【城下町レムール】
「マーサは毎日幸せそうに楽しく働く素敵な人なんです」
カグーがマーサを尊敬しているのは表情からもわかります。
「うん、よく分かった。元気出すよ」
ボーはくよくよしているのが嫌なたちなので、今日はとっくに元気でした。
でもカグーが励ましてくれるのはうれしく思いました。
「動物の身体を借りてという話は私も聞いたことがあるなあ」
ダンクさんは言いました。
「はい、私もあとになって神学の授業で教わりました。無念の想いを残した死者は死の神ナハラソダハの庭にすむ動物の体を借りて、境界の泉をさかのぼってこの世に現れる事があるのです」
「だから動物なんだ」
ボーは納得しました。
「はい、調べてみると他の神話にも何度も出てくる有名な話でした」
「なるほど、じゃあ私はそのうちの一つをどこかで聞いたのだろう」
ダンクさんは言いました。
ボーは幌の外の景色を見やりました。
動物に姿を変えた家族が自分を見ていないかとちょっとだけ期待したのです。
でも今外に動物の姿は無く、風に揺られている緑が見えるだけでした。
ダンクさんは明るい声で話を戻しました。
「ともかくボー君は、まだ農場に戻るとは決めていないんだね」
「うん、そうなんだ。どこへ行って何をしようかな」
と口では言ったものの、ボーの考えは昨日からちっとも進んでいませんでした。
ボーはどこへ行けば何ができるかを知りませんでした。
「ダンクさんたちはどこへ行くの?」
「私たちはレムールの城下町に行くんだ。そこでいくらか商売をしてから、また次の町へ行くことになるだろう。いや、いくらかではないな、大きな町だと聞いているから大金持ちもたくさんいるだろう。じっくり腰を据えてがっぽり儲けてやるつもりさ、」
ダンクさんはにかっと笑って手を揉みしだきました。
「何の話だったっけ。ああ目的地だ、そう、レムールの町にはカグーさんのおうちがあるそうだから、とりあえずはそこが私たちの目的地になるかな」
道の曲がり具合で、その時にちょうど馬車の後ろに川面の輝きが見えました。
「あの河はレムールまで続いているんだろう?」
ダンクさんは河を指差しました。
「うんそうだよ。街道に沿って町まで流れているんだ」
「そうか、ボー君はこの街道を通って来たんだよね」
「うん、この街道と東西の街道とがレムールの町の近くで交差してるんだ。僕のいた農場は町のずっと西の方にあるんだ」
「じゃあ来る時には町にも寄ってきたのかい?」
「ううん、今回は外から見ただけ」
「なるほどね。かなり栄えている町らしいじゃないか」
「うん、すごく大きな町だよ。人がいっぱい住んでる。大きな市場もあるんだ」
ボーが町のわずかな知識を披露すると、カグーがそれを補いました。
「ダンクさんたちは初めてなんですね。とても素敵な町なんですよ。
豊かに流れるレンの大河のほとり、東の赤い山脈と西の黄金の大農耕地帯の間にレムールの町はあります。
住人の多さで言えばアイエイアで五本の指に入るほど、豊かさなら三本の指にも入る町だと言われています。
レムールの中心には大きなお城と大神殿が建っていて、東西南北に真っ直ぐ百㍍幅の目抜き通りが走っています。ここでは毎日市が開かれています。
その目抜き通りの両側には白い壁の家々が整然と並んでいます。
白い街並みの屋根よりも高い所には石造りの水道橋が張り巡らされています。
河にある水車は止むことなく水道橋への水を汲み上げ、港では大きな船が北の港町から世界中の人や品物を乗せて来ます。
劇場もたくさんあって、毎日観劇ができますし、異国の音楽や踊りを見る事もできます。
お芋のお酒、とうもろこしのパン、牛肉の香草焼きは地元の特産なので数え切れないくらいたくさんの種類がありますが、その気になれば貿易で持ち込まれるアイエイア中の珍しい食べ物や飲み物も見つけることができるでしょう」
カグーは自分の町を思い浮かべながら身振りを添えて話しました。
ダンクさんはカグーの話を聞いてまだ見ぬ町に思いをはせました。
「ほっほう、噂で聞くよりもにぎやかな町のようだね、早くこの目で見てみたいものだ」
ボーの記憶の中の町も、たしかにカグーの言うようなにぎやかな町でした。
「すごいや、僕も収穫を納めに何回も行かされたけど、カグー程上手には説明できないや」
「私はずっと住んでいたからです。えらい事は無いです」
カグーはにっこりと笑いました。
「それと、町では私の家に寄ってくださったら、皆さんにお食事くらいはごちそうできると思います」
カグーは顔一杯で歓迎しました。
「本当に?それは期待してしまうな。私はこの土地の名産よりも、カグーさんの作った手料理の方が興味あるな。マーサおばさん仕込みのね」
ダンクさんはカグーにほほえみを返しました。
カグーは料理の腕を期待されている事に喜びました。
「それに母もお礼をはずんでくれるかもしれません」
「お礼ってお金の事かい?お金はいらないんじゃないかな。かれこれひと月くらいご一緒させてもらっているけど、ボルドさんはお礼を目当てにはしていないようだよ。とんでもなくいい人なんだ」
「うん、いい人の顔をしてる」
ボーは感じたままを言いました。
「そうね、優しそうな顔だわ」
カグーも言いました。
すると幌の向こうから声が聞こえました。
「ほっほっほ、皆にほめられるとは良い気分だ。確かにお礼はいらないけど、カグーさんの手料理はご馳走になりたいものです」
ボルドさんの声にカグーは応えました。
「はい、任せてください」
「それと、やさしいボルドおじさんからの提案なんだがどうだろう。ここで一緒になったのも何かの縁、ボー君も私たちがレムールの町を出るまで一緒に来ると良い」
「出たな、ボルドさんの親切病」
ダンクさんは幌のこちら側でボーにウインクをしました。
「急ぎの旅じゃないのだから良いだろう?一緒にレムールの町で見物したり遊んだりしよう。初めての町だから私も楽しみなんだ」
カグーもボルドさんの申し出に喜びました。
「まあ素敵、レムールの町なら私もいくらかご案内できると思います」
町で遊ぶ、ボーは考えただけでわくわくしました。
「それに、その何日かの間に、ボー君にこれからの助言もしてあげられるかもしれないよ」
ボルドさんはボーの将来の相談に乗る事までを言いだしました。
ボルドさんの思いつく提案はどれもボーが願ってもいなかったうれしい物でしたが、ふと心配事が頭によぎりました。
「ただ贅沢は期待しないでくれよ、その間は私たちと同じものを食べてもらう事になるよ」
ボルドさんが続けた言葉は、一緒にいる間の食べ物の面倒もみてくれるという意味でした。
まるでボーの心を読んだかのようです。
「ありがとう」
ボーの飢えの心配は吹き飛んでしまいました。
「町を見物する時は私もいっしょにお供させてください」
ダンクさんは大人らしくない甘えた声で姿の見えないボルドさんにおねだりをしました。
「君も物見をしたいのかい?君はちょっとのお酒と話の聞き手さえいれば、他には何も要らないのかと思っていたよ」
ダンクさんは、ボーとカグーにそんな事はないんだとしぐさで伝えました。
皆は笑いました。
かわいいカグーの案内で優しいボルドさんとおしゃべりのダンクさんと一緒に町で遊ぶ、考えただけでも胸が躍りました。
ボーは心躍りながら不思議な感覚を覚えていました。
今日馬車に乗るまで何年もご無沙汰していた感覚です。
それは、まるで頼りない素っ裸からやっと服を着たようなしっくり来る感じ、あるいは家族と炉辺に居るみたいな感じでした。