表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Pinky Promise  作者: きちょう
第3章 歯車の狂うお茶会
9/30

9.帽子屋の仮面

...049


 夜の闇は彼を映し出す舞台に過ぎない。人々はそっくり返りそうな程に首を上げて、ビルの屋上を凝視した。

 ざわざわとした曖昧な喧噪が、一つの声によって爆発的な歓声へと変わる。

「いたぞ! “マッドハッター”だ!」

 黒いマントに花を飾ったシルクハット。白い仮面で顔を隠した怪しげな男。しかし身のこなしの優雅さから、犯罪者にも関わらず数多の熱狂的なファンがついている。

 怪人“帽子屋マッドハッター

 それは十年程前からこの帝都に現れ、美術品や宝石を中心に盗んでいく怪盗の名だ。

 十年前に一年弱活動し、その後何年も鳴りを潜めていたがこの数年で復活した。

 逮捕されていないのだから当然仮面の奥の素顔は誰にも知られず、あらゆる罠と警備をかいくぐる神出鬼没の存在として知られている。

 彼――男か女かも本来定かではないが、その外見から便宜上彼と呼ばれている――の盗みは、まるでサーカスかマジシャンの派手なパフォーマンスのようで、その姿を一目見ようと見物人まで訪れる始末だった。

 マッドハッター自身も予告状などと謳って、己の盗みに関する挑戦状じみたものを警察に一々送りつけている。

 帝都を騒がせる怪盗は現在二人だが、彼らの予告状が出された際にはテレビニュースも新聞の一面も賑々しくその活躍を騒ぎ立てる。

 今宵のマッドハッターの獲物は、エリスロ=ツィノーバーロートの描いた絵画の一枚。

 ツィノーバーロートは四百年程前の画家だ。

 彼は己の夢に出てくる景色だと言っては、海辺の絵を生涯に亘って描き続けた。後世の研究ではそれはどうやら四時の大陸の一部地域の海岸線であることが判明している。

 絵画の内容も、写実主義の美しい海辺から悪夢のような血塗れた白い砂浜まで様々だ。

 海以外の絵も描いたが、彼の評価が高いのはやはり海の絵だった。

 そして怪人マッドハッターは、エリスロ=ツィノーバーロートの絵画を盗む時は、ほぼ海の絵しか盗まない。

 尤も、マッドハッターの盗みは普通の窃盗犯とは異なっている。

 彼は一度盗んだ品を、ご丁寧にも後日警察に送りつけるのだ。

 そのため完全な窃盗犯と言うよりも、どちらかと言えば己の能力を世間にひけらかしたいだけの愉快犯と思われている。

 しかし世間では品を完全には盗まずに返す彼を好意的な目で見る者も多いという。マッドハッターの人気は下手な芸能人など及びもつかず、それがより一層警察諸氏を苦々しくさせるのだ。

 今日も鉄の扉を勢いよく開け放ち、マッドハッターのいる屋上へ警察がついに昇ってきた。

「マッドハッター! 貴様!」

「おや、モンストルム警部」

 帝都エメラルド警察捜査三課、窃盗犯“マッドハッター”専任警部のコルウス=モンストルムは、今日も彼を追いかける。

 モンストルムは三十代。いつも同じ一張羅を着て、マッドハッターの予告状が出される度に帝都のどこにでも駆けつけるのが役目だ。

 なまじ怪盗としてのマッドハッターに人気があるために、時には彼を追いかける警察として憎まれ役もこなさねばならないという不憫な立場である。

 宝石や絵画、美術品などを狙われる被害者の方も警察などに警備を任せてはおけないという癖のある大富豪、マッドハッター人気にかこつけて商売を始める者、裏であくどいことをしていたが為にマッドハッターの餌食となった同じ穴の貉など様々だ。

 モンストルムはマッドハッターを追いかけ、無事に標的を守り抜くこともあれば、まんまと盗まれてしまうこともある。そしてどれほど標的を守ろうとも、結局怪人をその手で捕まえることは叶わない。

 それでも彼は、帝都警察の威信にかけて今日も怪人を追いかける。

「そこを動くな! 今日こそ貴様を逮捕する!」

「残念ながら、動くなと言われて動かないバカはいませんよ」

 背後に何人もの部下を引き連れたモンストルムの突撃を、怪人は闘牛士のようにひらりとマントを靡かせながら躱した。

 ちなみに、モンストルム警部は後にこの光景をテレビで見ていた七歳の息子から「父さん、さすがにあれはないよ」とダメ出しされたという。

 怪人マッドハッターの盗みは世間の注目度も高く、毎度の如くテレビでも取り上げられるので場合によっては一部始終が帝都中に流れてしまうのである。

 マッドハッターファンの中には彼を捕まえようとする警察諸氏を仇のように憎む者もいる。確かにいるが、それよりもマッドハッターに翻弄され続け、時にコミカルな姿を晒す彼らを、怪盗のショーの出演者の一人のようにみなして喜ぶ者も多いと言う……。

 そして怪人マッドハッターは、今日も獲物を手にして夜の闇を従え、眼下の客たちに仮面の奥から笑みを投げる。

「それでは警部、エリスロ=ツィノーバーロートの絵画『暁の嘆き』は頂いていきますよ」

「あ、待て!」

 怪人がマントをはためかせるように腕を動かすと、次の瞬間その姿はまるで闇に溶け込むかのようにその場から消えるのだった。


 ◆◆◆◆◆


 ヴァイス=ルイツァーリ宅の居間のテレビで、アリスたちは怪人マッドハッターの犯行中継を見ていた。

「相変わらず見事な手際だなー。マッドハッター」

「そうか? こんなこと、魔導を使えば簡単にできる」

「いや、普通の人間は魔導なんて学ばないから。そして学んだとしても、こんなに手際よく術を仕掛けらんないから」

 魔導学の講師として勤める立場で意見するヴァイスに、アリスは突っ込みを入れる。

「でも本当に、彼の場合はどっちなのかしらね? 魔導にしか見えない不可思議な技も、ただの優れた身体能力だったり手品だったりするのかしら」

「うーん」

 シャトンが他愛ない疑問を口にした。口調はともかく、そうしてテレビを見ながら不思議がる様子は無邪気なただの子どものようだ。

 アリスは先月姉と共に見に行ったサーカスを思い出しながら口を開く。

「なんとも言えないな。本当に優れた曲芸師ならあのくらいの動きはできるだろうし、魔導を学ぶ手間と手品の種を考える手間だったら、どっちの方がかかるんだろうな」

「魔導は才能に左右されるから手品かもね。ただ、種が残ってしまうけれど」

「魔導だって調べようと思えば痕跡は残るぞ?」

「調べようと思えばね。その気にならなかったら完全犯罪成立ね」

 完全犯罪、という言葉に、今度は現役探偵であるヴェルムが反応した。彼はこれまで帝都の難事件を幾つも解決に導いてきた実績がある。

 ヴェルムは“怪人マッドハッター”との面識はないと言う。だがその一方で、帝都を騒がすもう一人の怪盗とは何度も対決したことがあるらしい。

「怪盗ジャックもそうだけど、こういう人気のある窃盗犯のトリック解決にまで魔導調査を求める声って少ないんだよな」

「そうなの?」

「殺人事件ならそれこそ犯人を逮捕するまでにはなんだってやる必要があるから、あまりに不可解な事件には密かに魔導士の協力を要請するんだけどな。ジャックもマッドハッターも盗んだ獲物を返してくるからな」

「盗まれた品が戻れば犯人のことなんてどうでもよくなるでしょうね」

 ヴェルムが主に対決する窃盗犯は、“怪盗ジャック”の方だった。マッドハッターと同じように予告状を警察に送りつけて犯行を行う怪盗で、こちらは白い騎士装束のような衣装を身に着けている。

 探偵としてのヴェルムはお宝の持ち主や警察から、狙われた品の警備を任されることが多いらしい。盗品を返却することで有名な怪盗と言えど、所詮は犯罪者、何があるかはわからない。

 そんなヴェルムに、午後九時を回って比較的遅いと言われるこの時間に電話がかかってきた。

「え? ……はい。そうですが……」

 アリスたち三人は息を潜めて会話の邪魔にならないようにしながら、音を絞ったテレビに再び目を向ける。

 黒いのに派手なマントを翻すマッドハッターが闇に溶け込む姿を見ながら、好き勝手なトリックを口ぐちに言い合った。

「わかりました。明日の正午ですね。伺います」

 通話を終えたヴェルムにアリスは話しかける。

「どうしたんだ? ヴェルム」

「警察に呼ばれた。力を貸してほしいって。すまん、数日は忙しいかも知れない」

「わかった」

 探偵って大変だなぁなどと他人事のように感じながら、この時のアリスはまだ、自分が平穏な生活の中にいると信じて疑わぬままテレビを見ていた。


...050


 ヴァイス=ルイツァーリ宅。白兎との因縁から現在世話になっている講師の家で、アリスはドキドキとギネカの訪問を待っていた。

「視てきたわよ」

「!」

 訪れた友人は開口一番そう告げる。

「ダイナ先生に触るとか、歴戦の痴漢並の上級テクニックを要される難ミッションだったわ」

「痴漢テクニックって……。あなた、そんなもの持ってるの?」

 シャトンとギネカはほとんど面識がないのだが、思わず突っ込んでしまうくらいにはギネカの発言は問題だった。ギネカはやりきった顔をしている。何かを。

「そんなことはどうでもいいから結果教えてくれ!」

 前回の遺跡探索の際、ひょんなことからアリスの正体がギネカにばれてしまった。真実を知ったギネカは逆に彼女自身の能力をアリスに教え、彼が元に戻るための方法を探す仲間として手を貸すと約束したのだ。

 ギネカの接触感応能力を知ったアリスがした頼み事は、姉のダイナに関することだった。

 弟の失踪に不審を抱いているダイナがどこまで真相に気づいているかの確認だ。一度はヴェルムに変装して誤魔化してもらったが、ダイナ相手に通用するかは定かではない。

 友人のギネカに見破れたのだから、ダイナが気づいていてもおかしくはないというわけだ。

 そして今日の日中、学院内でさりげなくギネカがダイナと接触してその内心を確認したところ――。

「ダイナ先生、まだあなたのことに完全には気付いてないみたい」

「へ?」

 てっきりダイナのことだから、アリスのことも全て知った上で自由にやらせているのではないかと疑っていた。だが。

「完全には、ということは部分的には気付かれているの?」

 驚きで一瞬言葉を失ったアリスに代わり、シャトンが大事なポイントを逐一確認していく。ギネカももはやすでに彼女の中身が同い年と知っているためか、気にせずさくさく報告していった。

「ええ。エールーカ探偵の変装は見破られているわね」

 元よりギネカはそれを知っていた。ギネカ自身も偽アリストの挙動に違和感を持ち、接触感応能力を使ってそれが探偵ヴェルムの変装であることを確認したのだ。

 それをダイナに相談しようとしたところ、意味深な反応で返された。少なくとも変装のことはあの時点でダイナにもすでに気づかれていたというわけだ。

「でも、アリストが”アリスちゃん“であることは気付いてなかったわ」

「ちゃんとか言うな」

 アリストとの類似性に気づかれないよう、目上の人間の前では少しばかり大人しく振る舞っているため、女顔と相まって少女に間違われる。それが最近のアリスのパターンだった。

 ちなみに元のアリストと面識がないため素で接している小等部の同級生たちからは、アリスは大人の前では「ぶりっこ」をすると大変不評である。

「まぁ、良かったじゃない。これであなたのお姉さんに危険が及ぶ可能性は減ったのよ。身内でそれなら、お友達も十分セーフでしょう」

 実に子どもらしくない優雅な仕草でカップを傾け、シャトンはそう言う。アリスとギネカは揃って複雑な表情を浮かべた。

「でも……なんとかした方がいいわよね、これ」

「ああ。ヴェルムにも迷惑をかけそうだしな」

 アリスは自分もお茶を飲んで一息つきながら、空いた席を何とはなしに眺めてしまう。

 ヴァイスの頼みによって一面識もないアリスト=レーヌに変装して不在を誤魔化してくれた探偵はここ数日、この家に訪れていない。

 顔馴染みの警部から、どうやら難事件解決への協力を要請されて忙しいらしい。

 だからダイナと顔を合わせる機会もなくて済んでいるが、この家に頻繁に顔を出す以上いつまでも会わないわけには行かないだろう。

 そしてもちろんヴェルムだけではなく何より自分自身のために、アリスはダイナをなんとか誤魔化さねばならない。

「気が重いなぁ」

 また姉を騙さねばならないのかと、アリスの表情が歪む。

「電話はしているんでしょ?」

「ああ、変声装置って言うの? ヴァイスが声を変える機械を作ってくれた」

 普段から作る意味も用途もわからないと周囲からぼろくそに言われるような魔導工学品を発明するのが趣味のヴァイスが、ちゃちゃっと数時間程度で作り上げた品である。

 この発明力をむしろ何故普段から作る物に活かさない……と、アリスとシャトンが無言になるほど良い出来栄えだ。

 元のアリストの声を再現するだけなら缶バッジ程度の大きさの装置で十分だと、アリスが今も身に着けているバッジの中にそれは組み込まれている。

「でも、こう言うのは今のアリストには酷かも知れないけれど……ダイナ先生も安心するためには、一目でも顔を見たいでしょうね」

 ギネカは自分自身がアリストの安否不明でやきもきしていた時間を思い出してそう言った。普段幼馴染以外には隠している接触感応能力をフル活用し、その秘密を打ち明けてでもアリストを見つけたかった。

 ダイナもそうでないとどうして言える。血の繋がった姉弟ではないが、彼女は紛れもなく彼の姉なのだ。

「うん……姉さんには……本当に悪いと思っている」

「あ、べ、別に責めている訳じゃないのよ! ただ、何かいい方法がないかなーって。等身大の立体映像とか!」

「いやさすがにそれは……」

 至近距離で映像と気づかれない程質感の伴った投影ができるはずもないし、光によって空中に映し出される像など、一歩間違えれば幽霊のようだ。

「ふむ。映像、ね」

 しかし、そこで意外な反応を見せたのはシャトンだった。

「「へ」」

「リアルな立体映像で子どもの姿を覆えば――いえ、駄目ね。そうすると移動の度に調整しなきゃいけない術式が……でも遠方から映像だけ照射するのなら魔導でなくとも同じだし……」

 驚くアリスとギネカを置いてけぼりに、彼女は頭の中で新しい術式の組み立てを構想しては検証するのを繰り返す。

「あの……シャトン?」

 アリスが恐る恐る名を呼ぶと、ハッと我に帰った少女は続いて、深く溜息をついた。

「悪いけど、行き詰ってるのよ。あなたの姿を戻す術式」

「へー。どんなふうに?」

「あ、馬鹿」

「つまり」

 アリスはうっかり忘れていた。魔導バカに魔導を語らせると長いということを。

 巻き込まれたギネカ共々、長々とシャトンの術式構想を聞かされる羽目になる。

「……と、言う訳で、これ以上は発想そのものを変えなければいけないようね」

「お、おう」

「何かいい案があったらちょうだい」

「うん」

 ぐったりした二人の様子にも構わず、シャトンは話を締めくくる。

 確かにアリストが一時的にでも元の姿に戻れるような禁術を構築するのは急務だが、アリスたちがここで適当な提案をしたところで即座に結果に繋がるとは思えない……。

 アリスト復活への道のりは酷く長そうだ。

「それじゃ、私は今日は帰るわね」

 話に一区切りがついたところで、ギネカが言い出した。もう窓の外も大分赤く染まっている。

 アリスが手を挙げた。

「あ、待って。下まで送るよ」

「……その姿で?」

「いいだろ別に」


 ◆◆◆◆◆


「あの人、悪い奴ではないみたいね」

「シャトン? ああ、まぁ」

 マンションの下まで降りて、ギネカの方から話を切り出した。

 先程まで顔を合わせていた少女、今は七歳の子どもの姿をしているが、本当はギネカやアリストと同じ十七歳だと言う、コードネーム“チェシャ猫”ことシャトン=フェーレースについて。

 確か物語の『アリス』は七歳の少女だったか。ふわりとした淡い色の髪を持つ愛らしい容姿の少女は、外見だけなら「アリス」という言葉にぴったりの、人形のようなお姫様だ。

 ただしその中身は生真面目かつ魔導バカで、世間知らずの悲観主義者。とはいえいつもはそこまで暗い面を押し出すのではなく、軽い冗談やからかいをよく口にするという。

「なんだかんだあったけど、素性の割に情が強くて真面目ないい奴だよ」

 シャトンと一緒にいることにもすでに慣れたアリスは、軽くそう言う。シャトンの一般人にはない独特の視点からの物言いも大分馴染んできたところだ。

 自身もジグラード学院という、外から見れば人外魔境にしか見えないと評判の学院内で更に魔導学などを修めているアリスからすれば、話が通じやすいシャトンは気楽に付き合える部類だ。

「……」

 ギネカが意味ありげに沈黙してみせる。心なしか目付きが据わっているように見えるのは気のせいだろうか。

「どうしたんだ?」

「いえ、何も。……姿が変わってもあなたが楽しそうに暮らしてて良かったわねって話よ」

「は? ありがとう……?」

 皮肉なのか単に心配されたのか微妙にわからないと、アリスは適当な礼を言う。

「でも早く元の姿に戻ってもらうから」

 続いて宣告された言葉はやけに力強かった。下手をすると、元の体を取り戻したい本人であるアリス以上に気合が入ってそうな物言いだ。

「うん、俺も早くそうしたいけど。……どうかしたのか?」

「なんでもない」

 ギネカは、深いため息をつきながら首を横に振った。


...051


「ねぇ、見た?! この前のマッドハッターの犯行中継!」

「おー、見たぜ」

「俺も」

 ジグラード学院の昼休み、たまたま前の授業が早く終わったのをこれ幸いにと、フートたちは食堂の一角を占拠していた。

 高等部組はフート、ムース、ギネカにレント、そしてエラフィとヴェイツェの六人が揃っている。そしてフートたちとはこの前の遺跡探索で仲が良くなった小等部生たち――アリス、シャトン、カナール、ローロ、ネスル、テラスにフォリーの七名が集まっていた。総勢十三名の大所帯だ。

「マッドハッターって、帝都で有名な泥棒ですよね!」

「お、ローロ君。君ももしかしてマッドハッターファンかい?」

「はい! どうやったらあんな凄いことができるんだろうって、いつも不思議に思いながら見ているんです!」

「へー」

 子どもたちの中では真っ先に話題に食いついたローロにフートが話しかける。ローロは目を輝かせて、先日の怪人の犯行について話しかけた。

「ビルの屋上から屋上に飛び移るあの身体能力! 一体どういう仕掛けなんでしょう?!」

「ただ跳び移っただけだろ」

「……へ?」

 ローロの興奮に、アリスが弁当を食べながら冷たく水を差す。

「マッドハッターの身体能力は確かに凄いけど、あれぐらいならあくまで人間業の範疇だ。体操選手とかスタントマンとかサーカス団員とか、あれぐらいできる奴はざらにいるだろ」

 場が静まり返り、一同は思わず無言になる。

 ローロは目が点だ。

「言われてみれば……多分この学院でも高等部の体育上位成績陣になると、あれぐらいできそうですよね。ギネカさんとかできるんじゃありません?」

 ムースが話題をギネカに振る。ギネカもごく自然に頷いた。

「できると思うわよ。この前のあれぐらいならね」

「えー! ギネカ姉ちゃんマッドハッターなのか?!」

「違うわよ、おバカ……あれぐらいできる人間は普通にいるでしょって話よ」

 ネスルの勘違いを、シャトンが横から訂正する。

「私にできるんだから当然、フートやアリストもできそうよね」

「おー、言われてみれば。……うん、できると思うぜ! 別に怪盗でもなきゃ夜の屋上から屋上へ飛び移る必要性もないけどな……」

「まぁ、そうよね」

 種も仕掛けもありません、とギネカは腕を仰向けに広げて肩を竦める。

「でも、あのトリックは見事でしたよね! たくさんの花弁が空にひらひら~って」

「あんなもん、最初から花弁を仕込んだビニール袋でも上空に仕込んで飛び道具で破裂させればなんとでもなるだろ」

 なんとか空気を戻そうとしたローロに、再びアリスが水を差す。

「……」

「まぁ、飛び道具なんかなくても、少し離れた場所から紐を引っ張れば袋が開く仕組みにすればいいわよね」

 シャトンもついつい釣られて追撃をかます。

「いずれ警察が解明してどこかで発表するんじゃない?」

「ま、時すでに遅しだけどな」

 その時の犯行の仕組みが後でわかったところで、マッドハッターを捕まえることはできない。

 最新の科学捜査を一体どうやってすり抜けるものか、怪人は証拠を残さないことで有名だ。

 ローロは、健気にもう一度話題を振った。

「そ、それでも! マッドハッターの犯行は大胆不敵で華麗ですよね! まるで犯行現場を自分のステージみたいに、あれこれ演出して……! ね!」

「そうだね。本当に腹が立つよ。地獄に落ちろ」

「……テラスくん?」

 今度の発言はアリスではない。これまで大人しく弁当を食べていたテラスだ。

 意外な人物の意外な反応に、一同は再び目を点にした。

「え、ど、どうしたのテラス君? マッドハッター嫌い?」

 フートが何故か焦ったように、テラスへ尋ねる。

「嫌いというか、マッドハッターのせいでお父さんが悪く言われるのがイヤだよ」

「そういえば……テラス君の父親って」

 先日聞き知ったばかりの事実を思い出して、シャトンがテラスに問いかける。

「うん。この前探偵のお兄さんにも説明したけどね。コルウス=モンストルム――怪人マッドハッター専任の警部だよ」

 テラスのフルネームは、テラス=モンストルムである。フォリーがもぐもぐと頬を膨らませながら一言添える。

「おじさん、この前もまたテレビに出てた」

「出てたね。今日こそマッドハッターを捕まえるって」

「テラスくんのお父さんいつも同じ服で同じこと言ってるから、カナあれ録画なのかと思っちゃったよ!」

「俺もー」

「実は僕も」

 カナール、ネスル、ローロの無邪気な子どもたち三人が、今度はテラスに追い打ちをかけた。

「がーん」

「って言う割にショック受けた様子じゃないよねテラス」

「まぁ、いつものことだからね」

 アリスの指摘に、付き合い程度に擬音を口にした少年は歳に似合わぬクールな溜息をついた。

「ま、そんな訳だから僕は『マッドハッターを一日も早く捕まえ隊』ね。現場に行ったらお父さんの応援をするから」

 テラスがこの調子なので、その日の昼はこれ以上マッドハッターの話題が出ることなく会話終了した。


 ◆◆◆◆◆


 昼休みが終了して子どもたちがいなくなる。

高等部生組は次の授業も休講なので人の少なくなった食堂に残った。

「じゃ、俺はヴァイス先生に呼ばれてるから」

「おー、頑張れよ学年首席」

「ちっ、今までこういうのはアリストの役目だったのに……」

「これまでアリストに任せっぱなしだったツケが来ただけでしょ。しっかりやってきなさい」

「こんだけいるなら誰か一人くらい手伝いについてきてくれねーのかよ」

「「「「嫌」」」」」

「ひでぇ!」

 フートだけがヴァイスの用事で席を外す。食堂を出て後ろ姿も見えなくなった。

 その瞬間、彼らはざっと一斉に食堂の机に伏せると、顔を突き合わせて話し始める。

「ねぇ、どう思います! 皆さん!」

 口火を切ったのはムースだ。このメンバーの中でも、普段から比較的大人し目の彼女にしては珍しい。

「惚れてるな」

「ぞっこんね」

「あいつマッドハッターファンだから嫌いって言われて何気に落ち込んでたな」

「そう、やっぱり皆さんにもそう見えるんですね」

 ムースが溜息をつく。

「しかしまさかなぁ……」

「あのフートがねぇ」

「小等部生の男の子に……」

「惚れちゃうなんてね!」

 レントが溜息をつき、ギネカが食堂の出口を一瞥し、ヴェイツェが顔を曇らせ、エラフィが笑いながら言った。

 話題はフートの恋のことだった。しかし相手が問題だ。

 この大陸中の叡智集うジグラード学院高等部にて圧倒的な実力で首席を独走する天才児フート=マルティウスの恋の相手は、なんと同小等部一年の男子生徒――テラス=モンストルム少年なのである。

「どこから突っ込みを入れればいいの? 年齢? 男同士? 歳の差?」

「歳の差はあと十年もすれば気にならなくなるだろう。逆に言えばそれ以外の要素は十年経っても全滅だけど」

 ヴェイツェの指摘は的確故に割と酷い。

「いやいやほら、別に今のところ何をどうしたってわけでもないし」

「七歳児相手に何をどうしたら、フートじゃなくても犯罪だっての。だからムースが泡を食って私らに相談して来たんじゃん。そうよね」

「その通りです、エラフィさん」

 フートの幼馴染、ムース=シュラーフェンは重々しく頷いた。

「と言ってもねぇ……恋愛は自由なものだし」

「何? ギネカ、あんたも幼児性愛者のお仲間入りしちゃったわけ?」

 中立的な意見を口にしたつもりのギネカだったが、エラフィにここぞとばかりにからかわれる。

「そういや今日とか結構あのぷちアリスト君と仲良かったけど、あんたまさか本気でアリストからあの子に乗り換え狙ってるんじゃ……」

「そんなわけないでしょ! エラフィとヴェイツェはいなかったけど、私たち四人は前回の遺跡探索であの子たちと仲良くなっただけよ!」

 いきなりペドフィリア扱いされたギネカが、猛烈な勢いで反論する。その様子から先日のことを思い返し、ムースがぽんと手を打つ。

「そう言えばアリス君、強盗の弾丸からギネカさんを庇ってましたね」

「え、何それ。すご……将来有望じゃん」

 銃弾って、あの銃弾? とエラフィが目を丸くする。魔導防御の盾を張って実銃の攻撃を防げるほどの使い手となると、高等部の魔導学を修めている人間でさえ一握りしかいない。

「まぁ、あの子だけじゃなく、シャトンちゃんやテラス君も凄かったんだけどさ」

 レントもうんうんと頷いた。もしかしてこの子たち俺より凄い? などと密かに落ち込んでいることは秘密である。レントは魔導に関しては、せいぜい素人よりはマシ程度の普通の成績だ。

 一度ずれかけた話を、ムースが自分で戻す。

「ギネカさんとアリス君に関してはこの際おいておきます。それこそ十年待てばいいだけの話ですので。でもフートとテラス君の場合はやはり、私も幼馴染として放っておくわけには……!!」

「……フートってショタコンなの?」

「今までそんな気配ないと思ってたんだけど……」

 ムースのあまりの真剣さに、冗談を通り越して思わず真顔になったエラフィがギネカに尋ねる。が、当然ギネカも友人男子の性的指向も性的嗜好も知るはずがない。

「そんな性癖があると聞いたことはありませんし、私が知る限りこの十七年間、あいつが小さな子に好きだのなんだの大真面目に言っている場面も見かけたことはありません」

「――でもテラス君に関しては本気なんだ?」

 ヴェイツェが核心に触れる問いかけをする。

 その言葉を切欠に、最短でもここ一年程の付き合いがあるフート=マルティウスの友人連は口ぐちに言いたいことを言い始めた。これまでも大分言いたいことを言ってきた者もいるが。

「私、てっきりフートはムースが好きなんだと思ってたわ」

「幼稚園児の戯言並みには。でも私、他に好きな人がいますから」

 ギネカが溜息と共に吐き出せば、フートの幼馴染は、あっさりばっさりとその前提を、自分の気持ちを起点に否定する。

「何そのいきなりカミングアウト、むしろ私そっちの話聞きたいんだけど」

「それはともかく!」

「誤魔化した!」

 ムースに好きな人がいるという話自体が初耳だと、エラフィが好奇心に瞳を輝かせる。だがその話題にあまり触れてほしくないムースは、少々どころか大分強引に話をフートのことへと戻した。

「フートが人として道を間違えないように、皆さんにもできるだけ見張っていて欲しいんです!」

「具体的には?」

「フートとテラス君を二人きりにしないでください。いくらなんでも七歳児じゃ十七歳に手を出されたら抵抗できません!」

「あの……ムース? あんた幼馴染を何だと思ってるの?」

「ショタコンホモの性犯罪者予備軍扱い……」

 あまりと言えばあまりの対応に、ムースの勢いに押されながらも突っ込まずにはいられない友人たちだ。

「まぁ、あいつらを特に二人きりにしなきゃいけない理由もないし、どうせ動くときは向こうもお友達連れだろ」

「普通に見てればいいか、普通に」

 話は何とか終わり、一同はフートがヴァイスの用事を片づけて戻ってくるまで自習課題に手を付けることになった。

 ちなみにギネカは、後でこっそりアリスことアリストにだけは相談しようと考えていたりする。


...052


「フートがテラスにぃ?! え、あいつ、いつから青少年保護育成条例違反してんの? 通報していい?」

 フートはアリストにとって大事な友人だが、それはアリスにとってのテラスも同じである。最悪の事態になった場合、法律に則った判断を下さねばなるまい。

「いえ、まだそこまでは行ってないらしいんだけど」

「どうりで何か態度が変だと」

「気づいてたのか?! シャトン!」

「うすうす。なんとなくは。――ねぇ、ちょっと白騎士、子供用の防犯グッズ作ってくれない? 魔導の名手も一撃撃退できるような奴」

「お前らマルティウスを何だと思ってるんだ?」

 フートに対してまったく信用のない会話に、ヴァイスが呆れて突っ込む。

 ギネカはルイツァーリ宅を訪れたついでに昼間の会話をアリスたちに聞かせていた。

 もちろん高等部生組でフートの動向もそれとなく見張るつもりではあるが、テラスと近しい小等部のアリスやシャトンにも気にかけていてもらえればこれ程心強いことはない。

「というかマギラス、お前そんな話をしに来たのか?」

「違います。っていうか、あなた方が呼んだんでしょうが」

 もちろん、ギネカもこんな話が目的でこの家を訪れた訳ではない。

 本来のお題は、睡蓮教団への接触方法だ。

 アリスたちは一度気を引き締めて、作戦会議を始める。

「まぁ、今は接触の手がかりへの接触方法を探す段階だな。組織幹部がごく普通に街中を歩いているとは思えんし、そうだとしても私たちにそれを判別する情報はない」

 睡蓮教団の人間を見分ける手がかりだが、彼らの手持ちの情報は今のところ『不思議の国のアリス』にちなんだコードネームの存在くらいだ。それも、睡蓮教団の関係者だけではなく、彼らへの対抗者であるアリスたち自身をも含む微妙な判別方法だ。

 つまり、外見で教団の関係者を見抜く手段がアリスたちにはないのである。

 普通に考えて、怪しい組織の人間がそのまま怪しい格好で街中を歩いているわけはない。それはただの怪しい人である。

「……でも、白兎と赤騎士はお前らこれから舞台に出演でもすんの? って格好していたような……」

 一番に出会った刺客が例外中の例外である。まったく役に立たない先例を持ちだして、アリスは眉間に皺を寄せた。

「まぁ、彼らは割と特別な立ち位置だから。如何にもそれっぽい恰好をするのは威嚇の意味もあるのよ」

 白兎や赤騎士と面識があり、彼らの教団内での立場もある程度理解しているシャトンが言葉を添える。

 しかし何気ないやりとりは、ヴァイスの発言によって一度途切れ、しん、と部屋の中に沈黙が降りた。

「どうせ相手を殺せば返り血のついた服を着替える必要があるしな。対面相手が殺しの標的だけなら服装に意味はないんだろう」

 改めてアリスは、あんな奴らと渡り合ってよく生き残れたものだ。生憎と大分縮んでしまい、十七歳の高校生としては無事ではないのだが。

「シャトンは、組織の構成員の情報はないのか?」

「……ごめんなさい。私はどちらかと言えば特殊な開発部門の人間だから、組織の核心で動いている裏部門の人間は詳しくないのよ」

 シャトンの任された禁呪の開発は、中身を知らなければただの魔導の研究だ。

 けれどその内容自体は睡蓮教団の目的である「神の復活」そのものに関わるため、彼女は表裏どちらともつかぬ中途半端な存在となっているらしい。

「私が知っている辺りの情報は、さっさと整理されてしまったようだしね」

 すでに帝都でシャトンの知る、禁呪の開発に関わっていた研究機関や工場が次々と謎の事故を起こしている。炎の海から焼け残ったものに大した情報はあるまい。

「ってことは……」

 ギネカが瞳に強い決意を宿し、改めて口を開く。

「やっぱり教団の尻尾を掴むためには、コードネームを追って行かねばならないってことね」

「そうなるわね」

「なるな」

「じゃあ、こんなのはどう?」

 彼女は携帯でネットブラウザを開き、あるニュースを表示する。

 三人はそれを覗き込んだ。アリスがニュースのタイトルを読み上げる。

「“怪人、再び! マッドハッターの次の獲物は――?!”これって……」

「そう、帝都の二大怪盗の一人、マッドハッターの次の予告状よ」

「へぇ、もう次の予告状が出ていたのか。今回は随分ペースが速いな」

 先日も話題になった、帝都を騒がす大泥棒の一人、怪人マッドハッター。

 怪人はすでに次の予告状を出していて、きっとその現場にはまたもや大勢の野次馬が押しかけることが予想されている。

「展覧会の関係かしら。帝都のポピー美術館で、ちょうど今ツィノーバーロート展が開かれているわね」

「そういえば、マッドハッターの獲物はツィノーバーロートの絵が多いな」

 かの有名な怪盗の犯行を振り返り、シャトンやヴァイスも思わず顔を見合わせる。

 そしてシャトンは顎に指を当て、何事か考え込むように呟きだした。

「なるほど……“イカレ帽子屋”。確かに彼は、『不思議の国のアリス』にちなんだコードネームの持ち主と言えるわね。でも……」

「睡蓮教団の人間ではない。でしょ?」

 台詞の先を引き取ったギネカは、シャトンの台詞が読めていたようだ。

「あら、わかっていたの?」

「教団の関係者なら、こんな堂々と自己アピールはしないでしょうから。あなたの話を聞いていると、睡蓮教団はただの狂信者の集まりである宗教団体じゃなくて、目的を持って形成された犯罪組織だわ」

 だからそこに所属する者たちも、軽はずみに一般社会にコードネームを晒したりはしないはず。

 自らが神に仕える者ではなく、薄汚い欲を満たすために暗躍する罪人だと知っているからこそ、彼らは闇に隠れて動く。

「その犯罪組織の一部、秘密を知る者の証としてのコードネームを名乗るってことは、マッドハッターは教団に対して何らかの事情を抱えているってことか」

 確かにギネカの推測に沿って考えれば、コードネームらしき名前を名乗る怪人の存在は不自然だ。アリスは頷き、ギネカに話の続きを促す。

「……敵対者じゃないかと思うの」

「敵対者?」

「ほら、アリストが今その姿で教団を潰して盗まれた時間を取り戻すために色々やっているように、他にも教団の被害を受けて、何らかの形で復讐したい人間がいるんじゃないかしら」

「復讐って……」

 アリスは思わず鸚鵡返しに呟いた。

 確かにアリスのやろうとしていることは復讐なのかもしれないが、身内を殺されたわけでもあるまいし、なんだか言葉が強すぎると感じた。

「ただの言葉のあやだから、気にしないで。リベンジって軽く言えば良かった? それより」

「そうだな、そういう奴らもいるかもしれん。実際私は十年前に教団とやりあって、今も“白騎士”として奴らにマークされている。マッドハッターも同じ事情だというのは、十分考えられるな」

 腕を組んで考え込んでいたヴァイスも深く頷いた。

 『アリス』のコードネームに関しては、教団の敵味方両方に使われるものだ。それは属する組織によって決まるのではなく、本人の持つ情報によって決まるもの。

 不思議の国の悪夢のような、呪われた神の復活という世界に触れてしまった者だけがその名を得る。

「本当に関係のない可能性もあるけれど」

「けど、今の帝都に存在する怪盗のうち二人が二人とも、『アリス』のコードネームを名乗っているんだよな」

 帝都の夜を騒がせる怪盗は二人。一人は“帽子屋”こと怪人マッドハッター。もう一人は“パイ泥棒”こと怪盗ジャック。

「マッドハッターに関してはともかく、ジャックの方は確か五年前に復活した時の予告状がかなり挑戦的なものだったんだっけ?」

「ああ。らしいな」

 つい最近も特番か何かで流れた怪盗の情報を思い出して、アリスとヴァイスは顔を見合わせる。

「……怪盗ジャックも教団を追う側なら、その挑発も本来は警察に宛てたものではなく、教団への宣戦布告?」

 シャトンが静かに疑問を口にする。

「でも、なんでそんなことする必要があるんだ? わざわざ世間に知らしめたりする必要あるのか?」

「そうでもしないと、教団に接触できないんじゃない? 教団の存在やアジトを知らなければ、乗り込みようがないじゃない」

「あ、そうか」

 アリスはぽん、と手のひらを叩いた。目からうろこだ。

 いつの間にか考え方がくるりとひっくり返って逆転していた。教団を追いかける自分たちの目線と、怪盗の目線がごちゃまぜになってしまう。でも逆に考えるならば、それは――。

「……ってことはさ、怪盗たちも、俺たちと同じく基本は一般人の観点から睡蓮教団を追ってるってこと?」

「蛇の道は蛇と言うけれど、マッドハッターも怪盗ジャックも、殺しもやる犯罪組織に比べればクリーンな泥棒よ。その可能性はあるわね」

 アリスの問いに、ギネカとシャトンも同意を示す。この状況からはそうとしか考えられない。

 それだけではなく、ヴァイスは更にもう一歩怪盗たちの事情に踏み込む考えを示して見せた。

「……怪人が教団を追っているのではなく、教団を追うために怪人になった……のではないか?」

「え?」

「そもそもあいつらは何故盗みを働くんだ? 盗んだものをそのまま懐に入れるならばともかく、マッドハッターも怪盗ジャックも、盗品を事件後に返却することが多いだろう。では、奴らの盗みの目的はなんだ?」

 スリル? 警察に対する挑戦? 自分の力を誇示したいだけ? あるいは。

「怪盗の犯行には、何か、意味がある……? 盗む方法という過程を曲芸で修飾しながらも、本来の目的はやはり窃盗そのもの。彼らが盗んでいる物は……何?」

「怪盗二人の獲物は多少偏っているけれど、大体似たような感じよね。高価な絵画に美術品、宝石。でもすぐに返してしまう。だったら一体何を収集しているの?」

 シャトンが、ギネカが、怪盗たちの思考を追って想像を巡らせる。それを横で聞いていたアリスは、ハッと顔を上げた。

「欠片だ」

「……ッ!!」

 シャトンが息を呑む。三人寄れば文殊の知恵と言わんばかりに、誰かが言葉で筋道を立て、それをなぞることで思考が整理されていく。

「欠片?」

「って、まさか」

「ああ」

 帝都の夜を駆ける怪盗たちの目的に思い至ったアリスは、もはやそれしかないと断言する。

「怪盗たちが集めているのは――魂の欠片だ」

 正解と言わんばかりに、ヴァイスがパチパチと気の抜けた拍手を送った。


...053


「まぁ、ダメでもともと、本人に接触して聞いてみればいいんじゃない?」

「聞いてみればって……相手怪盗なんですけど」

 怪人マッドハッター。その存在は、アリスたちが追う犯罪組織「睡蓮教団」についての情報を持っている可能性が高い。

 しかしそのマッドハッター自身が、世間的に有名な怪盗だ。会いたいと言って会えるような相手ではない。まだ芸能人目当てにテレビ局に押しかける方が容易い。

「でも彼が――マッドハッターが本当に睡蓮教団の敵対者なら、私たちの味方になってくれるかもしれないわね。そうでなく実は教団の一員で何かの思惑があって窃盗を行っているのなら……まぁ、そのまま捕まえればいいわ」

 シャトンといいギネカといい、豪胆を絵に描いたような少女たちは帝都を騒がす怪盗相手にもまるで臆した……どころか、容赦する様子すらない。

「そんな簡単そうに言うけどさぁ」

 現実主義者のアリスは一々二人の発言に突っ込みを入れたくてたまらないが、ついには仮の保護者であるヴァイスまでもが二人の言い分に折れてしまった。

「……まぁ、一理はある。マッドハッターの立場がどちらにせよ、怪人の一人や二人捕まえられずに、睡蓮教団を壊滅させるなど不可能だからな」

 けれど十七歳の若者組のどこか軽い会話を、ヴァイスの真に迫った声が引き締める。

 十年前、睡蓮教団と敵対し彼らをあと一歩で壊滅させるところまで追いつめた時のヴァイスも十七歳だった。

 だが今とあの頃では、教団の規模そのものが大きく違うのだとヴァイスは言う。

「マッドハッター……コードネーム“帽子屋”か……」

 シャトンもその名に何事か思う様子だ。

「とはいえ今すぐに怪盗のアジトに乗り込んでどうこうせよという話でもあるまい。標的が明確なんだから、地道に情報収集すればいい」

「情報収集?」

 ヴァイスはギネカの携帯のニュース画面を指で叩く。

「マッドハッターの犯行を、現場で実際に見に行くのはどうだ?」


 ◆◆◆◆◆


 ――そして、犯行当日。

「凄い人込みね……」

「下手な俳優より人気の怪盗だからな。盗んだ獲物を返すことも人気に一役買っている」

 アリス、シャトン、ギネカ、ヴァイスの四人は、怪盗が予告状を出した美術館の前にいた。

 周囲は怪盗を一目見ようと押しかけた野次馬でいっぱいだ。

「あれ? 姉さんは一緒じゃないの?」

「誘ったんだがな。ダイナは今日は友人と予定があるそうだ」

「振られたな」

「うるさい」

 ダイナに誘いをかけたが断られたというヴァイスに、アリスはいい気味だと笑って見せる。

 男たちの様子を呆れた眼差しで眺める少女二人は、怪盗に関する話を続けていた。

「その返却もこれまでせいぜい人気取り程度にしか考えてなかったけれど、欠片を集めているとなると説明がつくわね」

 犯行風景を見る前に一応の下調べを済ませた彼らは、初めに立てた推測をやはり裏付けられることとなった。

 これまでマッドハッターが盗んだ獲物の来歴や噂について集め、その前後の持ち主の評判まで含めて精査する。

 マッドハッターが集める絵の多くは曰くつきの画家、エリスロ=ツィノーバーロートが描いたもの。

 そしてそれ以外の美術品や宝石に関しても、怪人に盗まれる以前から、邪神の魂の欠片の影響と目される怪しい噂が絶えない曰くつきの品ばかりだったのだ。

「怪盗の獲物についての情報集めも、ギネカはやけに手際良かったよな。おかげで助かったよ」

「そ、そう? こんなの、いつも書いてるレポートの要領と同じでしょ!」

 アリスの何気ない言葉に何故か少し声を上擦らせて、ギネカは無理矢理笑顔を作る。

欠片。――背徳神の、辰砂の、魂の欠片。

 かつて地上を呪った神と、その神を自らごと無数の欠片に砕いた最強の魔術師の――。

「なぁ、魂の欠片って、判別はつくのか?」

「判別がつくのだとしたら、マッドハッターの集めている欠片は『どちら』のものなのかしらね」

 睡蓮教団の目的に関しては、すでにギネカも聞いている。宗教団体を装った犯罪組織の真の目的が、古の邪神の復活などという途方もないものであることも。

「判別ができる奴はいるが、それは魂の欠片を持っている人間に限る。つまり――」

「ヴァイスにはわかるのか? 背徳神の魂の欠片が」

「ああ」

 かつて魔王と呼ばれた者の生まれ変わりであるヴァイスは、自分と同じく背徳神の魂の欠片を持つ者や物を判別できるという。

「それってどうやるんだ?」

「やるというより、わかる。いちいち風を感じるのに何故わかるなどと思わないだろう。だが本物だとしたらそれはそれで厄介だ」

「なんで?」

「それが本物の魂の欠片なら、私は触れられない。魂の欠片はより大きな欠片に惹かれる性質をもつんだ」

「惹かれる……?」

 初めて聞く話に、アリスはヴァイスの様子に注目した。周囲の野次馬たちの喧騒も遠ざかる。

「あるいは呼ばれると言った方が正しいか。欠片が欠片を持つ者を呼ぶ。基本的に物に宿るような魂の欠片はほんの小さなものだ。だがそれは人に働きかけ、邪心を引き起こす」

「邪心って……もしかして、マッドハッターがこれまで集めてきた絵画や宝石にまつわる噂は」

「そういうことだろう」

 マッドハッターの獲物は呪われた絵画や宝石が多い。

「欠片を持つ人間が呪われた絵に触れれば、絵の中に宿った欠片を吸収できる。だがそうして邪神の欠片を取り込むということは、自らの魂を徐々に邪神に浸食されるということだ」

「それってまずいじゃない!」

 ギネカが言うが、ヴァイスは平然としている。彼はマッドハッターの行為の危険性に気づいている。

 だが、危険性に気づいたからといって、ヴァイスがそれを止められるわけではない。

「ああ。まずいさ。だからまさかそんなことをしているとは思わなかった」

「ヴァイス先生……それって、辰砂の欠片も同じですか?」

「……いや、魂を浸食して狂気に走らせるのは背徳神の欠片だけだ」

「なんだ、それなら――」

「ただし」

「精神の浸食自体は辰砂の魂の欠片でも引き起こされる。辰砂はただの人間なので悪意はないが、それでも欠片の主は他者の記憶を引き受けるわけだからな。精神的に負担がかかり、結果、狂いやすくなる」

「……過程や理由は多少変化しても、至る結末はほとんど変わらないんですね」

 浸食される魂によって壊れた精神が凶行を引き起こすのか。

 邪神を受け入れるから魂が狂気に満ちて人格が壊れるのか。

「ああ。そうだ。まあ、辰砂の欠片に関しては本人の精神力が勝てばいくらでも乗り越えられる範囲ではあるのだが」

 ――精神の浸食に打ち勝ち、辰砂の記憶を手に入れる。

 それは途方もない話だ。

 どちらにせよそれができるのならば、皮肉なことにその人物はただの人間を超えた創造の魔術師・辰砂そのものと言えるのかもしれない。

「でも辰砂の記憶なんか手に入れてどうすんの?」

「……さぁな。今は最強の魔術師になりたいという時代でもないからなぁ」

 怪盗たちの目的は、まだ謎に包まれていた。

「――そろそろ予告の時間よ」

 美術館の敷地内に存在する、時計台の鐘が鳴り響く。


 ◆◆◆◆◆


 マッドハッターの今宵の獲物はまたしてもツィノーバーロートの絵画だ。三部作のうちの二作目。一作目は先日の獲物であり、三作目はまた数日後に予告状を出している。

「今宵も我が舞台にお集まりいただき、まことにありがとうございます……!」

「待て! マッドハッター! 今日こそお縄につきやがれー!!」

 美術館の屋上でマントを翻しながら礼をするマッドハッターに、追いかけて来たモンストルム警部が叫ぶ。

「あれが……」

「テラスのお父さん……?」

 容姿はともかく、性格はまるで似ていない親子だ。七歳の子どもとしては不自然に落ち着きすぎているテラスの父親は、絵に描いたような熱血警部だった。

 今日も警備網を突破され、マッドハッターに屋上への逃走を許してしまった。怪盗の舞台はさてここからが本番である。

 三部作の一枚目の作品は、月明かりが影の中に消える絵。

 本日の獲物である二作目は、海が炎に燃える絵。

 そしてまた後日展示される予定だった三作目は、花が蝶に呑まれる絵だ。

「今宵の獲物、確かに頂きました」

「待たんか貴様! その絵を返して、とっととお縄につかんか!」

「残念ながら警部、私が殺風景な牢獄の住人になってしまうと、悲しまれる方が大勢いるようなので」

「戯けたことを! ――かかれ!」

 懲りずに大人数で突撃した警察諸氏は、マッドハッターに躱されると同時に、頭上から降ってきた大きな網に捕まった。

「なんだこれは!」

 騒ぐ警部を差し置いて、マッドハッターはビルの下に集う観客たちにお辞儀をして見せる。

「それでは皆様、また数日後、三部作最後の一枚の下でお会いしましょう」

 今夜マッドハッターが手にしているのはかなり小さな額縁だ。

 小脇にそれを抱えたまま、マッドハッターの姿が金色の炎に包まれる。あたかも絵の中に描かれた光景を再現するかのように。

「!」

「どういうトリックなのかしら」

 アリスは息を呑み、ギネカは冷静に見上げる。シャトンとヴァイスがこっそりと魔導の気配を探っていた。

「白だな。魔導は使っていない」

「じゃあ」

「何か仕掛けがあるんでしょう」

 火の粉が次第に花弁に代わり、頭上から降り注ぐ。

「あらあらもったいないことね。この花、全部で一体いくらするのかしら」

「気にするのはそこなのか?」

 盗みで利益を上げていないのだから、怪盗の資金源がどこなのかも気になる。

「面白いじゃないか……」

 アリスは怪人の消えた空を睨み付けた。


...054


 建物の影を使い密やかに闇に紛れる。パトカーのサイレンは明後日な方向に消え、彼は花で飾られたシルクハットのつばを指で支えながらほっと息をついた。

 黄金の炎の中に消えるトリックは上手く行った。眼下の大衆は満足の声を上げていた。

 これも全ては日頃の練習と、優秀な相棒のサポートの賜物である。

 それはいいのだが。

「今日も無事ね。“帽子屋”」

 ようやく一息つけるアジトに戻って開口一番、マッドハッターは相棒の名を強く呼んだ。

「……“眠り鼠”!」

「どうしたの? そんな鬼気迫ったような声して。警察も上手く撒けたし、教団の連中は仕掛けて来ない。平和な夜じゃない」

 マッドハッターは白い仮面で顔を隠している。だから彼の感情を、怪盗稼業前から付き合いの長い相棒は顔と言うよりも声で判断した。

 世間には怪人マッドハッターは一匹狼の怪盗だと思われているが、実は相棒が一人いる。

 “眠り鼠”はマッドハッターの仕事をそのトリックの準備から逃走の手助けまで、なんでもサポートする。

 彼女の存在を隠しておくのは、いずれ行われる荒事に巻き込まないための用心でもあり、逆にマッドハッター一人の行動だと思わせて共犯者の存在を嗅ぎ取られないようにするための切り札でもある。

「平和過ぎるわ! お前、観客の中に知った顔を見なかったか?!」

 いつになく焦った表情のマッドハッターに、さすがに眠り鼠もこれは尋常ではないと顔つきを神妙にしながら首を横に振る。

「いいえ。……何? 誰を見つけたの?」

 怪盗の共犯者とはバレぬよう、大衆に紛れて一応現場にはいた眠り鼠だが心当たりはない。怪訝な顔をしながら問い返すと、思いがけない答が返ってきた。

「ヴァイス先生だよ! あとマギラス! 先生のとこにいるおチビちゃん二人も来てた!」

「……はぁ?!」

 素っ頓狂な声に、帝都を騒がせる怪盗とその共犯者の仮面は一瞬にして崩れ落ちた。

 同時にマッドハッターは物理的に顔を隠している方の白い仮面を取り払い、そこには怪盗ではない、素顔の高校生――フート=マルティウスが現れる。

 眠り鼠ことムース=シュラーフェンもまた、一幼馴染の立場に戻ってフートに詳細を確認した。

「ヴァイス先生って……確かなの?」

「俺が見間違える訳ないだろーが!」

「それってただの見物人? 魔導殺人みたいに、警察に手を貸してる節はなかったけれど」

「今日はただの観客みたいだったぜ。子ども連れだったし。――でもなんでマギラスまでいたんだ?」

 いつものように生徒幾人かを集めてたまたま見物に来ていたのなら学院で気づいたはずだ。そうではない、ギネカ個人とのやりとりならフートたちが知るはずもない。

 ヴァイスが個人的にギネカを誘って怪盗見物に行く理由――駄目だ、想像がつかない。

 隣人で教え子の一人であるアリストが一緒にいればまだその友人がいるのもわかるが、今はアリストもいない。

「ギネカさんまで……? 何かの間違いじゃないの?」

「いや、魔導で探られる気配を感じた。子どもたちの方は自信ないけど、あの場にヴァイス先生とマギラスがいたのは間違いない」

「……ええー」

 ムースが困惑の表情を浮かべる。

 確かに意味がわからない。

 フートに魔導を教えているのはヴァイスだ。ばれればひとたまりもない。

 フートは確かに天才だが、自分がどんな人間より優れているなどと過信したことはない。

 何よりもともと、怪盗として動くのは兄の後を継いでのことだ。フートは彼以上の人間には、あらゆる意味でなれない。

「たまたま今日来ていただけ、ならいいのだけど」

「わからないな。ヴァイス先生だからな」

「今度聞いてみましょうか。あの時先生いました? って」

「危険じゃないか?」

「私が民衆の中にいたのは事実だし」

 面識のない人間の目をごまかすのと、面識のある人間に正体を悟られないようにするのでは難易度が異なる。

「ようやく怪盗生活にも慣れてきて、ジャバウォックの追撃も躱せるようになってきたっていうのに、とんだ伏兵じゃないか……」

 怪盗は頭を抱える。世間を騒がせ帝都警察の頭を悩ませる怪盗自身も、彼を目の敵にする“姿なき情報屋”や睡蓮教団と言った敵の存在に常に悩まされているものだ。

「しばらく仕事を控える?」

「そういう訳にもいかないだろう。それに、三部作最後の絵がまだ残っている。あれは早いうちに回収しなくちゃ」

「予告状の取り消しは怪盗の名折れ……」

「兄貴がよくそう言ってたよ」

 そして二人は過去に思いを馳せる。

 彼らが怪盗となった理由、かつて本物の“マッドハッター”であった、フートの兄のことに。


 ◆◆◆◆◆


 ザーイエッツ=マルティウスは、フートより十歳年上の兄だ。

 生きていれば今年で二十七歳になるはずである。

 ――彼は、十年前から行方不明となっている。

 十年前、今のフートと同じように十七歳で怪人マッドハッターとして活動していたザーイエッツは、ある晩、ついに帰って来なかった。

 ……行方不明なんて、この帝都ではそう珍しい話ではない。

 それが、両親もおらず苦労して育った十七歳の少年なら尚更だ。今の生活が辛くなって、弟を捨てて逃げ出したのだと思われても仕方ない。

 幸か不幸か、死体などが見つかることもなく事件になることはなかった。

 だからこそ彼を真剣に探す人も、唯一の肉親であるフート以外にはいなかった。

 フート、そして幼馴染のムースはザーイエッツについて、一つだけ警察にも話していないことがあった。

 それはザーイエッツが、怪人マッドハッターであるということ。これがあるから何日も帰って来なくても強く捜索を願いづらいという事情もあった。

 だが兄が帰らないまま三日が過ぎ、一週間が過ぎ、一ヶ月が過ぎ、半年が過ぎ――。

 何年が過ぎても、ザーイエッツは帰って来ない。

 帰って来ないから……フートは自分自身で、兄を探すことにしたのだ。

 兄と同じ怪盗となることで。

 フートは今のジグラード学院でこそ天才などと呼ばれるが、自分自身では普通の人間だと思っている。身体能力や計算能力など、多少は恵まれているかもしれないが、本物の天才には敵わない。

 兄のザーイエッツは、本物の天才だった。だがその才能を、怪盗の業として利用するために、巧みに周囲に隠していた。

 兄が何を思いそんなことをしていたのか、いまだにフート自身はよくわかっていない。

 だからこそフート=マルティウスは、ザーイエッツ=マルティウスを探すために二代目の怪人マッドハッターとなったのだ。

 兄の影を追うことで、少しでも兄に追いつくように。

 古びた写真の中に追う面影、十七歳当時の兄の姿は今、十七歳になったフートと双子のようにそっくりだった。

 だがこれからもフートが兄そっくりに成長するとは限らない。子どもの時間にしがみついていられるのはいつまでだろう。

 これからの生き方こそが、己の成長となって容姿に現れるのだろうから。

 今の兄は、どんな姿をしているのだろう?


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ