【メイド】
グランディスさんの妖術師の話からこっち、部屋には緊張感がありました。
でもグランディスさんが部屋から居なくなると緊張は和らぎました。
心なしか客たちだけでなく、給仕をする女中のおばさんの顔まで緊張が解けたように見えます。
ダンクさんは女中さんににこやかに話しかけました。
「私たちはこの辺りは初めてなんですよ。女中さんは地元の生まれですか」
「そうですよ。生まれはもっと町の近くですけどね」
おばさんもにこにこ笑顔で答えました。
「そうですか、ずっとこのお屋敷に勤めてるんですか?」
「前は家の近くの別のお屋敷で女中をしていました。ここにお屋敷ができた時にお声をかけていただいて、もう十五年くらいになりますか」
おばさんは手を止めて思い出すように答えました。
「じゃあ、前のご主人の頃からですね」
「そうなんですよ。先代様はとても偉いお方でした」
おばさんはまた手を止めて言いました。
「でしょうね。この立派なお屋敷を見てもわかります」
「はい、プロトヘルメスヘルグラマイト様とおっしゃいました。
「ああ、お名前もご立派だ」
「ええ、このお屋敷も先代様に下賜された土地に立てられたというお話です」
おばさんはまたポットを宙に浮かせたまま言いました。
どうやらこのおばさんはおしゃべりが好きで、口が開くと手が止まるたちのようです。
「なるほど、そのお手柄が十五年前だったのですね。でもその頃は今のご主人はおいでにならなかったのでしょう?」
「あら、ご自分のことをお話しになるなんて珍しい、」
もちろんこの話を教えてくれたのはグランディスさんではなく執事のアリーさんでした。
「そうなんです、先代様が亡くなった翌日にお見えになって全てを引き継がれたんです」
「先代様がお亡くなりになってから初めてここにいらしたのですか?」
「ええ、屋敷の者は皆それまでは先代様はお独り身だと思っていました」
「おや、それでは初めて会った若様が天涯孤独の先代様のご子息だと名乗ったのですか?
それではなりすましでもわからないではありませんか」
ダンクさんはおばさんに訊きました。
「ええ、ここで働いている人の中にも、怪しいとかお顔立ちが似ていないとか言う人が居ましたよ」
「うん、それで?」
「とりあえず様子を見ることにしたのですが、三日と経たないうちにここで働く全員が若様が先代様のご令息である事を疑わなくなりました」
「そんなに簡単にですか?」
「なぜって先代様のことは何でもご存知ですし、しぐさも話し方も驚くほどそっくりなんです」
おばさんは何の心配もしていないように話しました。
「そんな事で良いのかな。知らない誰かがなり代わってやろうと演技をしている様な疑いは無いのかな?」
ダンクさんは、表情も言い方も失礼にならないように、軽く、自然に聞こえるように心がけて言いました。
「お二人をご存じない方にはそう思えるかもしれませんね。言葉でご説明申し上げるのは難しいのですけれど容姿を除けばそれはそっくりでいらっしゃいますのよ。それに、今のご主人様は先代様と同じだけ全てを完璧にこなしていらっしゃいます」
おばさんは笑顔でそこまで話すと、ご主人様が帰ってこない事を見回して、声をひそめました。
「ちょっと変わっているところまでそっくり!だから親子に間違いありませんわ」
ダンクさんはおばさんに苦笑いを見せました。
そこまで言うのなら、信じても良いのだろうと思ったのです。
おばさんはさらに声を低くしました。
「ここだけの話、若様のお顔立ちからしても、お母様はさぞお美しい女性だったことでしょう」
「ほほう?」
「先代様が亡くなるまで若様がここにお住まいにならなかったのにも、やんごとない事情があったに違いありませんわ」
おばさんは仲間内でしている勝手な噂話まで楽しそうに披露しました。
「今の話は内緒だね」
ダンクさんは笑いました。
しかしおばさんは突然しまったという顔をしました。
顔見知りの貴族が一人居るのを忘れていたのです。
「我輩もグランディス殿と先代様が生き写しな事は知っている。我輩は先代様とも付き合いがあったのだ。何しろ一番ご近所の爵位持ち同士だからな」
ユメッソスさんはほろ酔いで笑いながら言いました。
おばさんはそれを見ると、少し安心してそそくさと給仕を仕上げました。
おばさんは、ユメッソスさんがこの屋敷に来る他の貴族でなくて命拾いをしました。




