私、心臓がもちそうにないです
ルーシー視点です。
ライオネル様とお屋敷に戻ってから、日常も戻ったように思っていたのですが、勘違いでした。
毎日、あのライオネル様からの告白は現実だったと突きつけられるような日々を送っています。
実家からの縁談は、あの日家から帰る際にきっちりとお願いをし、もう来ることはなくなっていましたが、代わりにラブレターが届くようになりましたし、なによりライオネル様が毎日当然のように口説いてきます!
「これ、ルーシー宛ですって」
先輩であるメアリーさんが手紙の束を笑いながら、私へ渡しました。
20通近いその量にめまいを起こしそうになりながら、部屋にあるレターセットの数を必死に思い出そうとしていると、目の前のメアリーさんがあっと息を呑みました。
「メアリーさん?」
「ルーシー、今日もたくさんもらったな」
「ラ、ライオネル様!」
聞き覚えのある声に慌てて振り返れば、ライオネル様が口元だけに微笑みを浮かべ、立っています。
そういえば、もうライオネル様が王宮から帰る様な時間でした。手紙を見られてしまったのは、まずかったかもしれないです。
「失礼致します」
そう言ってメアリーさんは、足早にこの場から去っていきます。私も連れて行って欲しかった……、そんな気持ちでその背中を見ていると、ライオネル様が咳払いをしました。
その音で慌てて現実世界に引き戻され、目の前のライオネル様の顔を見つめます。
今日は一体どんなお言葉をくださるんでしょうか? なんだか慣れてきた自分に嫌気がさします。
「ルーシー、レターセットは足りそうかな?」
しかし、ライオネル様からかけられた言葉は、予想とは違いました。
私の持つ手紙の量に首をひねるライオネル様に、慌てて答えます。
「えっと、足りなくなりそうだと思って、困っておりました」
正直に答えた私に、ライオネル様は漸く口元だけで笑うのをやめて、私に笑いかけてくれました。
「私の部屋においで、レターセットをあげよう」
「そ、そんな、悪いです」
「いいんだよ。僕が君のためにしたいんだ」
さらりと吐き出された言葉に顔が赤くなります。
最近、そう、最近気がついたんですが、普段一人称として『私』を使っているライオネル様ですが、プライベートな場やふとした時には、『僕』と仰います。
だから、ライオネル様の僕、という言葉に、私は気を許された気がして、胸がドキドキしてしまうのです。
ライオネル様の部屋に招かれる形で到着すると、ライオネル様は早速机の中を何やら探し出しました。
なるべく邪魔にならないよう、端で控えていると、手で招かれます。
「おいで、あったよ」
そう言って、レターセットの束をライオネル様は私に渡しました。
「100通分はあるけど、その調子なら、すぐにでも使い切るだろう」
まだ持ったままだった手紙の束を見て、ライオネル様は小さく笑います。
渡されたレターセットは上質な紙でできていて、私的な手紙に使う用なのか、子爵家の紋章なんかは入っていませんが、一目見ても私が普段使いするようなものには見えません。
でもきっと、断っても自分がしたいだけだからと繰り返すだけなのでしょう。
ありがたく手紙と一緒に抱えて、頭を下げます。
「ライオネル様、ありがとうございます」
「……本当は親切心だけで渡したわけじゃないって言ったら、怒るか?」
ポツリ、とライオネル様が呟きます。
あまりに小さな声に、初めはなんと言っていたか聞き取れなかったのですが、段々と頭の中で意味を理解した私は、横に首を振ります。
どんな理由であれ、雇い主であるブラウン子爵家の人に怒るなんて、相当なことです。
「このレターセットを使えば、バックにいる僕が浮かぶと思ったんだ」
ライオネル様は小さな声でそう、続けました。
確かにレターセットを頂いた時、メイドである私なんかが使いそうにない、上質なものだとは思いましたが……。まさかライオネル様がそんなことを考えているなんて思わなかった私の顔が熱くなります。
「ルー、」
「し、失礼致します。この手紙とレターセットを部屋に置いて参りますので」
ライオネル様が何かを言いかけていることは分かっていましたが、慌てて言い訳にしか聞こえない言葉を述べて、部屋を退出すれば、背後でライオネル様が笑っている声が聞こえてきました。
私、口説かれ慣れておりませんので、こういうの、ほんと心臓が持ちません。
バクバクと煩い心臓と顔を落ち着かせるため、わざと遠回りをしながら部屋に戻りました。
部屋に到着した私は扉を背に、ズルズルと床に座り込んでしまいました。
ライオネル様は、あの日から可愛いだとか綺麗だとか、それから好きだとか、何度も何度も言うようになりました。ライオネル様は今までおモテになったからなのか、そんな言葉を恥ずかしがりもせずに言うので、自分だけ恥ずかしいのが悔しかったのです。
でも、今日は違いました。ライオネル様は、今までの余裕綽々な感じではありませんでした。そのことに気が付いてしまったら、なんだか今まで以上に恥ずかしくて、落ち着いて仕事をすることができなくなっていたのです。
恋愛や結婚に憧れていたはずなのに、現実は難しくて、ため息が出ていました。