夢日記。
気が付くと、僕は中学校にいた。
その見慣れた廊下に、ぼうっと立っていた。
賑やかさも眩しさも、あの頃のままだった。
辺りはたくさんの制服で溢れ返っていた。
ふと僕は教室に目をやった。
そこには、僕の中学時代の一番の親友がいた。
僕を認め、僕を蔑み、僕を尊敬してくれた───僕も彼を認め、彼を蔑み、彼を尊敬していた、そんな友がいた。
彼は教室の真ん中でただ一人、たたずんでいた。
あの時のまま───野球部だった彼の、坊主のままの姿で、あの時のように腕を組み、僕を見下していた。その姿は、非常に似合っていた。
彼と卒業以来一度だけ会ったことがある。それは彼の通う高校の学校祭で、野球部でなくなっていた彼は坊主にはしていなかった。
しかし、教室を背景に立ち尽くす彼は、坊主だった。
「久しぶり」。僕は戸惑いながらも声をかけた。
その瞬間、彼は消えた。
僕はどうすればいいのか分からなくなった。
ふと、僕を呼ぶ声がした。
教室を出てみると、そこには僕の一番の理解者───僕の才能を最大限に評価してくれたクラスメイトがいた。彼には卒業以来何度か会っていた。
彼は、成長していた。目がしゅっと細く、背も伸びていた。適度に日焼けをし、髪も整えていた。しかし、制服だった。
「おかしな同窓会」。僕はそう思った。
これは同窓会なんだ。みんなあの時のように制服に身を包んで、懐かしさを共有したいんだ。
そう思った途端、僕の足は勝手に動き出した。
会いたい人がいる。
僕は彼と別れ廊下を走り、角を曲がった。
陽だまりの中に“彼女”はいた。
僕の、初めて付き合った彼女。
僕らは、きっと幸せになれたはずだった。彼女はこんな僕のことを好きと、そう強く言ってくれた。しかし僕たちは上手くいかなかった。
僕たちは、あまりにも未熟だった。
僕と彼女は最悪の形で別れた。
僕が悪い。僕が彼女を傷つけたんだ。
あれ以来僕は彼女にずっと会いたがっていた。たくさん話したいことがある。けれども、一番初めに言いたいことは決めていた。
僕は、彼女に歩み寄った。
「ごめんね」。僕は、そう言った。
言えた。ずっと言えなかったことが。
三年間、胸に閉じ込めながら放つことの出来なかった言葉が。
彼女は―――あの時の姿、あの時の笑顔、あの時の声でたった一言、
「ありがとう」と呟いて消えた。
すっと溶けるものを感じた。
僕は走り出した。
僕がこの場所に残した「一つの後悔」を消すことが出来た。
わがままな僕は残ったいくつもの後悔を取り戻しに走った。
思い当たる人物───会いたい人は何人もいた。
傷つけてしまった友人、彼女。
最後まで好きだと言えなかった、君。
感謝すべき友人、先生。
“今”を報告したい、たくさんの人。
僕は走った。大好きだった校舎を。
斜めに陽が入った渡り廊下。そこで僕の足が止まった。
「夢みたいだ」。僕は思った。
胸の奥がじんわりと温んだ。
僕は───泣いた。視界がふわりと揺らいだ。
会いたかった人たちに会えた。
大好きだったこの時に戻れた。
卒業以来から、僕は何度“ここ”に戻りたいと望んだのだろう。
会いたかった。会いたかった。
一人ぼっちの僕を、自分を失った僕を、包み込んでほしかった。
ごめんって、そうたった一言、言いたかった。
涙は止まらなかった。視界は白み、そして僕は───。
文字通り、「夢」から醒めた。
虚無の世界、と目覚めた僕は思った。
どうして、目が覚めてしまったんだ。
いっそ、あの時に閉じ込められてしまいたかった。
あの世界にいられるのならば、僕は死んだって構わない。
どうして?
どうして、僕はあの時に戻れないの?
大好きだった時間を、僕は懐かしむことしかできないの?
もう、僕らは会えないの?
それはひどく暗い朝だった。雨も降りそうだ。
意識がはっきりするにつれ、僕は哀しい気持ちがどんどん晴れていることに気付いた。
チープな僕の感情は、「みんなに会えた」とポジティブに考えるしか道を見出せなかった。
いつか、会えるよね。
僕は重い体を持ち上げ、ベットから抜け出した。