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戒結の儀  作者: 三歩
第一章
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役目があるから

 意識が戻ったときは、ほの暗い部屋の中で、僕はベッドで仰向けに寝ていた。天井の照明は消えているが、町の明かりが窓から漏れていたため電球の形まで分かる。部屋の中央に小さなガラステーブル、その上にノートパソコンが一台ある。画面を開いて電源を付けたままにしてたが、休止モードになっている。その傍には、コースターに置かれたガラスコップがひとつ。中身は空っぽ。奥の壁に本棚と衣装棚が並んで配置され、時計が壁に掛けてある。その時計の針も良く見えており、時刻は10時25分を指している。

 今日も、長く寝ていた。先週に比べると、寝る時間が長くなってきた。


亜神が強くなってきたから?僕がまだ未熟だから?それとも、もう僕に限界が来ているのか?僕はもう一度、天井を仰ぐ。


 すると、右側から明かりが灯った。視線を向けると、パソコンの画面が光っていた。ゆっくりと体を起こし、ベッドから滑るように、先ずはカーペットへと両手へと手を伸ばす。僅かな距離で、ただベッドから降りるだけなのに。


「う、、、くぅ。」


身体中が痛い。腕を伸ばすにも、長時間圧迫されていたかのように硬直していて、思い通りに前へと伸ばせない。両手がカーペットに触れ、腕を曲げて体の側面を滑り落とし、なんとかベッドを背に座ることができた。ようやく自由が効き始めた右手でマウスを触り、いつも開くメール画面をクリックする。すると、内容が開かれた。


「・・・亜神の消滅を確認した。引き続き警戒が必要だが、少しでも休息をするよう。」


 開かれていた画面には、ネットワークでやり取りできるメールシステムのプログラム。今は携帯電話で傍にいるように文字だけでスラスラと会話ができる機能が増えてきているけど、大量の文章や秘密にしないといけないことを知らせるためになると、昔からあるメールが凄く役に立っている。

 開いたその内容だけ読めば、後はどうでもいい。こんな内容を送ってくる人は、1人しかいないから、文章以外に目を向ける意味も無い。

 寝起きというものは、やはり慣れるものではない。寝てるのか起きてるのか分からない感覚がずっと続くし、何よりちょっとした距離を歩くのでさえ億劫になる。でも、ちょっと上半身を動かしたお陰で、気づくこともある。今の今まで着ている制服は、汗で濡れている。頬を汗が伝って流れる感触や、首筋から流れていく汗の感触まで気づく。


 僕はベッドから立ち上がった後、衣装棚から下着とタオルを取って、洗面所へと向かう。洗面所の電気を点けて、風呂場の電気も点けた。洗面所の下にある洗濯籠に汗ばんだ服を全て投げ入れる。浴室のタイルに立ち、シャワーから水が出る蛇口を回す。すると、頭の高さにあったシャワーから、


「冷たっ!」


 冷たい水が降ってきた。油断するといつもこうだ。蛇口をすぐに回してシャワーを止め、シャワーの取っ手を掴んで固定口から離す。足元にシャワーの口を向けて再び蛇口を回す。一気に体が冷え、膝を抱えてしゃがみこむ。

しばらく流すと、お湯に変わり始めた。シャワーがお湯に変わるまでの間、出続ける水をただ眺めていた。ようやく、温かくなった。シャワーを次に、自分の体へと向けた。


「・・・はぁ。」


 気持ちが良い。体から腕、腰、足、そして頭からお湯を贅沢に浴び続ける。髪の毛から水が流れていく。汗を流すこともできて気持ちよかった。でもそれ以上に、今日の戦いの記憶を薄くしていってくれる。俯いたまま、目を開く。左奥の排水口に流れる水を眺めながら、もうひとつ溜息を吐き、体を洗うことにした。



 とても、気持ちよかった。


下着を着て、髪の毛をタオルで撫でながら、リビングへと戻る。


「あ、コップが空っぽだった。」


 テーブルの上にあるコップを見て、飲み干していたことに気づいた。首にタオルをかけて、台所の下にある小さな冷蔵庫から、水が入ったペットボトルを取り出し、コップへと注ぐ。リビングに戻らず、たったままコップへと口をつけ、水を飲む。今度は、冷たくて気持ちが良い。体全体へと伝わるという、感触がとても気持ちが良い。再びコップへ並々と水を注ぎ、パソコン横のコースターへとコップを置く。ベッドへと視線をやり、枕の隣でピカピカと光る携帯を見る。


 携帯を開いてみると、着信履歴があった。時計の針を見て時間を確認すると、11時半。着信は十分前だから、シャワーを浴びていたときにかかってきていた。ボタンをポチポチと押して、こちらからリダイヤルする。着信中の音が続く。3コール程鳴った後、電話が繋がった。


『はい、鏡です。』


「こんばんは、鏡さん。歌月です。」


『ああ、南雲さん。折り返してくれてありがとう。ちょうど一週間ぶりくらいだね。久しぶり。』


 声の主は、男の人。名前は鏡さん。苗字なのか名前なのかは分からない。そして顔も知らない。ただ分かるのは、多分僕より少し年上の、男性の声。パソコンを折りたたみ、ベッドへと腰を落とす。


「ちょっと驚きました。夜に電話してきたの、今日が初めてだし。」


『ごめん。ひょっとして、寝てたかな?何度も掛けるのが悪いと思ったから一回目でやめたんだけど。』


「いえ、お風呂に入ってました。さっきあがってきた所です。」


『・・・・・・あ、お風呂に。なんか、ごめん。』


 鏡さん、謝ってばかりだ。こんなこと思うのは変かもしれないけど、悪い人という想像はつかない。とても不思議な人だといつも感じているし、会話していても、普通の男の人だから。


「なんで謝ってるんですか?もしかして、お風呂に入る僕を想像したんですか?」


『い、いやその!・・・わ、私も健全な男だから・・・という言い訳だったら、許してくれるかい?』


「ぷっ・・・あははは。」


 凄く変な声になってて、慌てている。思わず笑ってしまった。


「ずるいな鏡さんは。鏡さんは僕のこと知ってるのに、僕は鏡さんのこと、何も知らないから。」


『ごめんね。これも、私の役目に課せられた。』


「分かってます。僕も、与えられた役目だから我慢します。」


『・・・。』


 鏡さんから声が返ってこない。でも、いつものことだから慣れている。僕が言った[役目]という意味を、鏡さんが捉えたから。だから僕も、伝えなくちゃいけない。




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