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戒結の儀  作者: 三歩
第一章
11/11

3人の戦闘

 買い物を終えた僕達は、商店街へと向かってきた道を、再び辿っていく。夕刻ともあり帰宅途中の人混みに巻き込まれてしまう。僕の後に歩いてくる2人はまだアパートへの道順を知らないため、はぐれるわけにはいかない。荷物持ちを手伝う僕は歩きながらも、時節後ろを振り向きながら2人との距離を確認する。飲み物や食材などは凜が持ち、僕はフライパンや包丁等の調理器具が入った袋を持っている。燈香は2人が購入した洋服やタオル等、日用品を主に詰めた袋を持っている。

 凜は僕が目を向ける毎に、僕と目を合わせてくれた。対して燈香はというと、荷物が重たくなってきたのか、疲れた表情で凜に遅れて僕と目を合わせてくれた。

 でも、荷物が責任というわけではないように見える。体をすれすれにかわしていく人の群れ。人が生きていく上で癖のついた歩幅が大きく狂ってしまう。人混みに酔ってしまったのかもしれない。僕は一度進む足を止めて、2人が追いつくまで待つことにした。


「燈香、荷物手伝うよ。」


 僕は空いた左手を燈香へと伸ばした。凜も僕の行動に合意してくれたのか、燈香が荷物を渡すのを待っている。しかし燈香は、首を横に振る。


「大丈夫大丈夫。ちょっと疲れちゃっただけだから。」


「慣れない人混みだし、少し休もう燈香。」


「凜ちゃんも心配しないで。ほら、元気・・・だ・・・よっ!」


 荷物を無理に持ち上げて見せるが、笑顔のはずの表情は少し引きつっている。頭を抱えた凜は溜息をつくと、燈香の右手を握る。


「無理しなくていいから。歌月ごめん、どこかで少し休ませてもらないか。」


「なら、近くのバスターミナルに待合室があるから、そこを借りよう―――痛っ!」


 その時、肩に痛みが走った。


「歌月、今!」


 後ろから聞こえた声に振り返ると、二人も驚いた表情で僕を見ていた。荷物を落とし、燈香は腹部を、凜は胸の辺りを手で押さえていた。


「これって、亜神・・・!」


状況を把握する間も無く、突然人混みから悲鳴が聞こえてくる。


「火事だ!」


その声に反応して、僕達3人と人混みは足を止めて、後ろを振り返った。


8階建のビルの1階から、火が上がっていた。居酒屋であった1階の店からは従業員が4人、燃え盛る火の中から脱出してきた。全身水浸しの服で、どうやら大した怪我をしてないように見える。


「大丈夫ですか!」


その4人に駆け寄る人が数人いて、様子を確認している。


「そ、それが!いきなり使用していないコンロの火が付いて、厨房に広がったんだ!スプリンクラーも作動したんだが、火が全く弱まらなかったんだ!」


「まだ人はいるのか!」


「いや、この4人だけだ!開店前だから客はいない!」


「おい!あっちも火事だぞ!」


別の人が皆に聞こえる程に大きな声を上げた。反対側の一軒家であるレストランからも、火の手が上がっている。レストランにはお客さんもいたらしく、急いで店内から逃げ出してきていた。


「どうなってるんだ!なんでこんなに火の回りが早いんだよ!」


騒ぎが広がり、その場から逃げようと混乱した人の群れが交差する。


「どうしよう、ここじゃ向こうに行けない。そこの路地に入ろう!」


 僕が周りを見渡すと、まだ開店していない居酒屋などがある細い路地を見つけた。そこへ二人を誘導し、奥へと進む。やがてたどり着いた場所は、廃材やダンボールなどが置かれた少し広い空き地。


「ここなら大丈夫だと思う。」


「わかった。」


「荷物、この辺りでいいかな。」


 僕達は荷物をまとめて壁に立てかけるようにして置く。

そして3人は向かい合うように立つ。目を閉じて、静かに集中を始める。


 やがて音が無くなり、肌寒い感触が周囲を漂う時が訪れた。目を開けると、立っていた2人は同じ位置にいた。ただ違うのは、路地裏の景色ではない場所に立っていた。すると、凛は少し笑みを浮かべている。


「初めての、3人で戦闘か。お互いに足を引っ張らないよう頑張らないとな。」


凛がそう言うと、僕と燈香も頷き合う。


「それで、肝心の亜神は何処だろう。」


燈香は辺りを見渡し、それに続いて僕と凛も周りを見渡す。周囲を見渡せど、視界の範囲に亜神の姿が見当たらない。だが、僕が今まで見てきた空間と、少しいつもと違う風景なのがわかった。

何処までも地平線が続く平らな世界に、大きな起伏が生まれていた。小高そうに見える起伏もあれば、大きな壁のようにせり上がった地形もある。今の僕らにとっては地面を一度ければ上れる高さだ。あの高さなら、登れば亜神を見つけられる。

何か、上に気配を感じた。同時に3人は片足を踏み込み、その場から飛び出す。突如、3人が立っていた場所へと何か降ってきた。衝撃による突風と地鳴りの後に、それは姿を見せた。2枚の巨大な翼。口の見当たらない丸い頭部は、長い首から生えている。12個の目が不規則な間隔と位置にあり、ギョロギョロと動いている。体格は太く長い。二本の鳥足が生えている。だが細く見えるその足は、巨体に見合うほどに恐ろしく筋肉が発達して、爪は鋭く大きい。極め付けといえば、この怪物の体格に迫る長さの尻尾が生えている。


「鳥?いや、竜なのか。」


「気色の悪い亜神だ。」


「で、でも、、、。あんなに目が普通ついてるかな、、、?」


「死角を無くす為についているのかもしれない。警戒心が非常に高く、経験から成長していくタイプとかかも。あまり戦闘は長引かせないほうがいいかもしれない。」


自然と分析ができるようになったのも、戦闘を繰り返すことで身についたお陰なのかもしれない。可能性を身に感じることができれば、人は成長できるということの答えなのか。だったら、先手必勝だ。

右手を掲げて、意識を手の先に集中させる。手先に力が集まり、熱を帯びる。僕の周りに宝玉が精製され、手先に歪な剣が握られた。そして、僕の髪の毛は腰まで伸びる。


「こ、この感じは、、、。歌月が持つ力が、こんなに大きいなんて。」


「凛ちゃんも強いけど、歌月ちゃんもやっぱり強いんだ、、、!」


すると、凛も両手を合わせ、亜神へと対峙する。


「私も遅れるわけには。」


手を広げていくと、輝きの中から柄が現れる。手のひらの光が真っ直ぐ離れていくほどに伸び、指の隙間から更に伸びた光はやがて刃を持った武器へと変わった。槍のような尖った刃と、そこから斧のように両側へ幅の広い刃が付いている。柄のうしろ側も、同じ形状で刃が生成される。

右手でそれを掴むと、柄を巧みに振り回し、地面へと突き立てる。


「よし、私も!」


僕と凛の姿を見て、燈香は強気な笑顔を見せた。そして両手を左右に広げて目を閉じる。ゆっくりと広げた手の平へ、僅かな光が灯る。やがてそれは複数の火の玉へと変わり、燈香の周りへと集まる。燈香の動きに合わせて動くその姿は、夜怪しげに灯る狐火のようだ。

 亜神は翼を大きく広げ、地面へと向かって扇ぐ。速度を増して扇ぐと、巨大な亜神の体が浮き上がり、空へと飛び立つ。亜神の攻撃方法はまだ分からないが、高さを有利に取られると苦戦するかもしれない。先手必勝だ。

 僕は駆け出し、剣を構える。地面を蹴って跳躍すると、奴の顔面を攻撃範囲に捉えた。剣を振り下ろし攻撃を仕掛ける。すると、亀のように頭を縮み込ませた。

不気味な目は、僕をしっかりと捉えている。翼を傾け、僕に目掛けて仰ぐ。猛烈な風が巻き起こり、宙に浮いた僕を吹き飛ばす。体制を取り直して地面へと激突し、摩擦で地面を擦りながら体を止めた。


「もう一回!」


再び地面を蹴り、高台へと足をつけ、さらにそこから跳躍する。まだそれだけでは届かない。だが、髪飾りである宝玉を発動させる。宝玉が結界を作り、空中に足場を作る。そこに足を乗せ、さらに跳躍。

再び亜神が体を傾け、急降下を始める。爪を立て、僕へと掴みかかろうとしていた。

すると、僕の宝玉がつくった結界に足をかけて跳躍し、亜神の背後から飛び出す凛の姿を見た。


「はあっ!!」


槍を振り下ろすと、亜神の背中に生えた右の翼を切断した。それを見た僕は、亜神の左の翼を切り落とす。亜神は姿勢を空中で崩し、斜めに地面へと墜落した。

凛は僕の隣へと着地し、共に土埃を眺めている。


「動きが素早いわけでもなく、攻撃も単調。あの亜神の特徴が、いまいちわからない。」


凛を見てみると、何故か槍の切っ先を見つめ、悩んだ表情を浮かべている。


「妙な感触だ。柔らかいものを切るような、体を切り裂く際に感じる肉の感触がまるでない。」


「となると、あれが正解というわけか、、、。」


凛の言葉の意味を感じた僕が、亜神へと目を向けた。


亜神の切り落とされた翼が、歩いていた。 蠢くような小さい足が無数に生えており、亜神の体を登っていく。やがて元あった部分へたどり着くと、体の中へと足が吸収され、元どおりになる。


「気持ち悪い亜神ね、、、。」


凛は複雑な表情を浮かべていた。亜神は不気味な姿形をしているが、この亜神は確かに嫌な感じがする。


「でも、切り刻めば多少でもダメージを負うはず。」


続いて僕が駆け出す。亜神は再び首を縮めると、バネのように首が伸び、イソギンチャクのように頭部が割れる。


触手が体へと触れる前に、構えて振り上げた剣先によって、バラバラに切り刻まれた。奴の顔が戻る前に僕は飛び上がり、首筋へと着地すると同時に、剣を突き刺した。


「はああああああ!」


首から体に向けて走り、剣先を走らせる。縦一直線に亜神の体が斬られていく。尻尾の付近まで来た後、体から僕は跳躍し、長く太い尻尾を一刀で斬り裂いた。


(確かに柔らかい。豆腐を切っているようだ。それに、攻撃が通じてない感じもする。)


亜神の体が背中から割れるように裂ける。そして尻尾が落ちていく様子を、僕は空中から降下しながら見ていた。


しかし、通用してはいなかった。再び亜神の体から生えた触手が絡み合い、再び結合していく。すると、結合が途中で止まった。更に動きを見せたのは、尻尾が突然形を変え始めた。モゴモゴと蠢くと、そこから翼が生え、亜神と同じく首が生えた。


「なんだ、あれは。」


凛と同じく、気味の悪い行動を目の当たりにした。やがて出来上がったのは、同じ姿形をした亜神。元の体からは分離し、新たに生まれたのだ。


「集合体というわけか。」


二体となった亜神は、再び動き出す。一体は空へ、もう一体は首を伸ばし、僕めがけて攻撃を仕掛ける。単調な動きだから、地面を蹴って左へと避けるのは簡単だった。だが、伸びた亜神の首元が蠢くのが視界に入る。剣を構えた瞬間、首元から別の口が現れた。


「はあ!」


剣を振り上げ、伸びてきた口を下から上へ真っ二つに斬り裂く。その時、切り裂いた間に何かを見つけた。黒く光る石。するとその石はドロッとした液体を吐き出すと、亜神の体へと染み込ませる。次第に丸みを帯びた物体は、本体となる亜神の体へ、吸い込まれるように姿を隠した。


「あれが、体を形成させているのか。とすれば、あれが亜神の本体!」


しかし、この巨大な体から、あの大きさを見つけるのは骨が折れる。僕の攻撃はあくまで単体を目的とした戦い方だが、ここまでの再生能力を持った亜神に苦戦するなんて。


『力ヲ開放すルのだ。』


 突然、あの声が聞こえた。


『亜神を倒セ。』


『戒結ノ儀を行うノダ。』


『力ヲ開放シ、凌駕セヨ。』


「うるさい。僕に命令するな!」


 本当にうるさい声だ。目の前にいる亜神を倒さなければならないのはわかっている。それに、力を更に出せば、体に激痛が走る。声に誘導される心を抑えながら、僕はどう目の前の亜神を攻略するかを考える。だがその間も、亜神が攻撃の手を緩めることはない。亜神が体を振り返る動きを見せたとき、長い尻尾が襲い掛かってくる。


「うわぁっ!」


 ギリギリ跳躍することができ、なんとか回避できた。しかし束の間、亜神の翼が大きく開かれると、それは僕を包み込もうと肥大化する。宝玉を発動させ、僕の周囲を結界で覆わせる。結界に触れた亜神の翼は電流を流されたように震えだし、やがて白い液体となって溶け落ちた。

 空中でもう一体の亜神と対峙する凜は、空を旋回する亜神を見ながらも、足場の高い位置から僕へも視線を向けていた。


「歌月の動きがおかしい・・・。亜神が持つ、何かの能力を受けたのか。」


 先ほどまでの動きとは違う、何か戸惑うような動きを僕は見せていたのだ。ほんの少しでも力を解放すれば、もっと戦闘が優位に戦える。だけど、その後に襲ってくる激痛という反動は、それさえも抑えつけてしまうほどに耐え難いもの。巫女の素体が人間である故なのだと鏡さんが教えてくれた。

 すると、僕に背を向けていた亜神の体が蠢きだす。背中を真っ二つに割ると、割れ目から新たに翼が生える。やがて亜神の体が分離し終えると、3体目の亜神となって分離した。2匹は僕へと向き直る。僕も剣を構えた。


(いや、力を出さなくても、こいつらは倒せる。どうにかあの黒い塊を、この亜神の体から見つけ出すことが出来れば、勝機はある。)


すると亜神へと向かう燈香の姿が見えた。


(燈香、何をするんだ?)


燈香の周りを飛び交う火の玉が動き出した。それらは燈香の左右に近づくと、左右の手のひらへ纏わり付いた。両手から火が燃え上がり、亜神の胴体へと飛びかかる。左手の指を揃え、亜神の体へと掌底を突き出した。


「はぁっ!」


亜神の体に触れた瞬間、側面から抉れるようにへこむ。次の瞬間、亜神の体が大きく破片を残しながら砕け、すぐ隣にいた亜神をも巻き込んで吹き飛ぶ。


「行って!」


その内の破片を睨んだ燈香は手を向ける。すると両手に纏っていた火の玉が離れ、宙を舞う破片へと乗り移った。玉は瞬く間に大きくなり、破片を燃やす。暗闇の空間の中、大きな炎がいくつも浮いている。その中で、1つの炎に異常な動きを見せる亜神がいた。さっきの黒い塊だ。もがいているのか、丸い石の亜神はデコボコに動き回っている。

そして今、2体に分かれた亜神が結合しかけの体をよじらせた。


「今、動いた。」


「なるほど、あの亜神は何度攻撃されても修復する力を持っているが、それは黒い塊が結合して維持するだけで、再生はできないのね。」


凛は槍を構え、亜神を睨む。しかし表情は不敵な笑みを浮かべている。


「こうなると、私達ができるのは!」


凛は、空へと飛んでいた亜神へと駆け出した。亜神の胴体が膨れると、喉を通って口が膨れる。広げた口から大きな球体が放たれる。その球体は横に細い線を引いたと思った時、そこから上下に球体が分かれ、中には無数の歯を尖らせ、凛を飲み込もうと襲いかかる。凛は手に持つ槍を構え、握る手に力を込めた。


「貫けぇー!!!」


槍の全体に光が宿り、それを思い切り凛は亜神へと放つ。口へと吸い込まれた槍は、一瞬でその球体を貫通し、後方にいた亜神をも突き刺した。球体はボロボロと崩れ、中から黒い塊が地面へと落ちていく。その塊は再び自身の体から液体を吐き出し、体を形成させようとする。すると、亜神の頭上に燈香が現れる。


「させないよ!」


体を空中で回し、拳を一気に振り下ろす。亜神の塊を捉えると、振動と爆発のような衝撃が発生した。地面へと叩きつけられた塊は、再生することができず、半端な頭部を形成したところで動きを止めた。


「さっき翼が歩いてるように見えたのも、尻尾が動いてたのも。恐らく、全部で3体の亜神の集合体。いや、それらが1つの亜神なのかもしれない。」


斬り落とされた翼が再び動き出そうとしていた。謎が解けた、今しかない。


「燈香!地上で分離した片方の亜神を捕らえて!」


「わかった!」


燈香が両手を広げると、火の玉が向かう。瞬く間に炎が翼を包み、悶えるように蠢く。しかし、消滅はせず、黒い塊が浮き上がってきた。やはり読みは当たっている。


「凛!落ちた亜神をお願い!」


「任せて!」


凛は亜神の体から槍を抜き取ると、刃を向けた。先ほどと同じく触手の口を大きく広げ、凛へと飛び跳ねた。凛は左足を踏み込み、槍を大きく振りかぶる。立ち直ろうとした亜神が首を上に上げると、自身を睨む凜を捉えた。


「そこだ!!!」


気迫に圧倒された亜神は身動きがとれず、凜が縦に振り下ろした刃は、頭部を2つに斬り裂いた。その中心から真っ二つに割れた黒い塊が、泡のように白い液を吐き出していた。凛は槍を突き出すと、その塊へと光が集まり、亜神をその中へと閉じ込めた。そして、手を離し、僕へと合図を出した。


「歌月!」


「準備できたよ!」


2人の合図と共に、僕は尻尾と胴体、そして足にいる亜神はと宝玉を飛ばす。同時に亜神の胴体へと向かう。突然、翼のあった箇所から、巨大な2本の腕が生える。首が伸び、大きく開いた切り口から、あの黒い塊が口を開けていた。無数の歯がよく見える。


ゆっくりとした動きから、剣を振る。


何度も、僕は斬る。亜神の体が切り刻まれ、飛散する大小の肉片から、塊が見えた。

宝玉がそれらを包むように囲み、完全に捕らえた。


「いくよ!」


そして、掛け声と共に、僕は印を組み、そして唱えた。


【戒結の儀を始める。


我、汝の戒めを結び、彼の地へ解き放つ。】


僕が放った 宝玉が亜神を光に包む。同時に燈香の炎は亜神を覆い、凛の槍が光り輝く。

それぞれの結界の中で亜神が暴れ出す。同時に僕達の体には、熱されるような痛みが体を駆け巡る。すると、全ての塊から黒い煙が湧き、やがて白く色を変えると一箇所に集まる。そこに透明ながらも姿を見せたのは、青年だった。酷く泣いた顔を見せており、苦しんでいるように見える。


「辛かったね。悲しいことが、何度も何度も、君を襲ったんだね。大丈夫。君を、今解放するから。」


そう、この痛みは、みんなの苦しさが現れたもの。この痛みは力の解放から伴う。だから、解放する人の魂が抱える大きさによって変わるのだ。

やがて泣いていた青年はゆっくりと顔をあげ、僕と目があった。僕は、恐らく少し年上だと思う彼に微笑む。青年の頬を、再び涙が流れる。だが、彼の表情は穏やかな笑顔を取り戻していた。そして、空高くその光りは飛び立ち、やがて消えた。


『ピイイイイ!!ピイイイイイ!!!!』


突然、黒い塊の亜神が小さな口を開き、甲高い声で鳴き出す。暴れて、逃げ出そうとしていた。でも、逃すわけにはいかない。


【亜神よ、汝が囲いし魂は解けた。彼のあるべき地へと、魂を帰したまえ!】


僕の掛け声と共に、3人が捕らえた亜神は黒い塊から膨張し、さらに大きくなる。

そして、風船のように弾けた後、結界の中で消滅した。




僕達は現実世界へと戻ってくる。その頃には夕焼けだった空は夜の星空を浮かべ、火災が起きた店舗や建物は、既に消火に駆けつけた消防士達の奮闘によって沈下し、やがて道なりを通る人達は落ち着きを取り戻してきた。


帰宅を再開した僕達は、住宅地の路地を歩いていた。だが亜神と戦う前までの様子から一変し、疲れた足取りでフラフラと歩いていた。


「どうせなら、アパートに帰ってから出現して欲しかった、、、。凛ちゃーん荷物重たい、、、。」


「ああ、荷物が重いな、、、。」


「歌月ちゃーん、あとどれくらい、、、?」


「もう少し、、、。この曲がりを過ぎた先にもうひとつ曲がり角があるから。」


亜神と戦うことで起きる代償。それは痛みでもあるが、同時にとてつもない疲労感が体に重く圧し掛かる。


「そういえば、歌月。」


 思いついたように後ろから声を掛けてきたのは、凜だった。僕は返事をして凜の質問を聞く。


「戦闘中、何かあったのか?突然動きを止めたときは、少し心配になった。」


「・・・ああ。あれか。」


 僕は、思い返すのに時間はかからなかった。


「僕に対して、いつも戦闘中に声をかけてくる奴がいるんだ。決まって戦闘中に。やたらと力の解放を訴えかけてくるから、それで亜神に集中できなくて。」


「声?」


「誰の声なの?」


 不思議そうに相槌をうつ2人。僕にだけしか、あの声は聞こえないのか。


「誰かはわからない。男や女という性別も判別できないほど、曖昧な声質。僕が亜神に追い込まれていくほどに、その声は力の解放を強調してくる。・・・でも、凜や燈香はあの声聞こえないの?」


「声も何も、亜神と私達3人しかいないから、特にそんな声は。」


「私も、戦ってるときは凜ちゃんと声を掛け合っていて、凜ちゃんの声とかはよく聞こえてたよ。歌月ちゃんが言っているような声は聞こえたこと無いな。」


どうやらあの声は、巫女全員に聞こえるというわけじゃないみたいだ。とすると、あの声は何なんだ。すると、僕の携帯が鳴り出した。でも、短い間だけなので、恐らくメールかもしれない。


「あ、吉野さんからだ、、、よっと。」


後ろから、燈香が何か見たかのような声が聞こえた。振り向くと、燈香は荷物を二の腕に掛けながら、なんとか震える手で携帯を開いていた。ということは、僕に送ったのは草薙かな。


「さっきの火事、人が2人死んでたんだって、、、。」


「2人。逃げ出すのに間に合わなかったのかもしれない。」


「また、助けられなかったね、、、。」


3人はそれ以上会話を続けられなかった。巫女が揃ったとしても、助けられなかったという事実が、とても重くのし掛かる。

やがて、アパートへの曲がり角をまがる。すると、誰かがアパートの前にいた。何処かで見たことのある、スーツ姿の女性。どうやら、考える間も無く、後ろの2人が答えてくれた。


「あ、吉野さん。」


「吉野さんだ。」


そう、2人が言うのなら間違いない。目の前にいる彼女がアパートへ向けていた視線をこちらに変え、気づいたのか手を小さく振って微笑んでいる。


「こんばんは。3人とも、戒結ノ儀お疲れ様。」


吉野さんは僕達に挨拶をしてくれた。


「吉野さん、こっちに来てたんだ。」


「本当に、いつも唐突に現れますね。」


「人を神出鬼没みたいに言わないでよ。こっちも色々と忙しいってことなの。」


燈香の言葉に頷き、凛の言葉には膨れる吉野さん。この人も関係者と草薙と2人が教えてくれた。改めて見ると、大人の女性といあ雰囲気がある。身長は凛よりも高く、足も長い。肩までの長さである髪は、黒髪に少し茶色を染めている。一部そんな所を見ると、まだ僕達とは僅かに年の離れた先輩というイメージさえ思わせてしまう。


「あなたが、南雲歌月さんね。」


吉野さんは続いて僕を見ると、また微笑みを向けた。


「ショッピングしてるときに会ったけど改めて。私は吉野です。下の名前は、残念だけど教えられないわ。草薙と一緒で、貴方達の関係者。これからよろしくね。」


「はい、よろしくお願いします。」


草薙とは全く別の性格だ。少しはあの人に見習ってほしい。どちらかというなら、鏡さんのような穏やかな人なんだろう。


「歌月ちゃん、、、そろそろ、限界かも。」


腕をぷるぷると震わせていた燈香に、僕は今気づいた。


「ごめん、燈香。先に行ってて。」


「すまない歌月、吉野さん。ほら燈香、行こう。」


「ごめんね2人ともー、、、。」


申し訳なさそうに、燈香と凛は一足先に階段を上っていく。


「吉野さん、2人に用ですか?」


「まあそれもあるけど、歌月さんにも関係あることよ。」


「僕にも。」


「そう。なので、一旦凛達のお部屋にお邪魔させてもらうわ。」


「わかりました。僕も荷物を置いたら、2人の部屋に行きます。では、お先に。」


僕は先に階段を上り、自分の部屋へと向かうことにした。吉野さんも僕の後に続いて階段を上り、凛達の部屋へと入っていった。


読んでいただきありがとうございます。時間がかかってしまいすみません、、、!


また次のお話をお待ちください。

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