【マーサの話】
「おはようございます。今日も素敵な朝ですよ」
マーサは必ずそう言って私を起こします。
私の毎朝はマーサに起こしてもらうところから始まるのです。
母は疲れると咳がひどくなってしまうので、私の家ではマーサが家事をするのです。
その日もいつものようにおしゃべりをしながらマーサに料理を教わっていました。
たしか賢者トロオナスの話を聞きながら、おやつの魚のパイを焼いていた時だったと思います。
「『さあ約束の日だ。この泉に卵を浮かべなければお前の母親は串刺しだ』」
「ねえ、ちょっと待ってマーサ。今何を置いたの?」
私はマーサが窓辺に何かを置いたのに気が付きました。
「あらやだ、見つかっちゃった」
「わかるわ。だって隠そうともしていないじゃないの」
「私はね、料理をするたびにほんのちょびっと窓辺に分け前を置くんですよ」
そう言われれば、マーサはたびたび窓辺に行くことがありました。
「どうして?」
「実は私には、二男のドーゾと三男のドーグの間にも娘がいたんです。
その子が生まれる時はひどい難産で、私はお産の最中に気を失って四日間も目覚めなかったんです。
目が覚めた時、私は独りで寝かされていました。
娘はその間に死んでしまい、埋葬も終わっていました。
私はひと目会うこともできず、抱いてやることもできなかった娘が不憫で、来る日も来る日も泣きました。
他の子供たちの面倒もみませんでした。
するとある日、姑さんが三人の子供を抱いて私の部屋に来ました。
『マーサや、この世に未練を残して死んだ人は動物の姿を借りてこの世の様子を見に来る事があるんだよ』
『はい、知っています。』
『もし、お前の娘が小鳥か何かになってお前の様子を見に来たらどう思うだろうね』
おりしも窓辺には小鳥が止まって、無邪気に首をかしげて私たちを見ていました。
『母親がいつも悲しんでいたら、安心してバーラソソの国へ行くこともできないじゃないか』
その日から私は悲しい顔をするのはやめたんです。
そして、遊びに来る小鳥たちがひもじくないように、ご飯のたびにほんのちょっと窓辺に分け前を乗せるようになったんです」