【本】
しばらくすると廊下からユメッソスさんの声が聞こえてきました。
「何ですかそれは?」
二人の貴族はちょうど一緒に部屋に戻って来ました。
グランディスさんは黒っぽい箱を両手で持っています。
グランディスさんはすぐにはユメッソスさんに答えずに、箱をテーブルに置き華麗に腰掛けてから、皆に向かって訊きました。
「なんだと思う?」
箱はつやのない黒い金属で作られていて大きさはお盆くらい、いくらか厚みもあります。
皆が首を傾げるばかりで答えられずにいると、グランディスさんはゆっくりとふたを開けました。
中には黄色っぽい布が入っていました。
黄色い布は何か表面の平らな物を包んでいます。
「これは魔力を秘めた品だ」
ボルドさんとダンクさんはグランディスさんの顔を振り返りました。
ユメッソスさんは少しのけぞりました。
ボーは箱を覗き込みました。
黄色い布の四つの端が花びらのように開かれると、茶色い革表紙が現れました。
表紙には知らない外国の文字が書かれています。
そして黄色い布の裏地にもびっしりと小さな文字と模様とが書き込まれていました。
何か気味の悪い感じがします。
「火薬」とボルドさんが、
「本?」とダンクさんが、ほぼ同時に言いました。
「そう、これは火薬の製法や取り扱いが書いてある本だ」
グランディスさんは箱の隙間に指を差し入れて本だけを取り出しました。
大きくて厚い本の革表紙にはひびがたくさん入っていて角は破れかけています。。
「この通り、それらしい挿絵が描いてあるだろう」
グランディスさんが頁をめくって見せると少し波打った紙の上にはたくさんの文字と器具や手順の挿絵がありました。
ボー以外の皆はちょっと遠巻きに本や挿絵を眺めました。
「しかし魔力を秘めている」
グランディスさんはめくる手を止めて言いました。
「いきさつはわからないがこの本には魔力が宿っている。この本には近くに居る死霊を呼び寄せる力があるのだ」
「死霊」
ユメッソスさんは声をあげました。
ボーは周りを見回して近づいてくる死霊を探しました。
しかし何も変わった物は見当たりません。
「ただしそれだけだ。死霊は何もできないから結局この力は役には立たない」
グランディスさんは説明しました。
「どうだ、魔力があるのが少しでもわかるか?」
グランディスさんはボルドさんにあごを向けました。
「いいえ」
ボルドさんは首を振りました。
「私は今怖いのですが、これは魔力とは思えません。死霊が近くに居るかもと思うせいかもしれません」
「ふむ、それで結構、合格だ」
なんと、グランディスさんは魔力を感じないと言ったボルドさんを合格と言いました。
「一応訊くが他に誰か魔力を感じる者は居るかな?」
グランディスさんは他の人たちを見回しました。
ダンクさんは首を横に振りました。
ボーはどうにか魔法に近づきたいと思い神経を研ぎ澄ませましたが、やはり死霊も魔力も何も感じません。
もし、ボルドさんが魔力を感じると言ったら不合格だったのだろうかと考えました。
でも答えのわからないまま、ボーもダンクさんの様に首を振りました。
「我輩にはわかるのかもしれない」
ユメッソスさんです。
「我輩にはその本が言い知れぬ力を発しているのが感じられる」
ユメッソスさんは少し怯えながら言いました。
しかしグランディスさんはあっさり否定しました。
「気のせいです」
「いやしかし、確かにその本から……」
「本からしか力を感じていない点で明らかです。それに怯える必要もありません。この本に死霊を見えるようにする力はありません。ユメッソス様がこの本から影響を被る事はないのです」
グランディスさんはふたたびきっぱりと否定しました。
「本当に?」
ユメッソスさんそう言いながらも死霊が怖くてまだ周りを見回しました。
「三つ」
ボーにしか聞こえないような小さい声で、うつむいているカグーが言いました。
何の事だろう?もしかしたらカグーには死霊が見えているのかもしれない、とボーは思いました。
しかし、ボーは何も言わないでおきました。
「何も感じないだろう?」
グランディスさんは改めてボルドさんにあごを向けました。
「役に立たなくてもかまわない。私はこの本のような魔力のこもった品が欲しいのだが、」
そして本を閉じて再び箱に収めました。
「さて、どうやって探す?」
グランディスさんはボルドさんを横目で見据えました。
「魔力を感じる事ができないならば、見つける事もできないのではないかな?」
確かにグランディスさんの言う通りです。
ボルドさんは答える事ができませんでした。
「それではこうしたらいかがでしょう」
助け船を出したのはダンクさんでした。
「私どもは魔力があるとか不思議な力を持っていると噂される物を手当たり次第に集めます。そして私たちがこちらにお持ちするたくさんの品の中から、グランディス様のおめがねにかなった物だけお買い上げいただくというのはいかがでしょうか?」
「ん、なるほど」
「ただ申し訳ないのですが、無駄が多くなる分だけ少々お値段を上乗せさせていただきたいと思うのですが」
ダンクさんはいかにも商人らしい愛想笑いに乗せて値段の吊り上げを申し出たので、本当に高く買って欲しいように見えました。
「かまわんよ、金に糸目はつけん。充分に納得できる額を支払おう」
グランディスさんは気前よく言いました。
そして箱に戻した本に黄色い布を元通りに畳みながら言いました。
「君たちが持ち込む品物の中に本物がある事を期待しよう」
ボーは畳まれていく黄色い布を見て、あの布は本より強い魔力で本の力を押さえつけているに違いないと気付きました。




