表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Pinky Promise  作者: きちょう
第2章 歪む鏡の向こう側
7/30

7.白騎士の発明

..037


「やべーやべー、やっと終わったわ」

 来週から帝都で始まる美術展。そこで行う『仕事』の下見を終えて、ネイヴ=ヴァリエートはようやく一息つく。

 この美術展は元々予定されていたものだが、今週はそれ以外の『獲物』の情報が急に飛び込んできた。

 鏡遺跡の地下層発掘は、彼にとっても予定外の事態だ。けれどまさか先に『予告状』を出した仕事を取りやめるわけにはいかない――“パイ泥棒”のジャックの名にかけて。

 スケジュールはきついが、なんとか調整して今日一日で二つをこなすしかなかった。美術館の下見も遺跡の探索も、人が多い日に行った方が周囲に埋没できる。

 そのために幼馴染兼夜の稼業の相棒に、先に向こうの下調べを行ってもらっている。

 後から合流する予定だったが、思ったよりこちらが手間取ってしまってうっかりこの時間だ。

 ネイヴは時計を眺めながら溜息をつく。

「今から鏡遺跡に行ってもギネカに怒られそうだな……まぁ、行くけど」


 ◆◆◆◆◆


 胸元から聞こえてきた小さな音に、シャトンはハッと顔をあげる。

「これって……」

 慌てて取り出した通信機――ヴァイス謹製の、魔導万能小型通信機とやらだ。そのスイッチを押すと、聞きなれた声が流れてきた。

『シャトン、おいシャトン! 聞こえるか?』

「アリス」

「アリスさん?」

 テラスとローロが不思議そうにシャトンの手元を覗き込む。

『おい、シャトン、聞こえるなら返事してくれ』

「聞こえてるわよ」

『良かった! 意外と役に立ったなこれ!』

 無線機のような雑音交じりのものを予想していたが、いい意味で外れた。子どもの手のひらにちょこんと収まるサイズの通信機だというのに、かなりクリアな音質だ。

 携帯電話の通じない空間でも、離れた場所にいる相手とこれで連絡がとれる。

「それは?」

「白騎士……ヴァイス先生お手製の通信機よ。これでアリスと連絡がとれるわ」

 興味津々な顔つきのテラスに聞かれて簡単に答えると、シャトンは通信機の向こうのアリスの問いに返事をとばす。

『俺は今ネスルとカナールと一緒にいる。そっちは無事か?』

「無事よ。テラス君とローロ君と一緒にいるわ」

 アリスたちは地下一階に降りてすぐの隠し小部屋の中にいるらしい。シャトンたちも地下一階だが、下り階段のすぐ横の部屋だ。距離的にはかなり離れている。

『フォリーは?』

「彼女は……」

 はぐれてしまっている。顔を曇らせたシャトンに代わり、テラスが通信機に向かって囁いた。

「フォリーなら大丈夫だよ」

『テラス? 何か打ち合わせでもしているのか?』

「ないけど。フォリーなら大丈夫。状況に合わせた適切な対処くらい、あいつにもちゃんとできるから」

『……まぁ、あの連中をどうにかするまで、どっかの隠し部屋にでもいてくれればいいんだけど』

 普通ならこの状況下で小等部一年の少女を一人で放っておくなどありえない。だがフォリーの常日頃の様子はアリスもシャトンも承知している。無口なフォリーはテラスにくっついて回るおっとり系に見えて、実はかなり機転の利く性格だ。

 遺跡の中に入ればなんとかなると提案したのも彼女だし、心配ではあるがここは信じるしかないだろう。

「それでアリス、これからどうする? 私たちは……」

『強盗たちを倒そう。一人二人でも足止めできれば、フートたちが楽になるだろ』

 シャトンたちが意志を決めていたように、アリスたちの方も同じ結論を出したようだ。

「そうね。相手は私たちが子どもだと油断している。手持ちの道具とこの遺跡の仕掛けで不意を衝けば、何人かは倒せるかも」

 本領を発揮できないとはいえ、いざとなればシャトンやアリスの魔導もある。

「それに、一人でも倒せばそいつを人質に強盗たちと逆に取引できるかもね」

『「取引?」』

 テラスの思いがけない台詞に、通信機の向こうとこちら側で声が重なる。

「そう。みんなを解放しないと人質を殺しちゃうよ。って逆に強盗たちを脅し返すの。相手が横たわった状態で武器を喉首にでも全力で刺せば子どもの力でもいけるよね」

「て、テラスくん……」

 可愛い顔してとんでもない提案をするテラスに、ローロが顔を蒼白にする。すでに殺害方法の具体的な手順とイメージがあるのが実に恐ろしい。

 確かに刃物こそないものの、手持ちの金属スコップでも遺跡内に多く存在する鏡を割って作った欠片でもなんでも、いざと言う時に武器になりそうなものには事欠かないが……。

「まぁそれは最終手段よね。よしんば実行できたとしても、元々銀行強盗で死者を出しているような連中だもの。仲間を見捨ててこちらを撃ってくるかもしれないわ」

「シャトンさん……?」

 脅迫返しというテラスの提案自体は否定せず、あくまで実現の可能性や不確定要素を追求するシャトンにもまたローロは怯えている。

 そしてまた通信の向こうの人物たちも、作戦会議と言う意味ではともかく、これに関しては深く考えていないようだった。

『その方法は俺たちも相手の前に姿を見せることが前提だから危険度が高いぞ? 相手も子どもならなんとかなると見て力尽くで襲い掛かってきてもおかしくない』

「アリスさんまで……」

『とにかく、あいつらをぶったおせばいいんだろ!』

『アリスちゃんの言うとおりフートお兄さんたちが強くっても、全員倒すのはむずかしいから、私たちで何人か足止めしたいよね!』

 ネスルとカナールもやる気は十分だ。真面目なローロと違い、この二人はテラスの恐ろしい提案の人道的な是非は特に気にしていないらしい。

 皆の様子に、ローロは何かを諦めた。彼一人でこの集団の暴走を止めるのは不可能である。

 シャトンも子どもたちのそんな様子は特に気にせず着々と話を進める。

「相手は確か七人だったかしら」

 強盗団が全部で何人いるかはわからないが、少なくとも遺跡の入り口に乗り込んできたのは七人だった。

『そうだ。フートとギネカなら四人くらいはいけるかな……』

 友人たちの実力を知るアリスは、どのくらいの人数なら現実的に対処可能かを計算する。

「つまり三人は私たちがなんとかしたいわけね」

『ああ。上手く誘き出されてくれればいいが』

 遺跡内部に逃げた子どもたちを捕まえようと、強盗たちも何人かは追って来るだろう。そこからが勝負だ。

『さぁ、作戦を立てようぜ?』


 ◆◆◆◆◆


 一人になったフォリーは、遺跡の中を歩く。

 あらかじめ調べてあった地下一階以外は知らないはずなのに、まるで最初からこの遺跡の構造を知っていたかのような迷いない足取りだった。

 遺跡の地下はまだ、考古学者やトレジャーハンターも発掘しきれていない未踏の地だ。

 しかし彼女は恐れもせずに階段を下り、どんどん下の階層へと踏み込んでいく。

 幸い各フロアの構造は上の階と似通っているので、地下一階を皆と共に調べ尽くしたフォリーならば帰り道に迷う心配はなさそうだ。

 下へ下へ降りる程に、人の気配もない静寂が世界を浸していく。

 大人でも巨大と感じる遺跡は、子どもにとってはそれこそ出口のない迷宮のような圧迫感がある。

 しかし彼女は動じない。通路や小部屋の各所に無数に存在する鏡にその姿を映しながら、よく知った小道を歩くかのように落ち着いて足を動かす。

 一方で視線ばかりがきょろきょろと、せわしなくあちこちに向けられていた。

 フォリーは周囲を誰かを、何かを探すように見回しながら、遺跡を探索し続ける……。


..038


 階段を降りて遺跡の地下に入った強盗たちは、逃げ出した子どもたちを探す。

「ちっ! いねぇな……」

 一週間前から潜んでいたとはいえ、彼らが使っていたのは主に緑地や博物館の施設だ。この遺跡の中の仕掛けにまでは詳しくない。

 当然彼らは、子どもたちが落とし穴式のショートカットを使って地下に降りたことは知らない。

 ようやく小学校に上がったばかりだろう小さな子どもの足などすぐに追いつく。その予想は外れ、男たちは子ども等を完全に見失った。

 遺跡の中の灯りはいつの間にか落とされ仄暗い。完全に視界が利かないわけではないが、夕方の街並みのように薄闇のヴェールがかかっている。

「もっと下の階に降りたんじゃないか?」

「そんな音したか?」

「わからねぇが……これだけ探しても見つからないってことはそうとしか考えられないだろ?」

「じゃあ俺たちも下に降りるか」

「まぁ、待て。まずはこの階をもっとよく探してからだ」

「結構広いしな。手分けして探そうぜ」


 ◆◆◆◆◆


 地下一階に降りて子どもたちを探しに来た強盗の一人は、一つの部屋の前で気配を感じた。

「来た!」

「しっ!」

 どこからか子どもたちの潜めた声が聞こえて来る。この部屋の中に隠れているのだろう。

 やはりガキだ。こちらの接近には気づいているようだが、自分の気配を隠せていない。

 わざとらしくあちらこちら大きな音を立てて探しながら、徐々に声の発生源に近づいていく。

 壁をよくよく見てみれば、小さな隠し扉らしきものがあるのがわかった。

 しかも――これ見よがしに隙間が開いている。

 こちらの様子を観察するためだろうが、迂闊としか言いようがない。

「見つけたぞガキ共!」

 男がバッと扉を開くと、そこには携帯電話が一つぽつんと置かれていた。

「何?!」

「えい!」

 そして背後から稚い掛け声とともに、隠し部屋の中に向かって突き飛ばされる。

「うおわっ!」

 男は物の見事に壁に頭をぶつけて失神した。

「やったよ! アリスちゃん!」

「よし! これで一人目!」

 カナールとネスルが歓声を上げる。単純な作戦だが、予想外に上手く行った。

 電波が通じていなくても、携帯電話の機能は生きている。あらかじめ自分たちの声を録音しておいた携帯を隠し部屋の一つに配置し、アリスたち三人はまた別の隠し部屋に潜んでいたのだ。

 鏡遺跡は隠し部屋や隠し通路が多く、しかもそのうちの幾つかはきちんと仕掛けを解かないと入れないようになっている。

 元々探索のつもりで来て、しっかりと地図を作り仕掛けの位置を描きこんでいたのが役立った。

 作戦は主にアリスとシャトン、テラスで考えたものだ。ヴァイス謹製通信機をフル活用して、お互いの持ち物なども確認することができた。

 相手は強盗をするだけあって腕っぷしにそれなりの自信を持つ大人であり、更に武器を持っている。アリスたちは強盗たちの動向を、遺跡内の仕掛けを使って慎重に探った。

 鏡遺跡と言うだけあって鏡だらけのこの遺跡は、隠し通路から鏡の反射で部屋の外の相手の様子も監視できるようになっているのだ。

 強盗たちが一人ずつに分かれるのをしっかり確認してから、アリスたちは行動に移る。

 そして子どもながらに万全を期して罠を仕掛けた部屋で、強盗たちを待ち構えていたのだ。

「このおっさん縛っておこうぜ」

「ああ」

 ネスルとアリスは二人がかりで、気絶した男を縛り上げる。ロープは探索用に持っていたものだが、結構な長さがあった。大人一人縛り上げるのにも十分だ。

 まさかこんなことに使うと思って持ってきたわけではなかったが。

「さて、シャトンたちの方はどうなったかな?」


 ◆◆◆◆◆


 小さな足音が廊下に反響するのを聞き取り、強盗の一人は走り出した。

 彼の腰ほどまでしかないような小さな影が、その姿を認識して慌てて逃げ出す。

「待て! ガキ共! 上の連中がどうなってもいいのか?!」

「きゃあああ!」

 子どもは錯乱しているのか、男の言葉にも聞く耳をもたない。面倒だと舌打ちしながら、男は子どもたちを追いかける。しかし。

「うおっ!」

 足元の床が突如として崩れた。

 一階にもあるショートカットだが、男は当然知るはずがない。下の階に落とされて困惑しているところに、間髪入れず追撃がやってきた。

「そぉれ!」

「ぐぇ!」

 シャトンとテラスの二人が、勢いをつけて男の上に飛び降りたのだ。テラスが銃を蹴り飛ばし、シャトンが男の首筋に魔導の雷を這わせた手を押し当てる。

 スタンガンのように電撃を浴びせられて、男は昏倒した。

 当てる前から気絶していたような気がするのは気のせいだ。気のせいということにしておこう。

「テラスくん! シャトンさん! 大丈夫ですか?!」

「ああ、すぐに戻るよ!」

 上で仕掛けの操作を任されたローロが心配そうに二人に声をかける。

 シャトンの魔導で確実に相手を気絶させる手段はあったのだが、どう相手に近づくかがそもそも問題だった。優位をとるために、彼らはこの遺跡の落とし穴を利用したのだ。

 男がいずれ目を覚ましても動けないよう、探索用に持参したロープでぐるぐる巻きにする。

 全てが終わるとシャトンは再び通信機を使ってアリスに連絡を入れた。位置的に彼らの方が入り口に近く、ここはもう地下二階へ降りる階段の傍だ。向こうの方が先に終わるだろうから今度はシャトンの方から連絡を入れることになっていた。

『よ、シャトン。無事だろうなー?』

 この状況でもどこか能天気なアリスの声に、シャトンもまた緊張を解いてほっとする。

 わざわざ言葉で確かめるまでもなく、どうやらあちらも無事のようだ。

「アリスたちの方も上手くいったそうよ」

「やったぁ!」

 ローロが喜んで両手を上げる。

 テラスは土のついた手を払いながら立ち上がると、顔色も変えずに口を開く。

「できればもう一人ぐらい片付けておきたいけれど」

 アリスやシャトンのように魔導が使えるわけでもないらしいのに、まったく恐れを知らない子どもだ。しかしこういう場合はその冷静さがありがたい。

「二人も戻らなければ、もう一人ぐらい誰か追ってくるんじゃないかしら」

 シャトンも口元に指を当てながら考える。

「どうだろうな……一人ずつならなんとかなっても、数人がかりでこられるとさすがに子どもばかりの僕たちが不利だ」

 ピピッと音がなり、通信機から再びアリスの声が流れる。

 その内容を耳にして、シャトンとテラスは顔を見合わせて笑った。

 願った通りの展開だ。

「来たわよ、もう一人が」


 ◆◆◆◆◆


「ちっ、あいつら何を手間取ってやがんだ。相手はガキだぞ」

 遺跡の入り口で他の人質たちを見張っていた残りの強盗たちは苛立ち始める。

 内部に逃げ込んだ子どもたちを追って行ったはずの仲間が、先程から戻って来ないのだ。

「けど、確かあのガキ共結構な人数だっただろ? ばらばらに隠れてたら探すのだけでも時間がかかるんじゃないのか?」

「ったく、しょうがねぇな……」

 舌打ちする仲間の一人に、他の男がフォローを入れる。確かにいくら小さな子どもたちと言えど、七人も捕まえてくるのは二人だけだときついかもしれない。

 まだ警察が来る前だというのに、こんなところでかくれんぼに付き合っている暇はないのだ。

 銀行強盗の主犯となる男が、他の仲間に指示を出す。この状況で人数を割きすぎるのは問題だが、どうせこちらの人質も高校生が四人に怪我人が一人。いざとなれば拳銃ですぐに殺せる。

「お前も見に行け。ぐずぐずしてねーで逆らったら殺すとでもなんでも脅してさっさと連れて来い」

「了解」


..039


 新たに子どもたちを確保するよう命令された男は、地下一階をきょろきょろと捜し歩く。

「ちっ! 結構広いな……面倒だ……」

 手当たり次第に部屋の扉を開けて探していた男だったが、次第におかしなことに気づいた。

「待てよ……ガキ共だけじゃねぇ! なんであいつらもいねーんだよ!」

 逃げたり隠れたりしているだろう子どもたちだけならともかく、それを追っている立場の自分の仲間たち二人の姿も見えないのは妙だ。

 まさか、何かあったのか?

 だが追っているのは年端もいかない子どもたちだ。あんな子どもに銃を持った大の男たちが何かされるとは考え難い。

 それでも用心を怠らないようにしながら、男は遺跡の中を歩いていく。

 廊下の角を曲がると、ゴト、と音が聞こえた。続いてカチンと金属がぶつかる音が。あれは銃の音だ。

「! まさか、他に誰かいるのか?!」

 相手が仲間なら声で気づくはず。そうしないということは、この遺跡の中に、彼ら以外に銃を持った人間が存在するということだ。

 遺跡の入り口は封鎖したが、それ以前に誰かが入り込んでいた可能性はゼロではない。

 これまでに彼らが撃ったもの以外の銃声は聞こえなかったが、相手が本当に武器を手にしているのであれば、それを見せるだけで脅しになる。

「くそっ! どこのどいつだ!」

 男は慎重に音の出どころを探し、一つの部屋に辿り着いた。

「ここかっ! 出てきやがれ!」

 しっかりと銃を構えながら、乱暴に扉を蹴り開ける。

 しかし、広く薄暗い部屋の中には誰の姿もない。

 いや。

「!」

 最初の一瞬は気付かなかったが、部屋の奥に人影がある!

「てめぇ! なにもんだぁ!!」

 相手は答えない。

 自分が近づくと相手もこちらに近づいてくる。その格好や動きは自分とよく似ていて、まるで鏡写しのようだ。

 鏡? そうか鏡だ。この遺跡にはあちこちに鏡があった。

 今見ているのはきっと鏡だ。そうに違いない。何せこの遺跡の中には、自分の仲間たちを除けばほとんど子どもたちしかいないのだから。

 しかしそこで男はハッと気づいた。

 違う。相手は自分と同じ側の腕で銃を構えている。つまり、鏡写しになっていないのだ。

「この野郎!」

「はい、そこまで」

 男が発砲しようと銃の引き金に指をかけた瞬間、背後にこっそりとにじり寄っていたアリスは簡単な魔導で相手を昏倒させた。

 強盗の一人は訳も分からぬまま崩れ落ちる。

「さすがに跳弾の危険性までは制御できないものね」

「それに銃声が上に聞こえたらまずいよ」

 不測の事態に備え、魔導防壁を用意していたシャトンもようやく警戒を解く。

「これで三人目だね!」

「やったぜ!」

「うまく引っかかってくれましたね!」

 子どもたちが三人目の強盗にやはりロープをかけていく。その様はもうかなり手馴れたものだ。

「ここは鏡遺跡。もっと警戒するべきだったんだろうね」

 テラスが倒れた男を見下ろしながら笑って言う。

 先程男が見ていたものは、確かに鏡だった。

 ただし普通の鏡ではなく、正映鏡だ。

 二枚の鏡を直角に配置することによって入射した光を二度反射させる。そうすることによって、他人から見ているように自分の姿をそのまま映すことができる鏡だ。

 部屋の薄暗さや奥行も相まって、男はそれに気づけなかった。

 アリスたち子どもたちは最初の探索の時にこの正映鏡のある部屋に入って鏡の存在を確かめていた。その時の経験が役に立ったのだ。

 人間は意外と自分自身の本当の姿を知らない。

 暗い部屋で男は鏡に映った自分を見て、それを自分の知らない誰かだと判断した。顔の良く見えない鏡像が自分自身の姿だとは気付かなかったのだ。

 これらは基本的にテラスの発案だ。そろそろ強盗たちも子どもたちが何かしたのかと警戒していただろうから、アリスたちは迂闊に姿を見せたくなかった。

 それに相手も、子どもしかいないと思っている遺跡の中で急に大人の姿を見つけたら驚くだろう。

 一瞬の虚をつければ、アリスやシャトンの正しく子供騙しな魔術でも相手の意識を奪い昏倒させることができる。

 あとはこれをどうにか「上」に伝えるだけだ。

「これで少しは、お兄さんお姉さんたちも楽になるかなぁ……?」


 ◆◆◆◆◆


 子どもたちを捕らえに遺跡内に入った男たちが戻ってこない。

 最初は二人、更に一人が遺跡に潜って、気がつけばこの場を支配している強盗の人数が減っているという状況になった。

「なぁ、マギラス」

 フートはそっとギネカに向けて囁く。この場で少しでも戦闘能力があるのはフートとギネカの二人だけだ。

「ええ。あの子たち、何かやったみたいね」

 ギネカも半信半疑ながら、子どもたちが強盗に対して仕掛けたことを理解していた。

 強盗たちは先程から遺跡内に逃げ込んだ子どもたちを捕まえようとしているのだが、どうやら上手く行っていないようだ。七人もの子どもたちが一斉に逃げて遺跡の中に隠れてしまえば、それを追うだけでも大変だろう。

 本気の「かくれんぼ」ならば、探索目的で鏡遺跡を訪れ、午前中を費やして地下一階の構造を調べた子どもたちの方が分がある。

 遺跡の中では携帯電話は使えない。強盗たちの無線も遺跡外の博物館とは連絡がとれても、この遺跡地下とは通じないらしい。主犯の男が直接の報告待ちで苛々している。

「この人数なら私たちだけでも――」

「でも、そんなに上手く行くの?」

 話を聞いていたムースやレントは不安な顔だ。

 まだ警察はやって来ない。警察が来た時に彼らが人質のままだと厄介なことになるだろう。

 できれば今のうちに形勢を逆転したい。しかし賭けに出るには、遺跡内の子どもたちの安否が心配だった。

「これがもしもただの偶然で、中で子どもたちが捕まってしまったら、ここで俺たちが下手に抵抗するのは危険だ」

 フートやギネカたちは、遺跡の中のアリスたちと連絡が取れない。当然子どもたちの奮闘も知る由がない。

 だが、今が絶好の機会である。ぐずぐずしていて強盗の人数が増えたらまた振り出しだ。

 さて、どう動くべきか。

 その時、かたりと彼らの背後の壁が何か音を立てた。

「しっ――」

 小さな声が囁き、四人は慌てて無言で息を呑む。

 壁際の排水溝の中がどうやらこの遺跡に無数に存在する隠し通路の一つだったようだ。そこからひょこりと、若い顔が覗く。

「驚かないで。このまま話を聞いて」

「あんたたちは――!」


 ◆◆◆◆◆


「おいおい、なんだこりゃ」

 バイクをかっ飛ばしてミラーズ遺跡に駆けつけたネイヴは、遠目から異変に気づいて顔を顰めた。

 職業柄、足となるバイクはついつい人目につかずかつ逃走手段として利用しやすい位置に隠してしまう癖がある。今日もそうしてある程度離れた位置から遺跡の敷地内を確認して、やたらと武装した怪しい連中が見回りのように歩いているのをいち早く発見してしまった。

「道理でサイレンが聞こえるなぁと思ったら」

 考えなしに遺跡に辿り着いて正面から巻き込まれるよりはマシだが、どちらにしろすでに面倒事が始まっている気配を感じる。

 携帯を取り出して幼馴染の位置情報を表示した。画面上に記されたマークの位置に溜息をつく。

「ギネカの奴はやっぱり中か……どう見ても巻き込まれてるよな、これ」

 後で俺が怒られる流れだこれ。ネイヴは頭を抱える。怪盗として鏡遺跡のお宝を確認しなければならない彼の仕事に、幼馴染を巻き込んだ。

 彼女もその友人たちも、怪我などしていなければ良いのだが。

「さて、助けなんかいらなそうな武闘派お姫様を救出に行きますか」

 後の予定も閊えていることだし、とネイヴは口元を歪める。

 事件のせいでこの遺跡にはもうすぐ警察がやって来るだろう。そうすると探索に支障が出る。警察に事情聴取を受けるのもできれば避けたい。――ならば、やることは決まっている。

「さっと行って人質を助けて遺跡の探索をとっとと終わらせる。これしかないな」

 オペラグラスの向こう、拳銃を持った強盗の姿にも動じることなく、ネイヴ=ヴァリエートこと“怪盗ジャック”の名を持つ少年は不敵な笑みを浮かべた。


..040


 ロープでぐるぐる巻きにした憐れな強盗たちを隠し部屋に放り込み、アリスたちはまた別の隠し通路の奥で合流した。

 フォリーを除く六人。アリス、シャトン、テラス、カナール、ローロ、ネスル。子どもたちは狭い空間で文字通り額を突き合わせ、これからどうするかを考える。

 ここで性急に飛び出すのは迂闊だが、捕まえた強盗たちがいつ目を覚ますかを考えるともたもたしている時間もない。

「あとはこの状況を、上に伝えられたら完璧なんだけど」

 子どもたちが盗賊三人を抑えても、上でフートたちが残り四人を倒せなければ意味がなかった。だがアリスたちの方からは、上の高等部生組に、強盗団に気づかれず連絡をとる手段がない。それが今一番の問題だった。

「フート兄ちゃんたちなら勝てるんだろ? だったらもう俺たちが直接行って、あいつらを倒してくれー! って叫ぶんじゃ駄目なのか?」

「それだとあの男たちにも気づかれるわ」

「動作に移るのにかかる時間が同じなら、最初から武器を持っている強盗たちの方が早いだろう。そのやり方は危険だ」

 ネスルの真っ向勝負過ぎる提案に、シャトンとアリスは即座に突っ込みを入れる。

 怖いもの知らずの子どもたちは時に臆病な大人より頼もしいが、危険にも平然と首を突っ込むのはやはり止めねばならない。

「じゃあどうすんだよ!」

 提案を即座に却下されたネスルが不満そうに唇を尖らせる。

「ネスルくんのことはともかく、何かお兄さんたちだけに伝える方法を考えなければいけませんよね」

「でもここでのんびりしてたら、あの強盗さんたち起きちゃうかもよ?」

 ローロやカナールも頭を悩ませていた。ようやく生み出した空白の時間だが、異変に気付いた強盗たちが再び行動を始めてしまえばどう転ぶかわからない。

「なんとか強盗たちに気付かれず、フートたちだけに合図を送る手段がないものか……」

 探索用の地図や道具を全て床に並べて、アリスは思考する。

「この通信機を遠くからこっそり投げ込むとかは?」

 先程アリスとシャトンがやりとりしていたヴァイスお手製魔導通信機を指差して、今度はカナールが提案した。

「小石に紛れてか? でも俺たちの力じゃ相当近づかないと届かないぞ」

「それに、向こうが気づかなければ終わりよ。この通信機、相手が受信ボタンを押さないと反応しないもの」

「あ、そっか……」

 しかしやはりアリスとシャトンの二人に作戦の穴を指摘されて引き下がった。それに彼ら子どもの投擲力だとかなり近づく必要があるので、投げた際に強盗団に捕まる危険性もある。

「何か、いい方法はないものでしょうか……?」

「……」

 ローロが途方に暮れ、テラスも何事か考え込んでいる厳しい顔つきで黙り込む。

 その時、彼らのすぐ近くで物音がした。

 しかも壁一枚挟んだ廊下ではなく、この隠し通路の中だ。

「!」

 アリスとシャトン、テラスの三人が前に出て他の子どもたちを庇う。

 ここは遺跡の中でも、あちこちに通じている隠し通路の中。ただの隠し部屋だと万一見つかってしまった際に逃走先がなくなるのを恐れて通路に入ったのだが、まさかこの中に彼ら以外の誰かが入ってくるなんて――!

 しかし通路の奥からやってきた人物の顔を見て、アリスたちは肩の力を抜いた。

「あ、いたいた」

「無事のようだな」

 金髪、銀髪、薄紅色の髪の、トレジャーハンターの少年三人組だ。

「あの時のお兄さんたち!」

 そういえば遺跡に入る前に、この三人組の少年トレジャーハンターたちと出会ったのだった。ここまでのすったもんだで、すっかりこの三人の存在を忘れていた。

 恐らく彼らの存在についてはフートたち高等部生組も忘れているだろうし、強盗たちも知らないだろう。昼に話した中年のトレジャーハンターも彼らについては一言も触れなかった。遺跡の中でも出会わなかったのだろうか。

「上はどうなった?」

「は! そうなんだよ! 今大変なんだ!」

「というか、何かあったってどうして知ってるの?」

 まさか彼らも強盗たちとグルではないだろうなと警戒するシャトンの前で、少年たちがひょいと体をずらして脇道を開ける。

「この子から聞いたんだ」

「フォリー!」

「フォリーさん!」

「お前大丈夫だったのかよ!」

 少年たちの背後から現れたのは、子どもたちから一人はぐれていたフォリーだった。

 遺跡に潜行した彼女は、このトレジャーハンターの少年たちと合流していたのだ。

「強盗が出て大変ってところまでは聞いたんだけど」

 つまりある程度の事情はフォリーによって説明済みらしい。話が早くて助かることだ。

「なぁ、シャトン……彼らは」

「ええ、どうやら頼りになりそうね」

 アリスは傍らに立つシャトンにこっそりと囁きかけた。同じことを考えていたらしく、彼女も頷き返す。

 例によってトレジャーハンターなどしている彼らも腕に多少の覚えがあるのか、相手が拳銃を持った強盗団だと聞いても怯える素振りすら見せない。

 これはかなり「できる」奴の気配だと、アリスは理解した。彼らがここまで上がってきたのも、強盗たちをなんとかするためだろう。

 つまり彼らにはそれができるだけの実力があるのだ。

「今、上がどうなってるかわかるか?」

 銀髪の少年――サマク=カーデムが尋ねて来る。

「それはわからないけど、強盗さん三人倒したよ」

「へ?」

「俺たちもこれまでに色々とやってたんだ」

 子どもたちを代表して、アリスが少年たちにこれまでの経緯を説明した。

「へぇ。凄いじゃないか」

 金髪の、ラーナ=セルウィトルと名乗った少年が感心する。

「残りは四人か。それだけの人数なら十分対処できるな。この二人が」

「エイス様……」

 薄紅の髪の少年エイス=クラブが、サマクとラーナを指差す。エイス本人はやらないようだ。

「上の奴らにこのことを教えたいんだけど、手段がないんだ」

「ふむ。それなら多分大丈夫だ」

 今まさに問題となっていることを伝えると、エイスは事もなげに頷いた。

 アリスたちより先に遺跡を探索し尽した三人は、にやりと自信ありげな笑みを見せる――。


 ◆◆◆◆◆


 サマクたちトレジャーハンターの少年三人は子どもたちを連れ、遺跡の隠し通路を歩いた。

 三人はこの遺跡をかなり攻略済みで、各階の隠し部屋や隠し通路等の知識もアリスたち以上にあるらしい。

 彼らはその知識により、強盗団に知られずこっそりと入り口にまで戻った。

 フートたちの背後の壁の下方に空けられた、今は使われていない排水溝の中からそっと近づく。

 アリスたちが最初に来た時は気付かなかったが、こんなところにも隠し通路があったのだ。

「しっ――」

 気配に気づいたフートたちが振り返る。

「驚かないで。このまま話を聞いて」

 いきなり思いも寄らない場所から話しかけられた高等部生たちは、やはり驚愕していた。見開いた目を瞬かせ、なんとか落ち着きを取り戻そうとする。

 無言で息を呑み込む彼らが状況を理解したところで、サマクが話しかけた。

「助けに来たよ」

 子どもたちは少し奥で、声を出さないよう静かにやりとりを見守っていた。一番先頭のアリスがなんとか隙間から顔を見せて手を振り、高等部生組に自分たちの無事を知らせる。

「あんたたちは」

 もちろんフートたちも三人のトレジャーハンターのことはすっかり忘れていた。そういやこんな奴らもいたな、と今顔を見てようやく思い出す。

「事情は聞いた。下でおチビちゃんたちが遺跡の罠を使って三人ほど敵を倒したってよ。動くなら今だ」

「マジか」

 いつの間にか進んでいた事態に高等部組が驚く。だが長々と説明を聞いている暇はない。

 なまじ腕に自信のある者が多いだけに、方針が決まれば行動に移すのは早かった。ギネカとフートは一瞬だけ目を見交わし、ムースとレントも怪我をした男をさりげなく庇うように体の向きを調節する。

「さぁ、俺たちも反撃に移ろう」

 サマクの合図で一気に動き出した。


..041


 男が無線に向かって呼びかける。返らない応えに、次第に声は焦りを帯びていく。

 強盗たちは銀行を襲った際にも使った無線により、博物館と遺跡の入り口で連絡を取り合っていた。

 博物館前にいる強盗たちは、公園内で遺跡以外にいた全ての人質を一カ所に集めて見張っている。従業員を含めて、結構な人数の人質だ。

 おかげで遺跡内の抑えに人を割く羽目になった。それでも無線で連絡がつくうちは別に良かったのだが、先程まで通じていた無線が今はうんともすんとも言わなくなっている。

「おい、応答しろ! おい!」

「どうした?」

 無線が通じない? 壊れたのか? 否、先程までは雑音交じりでもしっかりと通じていた。

 呼びかけを繰り返す仲間の姿に、もう一人の男が気をとられて隙を作ったところでヴェルムとヴァイスは動き出した。

 まずはヴェルムが相手の腕を狙って拳銃を蹴り飛ばし、無事に武器が離れたところでヴァイスが急所にトドメの一撃を入れる。

 二人は鮮やかな連携で強盗たちを倒すと、苦悶の顔で崩れ落ちる体を油断しないまま押さえ込む。

「ロープか、ガムテープのようなものはありますか?」

「は、はい!」

 遺跡の管理人たちが慌てて事務所からテープを持ってくる。ヴァイスとヴェルムはそれを使って、第三者が見ればそこまでしなくてもと言いたくなるほどぎゅうぎゅう巻きにテープで拘束した。

「遺跡の方へ行くぞ」

「ああ」

 険しい顔つきのヴァイスにヴェルムも頷いて駆け出した。

 強盗たちに隙ができてこちらは助かった。とはいえ、無線が通じなかったということは、向こうで何かがあったのは確実だ。


 ◆◆◆◆◆


 強盗たちはもう紛れもなく苛立っていた。逃げ出した子どもたちを捕まえるために遺跡の中に入った仲間たちが、いつまで経っても帰ってこない。

 それも最初の二人だけでなく、後から遺跡に入った者までもがだ。何かあれば報告のために引き返す筈だったのに、それすらない。

「あいつら一体何をぐずぐずやってんだ!」

「どうする?」

「さすがにこれ以上人数減らすのはな……」

 遺跡の中では携帯も繋がらない。子どもたちもそうだが、強盗たちもそれは同じだ。

 人質を盾に要求を通すため、警察はすでに呼んである。もうそろそろパトカーがつく頃だろう。それまでに子どもたちを捕まえて引きずり出したいところだったが。

「中で何かあったんなら、奴らも一度戻って来そうなもん――」

「ハッ!」

 主犯が台詞を言い終わる前に、ギネカは銃を持つ腕を蹴り飛ばす!

 そのまま体勢を崩した無防備な腹部に膝蹴りをお見舞いして、まずはこの場の主導権を握っていた男を昏倒させた。

「てめぇら!」

 残りの強盗たちが拳銃を向ける。だがギネカは動じない。

 強盗たちに向けてかざした手に魔力の盾――魔導防壁が張られる。

 そしてギネカに注意が行った分警戒が薄れた男たちの背後に、フートが回り込む。

「がっ!」

「ぐっ!」

 一人の首筋に手刀を叩きこんで気絶させると、すかさず真下に屈みこんで隣の男の足を払う。見事に転んだ相手にも起き上がる前に一撃喰らわせて意識を奪った。この間十秒にも満たない。目にも留まらぬ早業だ。

 残りは一人。

 フートが二人を倒したことに驚いて、咄嗟に彼に銃を向ける。

 そんな男には、ギネカがきっちり踵落としを決めた。

「素人ね。敵から視線を外すなんて」

「拍子抜けするくらいあっさりいったな。こいつら格闘技経験の一つもないのか」

 警戒していた割に大したことなかったなと、ジグラード学院きっての優秀生徒たちは告げる。子どもたちのことさえなければ、たかが強盗四人程度この二人の敵ではなかった。

 排水溝の隠し通路から顔を出したサマクが呆然とする。

「俺の出番、まったくなかった……」

 フートとギネカの二人で手が回らず敵が余るようだったらカバーに入るつもりだったのだが、どうやら必要なかったようだ。

 ただの学生がここまでできるとは思っていなかったと、苦笑しながら頬をかく。

「もう大丈夫だ!」

 一応先に隠し通路を出て一通り安全を確かめると、サマクは排水溝の奥へと向かって声をかけた。

 それまでサマクの背後でこっそり様子を窺っていた子どもたちがぞろぞろと這い出してくる。

「みんな、無事か?」

「お兄さん! お姉さん!」

 フートやギネカ、レントが子どもたちの無事を確認すると、緊張が切れたらしい子どもたちは勢いよく彼らに飛びついた。もちろん中身が十七歳のアリスとシャトン、普段から冷静なテラスとフォリーはその限りではなかったが。

「怪我はない?」

「大丈夫。みんなは?」

「こっちもあのおじさん以外は大丈夫」

 最初に強盗に抵抗しようとして撃たれたトレジャーハンターの男のことは今、ムースに容態を聞いたラーナが調子を見ている。

「すごい……」

 ムースが感嘆の声を上げた。男の傷をラーナが魔導で治療すると、ムースたちではどうにもならなかった傷がみるみる塞がっていく。

「いやいやこのくらい。年季の違いです」

 にっこりと笑みを湛えて言う少年は、どう見ても高等部生組より年下なのだが。

「応急処置が的確で助かりました。出血も少ないですし、病院で一日二日様子を見てもらえればすぐに治るでしょう」

「良かった……!」

 撃たれた場所が場所だけに万が一とはいえ容態を危惧していたのだが、彼の身には思ったよりも幸運が働いたようだった。

 親切なおじさんだったので、きっと日ごろの行いだろう。

「おい、お前たち!」

 入り口からヴァイスの声が聞こえた。

「ヴァイス先生!」

「全員無事か?!」

 どうやら遺跡の外でも人質たちの逆転劇が起こっていたらしい。ヴァイスとヴェルムが飛び込んでくる。

 耳慣れた教師の問いに思わず授業中よろしく手を挙げる生徒たちと、何故かつられて手を挙げている少年トレジャーハンター三人。

「怪我人が一名いました。俺たちじゃなくて、トレジャーハンターのおじさんですが」

「何故過去形にした」

「この人が治してくれたんです」

 明快、端的かつ意味不明なフートの説明に、ヴァイスはラーナの方を見る。

「うちの生徒たちが世話になったようだな。礼を言う」

「いえ、こちらこそ。彼らが強盗さんたちを倒してくれたんで楽ができました」

 不審や疑問を抱いたことはいくらでもあるが、その全てを一々確認していてはきりがない。ひとまず挨拶が先だろうと、ヴァイスはラーナ、サマク、エイスの三人に目を向ける。

「俺たちもそれなりに腕に覚えはあるつもりだったけど、まったく役に立たなかったな」

「このおチビちゃんたちの方がしっかり仕事をしていたな」

「おチビちゃんたちって」

 溜息交じりのエイスの言葉に、ヴェルムがアリスたち小等部生組の顔をぐるりと見回す。

「え? 君たちが?」

「遺跡の中に三人ほど転がしてあるわ」

「本当にやったのか?!」

 ヴェルムだけでなく、フートたちも驚いている。てっきり遺跡の中に入った強盗を倒したのは、サマクたち三人と協力したものだと思っていたのだ。

「俺たちは遺跡の隠し通路を一つ教えただけ。それまでにこの子たちだけで、強盗に対抗してたんだ」

「凄いじゃないの、あなたたち!」

「でも、無茶しすぎじゃない……? 怖くなかった? 怪我は?」

 子どもたちの武勇伝にギネカは感心し、ムースは心配そうに彼らの様子を確かめる。

「大丈夫!」

「みんないたから平気だったぜ!」

 子どもたちが強盗退治の経緯を生き生きと語っている横で、アリスとシャトンはヴァイスに通信機を見せる。

「そうそう、これ、結構役に立ったぜ」

「何?! ほらみろ、凄いだろう私の発明は!」

「はいはい。これからもがんばってね」

「何故お前たちは私の発明に対してそう厳しいんだ」

「今日はたまたま役に立ったけど、いつもくだらない物ばっかり作ってるからだろ……」

 一応役に立ったことぐらいは伝えてもいいかと思ったアリスとシャトンだが、それだけだ。

 あんまり調子に乗らせるとつけ上がる、とは後のアリスの言い草だ。色々と酷い。

「それより、今って外はどうなってる? 警察とか来てんの?」

「あ、そうだな。それを確認しないと」

 無線の異変でこちらに来ることができたヴァイスたちは、もうすぐ到着するはずの警察を待って話をするために一度遺跡を出ていく。

 ――彼らは一連の怒涛の攻防が、これでようやく終わるのだと思っていた。



..042


 ヴァイスに頼まれて子どもたちを車で迎えに来たダイナは、ハンドルを握りながら首を傾げた。今日はやけにパトカーのサイレンが多い。遺跡の駐車場に車を停めながら考える。

 この場所から博物館と遺跡の入り口まではもう少し歩かねばならない。その間に敷地内の空気が変に緊張していることに気づく。

 管理事務所の近くを通ると、どこか物々しい。博物館の前に置いてあるベンチに座っている男女も、疲れたようにぐったりと肩をもたれあっていた。

「何かあったのかしら……?」

 けれど今現在は何処にもそれらしい問題は見当たらず、人々は疲れた顔をしているが普通に過ごしているように見える。

 すでに「何か」があって、今はそれが終わった……と言うことだろうか。

 きょろきょろ辺りを見回してヴァイスたちの姿を探しているうちに、別の知り合いの姿を見つけた。

「探偵さん?」

「あれ? あなたは……」

 管理事務所の前で作業員らしき制服姿の男たちと話をしている金髪の少年は、現在帝都を離れている弟の捜索を依頼した探偵だ。

「ヴェルム、向こうは終わったぞ」

 二人が口を開きかけたところでちょうど声をかけたのは、何やら離れたところで作業をしていたらしいヴァイスだった。

「ルイツァーリ先生」

「ダイナ! よく来てくれたな!」

 ヴァイスがダイナの姿を目にし、いつも通り喜色を浮かべる。この反応に慣れているダイナは特に気にもせず、隣人として同僚として付き合いの長い彼に状況を尋ねようとした。

「あの、これは一体――」

 その時、遺跡の方で乾いた銃声が弾けた。


 ◆◆◆◆◆


 強盗を全員倒し、怪我人の傷も癒えた。全員が油断していた。

 微かな人の気配に、フートが遺跡内部へと続く道を振り返る。よろめきながらこちらに歩いてくる人影を見つけた。

 その手にはしっかりと銃が握られている。

「伏せろ!」

 彼の叫びとほぼ同時に、パァン! と空気の弾ける音がした。

「きゃー!!」

 子どもたちは近くにいたフートやトレジャーハンターたちに庇われて身を伏せる。

「目が覚めちまったのか!」

 アリスたちが最初に倒した強盗の一人だ。頭をぶつけて昏倒したが、意外と早いお目覚めだった。

 拘束していたはずのロープが解けている。

 しっかり縛ったつもりだったのに、やはり子どもの腕力では甘かったのか。アリスは思わず舌打ちした。

 強盗が手にしていた銃は回収して、一見そうとはわからぬよう遺跡の隠し部屋に厳重に仕舞ってきたはず。まさか、まだ隠し持っていたとは。

 詰めが甘かった。だがここで反省している暇はない。あの男をなんとかしないと!

 激昂した男が再び銃を構える。

「てめぇら! 舐めた真似しやがって!」

 一度目の銃弾は幸い誰にも当たらず遺跡の壁にぶつかった。元々の射撃の腕もあるだろうが、男が万全の状態でも冷静でもないという理由もあるだろう。

 けれど子どもたちにしてやられた怒りが収まらないらしく、戦意も敵意も失う様子は見えない。

 男は続けて二発目――近くにいたカナールに狙いを定める。

「危ない!」

 咄嗟にギネカがその前に身を乗り出してカナールを庇った。男が引き金を引く。

 ギネカは魔導防壁を張ろうと手を差し出すが、間に合わない――。

 ギン!

 ぎりぎりのところで、小さな影が銃弾の前に飛びこんだ。

「いったた!」

「アリス君?!」

 術の展開が間に合い、二人の前に魔導防壁を張ったアリスの体が反動を受けてころころと転がる。

 子どもの力では弾丸を受け止めた衝撃を完全には殺しきれず、魔導の盾を支えている腕に痺れが走った。

 ギネカが蒼白な顔でアリスの無事を確かめようと、肩を掴み問い質す。

「撃たれたの?! 怪我は……!?」

「だ、大丈夫だよ」

 アリスに弾は当たってない。危ないところだったが、弾丸そのものは防壁で防ぎきった。

「てめぇ!」

 フートが男に向かっていく。しかし、遺跡の床に転がる仲間たちの姿にもう後がないと知った男は、更に二丁目の拳銃を取り出してやたらめったらに乱射し始めた。

 フートたち高等部生組もアリスとシャトンも、エイスたちトレジャーハンター組も、流れ弾に備えて仲間と自分の身を守る防壁を咄嗟に張るので精一杯だ。

 魔導で弾丸を防ぐことができるからと言って、彼らは銃弾に当たっても大丈夫という化物ではない。魔力の盾を張る位置が少しずれたら死ぬかも知れないのだ。

「くそっ!」

 フートが苛立たしげな声を上げた時だった。

 目にも留まらぬ速さで飛び込んだ二つの影が、両側から男に攻撃を仕掛ける。

「がっ! ぐはっ!」

 銃弾の尽きるタイミングをきっちり見計らって攻撃を仕掛けたのは、彼らもよく知る人物たちだ。

「人の幼馴染になんてことしやがるてめー」

「ネイヴ!」

「みんな、大丈夫?!」

「姉さん?!」

「ダイナ先生?!」

 一人はダイナ。ヴァイスの隣人でアリスト=レーヌの姉。ジグラード学院の教師でもあり、ここにいるジグラードの生徒たちにとっては顔馴染みだ。

 もう一人はネイヴ。ギネカの幼馴染。ヌメニア学院の高等部二年生だ。

 そして彼らの後から更に二人、大慌てで飛び込んでくる。

「みんな! 大丈夫か?!」

「お前たち、今銃声が――」

「ヴァイス先生!」

 ヴェルムとヴァイスも銃声を聞いて血相を変え、すぐさま駆けつけてきたらしい。

「この二人のおかげで何とかなったよ」

 ぐるりと周囲を見回して皆の状態を確認したアリスはひとまずそれを伝える。血の気の引く思いは味わったが、何とか全員無事だ。

 この場にはお互い驚いたことに、魔導に長けた人物が予想外に多かったらしい。

 ジグラード学院の生徒である高等部生組はともかく、まさかトレジャーハンターの三人まで自力で難局を乗り切るとは思わなかった。

 彼らに防壁を張る技術がなければ先程の拳銃乱射で怪我人の一人くらいは増えていたかもしれない。

「すまない。俺の注意が足りなかったせいだ」

 子どもたちが倒したと言った相手を、きちんと確認しておかなかった自分のミスだとヴェルムは告げる。

「ヴェルムが気にすることじゃないよ」

「そうね。探偵さんのせいじゃないわ。アリスがちゃんとあの男を菱縄縛りで拘束しておかないから」

「そんなマニアックな縛り方知ってるわけねーだろ!」

 七歳はもちろん十七歳でも普通そんなこと知るわけない。知りたくもない。そもそも自分たちの今の見た目を考えてくれと、アリスはシャトンをじとりと睨み付けた。

 しかしシャトンの悪趣味な冗談のおかげで、場の緊張はほぐれていく。

「お前らさっきから何言ってるんだ?」

「アリスちゃん、どうしたの?」

「なんでもない! 本当気にしなくていいから! いろんな意味で!」

 今のやりとりは忘れろと、アリスは子どもたち諸共ヴェルムの反論を封殺した。

「っていうか、君ら本当に小等部?」

「なんか今いかがわしい単語が聞こえたような……」

 ああもう、子どもたちどころか、高等部生組の一部まできょとんとしている。

「お前ら、その辺は後にするぞ。今度こそこのバカ共を徹底的にふんじばる」

 彼らがごちゃごちゃやっている間に、ヴァイスは魔導で眠りの術をかけて、きっちりと強盗たちにトドメを刺していた。流石にこういう場合のヴァイスはぬかりなく、見る者が見れば惚れ惚れするほどえげつない魔導の重ねがけらしい。

「いっそ拳銃借りてくか? 目に見える武器があった方が投降させやすいだろう」

 そして、さらりと言って強盗たちの手元から拳銃を回収するヴェルムである。

「銃刀法違反じゃね……?」

 アリスの突っ込みはさらりと流され、ヴェルムとシャトンの間でどう考えてもおかしい会話が交わされていた。

「菱縄縛りじゃなくてすまんな」

「十分だと思うわよ?」

 ヴェルムはヴァイスが眠らせた強盗たちを亀甲縛りで念入りに縛り上げている。何故そんな縛り方を知っているのだ、探偵。

「……まぁ、とにかく」

 誰もがほぅと息を吐き、今度こそ本当に全てが終わったと肩の力を抜く中でテラスが一言言い放つ。

「これでようやく、遺跡探索の本題に入れそうだね」

「「「あ」」」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ