中庭でのお茶会と気づき
今日のエリシアはメイドに起こされる前に目が覚めて、用意もすぐに済ませた。いつもは動きやすいよう、あまりスカートが膨らまないドレスを選ぶが、今日はふんわりとした、レースも豪華なものを選ぶ。なぜなら本日の特訓はお休みで、およそ2ヶ月ぶりにエーデンガルム魔法学校で知り合った友人と会う約束をしていたのだ。
エリシアは、学校を止めた後から、スカーレットとローレル、それぞれと文通をしていた。内容はとりとめもないことだが、毎日の特訓で疲れていたエリシアにとって、2人から届いた手紙を読む瞬間は癒しのひとときであった。
そんな時、スカーレットから、エリシアの自宅でのお茶会をしたいと言われたので、エリシアは二つ返事で応じたのだった。
「まあ、本当に素敵な中庭ですのね」
スカーレットが感嘆の声をもらせば、ローレルも深く頷く。
エリシアはスカーレットからお茶会を提案されるとすぐに両親に相談し、母であるエマから中庭でお茶会を開催することを勧められたのだ。
ウッドヴィル家の中庭の美しさは、他の貴族の間でも有名であるし、何より屋敷のほぼ中央に位置する中庭でのお茶会は、防犯上の理由でも都合が良かった。エリシアは今や名ばかりとはいえ、王子の婚約者なのだ。
しかし、今日はグレッグも空気を読んで、中庭の外からそっとエリシアを護衛してくれている。
「それにこのお茶、とても美味しいわ」
今度はローレルがティーカップを持ちあげ、ため息をつく。
ウッドヴィル家で飲まれているお茶は、領地で栽培されたお茶を使用したものだ。土の魔法が得意なウッドヴィル家の領地は、かつてはあまり肥沃な土地ではなかったそうだが、今や国の中でもトップを争うほどの良い農作地だ。代々の当主が少しずつ土の魔法を使って、土地を良いものとしていったのだ。
「ありがとう」
エリシアは透き通るような肌を赤く染め、自身のティーカップでその赤さを隠すようにして、はにかむ。その様子にローレルが目を細めて微笑んだ。
「メイナード王子とは、あれからどうなんですの?」
ティーカップを上品においてから、スカーレットがエリシアにぐいと詰め寄る。
エリシアは文通をするようになってから知ったのだが、スカーレットは案外情熱的な性格をしている。よく文中でも、メイナードとエリシアの関係を尋ねてきていた。
「どうと言われましても」
エリシアが口ごもる。
スカーレットとローレルも、もちろん契約婚約という事情は知らなかった。
「いくらメイナード王子が今まで婚約者を持たなかったとはいえ、大人の方でしょう? リードしてくださるのではないの?」
ローレルもティーカップを置くと、興味深げにエリシアに問いかける。
スカーレットと違い、あまり恋愛ごとに煩い方ではないが、それでも年頃のご令嬢らしく、ローレルもこの話には興味があるらしい。
「メイナード王子の恋愛事情は、聞いたことがないの」
エリシアの小さな声に、スカーレットとローレルは顔を見合わせる。それから少し考えた後、再びローレルが切り出した。
「それでは、エリシアはメイナード王子のことをどう思っているのかしら?」
「私?」
「そうよ、貴女はどうなんですの?」
2人から詰め寄られ、エリシアは顎に手を当てて考える。
(私はメイナード様のこと、どう思っているのかしら)
「メイナード様は優しくて、少し意地悪で、意外といろいろな表情をされる方、かなぁ」
「そう言うことが聞きたいのではなくてよ!」
エリシアが戸惑いがちに答えた内容は、スカーレットによって即座に否定される。
「好きかどうか聞いているんですのよ」
「でも、スカーレットさん」
「スカーレット!」
「……スカーレット」
エリシアがスカーレットに敬称をつけると、すぐにスカーレットに怒られた。
手紙のやりとりの中で、なぜ自分にだけ敬語を使うのかと詰め寄られ、3人はお互いに呼び捨てで親しく話すと決めたのだった。今回はその初回なのだから、許して欲しいとエリシアは思いながら続ける。
「私、分からないの」
「分からないの? けれども、メイナード王子はエリシアを大切にしてくれるのではなくて? だってひとめぼれしたんでしょう?」
不思議そうに首を傾げたのはローレルだ。
メイナードがエリシアの両親に話した嘘――研究に協力してくれる人を探している際に、エリシアにひとめぼれした――が、対外的な2人の馴れ初めになっている。しかし、実際はメイナード側から持ちかけられた契約にエリシアが乗っただけである。
「大切に……」
エリシアはそう呟いて、今度はメイナードのしてくれたことについて考え始める。
メイナードの最近の特訓は、エリシアにとって恥ずかしいものだったが、エリシアの魔法技術の向上を第一に考えてくれたものだ。エリシア自身があまり特訓が、ひいては研究が進まないことを気に病まないよう、考えてくれたものなのだ。
それにメイナードは無理強いはしなかった。誘導はされた気がするけど、エリシアの意思を尊重してくれていた。
そっと優しく触れてくれた手を思い出す。最近のメイナードは、スキンシップが過剰な気はするが、それもエリシアを大切に思ってくれているからだろうか。
「大切にして頂いてると思う」
ポツリと呟いたエリシアの頰があっという間に赤く染まる。その横顔を見て、ローレルが目を細めて、まあ、と嬉しそうに言った。
「エリシア、メイナード王子に恋しているのね。よかったわ、私無理に婚約を進められたのではないかと思ったの。学校もやめてしまったし」
「ええ、そうですわ。エリシアの嬉しそうな顔を見て、私もとても嬉しく思いますの」
2人が口ぐちに言いながら、微笑むのを見て、エリシアが驚いた顔をする。
「恋……」
「あら、エリシア。もしかして自覚していなかったんですの?」
エリシアよりも驚きながらスカーレットが言った。
確かにエリシアは最近メイナードといる時間を楽しく感じていた。けれどもそれを恋と結びつけて考えていなかったのだ。
「それなら言わない方がよかったのかしら」
「いいのよ、スカーレット。このままじゃきっと何も進まないもの」
ため息混じりにローレルが言う。
「ローレル、恋ってどういうものを言うのかしら」
「……恋愛小説をたくさん読んで、分かったんじゃなくって?」
呆れたローレルの声に、エリシアは俯く。
エリシアの読んだ恋愛小説には、恋とは相手を想って胸がときめいたり、苦しくなるものだとあった。
「確かにメイナード様といるとドキドキするけれど」
でも、エリシアの感じるドキドキは羞恥心からくるものだと、本人は思っていて。それに、メイナードを想って苦しくなったこともない。
恋愛経験も社会経験も未熟なエリシアは、恋についても、自分の気持ちさえもよく分かっていなかった。
「でも、違うと思うの」
「そうかもしれないわね。でもきっと、いつか気づくと思いますわ」
俯くエリシアの肩を、ローレルが優しく抱きしめた。
ご閲覧ありがとうございました。
今回と次回も少し短めですが、楽しんでいただけたら嬉しいです。