私、子爵家をクビになりました
ルーシー(メイド)視点です。
私、子爵家をクビになりました。
私の名はルーシー・ハンテーヌ。庶民の子です。生地屋を営む両親の元に生まれ、兄と妹、弟がおります。
実家は兄が継ぐことになるし、弟の面倒を見るのは2つ下の妹で充分だろうと、10歳の時に叔父が庭師をしているブラウン子爵家に奉公に出されました。
ブラウン子爵家では、通常はメイド見習いとしてもあまり幼い子は雇わないそうです。しかし幸運なことにブラウン子爵の2番目のおぼっちゃまが同い年で、私を遊び相手として気に入ってくれたので、奉公が叶いました。
幼い時の私は、父母や兄だけでなく、近所の人からも可愛い、可愛いと言われ、育ちました。
パン屋のレニーおばさんなんて、会うたびに「特別よ」なんて言って、美味しいクッキーをくれましたし、男の子の友達からは「大きくなったら結婚しよう」なんてよく言われたものです。
このまま結婚相手も決まるだろうな、なんて甘く考えてたのですが、お年頃のはずの私にはお相手がいません。
許嫁がいるような貴族の方と違って、庶民でも成人する18歳には結婚するか、そうでなくともお相手がいるというのに、今の今まで、私にはラブレターの1つも来ませんでした。
家族の欲目や、お世辞だったんだと分かるようになった年頃から、お仕事により精を出すようになりました。
このまま結婚できなくても、なんとか生きていけるように、そんな思いがありましたので。
貴族の生まれではないけど、厳しくも優しい両親と、頼りになる兄、可愛い弟妹、それからやりがいのあるお仕事、幸せに暮らしていたつもりです。
そう、今朝までは。
ブラウン子爵家は、使用人の私が言うのも失礼ですが、あまり裕福ではないようです。
お屋敷の大きさの割に使用人の数が少なく、メイドも10人ほどです。そのため、家政婦長以外はなんでもやります。
なので、私はぼっちゃまのお世話をさせて頂くこともありますし、こうしてお茶をお出しすることもあるのです。
今日のお客様はオズワルド男爵のご子息、エドワード様です。ブラウン子爵の2番目のご子息であるライオネルぼっちゃまのご友人です。
……私はつい、ライオネル様をおぼっちゃまと呼びたくなってしまうのですが、おぼっちゃまと呼ぶと怒られてしまいます。気をつけないと。
「紅茶です」
エドワード様に紅茶をお出しして、私はお二人に頭を下げてから、いつでも命令が聞ける位置に下がります。
エドワード様は一瞬なんとも言えない目で私を見ましたが、すぐに昔のご学友の話に戻られました。
「なあ、ライオネル。アルフレッドはどうしてるか知ってるか?」
「アルフレッドか、そういえば先日手紙が来ていたな」
「なんて奴だ、俺には手紙を寄こさずに。よければ見せてくれないか?」
「……構わない。ルーシー、少し外す。ここを頼む」
「はい、かしこまりました」
小さく頭を下げた私を確認してから、ライオネル様は部屋を出ます。
バタン、と重い扉の閉まる音がすると、エドワード様がくるりとこちらに振り返りました。ライオネル様と話してた時とは打って変わって、口角が上がった、なんというかいやらしいお顔です。
「ルーシーさん、で間違いないかな?」
「はい、ルーシーと申します」
ちょいちょいと、指で近づくようにジェスチャーをするエドワード様。
いくら使用人相手とはいえ、他家の使用人に対して、失礼な態度ですが、私も長年こうしてメイドをしております。顔には出さずに、しぶしぶ斜め後ろに控えますと、エドワード様は、私の腕を掴みます。
「なあ、給料はどれくらい貰っている? この家はケチだろう。ウチに来ないか」
「え」
思わず丁寧な言葉遣いも忘れます。男性からモテた経験もなければ、男性の友人もそういない私は、ボディタッチに不慣れです。
「ルーシーさん、言われ慣れているだろうが、貴女は魅力的だ。俺付きのメイドになってくれないかな?」
甘い言葉、なんでしょうか。ニヤニヤと笑いながら、エドワード様は私に詰め寄ります。言われ慣れている、ってどういうこと? この人は一体何が言いたいの?
混乱する私をよそに、エドワード様は自分とオズワルド男爵家の魅力を語り続けます。
「あのっ、」
「何をしている!」
鋭い声に思わず振り向けば、いつのまにかライオネル様が戻ってきていました。
驚く私をよそにツカツカと足音をたて、近寄ってきたライオネル様は私の腕を掴んでいたエドワード様の手を叩き落とします。
「ライオネル、このメイドがうちで雇ってくれないかと言い寄ってきたんだ!」
「ライオネル様、あの、私」
エドワード様がライオネル様に嘘を告げたので、なんとか誤解を解こうとしましたが、ライオネル様は険しい顔で私たちを見据え、私の言葉を制しました。
「ルーシ、すまないがエドワードと話をつける。暇を出そう」
ライオネル様の落ち着いた声。頭をガツン、と殴られた気がしました。
暇、私クビでしょうか。
「君…を、てる、エ…か…し、う。もちろ…、」
あまりの衝撃にライオネル様の言葉が頭に入ってきません。
「ルーシー?」
優しい声と共に肩に手を置かれました。心配そうに私を見つめるライオネル様。
「実家に帰っていなさい、必要なものだけとりあえず持っていけば良い」
やはり、私クビなんですね。泣きそうになるのをなんとか堪え、はい、と小さく返事をしました。
こんな時までも優しいライオネル様は安心したように微笑みました。




