少女は名前をロメアと名乗った
クルーザーの中の部屋は、秋久のために暖房で温まっている。
クルーザーというには少し大きく、実態は漁船をかなり改造したものだ。メインエンジンを強力なものに交換し、推進力が大きく向上し、更にクルーザーの左右にジェットエンジンを搭載させた、スピードに特化したクルーザーである。最高速度は時速120キロ、海面を滑るように走行するこのクルーザーは、少しでも操縦を誤れば海面を転倒するが、この時代のコンピューターなら自動操縦にしておけばそのような事故が起こることはほとんどない。
現在、このクルーザーは80キロの高速自動操縦で日本本土に向かって走行している。
「まずは依頼の荷物お疲れ、方法が荒かったけどとにかく運び出せたから最低点はあげるよ」
ストーブが付いているこの部屋で、ドアに背凭れていて部屋の出入りを制限しているようだ。
身長は一六〇センチ、細身の手足からは想像もできない威力のパンチや蹴りが飛び出る生粋の格闘家かと思えば、前任の店長から任された何でも屋の運営をほぼ一人でやっていたという実業家の面も併せ持つ完璧超人であり、実力のある相当の自信家だ。
髪は秋久と同じ黒で、日本人。基本的にいつもニシシと笑っているが、今はきつく口を結んでいる。『採点』の時間だ。
秋久が行った依頼の行動を評価する、このように口をきつく結んでいる時は決まってあまりよくない評価を出しているときだ。
「あの、京香さん、その荷物なんですけど……」
秋久は言いにくそうに小さく挙手をする。
「あ、なんだよ」
「あの子が、そうなんですよ」
挙手した手を少女に向ける。
少女はストーブの近くで暖を取っていて、いま、小さくくしゃみをした。
「へくち!」
「はあ?」
秋久は貨物機の中で起きた出来事を説明した。
「――つまり、中身は人造人間だった訳か。ハッ、国際法もあてになんねぇなあ」
京香は笑った。
「おい嬢ちゃん、お前名前は?」
京香は少女に問いかける。
「わたしは、ロシベルト・ロメア。ロシア軍、アシュベルト所属」
「アシュベルトというと、ロシアの幻の特殊部隊じゃねーか。都市伝説かと思ってたぞ。おい秋久、お前もしかしたら、とんでもないことに首を突っ込んじまったな」
「なんでそんなに楽しそうに笑えるんですか」
「いやあ、これはクライアントの方も訳ありっぽいな、となると考えられる可能性は――」
京香は考えを巡らせる。
「まあ、さしあたってはまず、その子の服の準備だな」
少女ロシベルト・ロメアは、着水時に身に付けていたマラシュートの生地をマントのように切ったもの(とりあえず乾いている)を体に巻いているだけの状態だ。部屋の中は良いが、外では寒さが身に染みるであろう。
「とりあえず、アタシが着てるジャンパーを上に着させればなんとか見れるようにはなるだろう。その後で服をどうにかして、クライアントへの連絡は後回しでいいか、裏が取れるまでこの子はうちで預かる。いいな、秋久?」
「言いも悪いも、京香さんが決めたならそれでいいですけど」
「うし、とりあえずの基本方針は決まったな。そう言うことだから、アタシは上陸したらちょっと出かける、その間に留守番ヨロシクな」
「はい」
「そっちの子も、ロメアもそれでいいか?」
「構いません。現状、私は捕虜となるので、そちら側の意向に沿います」
ロメアは京香を振り向かずに答えた。
「うーん、アタシらは軍隊でもなんでもないただの雇われ屋だから、捕虜とかそうゆうのはないんだがなあ、まあロメアがそうしたいならそれで」
そっちの方がラクだし、と京香は思った。
しかし、この時、秋久やロメアが世界を揺るがす大事件に巻き込まれるとはさすがの京香も思いもよらなかった。