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波乱の夜会

ちょうどいい文字数で区切れなかったので、少し長めです。

「ああ、あんな立派な馬車……」

「貴方、落ち着いてくださいな」


 あわあわと落ち着きなく歩き回るウッドヴィル伯爵を、伯爵夫人のエマが困ったようになだめる。


「お父様が行くわけではないのに」


 そう言って階段から紺色のドレスを身にまとったエリシアが、グレッグとアリアを引き連れて降りてくる。アリアはパーティーには参加しないので、いつものメイド服姿だが、グレッグは正装をしている。護衛として参加すると、会場内には入れないため、メイナードと相談した結果、今回は招待客として参加することにしたのだ。

 エリシアの姿を見たウッドヴィル伯爵夫妻は驚いたように動きを止めた。


 ここはウッドヴィル伯爵邸の玄関ホール。少し前にエリシアを迎えにメイナードが乗った馬車が到着したので、ウッドヴィル伯爵は落ち着きをなくしていた。

 そこへようやく準備を終えたエリシアが到着したのだ。


「まあまあ、エリシア! とても素敵よ」

「ありがとう、お母様。お父様はどう思う?」


 そう言って愛娘が顔を覗き込んだと言うのに、ウッドヴィル伯爵は何も言えないでいた。

 ほんのつい最近まで赤ちゃんだったはずの娘が、今や美しいドレスを見にまとっており、その姿に近い将来の結婚式を見てしまったのだ。


「エリシア、もう行きなさい。殿下をお待たせしているわ」

「……はい」


 ドレス姿についての感想を言ってくれない父に、エリシアは後ろ髪を引かれたようだが、メイナードが待っていると言うエマの言葉に、しぶしぶ玄関へと向かう。


「行って参ります」


 そう言って微笑むエリシアの姿は、とても美しかった。




 エリシアがグレッグの開けた扉から外へ出ると、既にメイナードは馬車から降りて待っていた。


「お待たせしました」


 そう言って足早に自分の元へと来るエリシアを見て、メイナードは目を丸くした。


 試着の時はただドレスを着ただけだったが、今日は紺色のドレスに合わせたメイクアップがなされている。いつもは控えめなメイクも、今日はエリシアにしては少し濃いめだ。

 まだ若く、みずみずしい肌には手を入れてはいないが、目元はブラウンでグラデーションが作られ、いつもよりも華やかに、頰と口元は同系色で彩られている。

 それから、髪はドレスとの対比で美しく見せるために、あえてハーフアップにされている。いつもよりしっかりとしたウェーブは、丁寧に巻かれて作られたものだ。ふわりとドレスに落ちる髪は、いつもより輝いて見える。髪を彩るアクセサリーは、シルバーだが、はめ込まれた宝石はエリシアの髪色に合わせたのか濃い色合いのものだ。


 この素晴らしい組み合わせは、エリシアをよく知るアリアと、本人たっての希望でわざわざメイクアップに訪れたキャロラインの手によるものだ。


「メイナード様?」

「あまりに綺麗だから驚いた」


 エリシアの声にメイナードはハッとしてすぐに彼女を褒める。

 試着の時にエリシアを不安にさせたことをメイナードは忘れてはいなかった。その言葉にエリシアは薄明かりの下でもよく分かるほど顔を赤く染めた。




 本日の会場は、都の外れにあるマコレー侯爵邸だ。マコレー侯爵の長女であるヘレンが、隣国の有力な貴族に嫁ぐことになったので、そのお祝いのパーティーである。

 現在、隣国との外交に力を入れている国家としても、そのお祝いに駆けつけないわけにはいかなく、メイナードに話が回ってきたのだ。因みにメイナードが出席しなければ、彼の叔父が出席する予定だったので、メイナードは叔父から大層感謝された。メイナードの叔父は、メイナード同様社交が苦手なのだ。


「エリシア、いろいろな人が挨拶に来ると思うが、我慢してくれ」


 会場に入る前に、メイナードがそっとエリシアに囁く。優しくエリシアを気にかける言葉に、エリシアは小さく頷いた。


 エリシアがマコレー伯爵邸の大広間に続く扉を抜けると、会場内の視線が一気に自分に向かうのを感じた。エリシアは改めて自分は王子の婚約者なのだと実感し、足が竦みそうになったが、メイナードがさりげなく腕を引きエスコートしてくれたので、なんとか立ち止まらずに済んだ。


「メイナード殿下! 本日はわざわざご足労頂きありがとうございます」


 そう言って早々にメイナードとエリシアに近寄って来たのは、口ひげが特徴的な細身の男だ。


「マコレー侯爵、この度はおめでとうございます。マコレー侯爵、こちらは私の婚約者のエリシア・ウッドヴィル嬢です。エリシア、こちらはマコレー侯爵だよ」

「おめでとうございます」


 メイナードの紹介によって、エリシアは彼がマコレー侯爵だと分かり、メイナードに続いてお祝いの言葉を送り、礼をする。マコレー侯爵もエリシアに会釈した。

 メイナードがマコレー侯爵との挨拶を終えると、周りで様子を見ていた貴族がどんどん押し寄せて来る。メイナードはいつもの悪人面ではなく、エリシアが以前見た愛想笑いで応対しているので、エリシアもそれに倣って微笑みながら挨拶をすることにした。


 波が落ち着いたと思い、移動しようとしたメイナードに、再び声がかけられる。


「殿下、少しお仕事の話がしたいのですが」

 

 そう言って愛想笑いだと分かる顔でちらりと男はエリシアを見る。エリシアはあまり空気が読めない方だが、男がメイナードと2人で話したいということはすぐ分かった。

 エリシアが小さく会釈し、その場を離れる時、メイナードが何か言いたげな、どこか苛立たしげな顔をしていたのが見えた。


 会場に入る時、グレッグは2人とは離れて入った。一応招待された身として、メイナードとエリシアの後ろをついて回り、護衛に専念するのは失礼に当たるので、リード辺境伯の長男として挨拶をして回っているらしい。

 何かあったらすぐ行けるようにすると聞いていたので、近くにはいるだろうと、エリシアは目立つ髪の従兄弟の姿を探す。


「こんにちは、メイナード殿下の婚約者さん」


 しかし、それは甲高い声によって止められた。

 エリシアがくるりと後ろを振り返ると、ブロンドを華やかに結い上げた怒った顔の令嬢と、その後ろに控える3人の令嬢がいた。エリシアはこのような光景を2ヶ月ほど前にも見ている。スカーレットとの初対面の時のことだ。


「メイナード殿下が一目惚れなさったと聞いていたけれど、思っていたより平凡な方なのねぇ」


 令嬢はエリシアの返事を待たずに話し続ける。


「あら、ご挨拶を忘れていましたわ。私、ジョアンナ・マコレーと申しますの」


 にこりと愛想笑いをするジョアンナは、その名の通り、マコレー侯爵の娘なのだろう。失礼な態度の理由が、エリシアには分かった気がした。


()()、メイナード殿下が伯爵令嬢との結婚を決めたと聞いたから、絶世の美女だと思ったのですけれど……。それとも、よっぽど魔力が高いのかしら」


 エリシアを見て嘲るように言うジョアンナは、2ヶ月前にエリシアの前に立ち塞がったスカーレットとは全然違った。エリシアは似た光景だと思ったことをスカーレットに謝りたくなる。

 スカーレットは自身に誇りを持っているが故に、自分が選ばれなかったことに憤りを感じ、エリシアにそれをぶつけたのだ。しかしエリシアの人となりを知り、エリシアの魔力を認めると、自分の過ちを謝ってくれたのだ。

 一方のジョアンナはエリシアをただただ傷つけたいようにしか見えない。そこには侯爵令嬢としての誇りなど感じられなかった。


「ねえ、どれほど魔力があるのか見せてくださる?」


 ジョアンナが言うと、取り巻きの令嬢がクスクスと笑いだす。


「まあ、大して魔力がないことが分かったら恥ずかしいですわね」

「こんなに人がいるのに」


 口々にそう言ってエリシアを見ている。

 エリシアは慌てて、周りを見回した。ぐるりとエリシアたちを囲んで、少し遠巻きにパーティーの参加者たちがこっちを見ている。エリシアはその中から、メイナードの姿を探そうとしたが、見つからなかった。

 エリシアを囲む人々は、ジョアンナが失礼なことをしていると思っているようだが、その目にはエリシアへの同情のほかに、エリシアの力量を推し量るような色が見える。

 ジョアンナのように直接的に言わないまでも、皆気になっているらしい。


 今ここで、エリシアはメイナードを頼って、この場から逃げることもできる。しかし、きっとそうしてしまったら、ここにいる貴族たちは、改めてエリシアに難癖をつけてくる気がした。それは、メイナードを困らせることになるだろう。

 実際には、結婚はしないとしても、エリシアはメイナードを困らせたくなかった。


「分かりました」


 エリシアは声が震えそうなのをなんとか抑えて、言葉を絞り出す。

 高い天井を見上げてみれば、豪華なシャンデリアと贅沢な装飾が目に入る。魔法研究センターにあるメイナードの執務室の天井にかけられた、魔法を無力化するという魔法は、魔力の高い術者がかけたかなり高度なものだ。エリシアはメイナードからそう聞いていたので、この会場にはかけられていないだろうと予測できた。

 いつも執務室で使っている火の魔法は、天井に燃え広がる可能性があるし、周りの人を害する可能性もある。


 エリシアは少し考えてから、いつものように掌を上に向けた。身体中の魔力を掌に集める、ここまではいつもと同じだ。エリシアは意識して心を落ち着かせながら、掌に魔力を貯めるが、火の魔法のようにそのまま勢いよく放出させることはせずに、じわりじわりと魔力が広がるように放出されるイメージを頭の中で描く。


 エリシアがしようとしているのは、火の魔法の応用魔法である、光の魔法だ。火の魔法と比べ、魔力のコントロール力やより多くの魔力を求められる魔法だが、強すぎる光を出さなければ、人に害を与えることはない。

 強すぎる光で、目が潰れることがないように、なるべく均一に光が広がるよう意識して、魔力を放出する。

 ゆるりとエリシアの掌から放出された魔力は、淡い光を放ちながら、会場を包む。人に害を与えないようにというエリシアの気持ちが反映されたような、淡く柔らかな光は、エリシアの人柄を表しているようだった。


 エリシアの目の前で嘲るような表情をしていたジョアンナの顔が徐々に歪んでいく、何か言おうとした彼女は口を開きかけ、エリシアの後ろを見ると固まった。

 エリシアが振り返るより早く、大きな少しひんやりとした手がエリシアの肩を抱く。


「エリシア、すぐに誰の魔法が分かった」

「メイナード様!」


 くるりと勢いよくエリシアが振り返ると、エリシアに悪人面で微笑みかけるメイナードがそこにいた。

 メイナードはちらりとジョアンナの方を向いたが、彼女には何も言わず、エリシアをエスコートして、その場を後にする。ジョアンナは何か言いたげに口を開いたままだったが、何も言うことはできなかった。




 エリシアはメイナードにエスコートされ、バルコニーまで来た。緊張した体を、外の風がほぐしてくれるような気がする。


「俺に話しかけてきた奴は、彼女とグルだったようだ。人に聞かれたくないと、わざわざバルコニーまで連れて来たくせに、中身のない話をずっとしていた。おかげでバルコニーの場所を知ることはできたが」


 そう言ってメイナードがため息をついた。


「メイナード様」

「エリシア、すぐに行けなくてすまなかった」


 メイナードはそう言ってエリシアの頭を撫でる。その優しげな手つきにエリシアは目を瞑ってから、首を振った。


「いいえ。私、どれほど今までメイナード様に守られていたか実感しました。皆、私の魔力を見極めようとしていました」

「エリシア……」

「でも、メイナード様が特訓してくださったおかげで、こうして魔法を使えました。2ヶ月前の私では考えられないことです」


 エリシアは言い切ってから、メイナードの顔を見て微笑む。

 エリシアの健気な様子に、メイナードは心を打たれ、バルコニーの手すりを掴むエリシアの手を握った。エリシアは急に握られたことに驚き、瞳を見開いて、メイナードを見上げる。


「メイナード様」


 エリシアがメイナードを呼ぶ声が、夜の闇に吸い込まれる。メイナードは何も言わずに、エリシアを見つめるだけだ。薄明りの下でも分かる程の距離で見つめる熱っぽい瞳に、エリシアは目を逸らしたくなったが、メイナードの自分の手を握る手とは反対の手に、それを阻まれる。

 エリシアより、少し温度の低いメイナードの手が彼女の顎をすくい、上に向かせる。メイナードは何も言わずに顔を近づけ、驚いたエリシアが目を瞑った隙に、その柔らかなピンクの唇に口づけを落とした。

 エリシアが目を開けた時には、もうメイナードの顔は遠ざかるところだった。


 自分が何をされたのか、エリシアが分かった時には、彼女の意思とは無関係に、その眦からは涙が零れ落ちていた。


(なぜ、メイナード様は私にキスをしたんだろう。 もう抱き締めるだけでは魔力が向上しなくなってしまったから? 次の段階として、研究のためにしたの?)


 急なキスにエリシアは混乱していた。明かりの加減でメイナードの顔が良く見えないせいで、メイナードが考えていることも、キスの理由も分からない。

 ただ、エリシアの小さな胸はズキズキと痛んでいた。


(ああ、私、メイナード様が好きなんだ。こんなにも苦しい。これ以上、メイナード様は私のことをなんとも思っていないのに、今までのような特訓は続けられない)


 ほろほろと涙をこぼすエリシアに、メイナードは焦り、彼女の涙を拭おうとするが、その優しさが今のエリシアには辛かった。


「……ごめんなさい」


 エリシアは漸くそれだけを絞り出すと、メイナードを振り切り、会場へと続く扉を開ける。

 誰かにその泣き顔を見られるより早く、さりげなくバルコニーの扉の前で見張りをしていたグレッグがエリシアを見つけ、すぐに着ていた上着を彼女にかける。


「エリシア、上着に顔を埋めて」

 

 そう言ってグレッグはエリシアの肩を抱き、足早に会場を出た。


 


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