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ボー  作者: RENPOO
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【妖術使い】

最高大臣は秘書官を伴いある部屋に向かっていた。

開け放たれた部屋の両脇には帯剣しているたくましい兵士が二人立っていた。

最高大臣が近づくとその歩哨の一人が敬礼をした。

「中で大魔法使い様がお待ちです」

先に執務室に行くように秘書官に伝え、最高大臣は一人きりで部屋に入った。

部屋の中では痩せた老人が、テーブルの向こう側で窓の外を眺めていた。

老人が振り返ると、じゃらじゃらと石の擦れる音がした。

老人が着ている海老茶色のローブには無数のビーズが縫い付けてあった。

ビーズの飾りはローブだけではなく、首にも手首にも足首にも、結婚式の花嫁でももう少し控えめだと思うくらいにぶらさがっていた。

白髪で痩せて猿の様な顔の老人は、努力の末不自然な笑顔を作った。


「久しぶりじゃのう。二年ぶりになるかな」

こんな普通の挨拶は老人らしくない。

最高大臣は心の中の警戒を強めた。

「王のご依頼も無いのにわざわざおいでになったのはどのようなご用件で?」

しかし質問の答えは返ってこなかった。

「王はお隠れになったそうじゃな」

わしは既に知っておったぞ、そんな言い方だった。

「はい今朝ほどに。ですから今は立て込んでおりまして、あまりお時間がないのですが」

最高大臣は事務的に返事をした。

王を悼む気持ちは二人そろって持ち合わせていなかった。

王など所詮只の人に過ぎないからだ。

「わしはおぬしに用があって参ったのじゃ」

老人は最高大臣に逃げられては困ると、さっそく話を切り出した。

「はて、一体どのようなご用件でしょう」

最高大臣は知らないふりをした。わざわざ自分からぼろを出す必要はないからだ。

「おぬし、お宝を見い出したな」

この老人はやはり気付いていた。

最高大臣は心の中で舌打ちをした。

「これはお早い。もうご存知なのですね。なぜこんなにも早くお知りになられたのか教えていただけますか」

「愚問じゃ、豆粒なら隠せても、大きな象を隠しきれないのと一緒じゃ。あれ程の大きな魔力をわしから隠し通すことはかなわぬ。わしを誰と思っておる?最高の妖術使い妖術王であるぞ」

妖術王はつい尊大な地が出てしまったのであわててまた精一杯の愛想を使った。

「どこにあるのじゃ、わしにひと目見せてはくれぬか?」

妖術王は愛想が自分にとても似合わないことに全く気付いていなかった。

「なるほどさすがです。こちらこの石でございます」

最高大臣は内ポケットから何重にも指に絡ませて鎖をゆっくりと引っ張り出した。

見せてはやろう、この価値がわかる者はそう多くは無いのだから。

ひけらかすことができるのもこの妖術王一人だけに対してのみなのだ。

銀の細かい鎖が胸ポケットから持ち上げられると、その先には小さな卵形の石がぶら下がっていた。

石は揺れるごとに無数の小さな光を反射させた。

「おお、そんなに小さいのか」

妖術王は目を細めた。

そしてふらふらと二人の間にある大きなテーブルに近付いて手を伸ばした。

「もっとよく見せておくれ」

「いいえだめです。そして、それ以上お近づきになりませんように」

最高大臣は右手ではお宝を掲げたまま、左手でさえぎった。

「なぜじゃ」

最高大臣が右手をわずかに下げると、それに連れて同じだけ老人の顔も下がった。

痩せた老人が目をむき出して首を伸ばしている様はまるで餌を欲しがるひな鳥のようだった。

「眼が悪いからよく見えんのじゃ、持たせておくれ」

妖術王はテーブルに腹がぴたりとくっつくほどに歩み出た。

「いいえだめです。どうぞお下がりください」

最高大臣が冷静に言い放つと、老人のしわくちゃな指は何かをまさぐるように宙でうごめいた。

「うーむ、わしにこそと言った物に見受けられる。それが欲しいのう」

そして猫なで声を出した。

「なあ、愛弟子よ、思い出さぬか?おぬしがわしの元に居た時、わしは見返りも無しに全てを教えた。今のおぬしがあるのもわしから教わった秘術があればこそじゃ。恩返しをしてくれても良いと思うがのう」

とんでもない。

これはお前などにはもったいない。

あちこちの王や金持ちたちに、えらそうにもったいぶった講釈を垂れて小銭を稼ぐだけの老いぼれには必要のない物だ。

「いいえ、どうぞこればかりはおあきらめください」

妖術王は一瞬顔を引きつらせたが、いっそうの努力をして顔から不満を引っ込めた。

「そうじゃな、誰だってそれほどの物は手放したくないじゃろうな。それではどうじゃ、しばらくの間だけで良いからわしに預けんか?」

「いいえ、あなたはひとたびこれを手にしたら二度と手放しはしないでしょう」

「そのようなことは無いぞ。わしは約束は守るのじゃ」

妖術王は平然と嘘をついた。

そしてとても良い事を思いついたという顔を見せた。

「預けるのが心配ならば、譲ってはくれぬか?それに見合うだけの物と交換しよう。そうじゃ、それが良い。それならばおぬしが損をする事もない。わしの持つ宝、何とでも交換しよう。本当に何でも良いぞ」

まるで五歳の弟から飴玉を騙し取るような手口だった。

「いいえ、だめです」

最高大臣は何度でも同じように断った。

初めから指一本触れさせるつもりなど無いのだ。

さんざん見せびらかし、欲しがらせた上で、最高大臣はお宝を再び左の懐にゆうゆうとしまいこんだ。

「そうか、なんと恩知らずな、」

ついに、妖術王は愛想笑いを引っ込めて普段の意地の悪い顔に戻った。

そして深く一つため息をつくと最高大臣を睨んだ。

「後悔するぞ」

妖術王は袖に隠し持っていた細い骨のようなスティックを出して、最高大臣に向けた。

「よこせ」

脅しだった。

「やむおえませんな」

最高大臣は懐から出した右手のひらを広げ、指先を老人の方にかざした。

お互いが狙いを定めると、ついに大きなテーブルを挟んで妖術使い同士の戦いが始まった。


「縮め!

明けの明星が輝かぬ限り、彼の者の身体よ、猫よりも小さく縮め!」

先手を取ったのは妖術王だった。

妖術王の大声を聞きつけた二人の歩哨は何事かと部屋の中を覗き込んだ。

ここで最高大臣がうかうかしていたら歩哨たちは、人形のように小さくなった最高大臣を摘み上げる老魔法使いを見たことだろう。

「猫よ!」

しかし呪文の効果が現れるより早く最高大臣は呪文を唱えた。

「ハイナ湖に星が流れ落ちて来ぬ限り、巨大な猫よ現われよ!」

二人の歩哨は代わりにもっと異常な光景を目にした。

突然睨みあう男たちの間にある大きな会議テーブルの上、何も無い空中に、この部屋にいる誰よりも大きな猫が現れた。

その猫は足を突っ張った形で落下したかと思うと音も無くテーブルの上に着地した。

二色縞模様の背中は大人二人が乗れる程も大きく、丸太のように太い足にはナイフ程もあるかぎ爪が、人間の頭より大きく開いた顎には長く鋭い牙が生えていた。

巨大猫はテーブルの上で体を低く後ろに構え、妖術王に向かって飛び掛る準備態勢をとった。

「ああ」

一人の兵は娘のような悲鳴を漏らして廊下のかなたへと逃げ去った。

残された一人は敷居の真ん中に立ってはいたが、逃げる事も部屋に入る事もできずに立ち尽くした。

彼らは精鋭の兵隊で、普段はどんな大男だろうがどんな鋭い武器だろうが怯まぬ程勇猛だった。

しかし彼らの勇気は部屋の中にうずまいている見えない力に押し潰されていたのだ。


猛獣は飛び掛かかるチャンスをうかがってテーブルの上で低いうなり声を上げていた。

妖術王は自分の喉笛と獣の間にスティックを構えて陰にした。

そして獣から視線は外さないまま最高大臣に語りかけた。


「見事じゃ。たった一つの呪文で防御と攻撃を兼ねておる。しかし、わしがもう一つ呪文を唱えたらどうじゃ?」

妖術王はそのままの姿勢で次の呪文を唱え始めた。

「捻じれよ!

かのお宝が我が物とならぬ限り、かの者の心臓よ次の百七十回の鼓動を最後とし、捻り切れよ!」

妖術王がそう唱え終わったとたん、最高大臣はぎくりと眉をひそめ、自分の胸板をわしづかみにした。

心臓が捻じれ始めたのだ。

妖術王は最高大臣を尻目に語った。

「わしは妖術王じゃ。呪文をたった一つ無効にした位で勝てると思っては困るのう」

最高大臣の心臓はきりきりと痛んだ。

耳の後ろにはどくどくと異常な脈を感じ、立っているのさえやっとだった。

「昨日二つ、そして今日も一つ。おぬしは大きな妖術を使っていた。もちろんわしにはお見通しじゃとも。それゆえおぬしにまだ力が残っているとは思っておらなんだ」

妖術王は苦しんでいる元弟子を賞賛した。

「前におぬしの妖術を見た時、あの頃のおぬしには二日で一つの呪文がやっとじゃった。

それがなんと昨日今日で四つも唱えおった。正直、おぬしの素質ではこれほどの成長をするとは思わなんだ」

大臣は左手で胸を押さえて息をしていた。

右手は伸ばしたままだったが、その指はもはや妖術王を狙えてはいなかった

「しかしもう、くさい臭いを発生させるだけの呪文すら唱えられまい。ここまでとしよう。わしはそのお宝以外は何も望まんぞ、命をなくす前にそれをよこすのじゃ」

元弟子への勝利を確信した妖術王の声には、ほんの少しだけ哀れみがあった。

ところが最高大臣は屈服しなかった。


最高大臣はにやりと笑った。

そして心の中で心拍を数えながら、なるべく平静に見えるように語りだした。

「確かにあなたの目は大きな力を見るのが得意ですが、どんな種類の力かを見極めるのは苦手のようですね」

最高大臣は痛みを隠して背筋を伸ばした。

知っているぞ。満足に歩けなくなる程大量に身に付けているビーズが無ければ、その見る力さえもがもっと貧弱なくせに。

「あなたは魔力を見極める能力に乏しいのです。なぜなら、もしあなたがこの石の力の性質に気付いていたなら、私に向かってそんな口は利けない筈なのですから」

絶対の勝利を確信していた妖術王は、屈服しない最高大臣の態度にたじろいだ。

「どういう意味じゃ?」

放してはいけない筈の妖術王の視線も宙を泳いだ。

「まだお気付きになりませんか?あなたはさんざん私の魔力が矮小であると言っていましたね。しかし今の私にはもはやあなたに劣るところは無いのです」

元弟子は師匠の力をしのいだ事を宣言した。

「本日只今より、妖術王の称号は私が頂きます」

「おぬしの方が優れているはずがない!わしが妖術王だ!わしは負けぬ!」

老人は口から泡を飛ばして憤慨した。


最高大臣は自分の心臓の上をわしづかみにしていた手を開いて左胸にかざし、さらに次の呪文を唱えた。

「固まれ!

かの猫があと一つ齢を重ねぬ限り、かの者の舌と手よ固まれ!」

「いったいその石の、」

老人は突然動く事ができなくなり、目だけが驚きと恐怖で見開かれた。

最高大臣はさらに続けた。

「止まれ!

角を持つネズミを食べぬ限り、直ちにかの者の喉を掻き切った後、かの猫の呼吸よ止まれ!」

老人は混乱した。

自分の元弟子は一体いくつの呪文を唱えたのだ?

いつそんな成長を遂げたのだ?

いや、今はそれどころではない、弟子の呪文は自分の一瞬先の運命を語っていなかっただろうか?

老人はもはや逃げるどころか悲鳴を上げる事もできなかった。

目玉だけをぎょろぎょろ動かす老人の首には汗がいく筋も流れた。

そして、最高大臣の呪文通りのことが全て起きた。


事が終わっても、床に仰向けになったむくろの前腕は固まったままで、燭台のように天井に向かって伸びていた。

最高大臣は老人のなきがらに駆け寄ると、その手のひらに無理やり魔力のお宝を乗せた。

しかしそれでも大臣の胸の痛みはおさまらなかった。

死んだ手に握らせたところで、お宝は老人の物とはならなかったのだ。

それはすなわち、間もなく自分の心臓が鼓動をやめるという事だった。

戦いには勝利したが、魔法を無効にはできなかった。

今や無敵の存在となり、それにふさわしい称号を継いだ新しい妖術王は、残された時間がわずかしかないと観念して、最後の呪文を唱えた。


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