僕が君に恋した理由を教えよう
ライオネル視点です。
結局、ルーシーを迎えに行けたのは、実家に帰してから3日後のことだった。
父様と母様の説得は思っていたより簡単で、僕の騎士としての成果を認めてくれたのか、ルーシーと結婚したいというと、すぐに認めてくれた。どうやら僕が騎士になり、家計がだいぶ楽になった時点で、将来を口出しするつもりはなかったらしい。
ルーシーに素直な気持ちを伝え、プロポーズすれば、そういうふうに見たことがない、と返されたが、それも想定内だ。
まずは、ルーシーに意識させること。これからが肝心だ。
そう思いながら、目の前に座るルーシーを見る。ルーシーの両親も結婚には賛成してくれ、すんなりと家に戻ることも許してくれた。もう少し休んでもいい、という僕の言葉を制して、僕と一緒にその日のうちに帰ることを決めたのはルーシーだった。
「あの、ライオネル様。失礼を承知で、1つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「なぜ、私なのでしょうか」
ポツリと、今まで静かに窓から外を眺めていたルーシーがこぼす。別に失礼でもなんでもない質問だが、僕はどう返そうか少し迷った。8年ほどかけて募らせた想いは、とても家につくまでには語りつくせそうにない。
「……今この場では言い尽くせないが、そもそも一目ぼれだった。可愛らしくて、ニコニコ笑って、おぼっちゃま扱いしないで遊んでくれる、そんなところを好きになった」
「そ、それは……、どう接していいか知らなかっただけですので」
ルーシーの柔らかそうな頬がパッとピンクに染まる。よほど気にしていることらしく、慌てた様子でフォローをするが、その姿まで可愛らしかった。
「メイドとしての接し方を覚えて、あの時のように笑ってくれなくなったのは少し悲しかったけど、仕事をしっかりとこなす君の横顔も好きなんだ」
「ほ、ほかの皆様の方が、お仕事はしっかりされています!」
「誰よりも若かったのに、誰よりも真剣な横顔で、たまにドジもするけど、もう二度とその失敗を繰り返さないところも好きだ」
ルーシーが顔を手で覆い、こちらを見てくれなくなる。
「ルーシーのメイドとしての顔しか僕は知らないけど、ほかのいろんな顔が見たいと思ったんだ。どうかな? なんでルーシーにプロポーズしたか、納得してくれたか?」
「もう結構ですから」
ルーシーは、両手に隠れた口から、小さな声で呟いた。そっと両手の隙間から私を見上げたその瞳は、恥ずかしさからか潤んでいる。
その様子があまりにも可愛くて、でもまだ何とも思われていない身で触れるのはためらわれる。早く、彼女を自分のものにして、思う存分この手で抱きしめたかった。
「……そういえば、父から手紙を見せてもらったのですが」
だいぶ落ち着いてきたのか、顔を隠すのをやめ、外を見ていたルーシーが再び僕に話しかけてきた。
「手紙?」
「ライオネル様が私を装って父に出した手紙です」
ルーシーの言葉に、冷汗が背中を伝う。ルーシーが言っているのは、僕が出した縁談を断る旨の手紙だろうか。僕が書いたとばれないように、細心の注意を払って筆跡をまねたはずなのだが。
「ライオネル様の癖が残っていましたよ」
無言を肯定とみなしたのか、ルーシーは少し楽しそうにそう言って微笑んだ。その顔があまりにも可愛くて、顔が熱くなるのを感じ、今度は僕が顔を覆う。
「あの?」
不思議そうなルーシーの声が聞こえる。
ふう、とゆっくり息を吐く。気持ちが落ち着き、顔の熱も引いていくように感じられたので、手の覆いを外し、再びルーシーに向かい合う。
「すまない、君を迎え入れる準備ができる前に、誰かに取られるかと思った。ラブレターが届かないのも、他の使用人や出入りの商人から声をかけられないのも、僕の仕業だ。明日からはきちんと届けるよう伝えるし、声をかけるのを止めたのは撤回する。縁談のことなら僕からお父上にお話しする」
「縁談は私が断ってきました。あんなに来られては仕事に差し障りますし」
「……怒っていないのか?」
「最初はなんでこんなことをされたんだろうって思いましたけど、今日がとても大変だったので」
そう言ってルーシーは苦笑した。
確かに、昼前にはルーシーの実家についていたというのに、実際に会えたのは夕方も近かった。そんなに長時間、結婚を申し込むほぼ初対面の男と相対していれば、疲れもたまるだろう。
「私、縁談の話もないし、お付き合いもしたこともなかったから、結婚できるなんて思っていなかったんです」
ルーシーが外を見たまま、ポツリと呟く。
「だから、クビになったと思って家に帰って、縁談があると聞いた時、受けてみようと思いました。でも……、なんだか初めて会う人と結婚なんて、そう思ってしまって。だからといって、このままなのも寂しくて、きっと、結婚はしたいんです」
「別に急ぐことではないだろう?」
「でも、もう成人しておりますし」
そう言って俯くルーシーに胸が痛む。こうしてプロポーズしたとはいえ、今まで不安にさせていたのは自分だ。
「だからと言って無理に縁談を受ける必要はないと思う、どうしても相手が見つからなければ、僕と結婚すればいい話だからな」
「……そんな形で結婚したら、たくさんのご令嬢に恨まれそうですね」
「だからそうならないように、望んで僕を選んでくれたら嬉しい」
口元に手を当て、苦笑をしていたルーシーがまた赤くなる。
ルーシーは別に普段感情を表に出さないというわけではないが、仕事中は抑えているような節があった。だからこうして、表情がコロコロ変わるのが面白くて、素を見せてもらえたような気がして嬉しい。
「ルーシー?」
真っ赤になったままのルーシーの名を呼べば、ルーシーは俯いたまま、ポツリと呟く。
「ライオネル様はずるいです。今までそんなそぶりをされたこと、なかったのに……」
「一応子爵子息だからな、我慢をしていたが、もういいんだ。父上と母上の許可も得た」
ルーシーの言う通り、僕自身できることなら、皆の目の前でルーシーにアプローチしたかった。ルーシーの気を引きたかった思いもあるが、何より牽制したかったからだ。
しかし、我慢をしただけの見返りはあっただろう。実らない恋や、将来のない関係ではなく、結婚する許可も取り付けた。
「急にアプローチをしたり、成人したのに結婚が決まらず不安にさせたのは申し訳ないと思っている」
「そ、そんな……!ライオネル様がどうしてそうされたか、分かりましたから」
ガタガタと揺れていた馬車の速度が少しずつ落ちていく。
横目に外を見れば、見慣れた風景で、そろそろ家に着くことが分かった。
「今まで不安にさせた分、君が結婚相手を決めるまで、僕は毎日だって愛を囁こう」
畳みかけるよう、そうルーシーに告げ、そっと取った手に口づけを落とせば、そのような扱いに慣れていない彼女はまた顔を真っ赤にするのだった。