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エーデンガルム魔法学校

 結局、エーデンガルム魔法学校入学までに、エリシアがまともに使えるようになったのは、火の魔法だけだった。

 なんとか火柱にはならない程度にコントロールはできるようになったが、それでもエーデンガルム魔法学校に入学できたとは思えないレベルのままである。


 心配そうな顔をして勢揃いで見送ってくれた家族と使用人たちの顔を思い出して、エリシアはエーデンガルム魔法学校に向かう馬車の中でため息をついた。


「エリシア様、大丈夫ですか?」


 そう言ってエリシアの顔を覗き込んだのは、ウッドヴィル伯爵家のメイドでアリアという名だ。彼女はエリシアが幼少の頃から仕えていて、別荘地からエリシアと一緒に都の本邸へと来たメイドだ。

 エリシアも緊張するだろうからと、送り迎えの馬車に付き添うのは昔馴染みのアリアになったのだ。


「結局あまり魔法は使えるようにならなかったし、不安なの」

「大丈夫ですよ、エリシア様は合格されたんですから。堂々となさってくださいな。それに、念願の学校生活ですよ」


 アリアがそう言いながら微笑むと、エリシアは漸く笑顔を見せた。


「そうよね、ずっと楽しみだったんだもの」

「そうですよ、きっとお友達もできますから」

「うん、アリアにもきっと紹介するわ」

 

 エリシアの言葉に思わずアリアが目頭を押さえた時、馬車がガタンと揺れて止まった。エリシアが外を覗けば、周りにはたくさんの馬車が同じように止まっている。

 エーデンガルム魔法学校に着いたのだ。


「エリシア様、どうぞ」


 先に馬車から降りたアリアが馬車の扉を開け、エリシアを待つ。

 エリシアが馬車から降りると、そこはどうやら貴族の子供達が馬車を乗り降りする広場のようで、あちらこちらに馬車が止まっては、制服を着た人たちが降りてくる。

 そして、皆が歩いていくその先には、大きな建物があった。これがエーデンガルム魔法学校である。

 エリシアは体が弱かったせいで社交界にも行っていないので、同年代の人がこんなにいるのを見るのも初めてであった。いよいよ学校生活が始まるのだとワクワクする。


「エリシア様、いってらっしゃいませ」


 アリアが深々とお辞儀をし、馬車に乗り込んでしまうと、エリシアは少し寂しさを感じ始めた。不安そうに見つめるエリシアの前で、馬車は真っ直ぐに宙に浮かぶと、そのままウッドヴィル伯爵邸の方へと飛んで行ってしまった。

 ハウルランド王国における馬車とは、この四角い空を飛ぶ乗り物のことを指す。昔は馬やペガサスに車を引かせていたので、その名残で今も馬車と呼ばれるのだ。

 風魔法を封じ込めた魔道具が埋め込まれていて、少しの魔法力でも動かすことができる。今や貴族だけでなく、庶民の間でも大型のものが乗り合い馬車として利用されているものだ。


 エリシアが辺りを見渡せば、エリシアと同じように真新しい制服に身を包んだ生徒たちが、同じようにキョロキョロと不安げに辺りを見渡している。

 不安なのは自分だけではないと分かって、エリシアは少し落ち着き、歩き出した。

 ふと、たくさんの生徒たちの中で、豊かな黒髪を持つ女生徒がエリシアの目に入った。

 その女生徒は、綺麗な黒髪を背中に流していて、前を見据えて歩く姿が美しい。切れ長の釣り目と薄い唇の整った顔立ちで、可愛らしい顔立ちのエリシアとは対照的である。

 その凜とした姿は新入生のようには見えなかったが、今日は入学式しかないため、在校生は登校しないはずである。その証拠に彼女の胸には新入生の色のリボンが付いている。


(すごい……堂々としていて、綺麗)

 

 エリシアが呆気にとられている間に、その女生徒は校門をくぐって校舎の方へと行ってしまった。エリシアもハッと、我に返り、急いで校門をくぐった。




 入学式を終え、教室に向かう生徒の波に乗りながら、エリシアはワクワクが抑えきれなかった。周りを歩く生徒たちは退屈そうに欠伸を噛み殺していたが、エリシアには来賓の挨拶さえ新鮮で楽しかった。

 エリシアは今まで、年に一度のお祭りである魔法術大会をはじめとしたそのような畏まった場所に行ったこともなかったので、大人の退屈な話を聞いたのも初めてだったのだ。


 これからどんな楽しいことが待っているのだろう、そう考えながら教室に入ったエリシアの目に、朝見かけた綺麗な女生徒の姿が飛び込んできた。

 話しかけるかどうか迷うエリシアの脳裏に、昔読んだ女の子向けの青春小説の一場面が浮かんだ。だいたいどの小説でも、こういう場合、話しかけても冷たくはされないのだ。

 小説はあくまで創作なのだが、友達の多くないエリシアは、小説を参考にしてしまうことが多かった。


「あの、私、エリシア・ウッドヴィルと申します」

「深窓の、令嬢……」

「何か仰いました?」


 エリシアが丁寧に自己紹介をすると、女生徒は少し驚いたような顔をした後、エリシアには聞こえないくらい小さな声で呟いた。


「あ、えっと、なんでもございません。私はローレル・スウィニーと申しますわ」

「ローレル様と仰るんですね」

「ローレルでよろしくてよ。それにそんなかしこまらないでくださいまし」

「でも……」

 

 迷うエリシアにローレルは優しく微笑みかける。釣り目のどちらかというとキツく見られるような顔立ちの彼女が、優しく微笑むとそのギャップで、エリシアは胸がドキドキとときめくのを感じた。


「私たち、同じ伯爵家の娘ですもの。気にしなくていいんですのよ。私はエリシアとお呼びするわね」

「分かりました。それでは、ローレルと」


 エリシアが安心したように微笑むと、ローレルも嬉しそうに笑った。


「私、ローレルが朝、堂々と全然緊張せずに歩いているのを見て凄いと思ったんです。それでずっと話しかけたくて」

「あら、違うのよ。私あれでも緊張してたの。可愛げがないのよ」


 エリシアが今朝見たことを伝えると、ローレルは少し悲しそうに言う。


「そんな、ローレルは可愛いわ」


 眦を下げたその顔が少し可愛らしく、エリシアは慌てて言った。

 ローレルが驚いたように目を丸くする。


「本当? そんなこと言われたのは初めてよ」

「それはきっとローレルが綺麗だからです。みんなそれで緊張して言えないんだわ」

「ありがとう、エリシア。嬉しいわ」


 そう言ってローレルがエリシアの手をキュッと握りしめる。

 エリシアの言う通り、ローレルがあまり普段可愛いと言われないのは、その美しさが理由だ。ローレルはそれだけ、気軽に可愛いと言えないような、気高い美しさがあるのだ。

 こうして話している今も、周りは遠巻きに2人を見ている。社交界でも見たことがない肌と髪の白さがまばゆい、可愛らしいエリシアと、対照的な黒髪が美しいローレルが仲睦まじく話している様は、そう簡単に割って入れるような雰囲気ではない。

 教室内の視線を2人は独占していた。




 エリシアは、屋敷に帰るなり、揃って出迎えていた家族に、エーデンガルム魔法学校の素晴らしさと、新しい友人ローレルの話をし始めた。

 エーデンガルム魔法学校をよく知る3人の兄はその姿に苦笑する。


「エリシア、学校のことはよく知っているよ」


 わざわざエリシアの入学に合わせ、郊外のリード辺境伯領から帰ってきていたアーネストがそう言うと、エリオットが笑った。


「お前も同じことしてたよ、なあ、イライジャ」 

「そうだね、もう忘れたかな? アーネスト」

「そんな昔のこと、早く忘れてよ」


 2人の兄に子供扱いをされたアーネストが慌てた顔で言う。

 リード辺境伯は、アーネストから見て母方の叔父にあたる。リード辺境伯領では、野生動物による獣害や、山賊などが出て、国から派遣された自治兵隊では間に合わないので、独自の兵を持っている。

 エリシアがリード辺境伯領にある別荘で療養していた縁もあり、アーネストはリード辺境伯独自の自治組織で働いていた。


 その後もローレルの話や、それぞれの近況の話をしながら、ウッドヴィル家は大変盛り上がった。

 エリシアも学校生活に思いを馳せ、楽しそうにしている。明日、早くも学校生活に終止符を打つようなことが起きるとは思いもせずに。


ご閲覧、ブックマークありがとうございます。

前置きが長くてすみません、次回鉄仮面王子の登場です。

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