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戒結の儀  作者: 三歩
第一章
6/11

歌月と草薙

 突如晴天は一変し、曇天がどこからともなく広がり、雨が降り出した。午前中の落雷が気になっていた生徒達は、


「あー、夕立が来ていたのか。」

「そりゃ雷も落ちるよね。」


 自然現象だと理解を始め、それぞれの席に戻っていった。そして教員達もそれぞれの業務へと戻る。ここ、2年4組でも、間もなくホームルームが始まる。


「みんな、出席していますか?」


 担任である新谷先生が教壇に立ち、生徒が座る席を見渡していく。そこに、空席が1つあるのに気がついた。


「あれ、南雲さん教室に来ていませんか?」


 新谷先生が生徒達に尋ねる。生徒達は僕の席を見ては周りの生徒とひそひそと会話を始める。生徒の声と雨の音が交互に教室の中に小さく反響している。そのうち1人の男子生徒が、手を挙げた。


「先生、鞄が机に掛かってません。」


 僕の右隣に座る男子が、僕の机に鞄が掛かってないことに気がついた。


「おかしいですね。今朝職員室に一緒に来てもらったのですが。」



 その頃の僕は、屋上にまだいた。目を開けると景色がボヤけて見え、こちらの世界へと意識が戻り始める。。曇天の空から雨が降り、体中に雨粒が叩きつけられる。冷たい。寒い。容赦なくずぶ濡れになっているが、そこまで嫌な状況ではない。このままでもいいかな。そう思わせてくれるほどに、心地よさまで感じ始めている。

 コンクリートにうずくまるような形で、僕は寝ていた。フェンスの向こうは、今朝とは大違いな空模様が見えている。


「さすがに、このままじゃいけないか。」


 左腕で体を支えながら、僕は上半身を起こす。肌に濡れた制服がべっとりと引っ付く感覚が気持ち悪い。僕は昇降口へと向き、歩き出す。だが、一歩目を出したとき、僕は足を止めた。


「誰?」


 僕は閉まっている扉に向けて声を掛ける。鉄でできた扉には窓等はついていない。だけど、扉の向こうに何かを感じた。予感が的中したかはわからないが、やがて扉がひとりでに開く。いや、ひとりでに開いたように見えただけだが、そこには人がいた。


「・・・終わったよ。」


 僕が報告をすると、開いた扉の奥に立つ人物が答える。


「天気を見ればわかる。」


 愛想の無い返事をしたのは、新谷先生と同じこの学校の先生。厳つい顔で肌が黒く焼けており、獣にも例えられるほどの鋭い目つき。背の高さなんか、僕が手を伸ばしてやっと頭に届くかどうかの大男。僕は、その人を知っている。


「こっちに来たらどうだ。俺もそこまで聞こえるほどに声を上げるのは疲れる。」


「言われなくても。」


 そっちにいく。そろそろ風邪をひいてしまう。昇降口の扉を抜けると雨に叩きつけられていた体が、少し軽くなった。改めて、雨の勢いがどれほど凄かったかが想像できた。髪の毛や制服の裾、袖、手先、あらゆる末端から水滴がポトポト落ち続ける。


 男の名前は、草薙。名前は教えてもらってはいない。


「酷い姿だな。」


「なんでここに来たの?というより、なんでここにいるのがわかったの?」


 階段の傍においていた通学鞄を開け、僕はタオルを取り出す。


「職員室に来たお前の顔を見れば、亜神が現れたことぐらい察しがつく。」


 髪の毛から拭き、体全体を拭いていく。目の前にコイツがいなければゆっくりと乾かせるけど、いつも邪魔で仕方ない。鞄のファスナーを閉めて僕は立ち上がり、昇降口の階段へと足を向ける。


「被害は火災が一件だけだ。幸い死人は今回出てはいない。」


「そう。」


 会話を続ける必要もないので退散しようとする僕だったが、肩を草薙にそっと触れられた。僅かに肌の感触が僕の首筋に触れた。その時、肩に激痛が走る。そして、亜神に首筋を噛まれた時の瞬間が脳裏に蘇った。


「ぐっ!うああああああ!」


 思わず僕は草薙の手を激しく振り払った。痛みで意識が混乱し、壁に体を、主に右肩を打ちつけた。手に持っていた鞄は階段から振り落とされ、踊り場に中身を撒き散らしながら落ちていった。


「だが、お前は少し重症のようだ。人間でいうなら即死の攻撃だっただろうが・・・。よかったな。」


 草薙が何かを喋っている。だが、頭には入ってこない。ぎゅっと閉じていた瞼を僅かに開くと、視界に映る景色が白黒にぼやけて見える。頭を冷たい壁に押し付け、なんとか僕は意識を保ってはいる。徐々に体の力が抜け、床に膝を着く。ぼやけて見えるのは、僕が涙を流しているからだ。唇に当たる微かな水気がしょっぱくて、目頭がヒリヒリしている。でも、肩の痛みはまだ続いていた。


「はぁ・・・、はぁ・・・。」


 僕の視界に、草薙と開いたままの扉の向こうで振り続ける雨が映っている。すると、草薙が僕に近づいてくる。今度は何をする気だ。反射的に、僕の体が後ずさる。嫌だ。こんな痛みを現実の世界でも感じるのは。


「おい。」


 草薙の口がまた動いている。だが、何を言っているのかわからない。すると、僕の視界が昇降口の天井に一瞬で移り変わった。


 スカートを伝って感じていた冷たい床の感触が、ふっと消えた。つまり僕は、階段へ背中から落ちていた。



 完全に意識を失った僕の体は、鞄と同じように踊り場へと落ちていく、はずだった。咄嗟に伸ばした草薙の手が僕の背中を抱きかかえるように掴み、間一髪のところで落ちるのを防いだからだ。


「気を失ったか。」


 草薙は目を閉じている僕の顔を見て呟く。そして、左手を僕の制服であるカッターシャツのボタンへと手を伸ばし、外した。一個ずつ上から丁寧に外し、3つあけたところで右肩の襟を広げた。


「これぐらいなら一日で治るか。



よかったな、お前も化け物で。」



 開けた僕の肩を見ながら、草薙はそう言った。真っ黒に変色していた、僕の首筋から肩にかけての痣を見ながら。

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