【豚】
テーブルと椅子の間には服の小山がありました。
その山が動いたかと思うと、中から豚が顔を出しました。
ボーは何がどうなっているのかわからないまま、泣いているカグーの背中をさすりました。
「この豚はどこから来たんだろう?」
部屋の中で一番早く自分を取り戻したのはボルドさんでした。
我にかえったボルドさんは椅子から跳びはねて、テーブルの下を嗅ぎまわる豚に素早く掴みかかりました。
「離せ!」
豚はボルドさんの手にがぶりと噛み付きました。
ボルドさんは思わぬ反撃にあって、豚をとり逃がしました。
「喋った」
ボーは声を上げました。
「喋った」
ダンクさんも同じ事を言いました。
ダンクさんは事態を少し理解して、自分の剣を抜いて豚に詰め寄りました。
「今のうちに殺してしまいましょう」
ダンクさんはボルドさんに同意を求めました。
豚は抜き身の剣が近付いてくると怒鳴りました。
「ふざけるな!元に戻せ!」
豚は短い脚で部屋の中をぐるりと走り回り、そのまま部屋の外へ逃げ出しました。
あまりに素早かったので、自分のすぐ脇を走り抜けても誰も触る事すらできませんでした。
石の廊下からひづめの音がかちゃちゃちゃちゃと響いてきます。
二人の商人は今更後には引けないとばかりに、必死の覚悟で追いかけました。
「魔法使いが変身したんだ」
ボーはやっとその考えに思い当たり、商人たちの後を追いかけました。
豚は廊下を走り回ると、三人の男と一本の剣に追われてものすごい勢いで扉に体当たりをしました。
扉はどんという大きな音をあげてほんの少し開き、豚はその隙間から外へ飛び出しました。
隙間の開いた扉は嵐の勢いで大きく開け放たれ、いっせいに風雨が吹き込んできました。
一瞬だけ雨にたじろいで、男たちが外を見た時にはもう豚の姿はありませんでした。
雨が跳ね上がっているポーチの向こう側は既に夕闇で、闇の中から雨粒と風が押し寄せてきます。
三人が立ち尽くしていると、ユメッソスさんがおどおどと廊下に現れ、その後から部屋の入り口にもたれたてカグーも首を出しました。
「出て行ってしまった」
ボルドさんは闇のかなたを見て言いました。
「逃げられてしまった」
立ち尽くすダンクさんの剣を持つ手はまだ震えています。
いまや嵐は馬車を縛り付けていた時よりはるかに激しくなっています。
体を吹き飛ばしそうな風が入って来るので、ダンクさんは扉を閉めました。
扉が閉まると屋敷の中はまた再び静寂に守られました。
魔法使いは豚の姿だったので皆に追われこそしましたが、再び人の姿で戻って来たら、人知を超えた力で復讐するに違いありません。
二人の商人は同じ事を心配して顔を見合わせました。
閉まった扉を見つめていたボーは肩にぬくもりを感じて振り向きました。
壁伝いに進んで来たカグーがボーの肩にもたれています。
カグーはまだ一人では立っていられないのです。
「喋ったわ」
カグーの目はまだ涙ぐんでいます。
「うん」
ボーはカグーがしっかりつかまっていられるように、足と肩にしっかりと力を入れました。
「我輩も聞いたぞ、豚が喋った。間違いない」
ユメッソスさんが二人の数歩後ろから言いました。




