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戒結の儀  作者: 三歩
第一章
7/11

2人の巫女と、2人が住む町

 亜神が活動する世界。黒く淀んだ世界を、光が差すことはない。この世界があるかぎり、亜神は生まれ続ける。禍々しい模様が入った地面から今も、亜神が生まれ始めていた。


「ああ・・・。ああ・・・。」


 地面に両足が埋まり、空を仰ぐ男がいた。口が大きく開き、眼球の形が見えるかのように目が見開いている。体は後ろへと反り返り、呼吸をしているのか不気味な声を上げていた。


 そして、そこに2人の少女がいた。


「見つけたよ、燈香(とうか)。吸収され始めている。もう時間が無いでしょうね。」


 精悍のある顔立ちで、赤色の長髪は黄色の細いリボンで結び、腰までの長さがある。身長は隣にいる少女と比べても高く、どこかの学校の制服を着ている。


(りん)ちゃん、まだ、あの人間に合うかな・・・?間に合うなら、助けてあげないと。」


 燈香と呼ばれた少女は、対して幼い顔立ち。心配そうな表情で、男を見ている。栗色の肩まであるショートヘアーで、左の前髪を林檎のアクセントが付いたピンセットを付けている。そして、凛と同じ制服を着ている。


「いや、もう取り込まれている。」


 男の目が気持ちの悪い動きを見せる。眼球が複雑に焦点を狂わせ、頭が不気味に震え始める。


「ふあああ・・・、ああああ・・・あああああああ!!!」


 奇声を上げる男の頭部が膨らみ始める。顔がもうひとつ出来上がるように頭部が膨らみ、まだまだ大きくなる。

 凜は両手をパン、と合わせる。合唱した手が金色に光り、手を離していくと、柄が現れる。手のひらの光が真っ直ぐ離れていくほどに伸び、指の隙間から更に伸びた光はやがて刃を持った武器へと変わった。槍のような尖った刃と、そこから斧のように両側へ幅の広い刃が付いている。柄のうしろ側も、同じ形状で刃が生成される。

 

「全ての亜神を、倒してみせる。燈香、いつもどおりの間隔でお願い。」


「わかった、凛ちゃん。」

 

 互いに声を掛け合い、燈香は凜の傍から駆け足で離れ、亜神との距離をとった。

 凛は燈香の答えを聞くと同時に、槍を構えて地面を蹴る。亜神との距離が一気に縮まると、槍を振りかざす。巨大化した頭は凛の体よりも大きく成長しており、凛の攻撃を1つ目が見開いて捉える。だが反撃の動作は見せず、凜は刃を振り払う。亜神の頭へと刃が触れたとき、甲高い衝突音が響く。


「硬い。」


 凜は亜神の硬さに呟いたが、あせる様子でもなかった。亜神は頭を振り、凜は亜神の体を蹴って跳躍する。地面へと着地する凜が亜神を見ると、更に形態が変わっていた。首なしの大男の右手に歪な球体となった頭が引っ付き、両足が生えているという亜神の姿。


「物理攻撃か。そこまで頭を硬くして、何に固執していたんだ?」


 亜神に聞こえるような大きな声で、凜が武器を突きつけてそう亜神に問いかけた。亜神は右手を構えたまま立っている。亜神と凛の距離は遠い。だが、亜神の右手にある拳の巨大な目が凜を捕らえる。

 凜の瞳には遠くに映る亜神。瞬きをして目を開くと、突如亜神の目が目の前に現れた。

 爆発音が粉塵を撒き散らす。地面を抉り、顔の半分が地面へと埋まっている。そこは、凜が立っていた場所である。

 振り下ろしたまま微動しない亜神の体が、異変に気づいたように体を動かす。右手となる巨大な頭を地面から引き剥がすと、抉れた穴の中に凜の姿が無い。瞑っていた巨大な瞳を開け、凜の姿を見つけようと動く。

 その瞳が、大きく見開いた。同時に、亜神は頭を振り上げる。再び、衝突音が響く。上空から、凜が槍を振り下ろし、頑強な頭に攻撃を阻まれたのだ。


「反射神経が凄いな。だが、私も速さでは負けない。」


 亜神の動きに凜は驚いてるように聞こえるが、本人はうっすらと笑みを浮かべている。


「そして、力でもだ!」


「・・・!」


 凜が叫ぶと、亜神が身を怯ませたように体を震わせる。交わっていた槍の動きは、一瞬振り上げたような残像を残し、亜神の頭が刃をぶつけられて地面へと叩きつけられた。振動が響いたと思えば、今度は亜神の頭を中心に地面が砕け、崩落する。亜神の体までも穴へと飲み込まれるように落ちてゆき、構えていた体が宙に舞う。頑丈だったはずの頭には切り傷が大きく残っており、二つに割れた1つ目玉は見開いたまま上を見上げていた。


「燈香!」


 落ちてゆく亜神に槍を突き立て、空中で合図を掛ける凜。そして合図を受けた凜は、印を組む。


【戒結の儀を始める。


我、汝の戒めを結び、彼の地へ解き放つ。】


 目を閉じ、燈香は戒結ノ儀を始めた。青白く燈香の体が光を放ち始めると、目を閉じる表情が強張った。そして、落ちていく亜神の体の周りに、小さな火の玉が1つ現れる。青白い火の玉は亜神を囲むように回り始めると、大きな火の輪となる。亜神へとその輪は縮まり、その巨体を炎が飲み込んだ。


『ヴァがガアああぁあ!!』


 炙られる亜神はもがくが、纏わる炎は消えない。その亜神の体から、白い煙が立ち昇る。徐々に量を増す煙が穴の外へと漏れていくと、そこに人影が現れた。虚ろな瞳を浮かべる青年が、涙を流しながら凜を見ていた。


「大丈夫。もう、抱え込まなくて良い。」


 凜はその青年に語りかけると、小さく微笑みを見せる。それを見た青年は両手で目を覆うように隠したが、頬へと零れていく涙の間で、青年の表情は笑っているように凜には見えていた。それを確認したかのように、足元の炎を見た。目つきは戦闘時のように、その炎でもがく亜神を睨む。


「最後だ。全力で行く!」


 叫ぶ凜の手元から、槍が金色の光を解き放つ。槍を振り上げ、宙を足で蹴る。すると、凜の体がはじき出され、亜神へと突進する。


【亜神よ、汝が囲いし魂は解けた。彼のあるべき地へと、魂を帰したまえ!】


 渾身の力で、槍が振り下ろされ、亜神の体を刃が貫き、凜の体が一回転した。斬り込まれた亜神の体から黒い液体のようなものが吹き上げ、散らばる物全てを、青白い炎が覆っていく。

 更に大きくなった炎はやがて収束し、僅かに火花を散らして消えていった。


 目を閉じていた燈香から光が静かに消え、深く息を出しながら、目をゆっくりと開いた。


「ふぅ・・・。あっ。」


 右足を一歩踏み出そうとしたが、内側に入りすぎ、燈香の体制が崩れる。だが、少し倒れこんだ先で、凜が優しく受け止めた。


「ありがとう、燈香。」


 燈香へと微笑みながら、凜は燈香へ礼を言う。対して燈香も、少し背の高い凜の顔を下から見上げ、「こちらこそ、ありがとう。」と返事を笑顔で返した。


「凜ちゃん、お疲れ様。怪我は無い?」


「ああ。力も引き出し過ぎずになんとか抑えられたよ。」


「私も。でも、戒結の儀はやっぱり痛いね。」


 苦笑を浮かべながら、燈香は右の脇腹を撫でる。それを見た凜の表情が少し曇る。


「ごめん、いつも任せてしまって。」


「ううん、私は気にしてないよ。それに、凜ちゃんが怪我しないか私もハラハラしてるんだよ。だから、あまり無茶したらだめだよ。」


「はいはい。」


 苦笑しながら返事をする凜。そしてすぐに、2人の視界がゆっくりと暗くなっていく。




 2人の意識が戻った場所は、月の光が差し込む教室。床で背中を少し丸め、向き合うように寝ていたのだ。同時に目が覚め、互いの顔を見る。そして、小さな声で凜が話しかけた。


「彼が最後だ。もう犠牲者はでない。」


「うん。もうこの町は大丈夫だね。ゆっくりと、休んでほしいな。」


「そうだな。」


 静かに響く声は、2人には十分だった。窓ガラスが割れ、教団と机はボロボロに崩れている。それらには黒い炭が被り、黒板は黒く焦げていた。天井の電灯はすべて無く、割れた蛍光管の口が繋がっているだけの状態。


ブブブブブ・・・


 何処からか、くぐもったように小さな振動音が聞こえる。一定のリズムで聞こえる振動音に、凜の手が動いた。

 胸のブレザーに手を入れて出すと、携帯電話が握られていた。画面を見ることなく、電話に出る。


「完了した。もうこの町に亜神はいない。―――ああ。どの亜神も、一度も同じ姿をしていなかった。朝の亜神は海洋生物のクラゲのようにフワフワと空を浮き、数十本の触手には強い毒性の針がついていた。唯一の弱点は触手をかわした先にある、女の顔。燈香の攻撃で触手をけん制して、私が戒結の儀を行い。亜神を消した。姿から見て、生まれた原因は」


 説明をしながら、凜は体を起こした。燈香も体を起こそうと続いたが、凜が燈香へと振り向くと、ジェスチャーをしてそれを止めた。


〈大丈夫だから、燈香は休んでて〉


 燈香は伝えられたことを受け入れ、またゆっくりと地面へと寝そべる。


「以上で、亜神は消滅した。この町には。」


 立ち上がった凜は、一度言葉を切る。そして、窓から見える町を見ると、最後に一言を電話の主に伝えた。


「もう、この町に人間はひとりも残っていない。」


 焼け焦げた校舎の窓から見える光景は、月夜に照らされた黒ずんだ町。形を残す建物は僅かで、殆どの町は焼け野原の風景と化していた。


「・・・え。他の場所?亜神はもう、いなくなったんじゃないのか?」


 凜が何かを聞いたのか、驚く顔を浮かべる。その声色は徐々に暗くなる。やがて、亜神と対峙したときの表情へと変わる。


「・・・わかった。夜が明けたらいくわ。それじゃ。」


 最後の区切りをつけた返事の後、すぐに電話を切る。凜が燈香へと振り返ると、心配そうな表情で燈香は凜を見ていた。


「どうしたの?怖い顔してるよ、凜ちゃん。」


 燈香の質問に、凜からの返事はなかった。携帯を持つ凛の右腕は力なく降ろされ、窓の外に見える月を見た。周りには星空も浮かび、灯りのない町をうっすらと照らしている。


「・・・いつ、終わりが来るんだ。」


携帯を持つ右手に、少しずつ力が入る。


「私達は、あと何人助ければ・・・。あと何人、殺せばいいんだ。」


 月が凜の瞳に映り、その景色が揺らいだ。燈香からは凜の表情が見えない。だが、僅かに見えた横顔から、一筋の光が落ちていった。凜は右手の甲で頬を拭う様な仕草を見せ、再び月を眺める。


「明日から、また学校に通えるらしいよ、燈香。」


 凜がそう言いながら振り返ろうとしたとき、背中から燈香が抱きついてきた。反動で少しからだが揺れた凜だったが、燈香が腕を胸の下へと回して支えた。


「燈香?」


 突然燈香が抱きついてきたことに、凜は驚く。燈香の姿を見ようと首だけ回す凜だが、燈香の顔は凜の長髪に顔を埋め、表情が見えない。


「大丈夫、きっと終わりが来るよ。だって、この町も救えたんだから。私達のお陰で、救われた人は沢山いるから。そして、私達はきっと・・・、ううん。絶対に、また元の生活に戻れる。」


「ありがとう、燈香。」


 元気にそう励ました燈香の頭を、優しく撫でる凜。震えている燈香の手を優しく握ると、窓の外にある月を再び見る。



「そう、絶対に取り返してみせる。私たちの世界を。」



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