【祭り】
馬車はレムールの町へ向かってなおも進み、荷台からはしばしば笑い声も聞こえました。
そんな中、幌がばたばたとはためき一陣の強い風が吹き込んで来ました。
「ああ、畜生」
ダンクさんは顔を抑えて騒ぎました。
「目に入った」
運悪く砂粒か何かが目に入ったのです。
「大丈夫?」
ボーとカグーは片目で涙を流すダンクさんを見守りました。
砂粒が流れ落ちるとダンクさんはすぐに元に戻りました。
「ああ、もう大丈夫だ。でもいよいよ嵐が近づいて来たんじゃないかな、そろそろ良い場所を見つけて避難できないかな」
「えっ、今日は町には行かないの?」
ボーはてっきり今日中に町に着けると思い込んでいました。
「無理無理。馬は歩くよりはずっと早いけど、それでも到着はせいぜい明日の夜くらいだろう。嵐で足止めをされたらもう一日余分にかかるかもしれないよ」
ダンクさんはそこまで言うと幌の向こうに呼びかけました。
「ボルドさん、嵐が近づいているみたいですよ。農家か何か見つかりませんか?」
「全く何も見えませんねえ。こんなに何もない道が続いているとは思わなかった。河を渡る前の農家で泊まらせてもらうべきだったのかもなあ」
ボルドさんは幌の向こうで後悔のため息をつきました。
「この道沿いに家なんか無かったよ。うんと町の近くまで行かないと人は住んでないよ」
ボーはこの街道では何日間もわだちだけしか見なかった事を伝えました。
「まるきり人が住んでいないのかい?」
「うん。でも、この馬車は幌が付いているから嵐が来ても平気でしょ?」
「うーん、普通の雨なら荷台で寝る事もできるけど、この嵐は大きそうだからねえ」
ボルドさんの声が言いました。
「風が怖いですよね」
「そうだね。雨が降る前にやり過ごせそうな所にたどり着きたかったけど、さて困った、どうしたのものかな」
「木立の間に馬車を縛り付けるようでしょうか」
まだ雨も降っていないというのに大人二人は嵐を深刻に考えていました。
「景色はどうですか、あまり変わらずに退屈でしょう」
「そうだね。朝からまるで代わり映えがしないね。ひとつ丘を越えればまた別の丘、ひとつ林を越えればまた別の林と言う感じだよ」
ボルドさんは幌の向こう側で道の先を眺めながら言いました。
「いかがでしょう、また何かお話を聞かせてくれませんか?」
「そうだね、何かあったかな。そうだ。私はヘケーの祭りを見ると必ず思い出す話があるんだ」
「ヘケーの祭りですか?どんなお祭りだったかな」
「ダンクさんはご存じないのかな?」
ボーも知らないお祭りです。
するとカグーがダンクさんに教えました。
「河の恵みのお祭りです。レムールでも秋のはじめにお祭りをします」
「ほほう」
「ヘケー神はカワイルカの頭をした男神で竿と網を担いでいます。お祭りではヘケー神の形をした帽子をかぶって踊り、川魚を食べて恵みに感謝をするんです」
カグーが説明すると、ダンクさんは思い当たりました。
「ああ、あれがそうなのか。こう、すごく長い、五十㌢もある帽子をかぶって踊るやつだね。お辞儀をすると丁度カワイルカの頭に見える帽子だ。大きな川が無いせいかな。私の故郷には無いお祭りだけど、でも前に見た事があるよ」
「そう、その帽子だ。私はあの帽子を見るたびにこの話を思い出すんだ」
幌の向こう側からボルドさんは語り始めました。