【怖い話】
それ以降魔法は話題に登らず、気楽な楽しい話がされました。
グランディスさんは、またあまりしゃべらなくなりましたが、それでもお酒を飲みながら皆の話を聞いていました。
外では嵐が強くなり、突風の気配が時々感じられました。
窓の外を何かが吹き飛ばされていく影が横切る事もたびたびありましたが、あまりにも速すぎて振り向いた時にはもう何だったのかは見えません。
暖炉は暖かく、窓の外は次第に暗くなっていきました。
ボーはずっとグランディスさんを気にしていました。
明日この屋敷を出るまでに何回チャンスが訪れるかはわからない。
だから一度で一番大事な事を聞かなくてはいけないんだ。
考え抜いた末に思いついた質問は「どこで魔法の師匠が見つけられるか」でした。
ボーはいつチャンスが来ても逃さないようにと油断無く皆の話を聞いていました。
誰かがゆかいな思い出話をしていた時に、突然閃光が走り、世界が割れたような音が飛び込んできました。
大きな雷が屋敷の近くに落ちたのです。
皆が驚いた後、ダンクさんは、
「今のも驚かされましたが、私は以前にもっと怖い目に会ったことがあります」
と、歩いているすぐ近くに雷が落ちた時の話をしました。
「もう十年以上前にここよりもずっと木の少ない草原で急に夕立に会ったのです。
風は強くありませんでしたが、雨は今日みたいなどしゃぶりでした。
あまりにもひどい降りだったので、四㍍か五㍍くらいの木の木陰に向かって走りました。
あとほんの十数歩でその木にたどり着くところでその木に稲妻が落ちました。
目の前に閃光が広がったかと思うと、火花と木っ端が飛んできて私はひっくり返りました。
改めて目の前を見るとその木は上半分が折れてなくなっていました。
あの時は死んだかと思いました。
いえ、あと数歩の違いであの木にたどり着いていたら今ここには居なかったでしょう」
「それは怖かったでしょう」
「ええ、あんなに怖いと思ったことはありません」
「九死に一生ですな」
「ダンクさんは私よりも長い間旅をされているのですからきっと怖い思いをされた事があるでしょうね」
「そうですね何度か命の危険を感じたこともありますが、一番怖かったのは蛇でしょうか」
「蛇ってあの蛇ですか?さては毒蛇に噛まれたのですか?」
「それがですね、私には蛇使いの友人が居たのです。
彼は大蛇を観客の身体に巻き付ける見世物や、ざるに入った4匹の蛇を同時に躍らせる芸を得意にしていました。
大蛇は毎日豚一頭を丸呑みにして毒蛇はひと噛みで牛でもたちまち殺すと触れ込んでいました。
でも実際には大蛇は一週間に一羽の兎しか食べませんし、毒牙も抜いてあったのです。
ある日、観客が誰も前に出なかった為に友人は私の両肩に大蛇を巻き付けました。
初めてでは無かったので私も安心していました。
しかし何の弾みか大蛇が私の首から上に巻きつき締め上げたのです。
豚や山羊の骨を砕くほどの力で締め上げられると呼吸もできません。
私の頭は蛇のとぐろの塊に見えたそうです。
骨のきしむ音を聞きながら、私は意識を失いました。
結局私が死ぬ前に友人が引き離してくれたそうなのですが、あの時は本当怖かったです。
おかげで今でも蛇だけは苦手です」
「よく助かったね」
ボルドさんは優しそうで、大蛇を身体に巻きつけるような人には見えませんでした。
意外と若い頃は大胆だったのかもしれません。
「我輩も蛇は苦手だなあ」
「その話も怖いですね」
「君なんぞはまだ若いからまだ死ぬ思いなど経験していないだろう、本当に怖い思いはまだ知らないんじゃないか」
ユメッソスさんにそそのかされてボーも怖かった話を始めました。
「僕が一番怖かったのはね」
「母親に怒られて怖かったなんて言うのは無しにしてくれよ」
ユメッソスさんは笑いながらちゃちゃを入れました。
でもボーは気に留めずに話を続けました。
「年上のヨウルとスローが牛小屋の屋根から干草の山の上に宙返りをしていた時の事だよ。
僕が通りかかると『お前にもできるか?』って二人が言ってきたんだ。
だから僕はすぐに屋根に登って、同じように空中を一回転して干草の上に飛び降りて見せたんだ。
僕が『簡単さ、その高さなら二回転だってできるよ』って言うと、スローが『うそ付け、ならやって見せろ』て言ってきた。
僕がもう一度牛小屋に登ると、屋根の上ではヨウルが『おい、お前のぼろ靴は紐が緩んでいるじゃないか。怪我だけはするなよ』って結んでくれたんだ。
ところが下ではスローが『早くしろよ、怖気づいたのか?』ってせかしてきた。
『見てろよ』って僕が思い切り飛ぼうとすると両方の靴同士が紐で結ばれていた。
僕は宙返りどころか、干草の無い軒の下に真っ逆さま」
「おっと!」
ユメッソスさんが言いました。
「それは危険だ」
ダンクさんが言いました。
カグーもボーの話を聞いてくれていました。
「ひどい」




