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ボー  作者: RENPOO
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【魔法】

何の前触れもありませんでした。

それまで深く背もたれに体重を預けて脚を組んでいたグランディスさんが、突然手を伸ばして、カグーの顔から布をひきずり下ろしました。

ボーの方を向いていたカグーの顔はすっかりあらわになりました。

何をされたのか気が付くと、カグーの目が潤み、唇は少し開いたままみるみる青くなりました。

グランディスさんはカグーの顔を見ると大声を出しました。

「なぜお前がここにいる!」

遠慮のない、叱り付けるような声です。

グランディスさんの隣に座っていたユメッソスさんはその大声にすごく驚きました。

「うわ、びっくりした。どうされた。お知り合い同士だったのかね?」

グランディスさんはユメッソスさんに見向きもしません。

テーブルを挟んでカグーを見下ろす格好のグランディスさんは、残忍な薄笑いを顔の右だけに浮かべると五本の指をカグーに向けました。

「今度は豚か虫にでもしてくれようか!」

「いや!」

カグーは悲鳴を上げて飛びのきました。

でも足がついて来れずに、椅子のすぐ後ろで転んでしまいました。

それでもすぐに逃げようとしましたが、今度は腰が抜けて立ち上がる事ができません。

カグーはじゅうたんの上で四つんばいのまま泣きだしました。

ダンクさんもボルドさんも何事かわからず、座ったままぽかんとしています。

ボーも何が始まったのかさっぱりわかりませんでした。

ただ、カグーが恐慌を起こしているのだけは間違いありません。

ボーは考えるよりも早く背もたれを飛び越えてカグーに駆け寄りました。


その瞬間、まるで急に陽が陰るように恐怖が部屋の中に訪れました。

全員が肌で感じました。

狩りの達人も、舌だけで全てを乗り越えてきた男も、世界中を見てきた男も怖くて体が縮こまりました。

恐怖はあらゆる方向から迫って来るので、逃れる事も動く事もできません。


「嫌!」

カグーは長いすの二歩後ろで四つんばいで泣いていました。

ボーは二人の間にさえぎるように入って片ひざを付くと、縮こまっているカグーの背中に片手を置きました。

「アルル海が凍りつきその上を獣が歩かぬ限り・・・」

指で獲物に狙いをつけているたくましい若者は呪文を唱えだしました。

魔法が使えないと言うのは嘘でした。

やはりこの男は魔法使いだったのです。

しかもカグーに魔法をかけようとしています。


ほんの短い間にボーの目はすばやく動き多くの物を見ました。

絨毯の上で丸まっているカグーの華奢な背中、

テーブルを前に立つ屈強な体躯、

カグーに狙いを定める五本の指、

魔法使いの冷たい目は間にいる自分を通過してカグーを凝視しています。

寸鉄一つ帯びていない自分の身体、

肩をすくめて固まっている大人たち、

ガラスの風防の中で揺らいでいる灯かり、

豪華な調度類は高価である他に何の役にも立ちません。

窓の外で吹き荒れる風と雨、

見当たらないダンクさんの剣。

明々と燃えている白い暖炉、

広い部屋の隅にある甲冑、

甲冑の持つ剣、

甲冑の持つ盾。


助けを探す目と同時にボーはいろんな事をいっぺんに考えました。


急げ、

急げ、

無防備なカグー、

敵意むきだしの魔法使い、

どうしたらカグーを守れるのか、

どうしたら呪文を止める事ができるか、

魔法に対抗できる何かを探さなくてはいけない、

どうしたらこの魔法使いを打ち倒せるか、

腕力ではこのたくましい男の相手にもならない。

ダンクさんの剣を探している時間も無い。

甲冑は剣も盾も持っているが、部屋は広くあまりにも遠い、

甲冑まで行き着くほんの数秒の間に呪文は終わってしまう。


逃げる、

かばう、

戦う、

どうすれば、

ボーは無力でした。

かつて無いほど活動しているボーの頭も答えを見つけられません。


「やめろ!」

ボーは口で魔法使いに命令しました。

実はボーはこの恐怖の中で動けるだけでも特異でした。

自分の身を守る事をまるで考えなかったおかげで動く事だけはできたのです。

しかし魔法使いはボーなどには目もくれず、もちろん言うことを聞くはずもありません。

「うわあああ!」

せめて呪文が聞こえなくなれと、ボーは精一杯の大きな声を出しました。

しかしそれしきのことでは呪文をかき消すことはできません。

それでもボーはまだあきらめませんでした。

何か守りになるものを。

ボーはわらにもすがる思いでお守りのぶら下がった革紐を握り締めて、そのこぶしを魔法使いに向かって掲げました。

首にかかったお守りを精一杯の勢いで突き出したせいで、革紐に引っ張られたボーのあごは上に跳ね上がりました。


ボーは呪文が止んだ事に気がつきました。

上を向いた首では天井とガス燈しか見えません。

部屋にはかすれた泣き声だけが響いています。

呪文は唱え終えられてしまった、全てが手遅れだ、絶望を感じたボーがあごを下ろして前を見ると目の前には空の椅子だけがありました。

魔法使いの姿はどこにもありません。

手のひらにはカグーの暖かいぬくもりがあります。

部屋の中にうずまいていた見えない何かも、いつの間にか雲散霧消しています。

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