、まれに体に見合わないほど魔力が強いと、不調として現れるんだ。強すぎる魔力は体にも毒だからね。大体は体が大きくなると、自然に収まるけど」


 サイラスの説明は、エリシアの状態にも一致した。エリシアは身長がよく伸びた10歳を境に、体調が良くなったのだ。


「そうだったんですね。でも魔力がそういうものなことも、強すぎる魔力が体に悪いことも初めて知りました。魔法の本はいろいろと読んだんですけれど」

「それはしょうがないかな。ここ数年で見つかったことだからね。よほど新しい本か論文でも読まないと」


 なるほど、とエリシアが頷くと、地の底を這うような恐ろしい声が聞こえた。

 恐る恐るエリシアが声のする方を見れば、あの悪人面でメイナードが笑っている。


(こんな笑い方するなんて、メイナード王子を怒らせたのかしら)


 エリシアがオロオロと青い顔をする斜め前で、サイラスが呆れた顔で頭を抑える。


「メイナード、君その笑い方、」

「レディウッドヴィル、君は面白いな。妙なことを知っている」


 メイナードは笑うのをやめ、グッとエリシアの方に身を乗り出しながら話し出す。

 近づいた顔にエリシアはカッと顔が赤くなるのを感じた。鉄仮面と変な笑い方ですっかり忘れていたが、メイナードは美形なのだ。エリシアは、ただでさえ若い男性に免疫がないのである。


「それは……体が弱かったころにいろいろな本を読んだので」

「魔法分野についていえば、エーデンガルム卒業レベルの知識が身についているかもしれない。魔法虫の生態は教師でも知らない者はいるだろう」

「魔法虫については、たまたまですし」


 褒められて満更でもないエリシアが、顔を赤くしながら言えば、メイナードは話し続ける。


「しかし、魔法技術の方は全然ダメだな。従来の通り、放課後だけ研究に付き合って貰いながら訓練していては、その魔法力を人並みに使えるようになるまででも何年もかかるだろう」

「これから学校で学ぶので、その過程で身につきませんか?」

「そうは思わないな。エーデンガルムは、実技と座学は同じくらいの時間を取るんだ。実技ばかりをするわけではない。それに既に基礎ができているもの向けの授業だ」

「そうですか……」


 エーデンガルム魔法学校に入学さえすれば、自分の拙い魔法技術も何とかなると信じていたエリシアは、思わず俯いた。しかし、すぐに良い方法を思いつき、顔を勢いよく上げると、メイナードのダークグレーの瞳を見つめた。


「魔法研究に協力するためなら、課外授業のような扱いになって、毎日は無理でも多少は休めるんじゃないんですか!」

「エリシアちゃんは、エーデンガルム魔法学校は、王族であっても贔屓しないって聞いたことないかな? これもそれに当てはまるから、毎年研究を手伝ってもらう場合は放課後や学校が休みの日だよ」


 メイナードの横で話の展開を見守っていたサイラスが話に加わった。確かにエリシアも聞いたことがあった。過去に王族で受験をして落ちてしまい、通うことができなかった人もいた、という逸話もある。


「このままでは、恋愛はおろか結婚もできないかもしれないわ」


 エリシアがポツリと漏らす。

 エーデンガルム魔法学校に通いたかったのは、尊敬する3人の兄の母校で、学校生活を送りたかったのもあるが、そもそも魔法技術を身に着け、結婚をする、という目的があったからだ。エリシアは幼い頃から、人から借りて様々な本を読んできたが、1番好きなジャンルは恋愛小説だったのだ。

 都から家族が会いに来る時に、都の若い令嬢たちの間で流行だという沢山の恋愛小説を持ってきて貰うことをとても楽しみにしていた。その本の中に出てきた素敵な恋愛は、彼女にとって憧れだった。貴族の娘だから、恋愛結婚は難しくても、結婚相手と恋愛をすることはできる。だから、いつか自分もそんな恋愛がしたいと思っていたのだ。


「そうか、君は結婚はしたいのか。それならこれはどうだ? 君は学校を辞め、俺たちの研究に付き合う。もちろん、魔法技術は上達し、縁談も舞い込むだろう。でも、エーデンガルムを辞めれば一方で変な噂が立つだろうな。結婚は自ずと遠のく。でも俺と婚約したらどうだろうか? 俺が一方的な理由で婚約破棄をすれば、君の経歴には傷がつかないし、むしろ王子に一時は寵愛されたご令嬢として箔がつくかもしれない。つまりは契約婚約とでも言うかな」


 唐突な言葉にエリシアが顔を上げる。あまりに急で、おかしな話だが、筋は通っている。ただ家で家庭教師をつけて勉強をするよりも、メイナードの研究に付き合えば、魔法技術は向上するだろうし、彼の言う通り、メイナードが一方的な理由で婚約破棄をすれば、エリシアの経歴には傷がつかないようにも思う。

 そこではた、と気が付いたエリシアは首を傾げた。


「あの、殿下は得をされないのでは?」


 いくら結婚をする気がないメイナードとはいえ、一方的に伯爵家のご令嬢を棄てるなどしたら、悪い噂が経つだろうし、悪影響がありそうだ。

 メイナードの悪人面を思い出して、エリシアは何か企んでいるのではないかと思い、恐る恐る聞く。


「最近周りがせめて婚約者を置くように煩くてな、ちょうどいい者を探していたんだ。それにもちろん、このまま研究を断られては困る」


 返ってきた答えはとてもシンプルだった。

 平凡な学校生活か、未来に待っているはずの幸せな結婚か。エリシアにとって、その答えは迷うまでもないものだった。


(ごめんなさい、ローレル、スカーレットさん)


「……分かりました、私、学校を辞めて、魔法研究のお手伝いをします」


 エリシアの言葉に、目の前にあったメイナードのポーカーフェースがまた悪人面に変わる。

 その顔を見ながらエリシアは、案外この鉄仮面王子は、感情をうまく顔に出せないだけではないかと思った。


「レディウッドヴィル、結婚してくれますか?」


 エリシアの手を持ちあげ、口づけを落としながらメイナードは言う。エリシアは形式的なものだと分かっているのに、自分の顔が赤く染まるの感じ、小さく頷いた。

 その瞬間、エリシアのようやく始まった平凡な日々は音を立てて崩れてしまったのだった。





ようやく冒頭の場面を描写できました。

少しずつ2人の距離が近づいていくので、この後の展開も楽しんで頂けたら嬉しいです。

ご閲覧、ブックマークありがとうございました。

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