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私、ヤキモチを妬かれました

ルーシー視点です。

 あの風邪の日から2日後、すっかりと熱も下がり、仕事もできるようになりました。快晴でも、体までポカポカとは暖かくならないことに気付き、自分の鈍感さにため息をつきます。

 いつもと同じように、シンディーと話しながらも、頭の中はどうやってライオネル様に気持ちを伝えようか、そればかりを考えてしまいます。


 お休みの日がいいのでしょうか、でも風邪で寝込んだ分、しばらくお休みはありません。お休みを待つのもじれったく、仕事終わりにライオネル様に時間を取って頂こうか、そんな風に考えながら家政婦長のもとに向かっていた時、目の前をハロルドが横切りました。

 先日のお見舞いのお礼を改めて言おうと、声をかけようとした時に、はたと気が付いたのです。

 ライオネル様を選ぶ、ということは、ハロルドを選ばないということだと。


 普通なら、気が付くまでもないことですが、私が今までお断りをしてきた人たちは、皆ほとんど知らない人でした。こうして、友人として、同僚として、長い間仲良くしてきた人にお断りをするというのは、初めてのことだったのです。

 そのことに気が付いたら、先日のハロルドの悲しい顔も思い出してしまい、なおさら声はかけられませんでした。


 今日の仕事はお屋敷の掃除でした。1人で掃除をしていると、集中しようにも、ついハロルドのことを考えてしまいます。

 今、こうして自分が気持ちを伝えようとする立場になって分かります。誰かに自分の気持ちを伝えるというのはとても勇気がいることなのだと。

 そして、もし気持ちを伝えることで、関係性が壊れるとしたら、それはとても恐ろしいことだということも。

 私の脳裏に、今までハロルドと過ごしてきた日々が浮かんでは消えます。お皿をついに10日連続割ってしまい、泣きながらハロルドに話した日、何の失敗もせずに1日が終えられて、喜んでハロルドに報告した日、失敗をしないばかりかついに旦那様に褒めて頂いて報告した日。

 私がこのお屋敷で仕事を始めてから、悲しい時も、嬉しい時も、いつもハロルドがそばにいてくれました。きっと、私の知らない間にたくさんフォローしてくれていたことでしょう。

 そのハロルドとの日々が、消えてしまうようで、私の胸は痛み、今までのようにハロルドと話すことができそうにありませんでした。




 昼食をとり終えると、急なライオネル様への訪問客があったということで、私はお客様の対応をするように命じられます。急なお客様、ということで、ついエドワード様のことを思い出しましたが、本日のお客様はライオネル様とも仲の良いご友人だと、リチャードさんが教えてくださいました。

 応接室の扉を叩き、どうぞ、という穏やかな声とともに入出すれば、優しげな笑みを浮かべる男性がそこにはいました。

 一礼をして、お茶をお入れすれば、笑みを浮かべたままお礼を言ってくださいます。


「私はアルフレッド・オールドリッチです。ライオネルには、事前に手紙を出していたんだけど、行き違いかなあ?」

「そうかもしれません、確認させます」


 その表情に相応しいのんびりとした声音で問われると、私もつい、のんびりと返しそうになります。慌てて気を引き締め、リチャードさんに伝えれば、ライオネル様はどうやらアルフレッド様の訪問を明日だと勘違いしていたことが分かりました。

 幸いにも、本日はライオネル様のお休みで、お屋敷の近くに出ていらっしゃることが分かったので、使いの者を走らせます。


 そのようにお伝えすれば、アルフレッド様は気にした様子もなく、リチャードさんと私にお礼を言ってくださいます。貴族らしからぬそのご様子に、使用人にはあるまじき興味が湧いてしまいます。


「メイドさん」

「はい、ルーシーと申します」

「じゃあ、ルーシーさん。ライオネルが来るまで、話し相手になってくれますか?」


 アルフレッド様の言葉に、私が頷くと、彼はご自分のことについて語り始めます。


「私は、騎士の家柄なのに、学者になった変わり者で、訓練を重ねて騎士になったライオネルを尊敬しているんだ」


 アルフレッド様は自分自身のことを変わり者と仰っていますが、その言葉に卑屈なところがなく、不思議な方だと感じます。


「学者様なのですね、どんな研究をなさっているのですか?」

「いろんな植物の研究を。薬にするために研究しているんだけど、とりあえず、いろいろな植物を実際に見に行って、その特徴をまとめているんだ」


 幼い時からこちらのお屋敷に奉公に出ている私には、学がありませんが、そんな私でも分かるように、アルフレッド様は丁寧にお話しをしてくださいます。

 アルフレッド様がとある野草の名前を出すと、私は思わず声を上げてしまいました。

 私の実家は生地屋を営んでいますが、その野草は染料としても使うものでした。アルフレッド様が不思議そうにしていらっしゃいますので、失礼を承知でそれをお伝えすれば、あまり染料として出回っているものではなかったらしく、詳しく聞かせてほしいと言われました。


「あまり家業に詳しくないので、分かる範囲になりますが、沸かした湯でよく煮詰めて、色を出していました」

「なるほど、お湯にまで色が移るほどだと結構色が濃いようだね」


 ご自分の研究分野になると、あののんびりしていたご様子はどこへやら、アルフレッド様は次から次へと私に質問をし、なにやらノートに書き留めていかれます。


「成分を調査したら、何かに使えるかもしれないな。この辺りに自生しているの?」

「ええ、ここから少し行ったあたりで」

「……盛り上がっているようだな」


 野草の分布を思い出そうとしていると、聞き慣れた声が耳に入りました。驚いて扉の方を向くと、いつの間にいらっしゃったのか、ライオネル様が扉にもたれかかっています。

 不機嫌そうな顔を隠しもせず、ツカツカと近寄り、私とアルフレッド様の間に立ちふさがるライオネル様に、アルフレッド様がのんびりと笑います。


「大丈夫だよ、君の大事な人には私の研究について、聞いていただけだから」

「そうだとしても……」

「君のそんな顔、初めて見たよ」


 私からはライオネル様の背中で見えないアルフレッド様が、嬉しそうな声で笑いました。


「ルーシー、ちょっといいだろうか」

「ルーシーさん、ありがとう。おかげで退屈しなかったよ」


 ライオネル様に廊下に出るよう促され、アルフレッド様に礼をして退出しようとすると、柔らかな声でアルフレッド様にまたお礼を言われます。改めて深々とお辞儀をし、ライオネル様に続いて退出しました。


 廊下に出るなり、ライオネル様が私を抱きしめます。抱きしめられたのは初めてで、目の前いっぱいに広がるライオネル様の服と、香るライオネル様の匂いに、驚いて固まってしまいます。


「あの、」

「君にも、アルフレッドにもそのつもりがなくても、盛り上がっているのを見たら妬いてしまった」


 ライオネル様のまっすぐな言葉に、胸の高鳴りは収まってくれそうにありません。


「ルーシー、呆れたか?」


 何も言えずに黙ったままの私に、ライオネル様が慌てたように問いかけます。

 ライオネル様がどんな顔をしているか見たくて、そっと私を抱きしめる腕から離れて、お顔を見上げます。少し焦ったような表情に、本当にこの人は私を好いてくださっているのだ、と気持ちが後押しされます。


「いいえ、嬉しいです」


 本当は好きだとか、もっといろいろ言いたいこともあったのに、私の理性が今は仕事中だと止めてきます。

 ライオネル様が口元に手を当て、驚いたようなお顔をされます。好きだと伝えたら、この方はどうなってしまうのでしょうか。


「ライオネル」


 ライオネル様が何か言おうとしたのと同じタイミングで、扉が開き、焦れた様子のアルフレッド様が顔を覗かせます。先ほども様々な場所へフィールドワークすると仰っていましたし、私がお伝えした野草を早速見に行きたいのかもしれません。

 改めて、今はそのタイミングではないのだと感じた私は、アルフレッド様とライオネル様に一礼をし、その場を後にしました。


いつも落ち着いた人が余裕をなくすというのが好きで、ライオネルのそんな面ばかり書いている気がしますが、彼は仕事のできる、冷静な人という設定です。

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