私、モテ期が来たようです
ルーシー視点です。
ボーッとダイニングに座っていると、後ろから小突かれました。
「ちょっとお姉ちゃん、帰ってきたなら仕事して!」
すっかり大人になった2つ下の妹、コーデリアです。しっかり者で、実家の家事全般を切り盛りしています。
私より年下なのに、リディにはお相手がいるのも、私が焦る原因だったリします。昔からリディが淡い恋心を抱いていた、近所の男の子(私の記憶の中で彼は、10歳の時に見た姿で止まっているのです)と結ばれました。リディが18歳になるのを待って、結婚をするそうです。
「リディ、お姉ちゃんはそっとしておいて」
リディの結婚のことを考えていて、すっかりと返事が遅れた私の代わりに、お母さんがリディに返事をしてくれます。
お父さんとお母さんは、私を心配して、リディと弟のアランには私がクビになったことを隠してくれました。なんで私が帰ってきたのか、質問攻めにあいながらもいい言い訳を考えてくれた2人に感謝しています。
「お母さん……」
「ルーシー、お父さんが呼んでいたわ」
「ありがとう」
不満げなリディと心配そうな顔をするお母さんを残し、私はダイニングを出ます。
急に家に出戻ってきた娘を何も言わずに受け入れてくれた家族には感謝をしていますが、ずっと続けていた仕事を急に失ったショックがまだ受け入れきれていません。
「お父さん?」
キョロキョロと家の中を見渡しながら進んでいると、ここだ、という低い声がしました。
リビングの扉を開けると、お父さんが重たげな書類を見ています。
「ルーシー、おかえり」
「……ただいま」
「何があったかは聞かないけど、ここは今も変わらずお前の家だ。新しい奉公先を見つけるなり、縁談を受けるなり、好きにするといい」
お父さんの優しい言葉に私は頷いてから、はたと気がつきます。
縁談……、そんなもの今までだってなかったのに、急に都合よく舞い込むものでしょうか?
「あの、お父さん、縁談って?」
「ん? 昔からたくさん舞い込んできてるけど、お前が仕事に集中したいからと全て断ってくれと言ったんじゃないか」
ビックリして思わずお父さんの顔を見つめます。ビックリする私にビックリするお父さん。
「言ってないわ!」
「あー、うん、言ってはない……。手紙を寄越しただろ」
手紙、そんなものも身に覚えはないです。手紙は確かに定期的に書いてはいますが、近況の報告とかその程度。お仕事のことだって、良くしてもらっているし、楽しいとは言いましたけど……。
手紙のことを聞いても呆然とする私に、お父さんは不思議そうな顔をしながら立ち上がって手招きをしました。
「来い、手紙を見せてやるから」
そう言い、自分の部屋に入ったお父さんは棚から分厚い袋を取り出します。
中にはそれぞれ年代が書かれた小さな袋がさらに入っていて、その中には私の送った手紙が丁寧に保管されていました。
お父さんの愛を感じてじんわりと心を温めていると、数年前の袋を取り出したお父さんは、その中から一通の手紙を渡してくれました。
「これだよ」
そう言って渡された手紙の封を開け、便箋を取り出します。
確かに私の筆跡に近い文字が書かれていますが、これは私の字ではありません。それに、内容も見覚えがないものです。
「……」
こんな手紙知らない、と言ったら余計な心配をかけることでしょう。少し迷った後、私は努めて明るく、
「忘れていたみたい。見たら思い出した! 手紙は戻しておくね」
そうお父さんに告げました。
安心したようにお父さんは微笑みます。
「話は戻るが、縁談は……」
「うん、受けてもらってもいいかな。次に雇ってもらえるところを探すのと一緒にお相手を探そうと思う」
「そうか!」
お父さんの目がキラキラ輝きます。やっぱり少なからず心配をかけていたみたいです。早速、なんて呟きながら部屋を出て行きました。
私は、お父さんが完全に部屋を出たのを確認すると、さっきの手紙をポケットにしまい、他の手紙は全て袋に戻しました。
なんとなく、なんとなーくですけど、犯人に心当たりがあるので、それを確かめるために。
何も言わずに帰ってきたというのに、私の部屋は綺麗に保たれています。お母さんの優しさを実感しながら、先ほどの手紙をもう一度よく見ます。
手紙に書かれている文字は、確かに私の字に見えますが、とある文字に独特な癖が残っています。そしてこの癖、私は誰のものか知っています。
これは、ライオネル様のものです。
なぜライオネル様は、こんな手紙を出したのでしょうか? ライオネル様の意図が分からず、首を傾げます。
私に縁談がないと思わせて、ライオネル様が得をするとしたら……。きっと、私に仕事を辞めさせないためだったのでしょうか?
最近はあまり私的なお話をすることはないとはいえ、昔は遊び相手にもして頂いてましたから、私が仕事を辞めるのを惜しんでくださったのでしょうか? そんなことを考えていると、部屋の扉がノックされました。
「はーい?」
「ルーシー、買い物に行って欲しいんだけど」
少しだけ申し訳なさそうな色を含んだお母さんの声がしました。さっきリディにそっとしておくように言った手前、申し訳ないと思っているのかもしれないです。
「もちろん、夕飯の買い物?」
そう問いかけながら、部屋を出れば、お母さんは私によく似たオリーブ色の瞳を困ったように細めて頷きました。
「家に帰ってくるのも久しぶりだし、もう家を継いでいる人もいるから、ついでに会ってくるといいわ」
「うん、気分転換にも行ってくるよ」
そう答えて、私は支度をして、家を出ました。
もう成人をした、という実感はありましたが、やはり周りの同級生が家業を継いでいると聞くと、焦るものがあります。
今の自分の境遇が、仕事をクビになった状態ですから、なおさら。
お母さんから渡されたメモに目を落としながら、歩みを進めます。
まずは八百屋に行って、夕飯の野菜を買おうと思います。八百屋に近寄ると、よく見知ったおじさんではなく、若い男性が店先に立っています。
私が近寄ると、男性は目を丸くして、驚いたようでした。
「こんにちは」
「こ、んにち……は」
挨拶をすると、男性は口ごもりながら返してくれます。
「お、もしかしてルーシーちゃんか? 久しぶり! 綺麗になったなぁ。あ、これは息子のアダムだよ。覚えてるか?」
「アダムくん!? 覚えているわ。久しぶり」
「……久しぶりです」
奥から見知ったおじさんが顔を出し、若い男性がアダムくんなことを教えてくれました。
アダムくんは私の1歳年下、子守もしたことがある仲です。とはいっても、お屋敷に奉公に出てからずっと、機会もなかったので会ってはいなかったのですが。
懐かしさから、アダムくんをついつい見てしまいますが、アダムくんは目を合わせてくれません。
恥ずかしがってるのかな? しばらく会ってなかったし。
「アダムくん?」
「えっと、その……あんまりにも綺麗になっていたので、ビックリして」
黙り込むアダムくんの顔をつい覗き込みながら名前を呼ぶと、アダムくんは真っ赤な顔のままとんでもないことを言ってくれます。おじさんにも同じようなことを言われたとはいえ、やっぱりおじさんから言われるのと、年頃の男性から言われるのとでは違うわけで。
顔が熱く、アダムくんに負けず劣らず赤くなっている自信があります。これ以上何を話していいかも分からず、おじさんからお野菜を受け取ると慌てて八百屋を出てしまいました。
お野菜を買った後は、お肉を買いに行きます。熱くなった顔をパタパタと扇ぎながら、八百屋さんの向かいの肉屋に行くと、既にこれまた若い男性が待ち受けていました。
アダムくんとは違い、彼は私が誰だか分かっているようで、くりくりと大きな瞳を輝かせてこっちを見ています。あの目、見覚えがあるような?
「ルーシー、分かるか? リックだ!」
「あー、リック!」
名前を聞いて、私も彼が誰だか思い出しました。同い年のリックは、一緒に何度か遊んだ仲です。アダムくんと違い、5年ほど前に再会してはいますが、男性の5年は結構大きいようで、誰だか分かりませんでした。
5年前より、背も伸びていますし、筋肉質になっている気がします。
「今日は家のおつかいか?」
「うん、夕飯のお買い物。豚肉はあるかしら?」
そう答え、肉屋のショーケースの中を覗き込めば、リックはなんの料理に使う肉なのか確かめてから、ちょうど良さそうな豚肉を出してくれました。
「そういえば、子供のころ、結婚しようとか話したの覚えてる?」
しっかりと仕事をしている同級生の成長に驚いていると、リックがふと思いついたように、幼い頃の話をしました。
リックの言う通り、小さな頃、特に仲がよかったリックからは何度か大きくなったら結婚しようと言われていました。あの頃は割と本気ではい、と答えていた気がします。懐かしくて思わず微笑みました。
「今でも、そうしたいと思ってるって言ったら?」
リックが急に耳に口を近づけながら、声を落とします。
背中がぞくぞくして、思わず近くにあったリックの顔を見上げました。背も伸びて、男らしく骨ばった顔、でも子供のころと変わらない犬のような丸い、人懐っこい瞳。
その瞳がスッと、獰猛な獣のように細められたのを見て、目の前にいるのが本当にあのリックなのか分からなくなってきました。
せっかく冷ました顔の熱がまた上がるのを感じます。
「私、まだ買うものあるから!」
慌てて言い訳をしながら、肉屋を出ると、リックは後を追いかけてはいきませんでしたが、少し寂しそうな顔をしているように見えました。
その後はパン屋さんに行っても、その途中の道中でも、今までそんなことはなかったのに、たくさんの男性に声をかけられました。最初のうちは、モテているようで嬉しかったんですけど、段々と疲れてきた頃に、漸く家に到着しました。
はあ、とため息をつきながらリビングの椅子に腰かけようとする私に、山ほど縁談を申し込む手紙を抱えた父が見えたのでした。どうやら、せっかくの実家なのに、心が休まる暇もなさそうです。