2人の兄と魔法の特訓
「エリシア、エリシア、どこだ?」
エリオットが可愛い妹の名を呼びながら、広い屋敷の中を歩き回る。ふと足を止めた先には、広い中庭がある。
この中庭は、ウッドヴィル伯爵家自慢の中庭である。屋敷のちょうど真ん中に位置するよう作られていて、四方を大きなガラスで囲んだものだ。回廊からはどこからでも中庭が見えるよう設計されていて、見る位置によって、印象が変わるよう植物が配置されている。
ウッドヴィルの家系は、「土」の魔法に強い家系である。魔法の属性は他に、火、風、水がある。土の魔法は中でも地味に見られがちだが、植物を育て、魔力の強い者では地形をも変える力を持つという。
ウッドヴィル伯爵家では、自身の魔力の源を土から来るものとしていて、それを象徴するために中庭や庭が立派である。ほかの貴族の家でも、魔力の由来となるものを飾ることはよくあることであった。
その中庭で、エリシアが地面に手を伸ばし、自身の魔力を土に込めていた。
ウッドヴィル家では、幼い時に皆がやる土魔法の修行法の1つで、魔力を込めた土を思い描く形に変化させることで、魔力の出し方と操り方を学ぶものだ。
「エリシア、ここにいたか」
エリオットはそう言いながら、中庭へと入る。
エリシアはつい一週間ほど前、エーデンガルム魔法学校の受検を終えた。受検は終わったというのに、彼女はそれからもこうして魔法の勉強を欠かすことなくやり続けている。
「エリオットお兄様! なかなかうまくできないの」
悲しそうに眉尻を下げる彼女の言う通り、エリシアの前にある土の塊はいびつで、何の形を作ろうとしているか分からないものである。自身の魔力量を見極め、適切な量の魔力を土に加え、そして思い描く形にする、単純なようで魔法を使う上で大切なことが詰まっている特訓だ。
「それじゃあ、見てなさい」
そう言ってエリオットは、エリシアの横に座り、彼女と同じように地面に向かって手を伸ばし、目を瞑る。頭の中では、土の組成とこれから作る形を思い浮かべ、体の内から魔力を引き出す。
すると、目の前の土はみるみる合間に固まり、盛り上がって形を作っていく。エリシアが小さく息を呑むと、エリオットは自慢げな顔をして、出来上がった土の塊を拾い上げ、エリシアに渡した。
「これ……」
「そう、エリシアを作ってみたんだ」
およそ15cmほどのその塊は、エリシアの形である。細部までよくできた土のエリシアは、満面の笑みで華やかなドレスに身を包んでいる。
エリシアは兄の顔をじっと見つめる。エリオットは、束ねた髪を無造作に後ろに流し、体つきもどちらかといえばがっしりとしているため、このような繊細な作業に向いていないように見えたが、流石最高峰の学園を首席で卒業できた男である。
キラキラと尊敬のまなざしで見つめられ、エリオットもまんざらでもない。
「お兄様、どうやったのですか?」
「ん? こう、臍の下あたりに魔力の源があるとして、それがグググッて持ち上げるだろ。それを手からバーンってしながら、頭の中で想像して形にするんだよ」
キラキラとしていたエリシアの瞳がどんどん曇っていく。
エリシアは、ずっと別荘地に暮らしていたため、兄たちとは夏休みなどの長期休暇でしか会えていなかったので、エリオットがこんなにも説明が下手だとは思わなかった。
エリシアの小さな口からため息が漏れると、エリオットが焦りだす。
「エリシア、ごめん。分からないか?」
「あ、えっと」
エリシアが何と兄にフォローを入れようか考えていると、中庭へと続くガラスの扉を開け、執事のゴードンがやってきた。最近はよくゴードンに、仕事をさぼってエリシアのもとへ来ることについての小言を言われることが多いエリオットは、バツが悪そうな顔をしている。
しかしゴードンは、まっすぐにエリシアのもとへやってくると、上着の内側から白い封筒を取り出す。
「エリシア様にエーデンガルム魔法学校からです。早めにお渡しした方が良いかとお探ししました」
ゴードンが差し出したのは、恐らく合否の通知だろうと、エリオットはすぐに気が付いたのだが、エリシアはピンと来ていないらしい。首を傾げながら、封を切る。
本人よりも緊張した顔でエリオットは、エリシアの顔を見つめる。不思議そうにしていた妹の顔が一瞬驚きに変わり、すぐに満面の笑みへと変化した。
「お兄様、私、受かりました!」
エリシアが差し出す手紙には確かに「合格」の二文字がある。
嬉しそうに喜ぶエリシアとは対照的に、エリオットは喜びよりも先に、疑問が浮かんだ。
(おかしいな、こんな初歩の初歩もできないのに、合格なんて)
しかし、嬉しそうにゴードンの手を握り、ピョンピョンと跳ねる妹に、何かの間違いではないかなど言えるはずもない。
それよりも、入学までの間で何とか基礎くらいはできるようにしなくてはいけない、という想いがエリオットの中に沸き上がった。
まさかのエリシアのエーデンガルム魔法学校合格の翌日、中庭にはエリシアと彼女の2番目の兄、イライジャの姿があった。
エリシアよりは暗い金髪の髪を三つ編みにまとめ、後ろにだらりと下げている。困ったように下げた眉がデフォルトで、エリシアと違ってグリーンの瞳が印象的な男性である。イライジャは、都で学者をしていて、結婚をした後はウッドヴィル伯爵邸を出て、ほど近くに妻と一緒に暮らしている。
エリシアが合格したことが分かると、エリオットはすぐに教師役をクビになり、代わりにイライジャが呼ばれた。元々兄妹の中で一番イライジャが教えるのが上手いのだが、仕事も家庭もあることから、エリオットがエリシアに魔法を教えていた。しかし、国内最高峰のエーデンガルム魔法学校に合格した今、そんなことは言っていられなくなったのだ。
イライジャはエリシアが入学するまで、毎日仕事終わりに、エリシアに魔法を教えることとなった。
「エリシア。魔力は体中に散らばっているのは知っているね?」
「はい!」
「その魔力が体の中を巡って、手のひらに集まるイメージをしてごらん。まずはそこまででいいよ。手が温かくなった?」
イライジャの説明は分かりやすく、工程を区切りながら行うため、エリシアにもとっつきやすい。じんわりと手のひらが温まるのが分かって、彼女は嬉しそうに顔を輝かせた。
「できたみたいだね、次はそれを土に注いでみて。まだ形はイメージしなくていい。土に水をかけるみたいに、自分の魔力を注ぐんだ」
「あ、土が動いている!」
ぐねぐねと自分の手の中でうごめく土を見て、エリシアは歓声を上げた。土魔法の特訓を始めておよそ一ヶ月ほど、土がこんなに動くのを見るのは初めてだった。
「そのまま形をイメージして、作る。まずは記号がいいよ、球とか」
エリシアの横で同じように土を握っていたイライジャが綺麗な球を作りだす。エリシアもそれを見ながら、土を握りしめる。
「エリシア、力は抜いて」
「うん……」
「うん、形が変わってきた……ほら!」
エリシアの手の中にあった土は、少しいびつだが、球の形へと変わっていた。
初めての土魔法の成功にエリシアは土を放り出し、イライジャに抱き着く。
「ちょっと、エリシア!」
「イライジャお兄様すごいわ! 私できたわ!」
イライジャの服にも、自分の服にも土がつくのをお構いなしに喜ぶエリシアに、イライジャが優しく声をかける。
「エリシア、よくできたね。でもちょっと離れてごらん」
エリシアが少し離れると、イライジャの手のひらについていた土がさらさらと砂に代わり、地面に落ちる。イライジャがそのまま土が落ちた手を、エリシアの土汚れの付いた部分に当てると、同じように土はさらさらとした砂に代わり、エリシアの服から落ちた。
「今のは?」
「エリシアは土魔法は土の成分を変えることができるのは知っているね?」
「うん、知ってます」
「今やったのはその応用で、土から水分を取って、落としたんだ。魔法はこうやって応用して使うんだよ」
綺麗になった手で優しく頭を撫でる兄を見上げ、エリシアは目を瞑り、気持ちよさそうな顔をする。そんな妹を見て、イライジャも嬉しそうに目を細めた。
「兄さんが知ったら妬きそうだね。そういえば、エリシアはもしかしたら土魔法より火の魔法に適性があるんじゃないかな?」
「火の?」
不意にイライジャが撫でる手を止めて言えば、エリシアは首を傾げた。
エリオットから、ウッドヴィル家は土魔法に適性があると聞き、事実3人の兄もそうなので、他の魔法に適性があるとは思ってもみなかったのだ。
「今日教えてみて思ったんだ。飲み込みが早かったのに、習得までこんなにかかったのは、適性がないからだと。父さん、ウッドヴィルの家は土魔法だけど、母さんの実家、リード家は火だって誰か教えてくれた? 母さんは火の魔法が得意だよ」
イライジャの言葉にエリシアは首を振る。
エリシアはエリオットとの魔法訓練中はずっと適性があると言われた土魔法に絞って訓練を行っていた。
「そっか、みんな意外と適当だからなあ。火の魔法もやってみる?」
イライジャはそう言いながら、手のひらに小さな炎を作り出す。
サイズこそ小さいが、グルグルと渦を巻くそれは、絶妙なコントロールで作り出されていることが、エリシアにも一目で分かる。
「やり方は途中まで土魔法と一緒、手に魔法力を集める感じで、それをそのまま炎のイメージで出す。土魔法は注ぐ感じって言ったけど、火の魔法は放出するって感じかな」
エリシアはこくり、と頷いてから、イライジャと同じように手のひらを上に向け、目を瞑って体内の魔力が一点に集中するのをイメージした。
(そして、この魔力を炎として放出する!)
魔力の放出のイメージと一緒に、目を開けたエリシアの瞳には、轟々と燃え盛る火柱が映った。
火柱はちょうどエリシアとイライジャの上を覆っていた木の葉に飛び移り、パッと火が広がる。エリシアが狼狽えている間、すぐに動いたのはイライジャで、手のひらから出した水流が、すぐに辺りを鎮火した。
「エリシア! やっぱり火の魔法に適性があったんだね。この魔力のコントロールを覚えたら、なかなかのものだよ」
上手く炎を操れなかったことから俯いていたエリシアが、その言葉に顔を上げる。
イライジャの明るい声に、エリシアは自分の中に少しだけ自信が溢れ出したのが分かった。
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