【リンゴ】
ボーは次々に浮かんでくる疑問を思いつくままに訊きました。
「うーん、今の話の魔法使いたちは何をしているの?」
しかし今回の質問は漠然としすぎぎていてグランディスさんに伝わりませんでした。
「何とは?」
「えーとね、どんなことでも魔法でできるのなら、お城で働いたりしているのはおかしくない?」
ボーは自分の疑問を何とか伝えようとしました。
「ふん、万能なのに職を持つのがおかしいと言う事か」
グランディスさんは質問の意味を理解しました。
「そいつは全くおろかな質問だ」
グランディスさんは冷たい目でボーを見ました。
「お前は妖術を全くわかっていない」
ボーにはおろかといわれた理由がわかりませんでした。
何でもできる魔法使いなら、最高大臣として働いたりお金を稼がなくても生活に困らないと思ったのです。
「例えばリンゴを食べたい妖術師がここにいたとしよう」
ボーは黙って頷きました
「妖術にたける者なら、たかがリンゴ一つ、目の前のテーブルの上にでも空中にでも作り出すことができるだろう」
ボーは頷きました。
「だが考えてもみろ、無から有を生じさせるほどの妖術を使わなくとも、どこぞのリンゴの木からこの場にリンゴの実一つを移動させる呪文で事足りるとは思わんか」
グランディスさんは次第に激しく問い詰めました。
「はい」
作り出す事と呼び寄せる事でどれほどの違いがあるのかはわかりません。
しかしグランディスさんの厳しい物言いで、ボーにははいと言うしかありませんでした。、
「しかしそれでもリンゴ一つのために妖術を使う者はおるまい」
「はい」
もうボーには何に魔法を使うのが正しいのか全くわかりません。
「私なら食堂へ行ってリンゴを手にする」
「ぷっ、」
ダンクさんはくすりと笑いました。
「そうですね」
ダンクさんは場を和ませようと柔らかく笑いながら同意しました。
しかしグランディスさんはダンクさんには見向きもせず、不満を一切引っ込めませんでした。
「何も知らぬのに何でも魔法魔法と言うのは無知としか言いようが無い。妖術は見世物でもお遊びでも無いのだ」
グランディスさんはすっかり言い返す気持ちも無くなっているボーをさらに打ちのめしました。
「お前の質問は逆立ちができる者になぜ足で歩くのかと訊くのと同じだ」
グランディスさんは明らかに機嫌を損なっています。
ボーは自分が大きな失敗をした事に気が付きました。
グランディスさんはおしゃべりを楽しむような人では無かったのです。
ボーの農場で例えるのならば、仕事の話以外では農夫と口も利かない農場主の息子とか、常に機嫌が悪く無駄話を煙たがる牛の治療師のおじいさんのような人だったのです。
こういう人たちと話す時は言葉を選ばなくてはいけませんし、大抵の場合は黙っていた方がうまく行くのです。
そしてまさにグランディスさんもそういうタイプの人だったのです。
この人から本当に聞き出したい事があるボーは無駄な質問で不興を買っている場合では無かったのです。
ボーはみんなの前でこてんぱんにけなされました。
立場をなくして他の皆の顔も見れません。
恥ずかしさや悔しさや切なさで泣きそうでした。
いっそ屋敷から出て行って逃げ出したいくらいでした。。
その時不意に廊下から軽い車輪の音と甘い香りがしてきました。
さっきの女中がワゴンを押して部屋に入って来たのです。
「お茶のおかわりとお菓子をお持ちしました」
女中はさっきと同じにてきぱきと給仕を始めました。
グランディスさんはつと立ち上がると、
「しばらく召し上がりながら待っていたまえ」
そう言い残して部屋から出て行きました。
もうボーのことなど忘れてしまったかのように涼しげな顔でした。
ボーは部屋から出て行くグランディスさんを見送りながら考えました。
自分は必要な事を聞き出さなければいけない。
しょげてなんかいられない。
何しろ魔法に詳しい人なんて二度と会えないかもしれないのだから。




