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Pinky Promise  作者: きちょう
第7章 黄金の午後に還る日まで
27/30

27.ハートの女王の命令

...157


 ――出発数時間前。

 各自パートナーと打ち合わせし、作戦決行前の最後の確認に入る。

「こんなことになっちゃったけど、よろしくねヴェルム」

「正直言って、俺はもう色々なことについて行くので精一杯だよ。一日でどれだけ話が進んだんだ?」

「頼りにしているわよ」

 明かされたダイナのコードネーム、ハートの女王の素性に始まり、潜入作戦の段取りまで、ギネカは白の王国と話し合った全てをヴェルムに説明した。

「ギネカこそ……本当に“料理女”なのか?」

「そうよ。私はほとんど現場には出なかったけど、いつもサポート役としてヴェルムと怪盗ジャックの攻防を見守っていたわよ」

「ジャックが苦戦したら俺を後ろから殴る役目を負ってた訳だな?」

「ごめんなさいね、探偵さん」

 ヴェルムの言葉を暗に肯定し、ギネカは悪びれもせずころころと笑う。

 料理女の“胡椒玉”にも、探偵であるヴェルムは何度か苦しめられた。怪盗ジャックの窮地にどこからともなくぶつけられた大量の胡椒に、いつまでもくしゃみが止まらなかったものだ。

 ふいに、ギネカは真剣な顔になってヴェルムへと尋ねる。

「あなたはやっぱり、怪盗ジャックを赦せない? 探偵にとって、犯罪者は皆一律同じ?」

「……」

 ギネカは正体を明かしたものの、怪盗ジャックの素性に関してはまだ説明されていない。

 その意図はヴェルムにもわかっている。

「……俺から、君たちにとって都合のいい答を引き出そうとしても駄目だぞ」

「あら? バレてた?」

「でも、俺もこの数年で……特にアリスが来て、君たちと出会ってから色々と学んだよ」

 一人で戦わなければならないと思っていたヴェルムに、様々な道を示してくれた人々がいる。

 ヴァイス、アリス、シャトン、幼馴染のエラフィ、今一緒に暮らしているジェナー。

 このギネカもアリスを通じて知り合ったうちの一人で、エラフィ誘拐事件の時のように、その行動力には酷く驚かされたし救われた。

「不思議の国には必要なんだよ、イモムシも料理女も。主人公だけで作られる物語なんてない。どんな役にも意味がある」

 パイ泥棒の存在は、アリスがハートの女王と対峙する一幕の入り口だ。彼の存在なくして物語は決して成立しない。

「まぁ、それと怪盗ジャックを赦すかどうかは別の話だけどな。俺の探偵としての仕事をいつもいつもいつも! 邪魔してくれやがって!」

「それに関してはこっちも色々言いたいことあるんだけどね……ま、いいわ」

 頭の固いヴェルムは、決して怪盗の罪を許すことはない。どんな理由があろうとも、窃盗は犯罪だ。

 誰もがそう思っている。ヴェルム自身もそうだ。

 けれど、今この瞬間は怪盗と探偵ではなく、睡蓮教団の悪事を止め、悲劇の連鎖を断ち切る者同士として。

「私はジャックの両親を殺した教団を止めたいの。あなたの力を貸して」

「俺も、自分の両親を殺した教団は絶対に潰すと決めている。――そのために、君の、君たちの力を貸してくれ」

 二人は手を握り合った。


 ◆◆◆◆◆


「ダイナ、私は君と」

「ええ」

「あと我もな」

 エイスの発言に、二人は視線を彼に移した。

 容姿だけならまるで少女とも見紛うような可憐な少年だ。

 しかし今回彼の役割は、最も戦闘が激しくなる教団根拠地中枢への殴り込みである。

 エイスはこう見えて、白の王国の中でも一番の武闘派らしい。武闘派と言っても軍人や傭兵のような戦闘のできる人間とは意味合いが異なるらしく、その体つきはジグラード学院の生徒たちに比べても随分華奢で、まるで筋肉などついていない。

「ハートの女王はそちらに任せるが、向こうには赤騎士と白兎と名乗る輩がいる。あの二人の相手は、我しかできない」

「あいつらは、そんなにヤバい連中なのか」

 ヴァイスは白兎や赤騎士と面識があり、何度か対峙もした。

 しかし彼らの全力を見たことはない。

 それでも、彼らの容姿が十年前から全く変わっていないことは知っている。

 聞けば白の王国の者たちも同じ体質だと言う。

 彼らは人間の姿をしているが、もう人間ではないのだと。

 不老不死の人外同士なら、確かに相手を任せてしまった方がいいかもしれない。

「我よりあの二人の方がずっとヤバい。我はただの神だが」

「神?」

「今、神と仰いました?」

 ちょっと待て、何かさりげなく重要な話をしなかったか?

「あの二人は神話が生まれるより前の存在だ」

「意味がわからないんだが」

 神より以前の存在? 確かに今の神族が造られる前にも文明があったとは聞くが、それはどういう……。

「あまり深く考えぬ方がいいぞ。アリオス……ゲルトナーがお前に十年前それ程事情を明かさなかったのは、聞かせてもどうにもならないからだ」

 だが今回は、その辺りの話を気にしてでも決着をつけねばならない。

 エイスに関してはともかく、敵である睡蓮教団に属する超人たちの動向だけは可能な限り把握して対策を練りたいところだ。

「あの二人がばらばらに行動してた場合は?」

 あまり考えたくないことだが、考えねばならない。赤騎士と白兎、そのどちらもが生半な魔導士では手も足も出ない強さだ。一カ所に固まっていてくれればまだ対処法もあろうが、分散して事に当たられると単体戦力の弱いこちらが不利である。

 尋ねたヴァイスに、エイスは重々しく口を開く。

「その時は」

「その時は?」

「運を天に任せよう」

「貴様やっぱり神様とか嘘だろう」

 いくら彼らが日常から嘘に嘘を重ねたとはいえ、ここにきてその言い様はあんまりだ。


 ◆◆◆◆◆


「ザーイエッツは怖くないの?」

 アリスは、最後の確認として、十年来の友人に尋ねた。

「何が?」

「時間を取り戻すこと」

 アリスが知るザーイエッツは、ずっと自分と同じ年頃の少年だった。

「怖い訳ないだろう、この十年ずっと望んでいたことだ」

「でも……」

 彼はアリスたちと違い、不完全な禁呪をかけられた上に時間を盗まれてから時が経ち過ぎている。

 時間を上手く取り戻せないかもしれない。

 取り戻しても何も変わらないかもしれない。時を盗まれて変化した七歳の姿に、こうして過ごした十年分の時間を重ねても十七歳だからだ。

 そして、時間を無理矢理取り込むことで、無事ではいられない可能性まである。

「この十年間、ザーイエッツと言う人間はこの世界から完全に消えていたよ。今の俺は、亡霊でしかない」

 ザーイエッツ=マルティウス本来の姿ではなく、消えたはずの弟の名を名乗り。

「盗まれた時間を取り戻して、ようやく俺は生き返れるんだ。嬉しくないはずがないだろう」

 時間を取り戻したいのはアリスとシャトンも同じだが、ザーイエッツのそれは、自らの存在そのものをかけた戦いなのだ。

「それに、アリスが時間を取り戻すってのに、この“時間殺し”のマッドハッター様が行かない訳にはいかないだろう?」

 『不思議の国のアリス』にて時間を殺したとされる帽子屋の名を彼が怪人として名乗っていたのは、永遠を謳う睡蓮教団へと対抗する意志を示すため。

 その目的がようやく叶うと言うのに、臆して逃げるわけには行かないと。

「絶対に成功させような。お前たちの時間を取り戻すためにも」

「……ああ」

 そうだ。アリスたちだって、元の姿を取り戻さねばならない。

 帰らなければならない。アリスではなく、本物のアリスト=レーヌを取り戻して。

 アリスが覚悟を決めたところで、怪盗ジャックが芝居がかったどこか陽気な声をかけてくる。

「さぁて、皆さん準備はよろしいですか?」

 彼と、処刑人以外の白の王国の面々は、陽動のために思い切り正面から突入する役回りだ。

「ようやく教団相手に大立ち回り、大暴れできますよ」

「今までも結構してたじゃないのよ」

 ギネカが幼馴染に対し呆れた顔をする。

「でも、これで最後だ」

 怪盗ジャックが晴れ晴れと笑い、彼の仇敵であるマレク警部もうんうんと深く頷いた。

「その通り」

 今度こそ戦いを終わらせるのだ。

「よし――行こう!」


 子どもたちにとって、最後の夜が始まった。



...158


「さぁ……おいでよ、夢の中の子どもたち」


 戦いが始まる――。


 睡蓮教団の本拠地は、郊外の人里離れた巨大な工場だった。

 表向きは玩具を作っているというその工場に、彼らは乗り込む。

 突入に際し、彼らは派手な花火を上げた。

 何故ならこちらには。

「さて、今宵の演目は『不思議の国のアリス』、物語の終焉、華麗なるフィナーレをお届けしましょう!」

「怪盗ジャック!」

 白い騎士服にクラブの模様、“パイ泥棒”のコードネームを持ち、帝都を騒がす怪盗の姿があった。

「襲撃だ! 迎え撃て!」

「悪いが、通してもらうぞ!」

 ジャックが催眠能力で見せた鮮やかな幻影の花火を合図に、正面入り口からは睡蓮教団の下っ端黒服たちがぞろぞろと出てくる。

 それに対しこちら側は、“白の王”マレク警部が率いる王国の人間たちが、次々に攻撃を仕掛けていく。

 そして陽動が成功したことを確認し、他の場所から潜入する予定の者たちも次々に動き出した。


 ◆◆◆◆◆


「ジャックたちが敵と接触したわ」

「俺たちも行こう」

 “イモムシ”ヴェルムと“料理女”ギネカの二人は、怪盗たちが敵の目を引きつけている隙に警戒の薄い場所から潜入する。

 彼らの任務は証拠探しだ。教団が二度と帝都に復活できないよう、犯罪の証拠を見つけ出す。

 以前テラスがハートの王から抜き出した情報のおかげで、残りは誰を探せばいいのかももうわかっている。

 探し出したデータは、警察だけだと中に入り込んだ教団の関係者に揉み消される恐れがあるので、マスコミ各社にも送りつけてやる。

 ヴェルムの両親の事件の記録も、怪盗ジャックや他の者の被害の記録も。

 すでに証拠など処分してしまっているだろうが、一つの事件でも鍵が見つかればそこから芋づる式に辿ることができるとの目算だ。

 塀を乗り越えて中に入り、目的地の方角へと向かう。

「コンピュータールームがあるのはあの奥か」

「ええ」

 二人はまずは順当に、教団が様々な事件をデータ化していると見て、記録の保管されているコンピュータを探すつもりだった。

『気を付けて二人とも、見張りがいるわ』

 “公爵夫人”ことジェナーは外部からの通信で二人のサポートをしている。

「どうする? この程度の人数なら殴り倒して行く?」

「相手は銃を持ってるんだぞ」

「平気よ」

 ヴェルムも格闘が多少できるが、魔導を使えるギネカには敵わない。

 だが冷静な判断は探偵の方に分があった。

「いや……気絶した奴らを他の教団員が見つけたら陽動がバレちまう。それよりもどこか、見張りに見つからないように目的の部屋に侵入できるルートはないか?」

『調べてみるわ』

「多少強行軍でも構わないわよ」

 ジェナーが建物の構造を確認している間に、ギネカたちは見張りの隙を見て動く。

 角を曲がって姿が見えなくなった隙に、ギネカが接触感応能力で記憶を読み取った。人間から読むよりかなり精度は落ちるが、彼女は物質に残された記憶も読み取ることができる。

「どうだ?」

「断定はできないわね。ただ大事なデータが保管されていることだけは間違いないみたい」

 麻薬や拳銃の密輸に賄賂、汚職などの証拠となるデータ。

 下っ端が知っている限りではコンピュータールームで全て操作できるはずだが……。

『潜入ルートを見つけたわよ』

「よし」

 ジェナーの指示を頼りに、二人は更に教団の奥深くへと潜っていく。


 ◆◆◆◆◆


 “アリス”のアリス、“チェシャ猫”シャトン、“帽子屋”にして怪人マッドハッターのザーイエッツもまた、もう一人の怪盗と白の王国の者たちが注意を引いている隙に教団本部へと侵入を果たした。

「玩具工場……」

「“不思議の国の住人”を名乗る俺たちにはぴったりの決戦場ってわけか」

 教団の本拠地の意外な正体に、アリスは思わず声を上げる。ザーイエッツが皮肉な顔で笑った。

「でも、いつまでも子どもではいられないわ。遊びを終えて家に帰って」

「いずれ大人にならないと、な!」

 大人の身長よりも高い段差を飛び越える。

 元より身体能力の高いザーイエッツと、子ども二人。

 アリスとシャトンはもうこれが最後だからと、誰憚ることなく全力で魔導を使っている。

 睡蓮教団が人々から盗んだ“時間”を隠した場所については、建物の構造からシャトンが術の知識を用いて導き出した。

「盗み出した“時間”の保管は、教団にとっても命綱。いくら魔道具と言っても、媒体となる物質の強度には限界があるわ」

 教団は盗み出した“時間”を目に見えて保管できるようにしているので、色々制限が多いのだとか。

 物質的な形で保存するとなれば、それだけで広大な面積を必要ともする。

「なるほど、それで地下のシェルターね」

「世界の終わりが来るまで使われないような場所だな」

 普段誰も、それこそ教団の人間でも立ち入らないような場所にそれはあると言う。

 地底深く陽の差さない地下は、深夜であることなど関係なく寒い。

 そして。

「当然、罠が仕掛けてあるよな」

 目的地までの長い通路に、次々と怪しい影が立ち上がる。

 玩具の保管という名目なのか、通路を埋め尽くすのはありとあらゆる玩具だった。

「ここ以外のルートは」

 ザーイエッツが外部からサポートしている“眠り鼠”ことムースに問いかける。

 通信に使っている装置はヴァイス特製の魔道具であるため、地下でも問題なく作動した。

『ないわ。人が通れるサイズの通路はまだ先よ』

「そのルートまでは図示してくれ」

 ザーイエッツのマッドハッター衣装は、仮面の目元に小さな画面が表示されるようになっていると言う。

「アリス、シャトン」

 二人もザーイエッツから指示されたポイントでの行動を頭に叩き込み、すぐにでも魔導を展開できるように気合いを入れ直す。

「行くぞ、二人とも」

「うん!」


...159


 ジグラード学院には教員や生徒の寮があるため、夜間でも人は残っている。

 世界の中心と呼ばれる巨大な学院に通うために親元を離れて寮に入る生徒もいれば、教員もいる。

 だが、もちろん深夜ともなれば本校舎の方に人は少ない。

 その静まり返った学院に、物騒な訪問者がやってきた。

 黒い車が数台連なって、学院の方へと近づいて来る。

 ご丁寧に駐車場に停めるなどと言うことをせず、中から黒服の男たちが武器を片手に次々に降りて来た。

 そしてそのまま、校舎へと向かい歩き出す――。


 ◆◆◆◆◆


 郊外の玩具工場。

 潜入ルートの確保に苦心する他のチームとは違って、一つだけ陽動部隊の動きが確認され次第真っ直ぐに目的地へと向かうチームがあった。

「途中の敵は?」

「なぎ倒して行きましょう」

「ま、本命に出会うまでは暇だしな」

 “処刑人”エイス、“赤の女王”ダイナ、“白の騎士”ヴァイスの三人、ハートの女王襲撃班である。

 エイスは魔導を使えないただの人間には攻撃ができないらしく、途中の通路で出くわした教団員たちの排除はダイナとヴァイスの二人に任された。

 二人は襲撃に気づいて武器を持ち飛び出してきた教団員に驚くこともなく、平然と言葉通りなぎ倒していく。

「相変わらず強いな、ダイナ」

「ルイツァーリ先生こそ」

 実力者と言う名の変人が集うジグラード学院においても、この二人の戦闘力は突出している。

 それが黒い星――背徳神の魂の欠片のためだとはわかっていたが、それに関してお互いが何を思っていたのかを知ったのはつい最近のことだ。

 それでも今まで過ごした時間の積み重ねのためか、ダイナとヴァイスの息はぴったりだった。

 ダイナたちの動きもある意味陽動なのだろう。正面入り口のジャックたちとこちらと、教団の対応は二手に分けられた。

 こちらに人手を割いた分、ヴェルムとギネカやアリスたちへの注意は逸れるはず。

「尤も、敵が最初から待ち構えていなければだけどな」

 深夜の工場、暗い廊下を三人は息を切らすこともなく駆けていく、

 ダイナは先日の邂逅でハートの女王ことレジーナに魔導の目印をつけた。その反応を追っているので、目的地に迷うことがない。

 やがて彼らは、敷地最奥の一つの部屋へとたどり着く。

 玩具工場の中核である製造室のようだ。

 広い広い空間で、ハートの女王たちは侵入者を待ち構えていた。

「やっぱり来たね」

 グリフォンと赤騎士の二人を従えて、ハートの女王はダイナを見据える。

「ようこそ、赤の女王。こんな時間にこんなところまで、一体何の御用かな?」

「あなたを止めに来たわ、レジーナ」

 友人の目を真っ直ぐに見据えて立ち、ダイナははっきりと呼びかけた。

「もう、こんなことはやめましょう」

「そういう訳にも行かないよ、ダイナ。君から見たら酷いことだろうけれど、僕にだって譲れない理由はある」

「理由?」

 ヴァイスが顔を顰める。

「うちの生徒たちを長年苦しめ、殺したことにどんな免罪を乞うような理由があると」

「免罪は乞わないよ、白騎士。僕は赦されようなんて思っていない。理由は、ただの理由だよ。君たちに勘弁してもらおうなんて思っていないさ。ただ、僕たちが戦いをやめない理由だ」

 ヴァイスの糾弾にも、ハートの女王はただ薄く笑って繰り返すばかりだ。

 横で聞いていたエイスが、もはや交渉は不可能だと一歩前に進み出る。

「これ以上の話し合いは無用のようだな」

「そうだね。無能な破壊神様」

 ハートの女王の嘲りにエイスはぴくりと眉を揺らすが、それだけだった。

「貴様の理由に興味はあるが、それを聞き出し斟酌するのも、この戦いを終わらせてからのこと。――“ハートの女王”レジーナ=セールツェ、神の名において貴様を断罪する」

「だから君たち『処刑人ディミオス』は愚かだと言うのさ」

 “処刑人”のコードネームを持つ者らしいエイスの宣告にも、ハートの女王はやはり気だるげな態度を返すばかりだ。

「僕の首を刎ねることなんて、ちっともできないくせに」

 まるでこの戦いには、最初から何の意味もないとでも言うように。

「なんでもいいから早くやろうぜ」

 他者の理由になどまったく興味のないグリフォンがそう言って銃を抜いた。

 正義について議論したり罪について弁明する気などまるでない戦闘屋は、ただ敵と戦い勝つことだけが仕事だ。

「そうだな」

 赤騎士がそれに同意して剣を抜く。

 例え何があったとしても、睡蓮教団が退くことはないのだから。

 ダイナとレジーナ、二人の女王もまたそれぞれ魔導の構成を準備する。

 ヴァイスとエイスもそれぞれのやり方で戦いの準備に入った。

 そして父を殺してまで睡蓮教団の教祖と言う地位を得た女が、不思議の国の女王の名に相応しい言葉で開幕を宣言する。

「では、僕も“ハートの女王”の名において命じよう。

“首を刎ねておしまい!”」


 ◆◆◆◆◆


 数々の罠を潜り抜け時には踏み倒し、アリスたちはついに睡蓮教団本部内にて、人々から盗んだ時間を保管している地下シェルターへと辿り着いた。

 そこで待ち受けていた人物の顔を見て、アリスはぎくりとする。

「白兎……!」

「やぁ、我らが“アリス”」

 よりによって、最悪の相手の片割れだ。

 アリスにとって因縁の敵が彼らを待ち構えていた。


...160


 艶やかな銀糸の髪に真っ赤な瞳。

 黒いベストを身に着けた、物語の中の印象そのままの白兎。

 否、物語中の老いた兎になぞらえるには、彼はあまりに美しすぎる。

 コードネーム“白兎”、アルブス=ハーゼ。

 アリスに時を盗む禁呪をかけこの姿にした、全ての元凶。

「来ると思っていたよ」

「お見通しだったわけか」

 人から時を奪っておきながら、彼自身はまるで流れる時の干渉など受け付けないかのような容姿をしている。

 白兎の背後、シェルターに並んでいるのは、無数の巨大な砂時計だった。

 否、砂時計ではなく、水時計の方が近いだろうか。

 一方通行に上から下へ落ちていくものではなく、中心に並んだ二つの管の一方は上から下へ落ち、もう一方は下から上へと昇り循環している。

 色とりどりの光の粒のような時の砂が舞い落ち舞い上がる、終わることのない輪。

 シャトンから簡単に様子を聞いていたとはいえ、アリスとザーイエッツは、思わずその光景に見入った。

「これが、禁呪の本体。そこにいるチェシャ猫はよく知っているだろう」

「……ええ」

 シャトン――コードネーム“チェシャ猫”が作り出した、人々の時を盗み神の復活のためのエネルギーに転用するという禁断の魔導。

 ここに並ぶ美しい光は、けれどそのほとんどが人を殺して奪い取った生の残骸でしかない。

「この時計の一つ一つが、一人の人間から盗み取った時間」

 時計の大きさは全て同じだが、中で舞う時の砂とも水ともつかぬものの量はそれぞれで違う。

 それこそが、白兎が人間たちから盗んだ時間の長さの違いを現す。

「こんなに……被害者が」

 広大な敷地全てと同じ大きさの頑丈な地下シェルターの中に並ぶ水時計の数は千や二千ではきかない。

「涙ぐましい努力だろう? これだけ集めても、まだ、まだ、まぁだ足りないんだってさ」

 神を復活させるための、途方もない道のり――。

「もっともっと人を殺さなきゃ、彼らの神を蘇らせるには足りない」

「本当に人から盗んだ時間を集めて、神を蘇らせることはできるのか?」

「できないよ」

「?!」

 白兎のあっさりとした返答に、全員が驚愕する。

 できない? 今、できないと言ったのかこの男は。

「チェシャ猫には悪いけど、君の作った術は机上の空論だ。いくら盗み取った時間を集めて、背徳神自身の魂の欠片を集めても、そんなことで喪われた神が蘇るはずないだろ」

 そんなことで蘇るなら、背徳神自身がとっくに実行しているはずだと。

 魂の欠片が世界中に無数に散らばっていると言うことは、世界中に背徳神の複製がいるということ。

 その中にはまさしく背徳神自身の人格を持つ者もいると言う。

「な……ちょ、待って、待ってよ!」

 他でもない禁呪の開発者であるチェシャ猫が動揺する。

「白兎、あなたは最初からそれを知っていたの?! だったらどうしてそれをハートの女王と赤の王に――」

 時間を盗んでも神を復活させることができないとあらかじめわかっていれば、そんなことをする必要はなかった。

 アリスのように、ザーイエッツのように、他の時間を盗まれて生まれる前まで若返り消えてしまった人々のように、たくさんの被害者を出さずに済んだのだ。

「このことを知っているのが」

 しかし白兎の返答は、チェシャ猫の困惑と当然の疑問を遥かに超える事実だった。

「本当に、俺だけだと思っている?」

 白兎がにっこりと笑う。

 彼がただ歳を取らないと言うだけではなく、人間より上の次元に属する者だとわかる美しくも恐ろしい笑み。

「――まさか……」

「そうだ。ハートの女王は、最初からそれを知っている。知っていて、君の禁呪の力によって神が復活すると父親である赤の王に信じ込ませたんだよ」

 彼の言っていることは恐ろしいが理解できる。

 だが、何故そんなことをするのかが理解できない。

「覚えているかい? チェシャ猫。確かに時間を盗む禁呪を開発したのは君だ。けれど、それで人々の時間を盗み取り神の復活のためのエネルギーにしようと発案したのは別の人間だと言うことを」

「もしかして」

「そうだ、それこそハートの女王」

 だからレジーナは、同じ教団内にいながら十年以上チェシャ猫と接触しないよう気を遣っていたのだ。

 直接会って禁呪の話をするようなことがあれば、真実に気づかれる恐れがあると。

「そうだったのか……」

 アリスとザーイエッツは驚き、けれど納得もしていた。

 チェシャ猫自身が、その才能をいいように利用されていたのだ。彼女の知らないところで、彼女が知らないうちにその才能に目をつけ自分に都合よく操る輩がいた。

「そんな……じゃあ……私のしてきたことは一体……」

「落ち着けよ、シャトン」

 隣に立っていたアリスが、ふらつくシャトンを支える。

「そう、気にすることはないさ、チェシャ猫。君の開発した禁呪は、ハートの女王の望みに適うものだった。だから彼女はそれを建前として使ったんだよ」

「建前?」

 そこで白兎は、ほんの少しだけ悲しそうな、誰かを憐れむような表情を浮かべた。

 誰を? ……ハートの女王を?

「彼女にも理由があるということさ。少なくとも、時を盗む禁呪の存在が当時のレジーナを救ったことは事実だ」

 救う?

「……どういうことなんだ?」

「俺が話すと思うのか? そして、それを聞いたらお前らは俺たちを見逃してくれるわけ?」

「……いいや」

「なら、聞いても仕方ないんじゃないか? それに、お前たちがここに来たと言うことは、女王陛下の方にも手勢を向かわせたんだろう? どうせすぐにわかる」

「すぐにわかる……?」

 ザーイエッツが怪訝な表情をした。

 ハートの女王の方へはダイナたちが行っている。戦闘も行われるはずだ。

 白兎の言い方だと、まるでその場面で、何か起こるとでも言いたげだ。

「――」

 アリスたちもそれに気づき不安になるが、今はダイナとヴァイスたちを信じるしかない。

 自分たちの役目は、ここにある水時計を破壊すること。アリス、シャトン、ザーイエッツの三人は盗まれた時間を取り返し、すでに死んだ者たちの時を解放する。

 闇雲に睡蓮教団を信じる者たちから希望を奪い取り、現実を突きつける。

 不思議の国の夢を見るのはもう終わりだと。

「俺たちが不利だとしても、姉さんたちは負けないだろう」

 アリスは姉を信じている。

「その通りだな。だが気を抜く暇はないぞ」

 またしても不穏な言葉に、アリスたちは白兎の挙動へと注目した。

「教団がお前らの襲撃を何も警戒してなかったと思うか? 対策はさせてもらったよ」

 彼が発した言葉は、すでに教団の方が一手早く行動を起こしているという宣言だった。

「表社会の住人は、守るべき大切な人間がいて大変だな」

「っ! お前、何を……っ!」

「ハートの女王はかつての友人に出来る限り穏便に手を引いて欲しいらしくてね。だから本格的な戦闘に入る前に、手を打った訳さ。彼女と白騎士の大事なものに対して」

「それで学院を襲撃?」

 通信を受けたシャトンが険しい顔をしている。

 アリスとザーイエッツが焦燥の浮かぶ顔でシャトンを見る。

「フォリーさんから連絡があったの」

「「!」」


「向こうは今――」


...161


 襲撃者たちが、次々に車から降りてくる。

 彼らは遠くからそれを見張っていた。

 口元に魔導の通信機を当てて話し合う。

「あー、こちら“小鹿”。そろそろよ。みんな、準備はいい?」

「“アヒル”、準備オッケー」

「“オウム”、大丈夫です」

「“仔ワシ”、ばっちしだぜ」

「こちら“ドードー”。みんなは絶対あのラインを踏み越えちゃ駄目だよ」

「「「はーい」」」

 良い子たちの良い返事を聞いて、二人は銃に弾を込めた。

「……来る」

 “バンダースナッチ”、フォリーの声で、彼らは戦闘を開始する。

 武器を校舎の窓硝子に向けた一人に対し、エラフィは別棟の屋上から、その足元に魔導ライフルを撃ちこんだ。

「?!」

 騒ぐ睡蓮教団員に拡声器で呼びかける。

『もう今日の授業はぜーんぶ終わってるわよ! あんたたち、こんな時間にうちの学校に何の用?!』

 ライフルをかついで、エラフィはこれでもかと怒鳴った。

 魔導の武器は普段は何の変哲もない紙切れ、いわゆる呪符の形をしている。魔力を通した時だけ具現化するので、持ち運びには大変便利な代物だ。

 そんな便利なものを持っていない黒服の男たちが別の武器を取りに戻ろうとしたところで、今度はレントの弾が彼らの車のトランクを撃ち抜いた。

 中に火器が入っていたのか、車は勢いよく爆発炎上する。

 そこへ更に、別の棟の屋上から子どもたちが次々に手に持った品を落とした。

 それは手製の魔導爆弾だ。

 爆弾と言っても本当に爆発するのではなく、地面や障害物にぶつかると炸裂して中に入った胡椒をまき散らす仕組みになっている。

 作ったのはギネカだが、それを持ちだしたのはフォリーの指示で行動するエラフィとレントだった。

 彼らは亡きテラスからの手紙により、今日この日に学院を黒服の男たちから守って欲しいと頼まれていたのだ。

 何をどうすればいいのかまで細かく指示してあり、後のことはフォリーに任せると。

 エラフィとレント、それにフォリーとカナール、ローロ、ネスルたち小等部の生徒は、そういう理由で今日だけはこの時間に学校に待機していたのだ。

 テラスは手紙で簡単に説明してくれた。自分たちよりもっと頼りになるはずのアリストやギネカたちがいないのは、彼らは別の場所で戦っているからだと。

「この場所は私たちが守るから」

「絶対にみんな、無事で帰って来いよ!」

 彼らが帰る場所を守るために、子どもたちは今武器を手に取る。

 しばらくすると、早々に通報が入ったのかパトカーのサイレンがやってきて、教団員たちは撤退した。

「奴らを追え! 一人も逃がすな!」

「ねぇ、あれって……」

 パトカーから降りて指示を出す刑事たちに目を留めてエラフィたちは驚く。

 それはヴェルムと旧知の仲であるシャフナー=イスプラクトル警部と、テラスの父コルウス=モンストルム警部。

 警察側から教団に対抗することを選んだ、“車掌”と“鴉”のコードネームを持つ二人だった。


 ◆◆◆◆◆


「襲撃失敗……?!」

 さしもの白兎も、その報告には驚かされた。

 無防備な学院を狙う。ハートの女王のその案に彼らも反対しなかった。

 潜入捜査とはいえ一時はあの学院に通った赤騎士さえも。

 けれど今、銃火器を持たせた部下たちから失敗の報告を受け取り、白兎は目を丸くする。

 その様子を横目にしながら、同じことをシャトンはフォリー側から聞いてアリスたちにも伝える。

「学院は大丈夫ですって。テラス君が手紙で、みんなで学院を守るよう指示したらしいの」

「みんなが……?!」

 アリスたちは驚きのままに顔を見合わせる。

 みんなと言えばみんな、エラフィやレント、カナールにローロにネスルということだろうか。

「あいつら……!」

 エラフィとレントは、誘拐事件でも活躍した魔導狙撃の技術がある。

 カナールたちは小さな子どもだが、下準備さえ完璧ならテラスやフォリーを信頼してその指示に従うだろう。そしてテラスは、死してなお盤上を支配する姿なき情報屋ジャバウォックなのだ。

 睡蓮教団の構成員とはいえ、下っ端の団員たちは普通の人間だ。相手の行動を読んで準備万端待ち構えていたエラフィやレントたちの迎撃を受けてはひとたまりもない。

 友人たちを危険に巻き込みたくはなかった。

 けれど、今、彼らが学院を守っていると聞いてこれ程心強いと思ったことはない。

「テラス君は信じていたのね。あなただけでなく、本当に全員を」

 そしてアリスは、もう一人の友人との約束を思い返す。


 ――アリスト……お前は、自分の時を取り戻して……。

 ――夢から醒めなければ、現実での救いは得られないから――……。


 アリスが自分の姿を取り戻すことは、もはや自分だけの願いではない。

 それを願ったヴェイツェと、帰ると誓ったダイナとの約束だ。

「シャトン! ザーイ!」

 アリスはここまで共にやってきた二人の名を呼んだ。

 二人もその呼び声に応え、同じ魔導を三人同時に展開した。

「何をするつもりだ」

 アリスたちはただ白兎から距離を取って、魔導防壁を張る。

 攻撃を仕掛けるでもなくいきなり堅固な防壁を築き上げたアリスたちの不審な行動に、いまだ動揺中の白兎は咄嗟に対処を計りかねている様子だった。

 これもまた誘いか。何かの罠か? 迂闊に攻撃を仕掛ければ何が返って来るかわからない。

 そしてアリスはもちろん、その問いにただ笑うだけで答えない。代わりに独りごちる。

「最初はとにかくこの術を完璧に覚えろって言ってた。ヴァイスの教えは正しかったな」

 三人がかりの盾で完全に全身を包み込み、襲い来る衝撃に備える。

 あとは、勝利へと繋がるスイッチを押すだけだ。

「これは……?!」

 白兎の驚きの声と共に、次の瞬間、遠くで小さな爆発が起き地下シェルターに大量の水が流れ込んだ。


 ◆◆◆◆◆


 どこか遠くで小さな爆発音がした。続いて激しい衝撃が建物全体に響いた。

 轟音。そして地震ともまた違う小刻みな振動が足下から伝わってくる。

「なんだ?」

 訝るハートの女王たちに対し、ヴァイスたちや白の王国は冷静だった。

「アリスたちがやったな」

「当然だ」

 彼らがずっと待っていたのはこの時だ。

「まさか――」

 建物の地下から放出され、盗まれた時間が星のように飛び散った。

「アリスト!」

 地下に眩い光が広がった。


...162


 地下シェルターに大量の水が入り込む。

 時の水時計を水圧で一気に全て割る作戦だ。

「どこから……?!」

 白兎が大量の水に驚いて目を瞠る。

 彼はアリスたちのように魔導防壁を張る様子もない。このままでは死んでしまうのではないかと思い、彼の分も防壁を張るべきかとアリスたちが考えている間に、一気に水が押し寄せる。

 けれどそこで見たものは不思議な光景。

 あれだけの水流が白兎にはまったく影響しない。水の方で彼を傷つけるのを嫌うかのように、白兎は水流の中でもまったく変わらなかった。

 改めて彼が普通の人間ではないことを実感する。

 アリスとシャトン、ザーイエッツの三人は意識的なものから普段は意識していない分の魔導力まで総動員して防壁に集中していた。

 ただ水を流すだけで時計が割れないと困るので、この水には確実に時計を壊すよう魔力の攻撃性を加えてある。例えるなら、水浸しにした部屋に電流を流すようなものだ。

 爆弾を作り、水に魔力を流すような仕掛けをしたのはヴァイスである。発明が趣味と言う割にいつもろくでもないものばかり作っているが、今回は役に立った。

 魔導防壁は水の脅威だけでなくそういった攻撃からも自身を守るためのもの。

 彼らが睡蓮教団の根拠地にすぐには乗り込まず、数日の猶予を置いたのはこの仕掛けのためだった。

 工場の裏手の山の川に目をつけて、地下から穴を掘って水を通しやすくした。

 作戦当日のアリスたちの行動は、実際に禁呪の本体である時の水時計の位置を確かめて、確実にその場所に激流を通すこと。

 ――作戦を考えた時、一番の問題だったのは、どうやってこの大量の時計を壊すかということだった。

 形が砂時計であるからには比較的割れやすい。けれどこの量、ちょっとやそっとの爆発ではものともしない頑丈な地下シェルター。

 そして何より厄介なのは、アリスたちの行動を妨害するだろう睡蓮教団の人間。

 アリス程度の魔導でも時計を壊すことは簡単だが、一つ一つ破壊していては夜が明ける。かといってこの無数の時の中から奪われた自分の時間を真っ先に見つけ出すことも難しい。

 そしてここにやってきた教団員にアリスたちが負ければ、この襲撃作戦自体が台無しになる。

 だから逆に、そうはならない策を練った。例えアリスたちが負けても、目的を達成できる仕組み。

 アリスたちはこの場所に来て、スイッチを入れる。それだけが役目だった。

 子どもの姿のアリスが考えだした、子どもでもできるような仕事だ。

 シャトンが作った、一時的に元のアリストに戻れる魔導時計も、怪盗ジャックが用意した、姿を大人に見せかける催眠能力付の仮面も必要ない。

 今の自分にできる、最少にして最大のこと。

 睡蓮教団内で最悪の敵である白兎が待ち構えていても、この作戦に変わりはない。

 押し寄せる水の攻撃的な勢いに負けて、巨大な砂時計が次々に割れていく。魔導を通した水が全てを壊そうとする。

 その攻撃で自分たちが傷つかないように張った防壁の中で、アリスたちはただその瞬間を待てば良かった。

「……来る!」

 硝子の砕け散る音が急に強く胸の奥に響いたと思ったその時。


「――ようやくの復活だぜ!」


 さよなら。アリス=アンファントリー。

 そして、おかえり。アリスト=レーヌ。


 彼らは、盗まれた時間を取り戻した。


 ◆◆◆◆◆


「時間が……再び世界に散っていく……」

 もう盗まれた持ち主自身が死んで戻る場所を知らないその光は、流れ星のように各地に散って行った。

 あれは残照。遠い星の光はその星自体が死んでも光だけがこの空に遅れて届くように、孤独な時の砂は僅かな輝きを残していずれ闇に消え去る。

 それを捕まえる手立ては、もう教団にはないのだ。

「では睡蓮の神の復活は……私たちの願いは……!」

 入り口の攻防では、神の復活が叶わないことを知ったニセウミガメが目論見通り戦意を喪しかけていた。

「先生……!」

「しっかりしなさい! ニセウミガメ! ここに来て今更、これまで我らを導いてくれた女王陛下を見捨てる気ですか!」

 ハートの王が叱咤するが、ニセウミガメはなかなか気力を取り戻さない。

「お前はあれを見てもまだ戦うつもりか。やれやれ、厄介だな」

「当然ですよ、天の使者!」

「!」

 銃撃戦を仕掛けた白の王ことマレク警部の声に、ハートの王は怒鳴り返す。

 その台詞にハートの王なる青年がかなりの事情を知っていることを感じ取り、マレク警部は表情を引き締めた。

「私は全てを知って、それでも女王陛下を選んだのです。今更我らに何もしてくれない無能な神々とその配下の思い通りになどさせるものか!」

「そうか。本当に厄介な奴だ」

 このまま彼らが戦意を喪失してくれるならと思ったが、まだやるつもりのようだ。

 ニセウミガメの動きも大分精彩を欠いてはいるが、まだ武器を手放してはいない。

「これだから宗教など厄介なだけだ!」

「いやあの、陛下。月神セーファ様の眷属であるあなた様がそれを言います?」

 苛立たしげに吼える白の王に、庭師の7はそれしか言えなかった。


 ◆◆◆◆◆


 誰にでも信じるものはある。

 誰にでも、信じられないものがある。


 ◆◆◆◆◆


「やられたね……!」

 ハートの女王が忌々しさを通り越し、もはや驚嘆の表情で口にした。

 地下から小規模な爆発と大きな地響きに似た衝撃が感じられたかと思うと、この有様だ。

「裏山の水源か。何、君らこの数日せっせと土木工事に励んでたわけ?」

「そうよ」

 今度こそ睡蓮教団を取り逃がしはしない。その野望を挫くためには、誰かが負けても確実に作戦を遂行する計画が必要だった。

「あっはっは。発案者はアリスかい? やれやれ、まったく主人公様は容赦がないよ」

 所詮お前たちはただのトランプだと、夢の中において現実を突きつけるアリス。

 大いなる水の流れの前には、人間など紙切れのように翻弄されるしかない。

「おいおい、どうする気だい? 女王様」

「撤退しかないだろう。これ以上やりあっても不利だ。グリフォン、皆にそう伝え――」

 ハートの女王はダイナを相手に一瞬も油断のならない攻防を交わしながら、部下であるグリフォンにそう指示を出す。

 次の瞬間目の前のダイナの表情が変わり、赤騎士の珍しく切羽詰まった叫びが聞こえてきた。

「避けろ、女王……! レジーナ!」

「レジーナ!」

 パン、と軽い銃声がする。

「ま、この辺が潮時ってことだよな」


 グリフォンが、ハートの女王のこめかみを撃ち抜いたのだった。



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