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戒結の儀  作者: 三歩
第一章
1/11

結末を止めるための始まり

 僕が今までに見てきた世界は、人が歩む中で見ていく世界ばかりだった。空の色を眺め、変わりゆく町と人々を眺め、移り行く季節を眺めてきた。特に大きな変化が自分の中で起きたわけではないが、充実した年月を重ねたと思う。これからも、こんな平和で美しい世界を眺めていくだけでも幸せだと、きっとこれからも感じでゆくであるとも、僕は思った。

 

 でも、僕の運命はそれを変えようとする。平和でありたい僕の未来を、運命が邪魔をする。


≪歌月ヨ。運命の時が到来シタ。コレヨリハ戒結ノ儀ヲ成功サセルノダ。≫


≪戒結ノ儀ハソナタニシカ行エヌ。ソレヲ損ズルコトアラバ、現実ハ再ビ崩壊ヲ始メル。≫


≪歌月ヨ、戒結の儀ヲ行エ。亜神ヲ祓イ給エ。≫


 脳から全身へと響くこの声に、僕は自分を奪われていく感覚を感じた。大きな力が溢れてくるのがわかる。


 閉じていた目を開き、亜神を見る。とても禍々しい姿。この世に存在することなど考えられないほどに、醜い姿。


 元は人間であり、体は既に原型を留めておらず、その個体は大樹のように体が大きく不気味な形となり、腕か足か分からない触手が、無数に蠢いている。そして、唯一名残を残すのは顔だけ。その顔でさえも、元の人間と比べれば数十倍に大きく、両目は眼球が飛び出ており、口からは毒素となる緑色の液体を零し続けている。


『あヴぁぁ・・・!あヴぁああヴぁ・・・!』


眼球が左右非対称にギョロギョロと不気味な動きを繰り返す。


『ヴぁああ、あぶバああぁ・・・!!』


 触手が暴れている。大きな口がゆっくりと開いたり閉じたりする毎に、液体が吐き出される。亜神の足元へと落ちる液体が一気に蒸発し、瘴気を放っている。触れてはいけない。僕の中にある力が、それが危険だということを知らせてくる。

 蠢く触手が、一斉に僕へと襲い掛かってきていた。地面を蹴り、触手へと思い切り駆け出す。立っていた場所から触手が地面を抉り、僕の後を追って降り注いでいく。目の前を見ると、触手の一本が迫ってくる。


≪力ヲ。≫


≪巫女ノ力ヲ使エ。≫


≪剣ダ。≫


≪亜神ヲ祓エ。≫


 声に従い、右手に剣が現れ始める。力が集まる右手が、凄く熱い。熱に炙られた鉄にも感じさせる。そして、右手に握られた剣を振りかざす。研ぎ澄まされた中世の剣とは似つかないほどに、その剣は歪な形をしている。刃は所々窪み、尖り、ただ似ているところは、刀身があり、長いというだけである。


 すると、一本の触手の先端がが膨らむ。先端から大きく穴が開き、網のように僕の体を包もうとする。球体のように膨らんだ触手に、無数の閃光が縦横に走る。触手が爆ぜ、液体が辺りに飛散する。


『ヴぁああぁぁ・・・。』


 亜神の声が聞こえた。剣を振り、触手を切り刻んだ。瘴気の中から再び、亜神の姿を捉えた。亜神の体から触手が飛び出し、蠢く。再び、触手が襲い掛かってくる。僕は息を止め、手足に力をこめた。


「はあっ!!」



 僕は叫び、力を更に解放した。体を回るように、7つの宝玉が出現し、僕の体を巻き込むように光が包む。その光に触れた触手はそれ以上僕に近づけず、激しく蠢いた後に先端から黒く固まり、砕け散っていく。


『あああヴぁああああ!!』


 亜神が叫ぶ。まるで、痛がっているように見える。僕は亜神へと駆け出す。亜神もまた残った触手を僕へめがけて放つ。しかし、僕を包む光に遮られ、僕には届かずにいた。踏み込んだ左足に力を入れ、飛び跳ねるイメージで地面を蹴る。跳躍した僕の体は亜神の顔の前まで届いた。すると亜神の口が窄められた瞬間、更に大きく開けられ、口の中から大量の触手が伸びる。

 僕は手に持つ剣を振る。振り続け、振り続け、触手を切り裂いていく。ついに顔が見え、振り上げていた剣を持ち替え、両手の下へと刃先を向ける。持てる今の力と、落下する力で、亜神の額へと剣を突き刺す。


『ヴぁああああヴぁヴぁああああ!!』


 亜神が絶叫し、巨大な頭が僕を振り払おうと動き回る。僕は剣から手を離し、地面へと降りた。でも、もう遅かった。


【戒結の儀を始める。


我、汝の戒めを結び、彼の地へ解き放つ。】


 宝玉が僕の合図と共に、亜神へと向かう。宝玉は二手に分かれ、地に4つ、空に3つと、亜神を囲む。


 亜神に突き刺した剣が光に包まれていく。その光が亜神から離れる。

 光が見せた最後の形は、長い黒髪で、溢れ出る涙でも笑顔を見せる女性の姿だった。


【亜神よ、汝が囲いし魂は解けた。彼のあるべき地へと、魂を帰したまえ!】


『ああああヴぁあああああ!』


 抜け殻となった亜神は、声を上げながらその巨体を溶かし始める。瘴気が吹き上げるが、亜神を囲む宝玉はそれを包み込む。僕は両手で印を結ぶ。宝玉は亜神の周囲を回りながら、その囲みを狭めていく。亜神の溶けた体は次第に地面へと吸い込まれ、小さくなっていき、亜神はその囲いから消滅した。

 亜神を、祓うことができた。でも、


「う・・・あぁ・・・!」


 胸から、痺れるような感覚が襲ってくる。両手で胸を押さえ、やがて痺れが痛みに変わる。物理的な痛みとは違う。それは、負の感情という、解き放たれた彼女が持っていた心の苦しみ。そして、禍々しく体の奥から黒い霧が漏れ出す。


「うわあああああ!!」


 激痛が襲い、僕は叫ばずにはいられなかった。辛い。頭痛まで襲ってくる。眩暈のような症状から、吐き気が襲う。膝が崩れ落ち、地面に寝転がる。僕は、我慢できなかった。消化液が唾と一緒に吐かれ、その苦しさにまた吐く。頭を押さえても、胸を押さえても、この苦しみが解けない。それでも僕は、上半身を持ち上げ、両手を胸と頭から離し、震える腕を胸の前へと持ってくると、両手の指と指を絡めるようにして握る。心を落ち着かせ、目を閉じて、意識をなんとか集中させる。

 亜神を囲んでいた宝玉が、僕の周りへと戻ってくると、再び僕の周りを囲む。すると、宝玉が白く小さく輝きだし、僕の体からは黒い瘴気が徐々に薄れ始める。

 それは少しずつ体から離れていく。背中や全身に纏わりつく気持ちの悪い感触がはがれていく感覚が分かる。


(ゆっくりと・・・、少しずつ。)


 心の中でイメージを膨らましながら、瘴気が放たれていくのを待つ。やがて瘴気の色が薄くなり、僕の体を包んでいた黒い影は姿を消した。そして僕の体にあった感覚は、僕の元の状態へと戻っていた。体が痛みに解放された瞬間、脱力感が今度は重くのしかかってくる。腰を着いたまま、両手を地面へと着く。体中から汗が流れているのが伝わってくる。


≪戒結ノ儀は成ッタ。≫


≪戒結ノ儀ニヨリ、亜神ハ消滅シタ。≫


 再び、声が聞こえてくる。


「はあ・・・はあ・・・。・・・うるさい。話しかけるな。」


 聞いているだけでも耳障りな声。耳で聞いているという感覚がないため、薄れた気持ち悪さがなかなか取れない。


≪歌月ヨ、亜神ハ生マレル。≫


≪世ニ魂ガ存在スル限リ、亜神ハ蘇ル。≫


「わかっている!」


 僕は凄くイラついていた。地面を両手の拳で叩く。だが、叩いた感触はあっても痛みはない。そして、声が消えることもない。


「もういいだろ・・・。僕を早く、元の場所に帰して・・・。」


≪現世ノ路ガ開ク。≫


≪路ヲ行ケ。≫


≪亜神ガ再ビ蘇リシ時、再ビ混沌ガ開ク。≫


 灰色の世界に、小さな光が差し込む。それは無限に広がる世界から僕だけを照らし、僕の体はやがて光に包まれ、その世界から光が消えたとき、僕の体はそこに残っていなかった。


私はよく、音楽を聴きながら物語を浮かべていきます。その中で気づいてしまった、こんな物語。

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